海上の森原人回顧録 (万博関連を抜粋)
 

 【日本インターネット新聞JNJAN連載313回分から関係分を転載】 


第1回プロローグ                       2004/06/06
 
人生の転機は思わぬときに不意にやってくる。コトの発端はちょうど今から15年前。
卒業25周年記念という高校のクラス会の案内が届いた。大学入学以来、過去を振り返る
余裕なんてまるでナイ日々を突っ走っていて…んなものと小・中を含め一度も行ったことが
なかったクラス会に、どこでどう魔が差したのか《ナゼか出席する気になった》のだった。
1990年3月半ば。同級生57人中20数人がきていた。卒業後会ったことがあるのはたった
1人っきりで、そのうち顔と名前が結びつく、親しかった10人ほどと名刺を交換して愕然とした。

なんと大学助教授2、医師3、弁護士1、社長2、日経新聞出版の新刊を携えた作家1、ホテル経営1
むむむのむ。ひきかえこちらは脱線を繰り返し、そこらのただの塾長。シカシみんな輝いていなかった。
人生イコール仕事のようで暗かった。ヤメタ、やめた!我慢するのはやめよう!もう自分の好きなように
生きよう。休みが月に一度あるかないかの暮らしはもうオシマイ。身分も肩書きも俺には失うものは何も
ない。帰り道にそう決めた。 誰にも相談しなかった。モチロン相方にも…。すべて自分の責任で決断し
実行した。教室2つを1つに、バイトの講師は全員理由を話し、3日間でキッチリ整理した。4月新学期
から土・日・祝祭日休み、塾長1人の個人塾として、西区の実家を本拠に、縮小再スタートした。

出世とは無縁の、とうに世俗の名誉とも無関係だった【43歳でのセミリタイア】決行だった。
その2年前、月額23万余の20年ローンで名東区に2軒目の家を手に入れたばかりだった。
当然収入は3分の2に激減したが不安はなかった。暮らしは3台の車を1台に減らしただけで
困ることはなく、幼稚園年長組と小4の子供の家族連れで週末は必ず外食、春夏冬の休みは
ペンション巡りの家族旅行。とーぜんそれ以外の休みはバードウオッチングに山歩きと、凄い贅沢
はできないが家族の気持ちも寄り添った嬉しい楽しい毎日が続いた。《本人ダケという声も・・》

そんな92年1月愛知県瀬戸市南東部に広がる、通称《海上(かいしょ)の森》で探鳥会が始まった。
それまでも、各地の探鳥会へいっていたが、どこも集まってぞろぞろ鳥を見て歩き、鳥合わせ
《見た鳥の報告会》をして解散しオシマイ。どこの誰だかまるっきりわからず、知ろうともせず、
人間関係は希薄なまま。あっちこっちで顔をみかけるが名前は知らない、無口で地味で
人づきあいの苦手な、そんな人間ばかり集まったネグラな趣味の集団と思っていた。

【原人】はその2回目2月の探鳥会から毎月欠かさず通い始めたが、森の魅力からか
常連の顔と名前が結びつきはじめ、会のあと食事を共にし誘い合わせて呑み会を開き…
といつのまにか年齢、職業、身分、まったくなんのつながりもない、ただ鳥が好き酒が好き
というだけで知り合った面々が集まり、仲間の家を順次訪問して宴会を開き、何軒かではその
まま泊まり込んでしまう!という普通では考えられない《濃い》人間関係の輪ができていった。

 呑んで興が乗れば、そこは《鳥人間の集まり》いつ、どこで何を見た、どうしたという話になり
10人近いレギュラーのほとんどが同じ時、同じ場所にいて、同じ鳥をみていたコトが判明、
しかも全員そのことを知らなかったと分かって大笑いしたこともあった。いかに鳥しか
みていなかったか、他人に無関心だったか、信じられないようなハナシさえもあった。

一匹オオカミ?の自営業として、孤独が常の人生を送って来たが、これで利害得失と無縁の
仲間ができた!このまま【この森で一生楽しく遊んで行ける】と確信したその秋だった!
【海上の森が愛知万博会場になる】というニュースが飛びこんできた。おいおい冗談じゃね~
一生の宝物、野鳥の楽園、オジサン、おばさんの天国!海上の森を潰されてたまるか!!

  
 第2回 海上の森って?                       2004/06/13
さて「海上の森原人」が跳梁跋扈する「海上の森」の概要を簡単に紹介しよう。岐阜県と隣接する
愛知県瀬戸市の南東部、山口町海上地区を中心に広がる約540haの里山を通称「海上の森」と呼んで
いる。大部分が尾張蕃以来の公有地で、それに私有地の雑木林が点々と田畑を囲む典型的な山間地で
筆者の趣味のバードウオッチングからみた、この森と自然について説明した1997年小生作資料を以下
に転載する(一部略) 【海上の森の野鳥たち】ペットとして飼われている鳥に対し、野生で棲息している鳥
のことを野鳥と呼んでいる。現在世界で確認されている全鳥種は約9000種で、そのうち日本では555種

絶滅種14、迷鳥(過去1~数回確認された)97を除くと、444種とされている。愛知県下で知られた
探鳥地は20ヶ所ほどあるが、大都市近郊の内陸低山帯に位置し、規模が広大で立ち入りが自由なうえ
年間を通じ観察される鳥の種類が非常に豊富な点で海上の森に勝る探鳥地は、開発され尽くした県内
では他に見当たらないのが現状である。内陸にある海上の森には水鳥がほとんどいないにもかかわらず
真夏でも20数種、春夏には40数種もの多彩な野鳥が観察でき、全国でも有数の探鳥地として知られて
いる≪*1992年1月以来、各団体による探鳥会が開かれこの6月26日(土)にも午前9時・愛環鉄道

山口駅集合で【海上の森野鳥の会】主催自然観察会が予定されている。ほぼ森の全域を踏破して調査
した結果、確認された鳥の種類数は125種で、日本の野鳥555種中の約23%。全陸鳥280種中の
約35%、通常の野鳥(特定地域・絶滅種:トキ、ヤンバルクイナ、メグロなどを除く)390種中の約32%
を占めていた。この種数の驚くべき多さはそれを支える植物、昆虫など自然の豊かさを示す証拠となって
いる。海上の森の特徴は観察された野鳥の種数の90%近くが、いわゆる山野の鳥で、生活域とする
【古来の里山とそれに連なる丘陵、山岳地帯】しか生きる場所がない鳥たちで占められている点にある。

彼らは地誌的に固有の野や山や川や集落に、人間とともに住み続けてきた鳥たちであり、このことが
「海上の森」=「開発から追われ続けた鳥たちの最期の駆けこみ寺」と言われるゆえんであり、事実を
示唆している。それは列島改造ブームからバブルの時期にかけて、宅地開発、ゴルフ場、工業団地など
凄まじい勢いで日本中の山野が破壊された中で、奇跡的に開発を逃れわずかに残ったのが海上の森
と里540haだからだ。数千年の間、連綿と住み続けてきた土地を人間の都合で一方的に破壊され、

すみかを追われた鳥たちが最後のよりどころとして密集している森が≪40年ほど前までは、どこに
でもあった》といわれる「この森の現実」なのダ。その証拠が食物連鎖の中で人間を除き、その最上段
にいる日本産猛禽類の存在で、ワシタカ類29種中10種もが大都市近郊のこの森で確認されている。
猛禽類がこれほどいるのは自然界の微妙なバランスのもと、約3000種といわれる動植物がすこぶる
豊かに繋がりあって生存し、彼らの生活スペースとしてかろうじて残され、食糧となってきたからである。

 ★【提言:宮沢賢治の理想郷「イーハトーブ」として海上の森を未来に残そう!】 この貴重な森と里山が
今「暮らしと環境」を守るべき国と県の手によって、時代錯誤で、巨額赤字が確実な「環境」をテーマ
とする万博会場として無残に破壊されようとしている。名古屋市境から10㎞、車で20分たらずのこの
森の、誰でもいつでも、どこからでも自由に入れるこの森の、いったいどこが《どこにでもある普通の森》
《ありふれた里山》なのか!<付記:明治神宮のちゃちな森で(失礼)入場料500円、これが海上の森なら
5000円以上の価値がアル!ゼッタイに!!>白神山地や屋久島のように日常生活から程遠い極端に

特異な自然のみを免罪符として保護し、あとはすべて破壊してしまうのでなく、ひとりひとりが暮らしの
なかで身近に触れ合うことができる「海上の森」のような自然を残すことこそ、物質文明の極みの絶望の
淵から人間が【にんげん】として再生できる《唯一残された》最善の方法の1つと言えるのではなかろうか


第3回 海上の森原人誕生!                       2004/06/15  
世の中でコレほど地味で!非生産的で!意気の上がらないことおびただしい!トホホな趣味はナイと
断言できるのが《野鳥観察》今風にいえばバードウオッチングだろう。トニカク、ゾロゾロ歩いて鳥を見る
いったいドコが楽しいの面白いの?と面と向かって迫られると答えようがなく死んだフリするか《蓼食う
虫も好きずき》といってさー、まあまた今度イッパイ呑みながら…ネ、と逃げてしまうのだ。そんなたより
ないコトこの上ない趣味の、森の精に心を奪われたオジサンたちが愛知万博の破壊から森を守ろうと
立ち上がったのが【海上の森くらぶ】結成、93年2月4日だった。

目立つことはしない、長い物には巻かれろ。織田信長、豊臣秀吉、徳川家康とゼーンブ愛知出身で
保守的、封建的土壌の濃厚な【御上に逆らうなんぞ狂気の沙汰】という土地柄だ。しかし【窮鼠ネコ
を噛む】という諺もある。思い込んだら命懸けっていうのもアリなのだった。なんだか大袈裟な物言
いになったが、実態はそう思い詰めたものではなく冗談半分、本気半分、楽しみながら恩返しに
森を残そうというもので、以下にその設立趣旨を転記する。

1993年2月4日【海上の森くらぶ設立】愛知万博反対!自然とともに!自然と遊ぼう!
海上の森を未来永劫、子々孫々に残すため《あらゆる合法的活動》を行う!!!  

☆つい20年ほど前まで、都市部周辺にごくありふれた自然として存在していた《雑木林や湿地、
潅木の茂った丘陵地、田畑》が列島改造の乱開発により急速にその姿を消し、われわれに残された
自然は:コンクリートで3面張りされた「排水溝」としかいいようのない河川や農薬まみれのゴルフ場
雑木林をブルドーザーでなぎ倒し、海岸を埋め立て、園芸種の樹木を植えて作り上げた箱庭のような
公園しかないのです。そんな中で奇跡的に開発の手からかろうじて逃れ、日本古来の里山の面影を
残す村落の後背地で、薪山(たきぎやま)として利用されてきた、この海上の森は、92年の1年間に

確認された71種類の鳥たちはモチロン「ものみ山自然観察会」の方々によって確認された膨大な
数の植物や動物たちの最後の砦でもあるのです。☆地球上に同じく生を受けた仲間として、彼らを
守ること、彼らの棲みかを守ることは、ひいてはわれわれ自身の環境を守ること、われわれ自身の
命を守ることに結びつくと言っても、決して過言ではありません。よってこの海上の森を含む一帯を
愛知万博の会場とすることは断じて容認できえません。従って、万博粉砕のため、あせらず、
気長に、かつ過激に走らず、自然を楽しみながら行動することをここに宣言します。

  
 【海上の森くらぶ会則】≪注:現在は海上の森野鳥の会として会員募集中≫

一、入会は海上の森を愛するものであれば国籍、人種、老若男女を問わない
二、入会、退会は各自の自由とする<事務局へ申し出ること>          
三、年間最低3回は海上の森での探鳥会、キャンプ、自然観察会のいずれかに
参加することを責務とする
四、役員など人事については当該者の承諾のうえ、事務局に一任する      
五、年間数回の総会(キャンプ)を行う。日程については事務局に一任する    
六、活動に必要な経費は物品販売、寄付金をもって賄うものとする         
    七、愛知万博の反対運動を、各自の責任のもとに各自の方法で、無理をせずがんばり
すぎずゆっくり粘り強く「海上の森くらぶ」と共に自然を楽しみながら行うものとする

☆事務局・宮永正義≪肩の力を抜いてぼちぼちいこみやぁー≫
☆保護部長・森島達男≪総会担当(注:某野鳥の会・元県支部副支部長≫
☆村瀬貞彦≪調査部長(注:カラオケ名人&海上の森オオタカ第1発見者≫
上記3名が海上の森三原人。現在に至る盟友デス  

かくて6年で26回のキャンプ、深夜のフクロウ探検隊とてんやわんやの日々は次回に!

 

第4回
 海上の森くらぶ通信93年前半分 (*2005年9月号まで毎月発行)

☆93年2月21日「岩屋堂」で真っ赤なウソをみた!
うそじゃないよほんとだよっ!  
午前9時53分。右手に「愛息」左手に「双眼鏡」の《子連れ狼》ならぬ、
子連れバードウオッチャー氏が突然!「うそだーっ、ウソ、ウソ」という誰も、
うそと思わないホントの発言。ソウいえば声がタシかにウソだな~~と思っている
と頭上を黒い影がフィフィ・・フィフィと5羽。あ~~ッうっそ~~と全員タ・メ・イ・キ

見た?見た!見えたョ!ほんとだっ!行く手の方へ飛んでいったからまた見えますよ
という声に「うっそーほんとー」とゾロゾロ。と、上流から顔なじみの知人がひとりニコ
ニコ顔で登場。「もう一回りしてきましたョ。ウソを12羽しっかりバッチリ見ました」・・・
顔ばかりか口ヒゲまで笑っている。うーん、この、コノ、このオーっつ。こんなことなら
もう30分!目覚まし早くかけとけば良かったナーと、よだれをたらしつつ気を取り直し

二人並んでまた上流へ向かう。すると、川の中に造られた《天然プール》の横、
工事中のトイレの前に人だかり。もしやアレかも?と遅刻して追いついてきた別の
知人も加わり、3人で早足、駆け足で急ぐ。するとトツゼン「アカウソだ~っ」とその
知人の叫び声。おいおい、デカすぎるョ!声がさー、ったく。 と居合せた10数人が
「アカうそ」「あかウソ」「アカウソだ~っ」の大合唱。

やれやれ!アカウソって、どんなんだったっけ?胸まで濃いピンクのヤツだっけ
なんて思いつつ、これだから【こだまウオッチャー】なんていわれちゃうんだよな~
としばしヒトゴトにして深く?反省。シカシ、しかし、But、見ましたっ!やました?
いけしたっ?コラコラ!「アカウソもウソ」もほんとに見ました。えかった、エカッタ
バードウオッチャーの喜びって実に単純デスね。

 ☆2月25日 はぐれ「キレンジャク」茜?18歳・独身!西区に見参!!
 19日の「ヒレンジャク」11羽の訪問に続き、またマタ又、午前10時53分!
出勤して駐車場へ車を入れようとして、なにげなくヒョィと前方上を見ると、
いるではないかっ!あの独特の冠羽と豊満な!シルエットの小鳥が・・。慌てて
バンパーをこすりながら車を放り込み、駆け上がって2階自室に常備の「ツアイス」を
鷲づかみにして、ドドドドッと戻ってくると、何事ならんと76歳の母親までついて出てきた。

教室の前の電柱4mのところで、たった1羽の「キレンジャク」が《大騒ぎしている小生と
母親、そしてちょうど買い物から帰った隣家の主婦》と3人合わせて200歳!をきょとんと
見下ろしていた。彼女「茜18歳?」は向かいの家のテレビアンテナと電柱との間を、双眼鏡
2台で見つめるわれわれ3人に「うっふん」「アッハン」といろいろなポーズを披露しつつ、
盛んに行き来し、やがて10分後、南南西方面へ飛び去ったのダッタ。

 ☆2月28日「平和公園」で《こころの目で見るバードウオッチング!》実施  
白昼堂々、大乗寺裏山に平安の昔より、謎の怪物といふ「ヌエ」現る?《庄内緑地公園》での
第1回に続き名古屋ライトハウスの皆さんを迎え平和公園で第2回バードリスニングを実施した。

極めつきの雨男(女)が紛れこんでいるようで、ときおりぱらつく生憎の天気で、予定より
少ない目の不自由な方お二人の参加で実施された。介護の方数人に加え「会社の方はいい
のかなー、いったい生活の方も大丈夫なのかナー」とついオジさんとしては余計な心配までして
しまう獅子奮迅の山本支部長以下、ベテラン7人の指導のもと、和気藹々と進行したのでシタ。


本日のハイライトは和製《ニカウ》氏とも《歩くプロミナー》とも言われる、視力3.0を誇る
森島氏が見つけたヌエ(鵺)和名「トラツグミ」だった。なんと森島氏だけその声も聞いたという。
 おーいみんな!しゃべってばかりいないで鳥もみようよ!ふむふむ、われわれミソサザイ軍団は
  うなだれるのみ・・。やれやれ《興味のない方には??の鳥人間ちんぷんかんぷん行状記デシタ》


辻あつお氏を名古屋市長に!!  
93年4月11日~24日:ナゴヤ市長選・原人もねじり鉢巻で後半戦から参加!
 辻氏が出馬をすると聞いたのは92年12月初めで、驚く以上に「うーん、そこまでやるのか。
もう最後の手段なんだろうな。そこまで覚悟を決めたのなら、鳥仲間としてどう考えても傍観
できないなー、ヨシ!できることはゼンブやろう!!と即座に決断した。(単純なんですね)

明けて93年3月「海上の森くらぶ」では次期《名古屋市長》に「藤前干潟を守る会」代表の
《辻あつお》氏を推薦。この「辻あつお」氏への投票数がそのまま名古屋市民の民度を示す
バロメーターとなりダサイ名古屋。貯金が最大の生きがい?冠婚葬祭だけがド派手な名古屋
から自然保護のナゴヤ、環境先進地のナゴヤへと変身する絶好のチャンスでもあるのだ。

4月そうそう、私設応援団としてヘソクリ150万を投入して街宣用にジムニー購入。
 選挙中は終日「側面に法定ビラを張りまくった」この車で、ナゴヤ全域を駈けずり廻った!
  
☆4月11日 藤前干潟での出陣式。報道陣ばかり目だったが大いに盛りあがった。
応援の挨拶にもつい力が入りすぎて「どっちが候補者かわからない演説だったョ」と
古川氏にいわれ反省っ!でも知多の岩田さんに「とてもよかった」と言われ、ホッとすると
  同時にこれを奇禍とし、今後出過ぎないよう自戒。そして気もそぞろの前半1週間が経った。

 ☆4月19日遅まきながら≪車つき運転手兼ビラ巻き人≫として選挙戦に参入
長良川の天野礼子さんも駆けつけてきた。メインのバンに辻さんとクルー、軽トラの小生と
法定車両2台。事務局長・花井女史を筆頭にほぼ全員が選挙は素人のボランティア集団!
こうして朝6時半から夕方5時までの『ぼくの七日間戦争』は始まった。(クルーは8時まで)

 *その朝8時・地下鉄本郷駅前。総勢13名(だいたい、いつもコンナ人数だった)
なナンと出てくる出てくる雲霞の如く、4列5列、通路、階段、バス停まで100m以上!
ずっしり、ぎっしり、女子大生の群れ。わおー、さすがに大学の先生、辻さんも苦笑い。

小生に至っては一生分?の女子大生を見たというか眺めたというか、もう気圧されて
応援演説も何を言ったのかワケわかめ??気になり後で花井さんや辻さんに聞くと
「良かったよ」で一安心。(今になって思えば、悪かったなんていうワケないよなー
それに聞いてた女子大生連中も動物園の檻のなかを見るような目つきだったしー、
うわあ~っ、とほほ…)

*選挙運動は地下鉄駅前、団地、スーパーなど街宣と戸別のビラ撒き。
移動中の連呼など全くしなかった。[おててとおててのマークの辻あつおデス]で
始まる演説も日増しに良くなっていった。訴えはただ一点「いのちを守ろう」だけだった。
ほかには一切何も言わなかった。首尾一貫していた。

 *港区では「生まれて初めてまともな候補者に会った」と70代の女性が声をかけてくれた。
笑顔が実にステキだった。 *「これを辻さんに!」と南区では女の子が庭の花をくれた。
うしろでお母さんが微笑んでいた。*「昼過ぎには人がいっぱい」のはずが、まるでゼロ。
全員途方に暮れたJR守山駅前。*余りの無反応に終盤の疲れも重なり、地下鉄新端橋
駅前では辻さんが落ちこみ、暗く意気消沈して、全員ドン底状態。ふーっ。  

*モチロン食事は手弁当。お金がナイと最年少18歳の竜太郎は「出してあげるから」の
声にも遠慮して、3ヶ100円のコロッケとパック牛乳をコンビ二で買い、みんなが入った
喫茶店の外で、ひとり食べていた千種区の昼下がり。(こんな若者もいるんですッ!)  

*栄噴水前。他陣営の金にまかせた動員の現場を目撃。
某医師会の医師名の入った参加証をデパートの袋を持った係員が回収し、
金券と交換していた。ナンとその証拠まで手に入ってしまった。(2枚もってきて、
一人1枚と断られた人に貰ってしまった。なんと1人5千円、あ~ぼくも欲しかった!
しらんぷりして引き換えてもらえば…コラコラ!)

 *最終日前日の名城大前。花井さんが「辻さんに入れると単位が貰えます」
などというものだから、辻さんがあわてて「そんなことはアリマセン!絶対に」と
打ち消す、掛合い漫才のようなひとこまも。

*いよいよ最終日。瑞穂区御器所スーパー前でチェーンスピーチ。
参加者ひとり残らず思いを込めて訴えた。とにかくいろいろあった。人間が見えた。
大都会というものが見えた。世間というヌエ的存在のありようも、かいまみえた。
クルマ最優先の名古屋では公共交通の不備が極端で、不便なところほど豊かな
自然がかろうじて残されている現状も実感した。

ぼくにとっては毎日が外国旅行のようでもある1週間だった。教室の前で
生徒が待っていたり、はらはらドキドキ息つく暇もない疾風怒涛の日々だった。


 *≪打ちあげ≫では知る限り全員が「やって良かった。やるだけのことはやった」
 という感想で一致した。26841票。得票率5.38%。総経費1437万6085円
供託金没収は免れた。 惨敗ではあったが声は届けられたと確信した。この結果は
関わった全員が各自、今後の人生の中で受けとめていくことになるだろう。
自然を守りいのちを守る戦いはまだまだこれから…

 ★4月25日:博覧会国際事務局《BIE》宛に万博反対の抗議はがきを!  
96年にBIEで2005年の万博開催国が決定されます。愛知県の万博候補地
及び近隣の市町村に居住する住民の「海上の森での万博反対」の意思を表明し、
かつその存在をアピールする手段としてBIEに宛てて、開催断固反対!のハガキを
郵送したいと思います。各人それぞれ出すのが最良とは思いますが、その手続きが
どうもという方が多いとの予想から、ハガキに印刷したものを用意しました。

《切手代90円は各自負担ください》 主旨に賛同していただける方は、
ゼヒ同封のサンプルをご覧のうえ記入投函してくださるよう、お願いする次第です。
<もっと欲しいという方は事務局まで連絡下さい。なお住所・氏名のみでOK
ですが、空欄に意見をかかれても構いません。もちろん日本語で結構です>

 ★93年7月24日:海上の森の主要ポイントに道標と看板を設置!
 森島氏からの提案で、ハイカー用の道標と抗議看板を海上の集落の広場で作成しました。
材料と道具を提供して下さった「海上の自然と歴史を守る会」の宇佐見さん、森島、竹本、
村瀬、他2名の方に「海上の森の生き物」たちに代わり、心から感謝するものであります。

 ★9月15日:原人・神奈川県大磯の海岸に出没、サメを食らう!  
14日(金)夜9時過ぎ、仕事先にトツゼン森島氏より入電。明朝5時・四軒屋ヤマナカ
集合で鳥を見にいこうとのお誘い。生徒の声が騒がしく、よく聞き取れなかったが即OK!

 *15日:4時20分起床。約束より7分前に到着。すぐ本隊が着いてようやく目的地が判明。
神奈川県大磯の海岸へアオバトを見に行こうというのだった。メンバーは森島、村瀬、山本
竹本(名古屋のキャバレー王・花園のオーナー)小生の5人。≪9時過ぎに電話してスグ!
これだけ集まるとはイヤハヤ・・・)匿名希望X氏の運転で東名をひた走って湘南海岸へ!  

*肝心カナメのアオバト、いやあ見ました、みました、ミマシタたっぷりと!
とにかく来ること来ること次ぎから次ぎへと数羽から数十羽、数百羽とぞくぞくやってくる。
海岸の沖合い10m程の岩場へ海水を飲みにくるんですネ。よかったヨカッタ、ベリグー。
*さてひと段落して廻りを見まわしていたらなんと!磯でサメ釣りをしている少年を発見。
聞くと煮たり刺身にして食べるのだという。

見ている間に釣り上げた「夜店のサメ釣りの玩具そっくりなの」を早速、交渉して2匹
お買い上げ。鮮やかなナイフさばきで山本氏が刺身に、すぐ全員が話しのタネにと、
われ先に試食を始め、ウ~ン!まずまずイケルね。

 *ここで地上で最も恐ろしいイキモノは人間でアルと!お互い顔を見合わせ実感。
・・・むむむ。さらに海岸で知り合った現地の野鳥の会の方3名から、びーるやらヤキトリ!
やら差し入れがあり、鳥好き同志大いに盛りあがり、帰路は下戸のM氏の超安全運転で
無事帰名、午後7時でした。

10月2日(土)お~い、紅葉まっさかり、ケドやっぱり秋は伊良湖岬!
 前夜8時50分。山本県支部長発・森島経由で入電『あのー仕事中なんですけど』
まっ、いいか!【朝5時・四軒屋集合】との由。パブロフの条件反射のごとく、
ナニも考えず、即、イク・いく・行くと返事してしまう。う~ん重症だ。なんだか変に
興奮して1時過ぎまでうだうだとウイスキー牛乳(最近凝ってるンです…ミルク割り)
をガバガバやって、ようやく就寝。

 *起床4時15分《睡眠3時間》・・森島、村瀬、山本と定刻に4名。
渥美半島先端・伊良湖岬(島崎藤村の椰子の実で有名な)着8時15分。灯台に通じる
サイクリングロード入口の松の木にサンショウクイ(オオタカと同じ絶滅危惧種)発見。素敵
な声でさえずる優雅な姿を真横わずか5mの至近距離からタップリ堪能!よしよし幸先ヨシ

 恋路が浜で知人とばったり。瀬戸を夜中2時半に出てきたという。う~ん上には上が!
 サシバ、ノスリ、ツミ、ハチクマ、ミサゴ(全てワシタカ類)など渡りのカウント合計数が昼頃
までで約200とのこと。ずいぶん風が強かったが、絶好のタカの渡り日和となっていた。

*収穫は①頭上でホバリングするアカハラダカを初見 ②強風のなか渡りかけては戻る
  を繰り返し、ついに海峡を越えていくヒヨドリの群れを、思わずガンバレと声援を送りつつ
何度も見送ったコト ③神野新田で優雅なセイタカシギ3羽をバッチシ見た・・・デシタ。

 ★10月9日(土)8日夜またトツゼン受電。アサギマダラの天女の舞いを見に!  
 例の如く前夜8時45分・お誘いの電話《朝7時例の場所集合、モチロン伊良湖岬》
 え~っ明後日から一泊で伊良湖岬でキャンプのはずだけど、どーなってんの・・・?
エ~っ、それはそれだって!まっいいかッ。予定していた「リトルワールド行き」も
子供たちの都合でキャンセルになったし…うんじゃあ行く、イク…と返事が5回。  

集合地点にいくと森島、山本のはずが「ヤッパシ家にいても…」と村瀬氏。
結局いつものりない面々4名。『そのうちにさ~、みんな家族に見放されるよ~
こんなんやってると…』《もう、とっくに…だって!?》  

*恋路が浜で岡野父子と、やあやあ。いいな~親子で同じ趣味なんて!我が家など
息子を誘っても「勝手に行ったら、ひとりで・・」のおコトバ、取り付く島もなし、とほほのほ。
本日の収穫(1)アサギマダラの渡り9頭(2)ノビタキ多数(3)チョウゲンボウを目の前で確認
(4)葦毛湿原でシラタマホシクサ、ミミカキグサの花 (5)ルリタテハ 帰名午後6時半大満足。

10月10日~11日:伊良湖神社キャンプ・鳥・とり・トリづくしの2日間!  
10日昼過ぎまで海上の森で探鳥会。午後2時、森島、竹本、A氏、小生でイラコ岬へ。
総勢16名でキャンプ。満天の星の下、一晩中ごうごうと風が鳴っていた。うれし楽し!
やかましのてんやわんやの2日間。これ以上は《趣味に無縁の方には退屈か》と以下割愛。

10月22日:瀬戸市長、愛知県知事あて要請。海上の森を鳥獣保護区に!  
午前9時:瀬戸市役所、午後1時:愛知県庁(自然保護課並びに県21世紀委員会
万博担当を通じ)それぞれ瀬戸市長、愛知県知事あてに「海上の森」を鳥獣保護区に
指定していただくよう「海上の森の歴史と自然を守る会」「ものみ山自然観察会」
「日本野鳥の会愛知県支部」の3者連名で要望書を提出。

山本支部長代理の小生を含め参加4名。万博会場候補地としての現況から、
立候補の妨げになる「鳥獣保護区」の設定などとんでもなく、指定される可能性は
限りなくゼロに近いが、愛知県による万博への立候補がまだ正式に表明されて
いない段階なので、森の貴重さを広く世間にアピールする手段の1つとして、
まずカラメ手から攻めてみるという次第です。

 モチロン小生が体験したのですが、海上集落の民家の至近の地点でヤマドリを
目当てに発砲した不届きな「銃猟者」がいて、注意したら筒先を向けられビックリした
ことがあり(森島・村瀬氏が同行していた)猟銃事故が起きてからでは遅いのです!


11月6日(土)野鳥の会事務局長からカスミ網調査へ参加要請!
 う~んと考えていたら「帰りに広瀬のヤナでバーベキュー!びーるもでるしー」とのおコトバ。
『えっ、イク・行く・・と態度豹変、ソク、OK』それにしても、まだ懲りずにやってんですねー。

*7日(日)朝8時:地下鉄上社駅集合。大人10名、子供2名、車4台で一路藤岡村へ!
目的地の現場直前で、トツゼンUターンして戻って行く「不審な二人組ワゴン」とすれ違う。
急ぎ二手に分かれ鳥屋場(とやば)2ヵ所を調査したがいずれも最近使われていなかった。
現場入口に中電が送電線工事用へりポートを建設中で、目立ちすぎ断念したようだった。

*第2現場・小原村の山中へ向かう。『紙漉きの里へ鳥好き、酒ずきが行く!』てな
ことを言ってるうちに到着。狩り小屋まである本格的な鳥屋場だったが、ざっとみた
ところ跡はなく、帰ろうとしたら《キジ撃ち》にでかけたS氏が散乱する小鳥の羽を発見。

エッということで、詳しく調べ直すと、あるはあるは、そこらじゅうに大量の羽毛。
落ち葉や石で隠した下に竹竿を立てる「塩ビパイプ製」差し込み筒やそのフタ。
網を張る際に竹と竹を繋ぐゴムバンド。竹竿も4、5本づつまとめて数ヵ所。
更に調べると、まっさらな竹竿の跡がアチコチに《夜明け前に網を張り獲物を
持って今朝撤収》と思われた。メンバーによると去年ここの持ち主は摘発され
始末書を取られたという。ったくも~懲りずにやってんですね~いやはや

 ★11月26日(土)海上の森で、やっぱやってたんですネ!カスミ網!!  
午後9時50分。帰宅そうそう《あちこちから緊急だという電話が3本も入った!》と
家人が。<またぁ~、どうせ鳥の~~>というトガリ目を背中に感じつつ『えーと、
う~ん、あの~』とむにゃむにゃいいつつ子機を掴み洗面所からコソコソと連絡。 
 モシモシ、宮永ですが…                                   
 坂松氏:あっ、宮永サン?こないだトレーナー、僕の車に忘れていかなかった?
      宮永:うっ、今まで気づかなかった(こないだは竹本さんの車にテントと支柱を…とほほ)
  坂松氏:洗っておきましたから、そいで…                          
 宮永:いっしょに10万円入りの財布があったはずですけど…             
   坂松氏:…(とりあわない)用件だけど、明日カスミ網の調査に行かない。林さんから
 【見つけて宮永さんに連絡したけどイナイ】って連絡がきて…森島さんも村瀬さんも来るし
  宮永:えっ、じゃあ行くいく、イク《かくてミルク&びーるは早めに?切り上げ就寝1時半》

★☆★11月27日(日) 格闘の末、密猟犯を現行犯逮捕!  
起床4時半、瀬戸山口駅着5時46分。出発6時12分。メンバーは林千代子さん、
北岡由美子さん、森島、村瀬ほか計8名。林さんの案内で《置いて行かれたら迷子になる
こと確実の山道》を笹薮をかきわけ歩き続けること30分余り。突然季節はずれのさえずりが
 
*「テープだっ!」「し~~っ話し声が…」全員足音をひそめ、ゆっくり忍び寄る。
トツゼン!森島氏が急な上りを走り出した。つられて小生も全力で駆け出す。視界の左右、
カスミ網とふらふら揺れる小鳥が3、4羽、いやもっと、それらがひゅーっと後ろへ流れていく。

視野の左端に男が1人、そしていきなり右端から眼前《3mほどの崖下》にもうひとり…
『うおーっ、待てー』気がついたら犯人の真上に覆いかぶさるようにジャンプしていた。
かくて抵抗空しく、彼は小生にシッカシ抱きつかれ、哀れ逮捕されたのでした。

ときに6時55分。3方に開けた山の南斜面。コの字形に3重、4重に張り巡らされた
カスミ網が21枚。プロの鳥屋場だった。犯人の前後を挟んで下山。連絡を受け
到着したパトカーの警官が近づき、イキナリ「犯人はこのヒトですか」と小生を指さした!

おいおいコラコラ、とほほ。更に犯人の奥さんに間違えられた林さん!
同行する緊張から顔がひきつっていたようで。一攫千金の夢から覚めない
鳥屋師(とやし)の皆さん!光頭ヒゲ面のオジサンに押し倒され、お縄を頂戴してしまう、
こんな目に遭うことはモウやめましょう!天網恢恢疎にして漏らさずというじゃアーリマセンカ!
(逃げたもう一人は後日自首してきたとか:犯人より人相が悪い?海上原人からの報告デシタ)

12月6日(月)午後10時半 藤前干潟を守る会代表・辻淳夫氏より入電  
12月2日に新聞発表があった【藤前干潟の環境アセスメント実施の決定】に対して
「中止要望書を提出するので一緒に来て欲しい」ということだった。トニカクもうダメというのは
≪喉もとまで呑んだトキ≫と≪死ぬとき≫だけ!あきらめるワケにはいかない、やるっきゃない。

12月7日(火)午前10時50分 名古屋市役所1階・待合室集合  
いつもの顔ぶれ。辻氏、加藤倫教氏(守る会事務局長・浅間山荘5人のひとり・連合赤軍
少年兵士Aを最近出版)、浅沼秀夫氏(尾張野鳥の会会長)、女性2人と小生の合計6人。
前日辻さんが記者クラブへファックスしたとかで、4階で降りて市長室に向かう廊下の
突き当たりを右にまわったとたん、わおーっ眼もくらむライトとカメラの放列、凄い数の報道陣。

市長代理ということで吉沢環境衛生局長が対応。トーゼン話し合いは言いっぱなし、
聞きっぱなし…つーか、聞かれっぱなしの平行線で終ったが取材に押しかけたマスコミの
関心の高さから時代の流れは完全に「環境保護」「自然保護」に向かっていると実感した。
事後の打合せで、お互い改めて運動の更なる継続を確認、新たな方策の立案を約し解散。

 ★12月8日(水) 朝刊に「愛知万博推進議員連盟」が発足との報道  
いよいよ運動に本腰をいれる時期が近づいてきたとの感を深くした。
地元自然保護グループを中心に大同団結して「連絡協議会」的な統一組織を結成する
こと:ひとりでも多くの人たちに海上の森の素晴らしさを知ってもらい、万博反対運動の
支援者を増やす広報活動、この2点の強化の必要性を痛感し、さっそく働きかけることにした。

12月31日(金)藤前ナイトウォーク:懲りない七人の面々・今年も諦めませんョ  
大晦日やっとのことで約束を果たし【ディズニーのアラジン】を見て大満足の娘と
久し振りに手をつないで父親を満喫して、午後3時過ぎ帰宅。すると辻さんから受電との
伝言。早速荷電すると「熱田さんへ初詣でしてから、藤前干潟まで歩きませんか」とのお誘い。

除夜の鐘を隣り組の蓮教寺でついてから氏神さまに初詣でして寝るというのが恒例なので
即、OK。ただし、楽しみにしていた娘には「本2冊」で了解を得る。自分中心でゴメンね。
念のため誘った息子は「イヤ」のひとこと。聞いた相方は呆れ返って、どーぞご自由に!  

元旦深夜1時。熱田神宮西2番出口集合
辻氏、吉田よしみ(現夫人)さんほか計七士。ギッシリずっしり凄い人出。
なんとか参拝を済ませ再度集合地点へ。2時15分藤前をめざし寒風の中を出発。
途中よしみさんの発案で、俳句もどき 川柳もどきをひねりながら歩く。5時半全員が
楽しみにしていた終夜営業の名物「うどん屋」が休み。が~~ん、あ~あ。

やむなく藤前干潟直前の庄内川にかかる橋のたもとの「牛丼の吉野家」で大休止。
おなかが空いてないという主婦Mさんが「1杯50円の味噌汁だけでもいいですか」と
聞いたところ、ニコニコなんともいい笑顔で「いいですよ」とバイトらしい男の子。
味噌汁だけでは悪いからと、頼んだ牛丼400円ナリ!のうまかったこと!!

小生を含め「吉野家は初体験」という4人ともども大感激。
「いい教育してるのねー友達にも宣伝してあげなくっちゃ」と主婦Kさん。
6時15分藤前干潟着。仲間が焚き火をして待っていてくれた。

*熱田神宮から藤前まで10数㎞の範囲で小生が数えた【自動販売機】の数265台。
終夜営業の店が18軒。無人の公園がどこでもこうこうと照らされていた。野放し状態の
電気のむだ遣いを改めて実感した。まさに湯水の如く、うーん、なんともモッタイナイことだ。

心尽くしの味噌汁で身体を温め、現地参加をあわせ20人近くで初日の出を拝んだ。
今年も決して投げ出さず、ムリせず気長にやることを約して午前9時半、現地で散会。
(*正月2日 新年初の東山探鳥会で【CBCで小生の初日を見た】と何人かにいわれ
こらこらコラ~っ、とほほ・・・) 次回は
オオタカ営巣調査・くるみ島探鳥記など


第5回94年前半
オオタカ営巣調査・篠田池ふくろう探検隊・くるみ島探鳥記など

94年2月5日(土)早朝3時半:本郷駅前  「アトリの影を見た!」
懲りない四人組ニコニコ顔で定刻キッチシ、竹本、森島、村瀬のセーネン諸氏が
勢揃い。酒精大王氏の運転で悪天候のなかを一路、根尾村(薄墨桜で有名)へ。

昨夜8時55分、またまたオシゴトの真っ最中に森島氏より「鳥をみにいき
ませんか」とお誘い。え~っと、たしか明日は【娘と名港水族館へ】という先約が…
まっ、いいか、理由はアトで考えてと即OK!そのまま徹夜して参加なのデシタ。 

*横なぐりに降りしきる雪の中、やまあいの県道沿いに「ガードレールに抱きついた車」や
「民家にもたれかかったバン」 「擁壁にキスしているランクル」 「接触した軽4と乗用車」
「坂道で立ち往生のトラック」と次々現れては後ろにすっ飛んでいく。スノータイアにチエーンと
フル装備のわが隊は気楽に眺め、根尾谷奥の現地6時28分着。それにしてもスリップ事故は
ヒトゴト感覚で笑って済ませちゃえるんですネー、自分たちが起こすまでは・・。こらこらコラ~

 *集落を抜けた農道に車を停めると積雪20㎝の雪降り。周りを見まわすと徹夜で
横浜からきたという【物好き】3人組とわれわれダケ(ひとのこと言えるか!という声も
どこかから・・!)《おたがい好きなんだよな~と同病相憐れむ視線を投げ合いつつ、
しばし情報交換》  *その横浜組がなぜかアッサリ諦めて、朝めしに引き返していった
ホンの数分後「でたあっ…」村瀬氏が指差すかなた、雪空のねず志野色の稜線ぞいに

「ワオーッ、すごいっ!」握り締めた砂粒を思いっきり空に向けて放り投げたような状態で
視界180度、次ぎから次ぎへと流れる川のように数十万羽のアトリの大群。途切れること
なく延々12分間も、う~ん!じつに壮観だった。しかし、シカシ、夜も寝ないできたのに
見たのは《灰色のごまつぶだけ!》アトリ本体はゼロ。優雅で可愛いはずの姿は皆無。
あ~あ残念こんなモンかな~。行きはヨイヨイ帰りはコワイにならぬよう、チョー慎重運転で
 午前11時帰名。その日午後、半分眠りながら、娘と名古屋港水族館を見学したのでした。

 ★2月6日(日) 午前9時:山口駅前・定例海上の森探鳥会
遅刻し、先回りして山口川沿いで待っているところへ本隊がぞろぞろ。早速メンバーと
「全国野鳥密猟対策連絡協議会・全国大会」の広報の打ち合せ。今年は愛知が開催地の
ため。で、昨日の今日なのにアトリ探検隊は全員出席。【雲の絨毯のような、砂粒にしか
見えなかった】アトリの群れをなんと海上の森で≪直前10mの至近距離からばっちり、

飽きるほど見たのです。20数羽でしたが《雌雄の違い》も図鑑通りはっきり識別ができた
うえ「求愛給餌」や公衆の面前での「しっかり寄り添ってのキスシーン」までもフォーカスできた
のでした。それにしてもこんな間近でアトリが見られるなんて、あの雪のなかの寝ず呑まず?
の往復200㎞、延べ9時間の突撃作戦は いったいナンだったんでしょうねー、え~ん!


4月9日(日)【ばーど・らりい・in・海上94へのお誘い】≪詳細は別紙≫  
海上の森は瀬戸市の南東の外れ、グリーンロード八草(やぐさ)インターから北東1.9㎞
にある愛環鉄道・山口駅の南に広がる里山の通称です。休耕田が目立つ田園地帯から
山口川沿いになだらかな丘の連なりへと伸びあがり、猿投山(さなげやま)に至る雑木林と
 人工林が入り混じった《ほどよく人の手に馴染んだ身近な自然》が息づいているところです。

 しかし、日本中どこにでも普通にあった山野が列島改造の乱開発でゴルフ場となり
工業・商業団地、住宅地となり、ことごとく失われ、気がつくとここ【海上の森】一帯が
大都市近郊にもかかわらず《今となっては貴重な自然》が奇跡的に残された里山と
なっていたのでした。さあ皆さん、子供たちには動物園にはないありのままの自然を!

青・壮年には里山の素晴らしさを!そして熟年には幼き日の想い出につながる
懐かしき古里を心ゆくまで味わってみませんか。きっと思いがけない出会いと安らぎが
あなたを待ってい るはず。参加希望の方は別紙をご覧の上、事務局まで連絡下さい。
もちろん初心者大歓迎です (次回は
ストップ・ザ・野鳥密猟の巻です!)

4月16日()~17日(日)野鳥密猟対策連絡会・第2回全国大会を開催
 常光寺勤労センターを会場に野鳥の会愛知県支部が計画、実施、成功裏に終了した。
 中心議題は、マニアの間で相変わらず盛んに行われている【鳴き合わせ大会】に向けての
【メジロの違法捕獲・違法飼育】対策が真剣に論じられた。またプロによるペットショップへ
の卸しを目的とする「大量捕獲」と「産地証明書偽造の実態」などが全国から報告された。

全国からの野鳥の会関係者に加え、環境庁、愛知県自然保護課、周辺各県の林野事務所
 など公的機関からの出席も多く、非常に有意義な議論がなされ、大会アピールも各報道機関
に取り上げられた。会員諸氏による準備協力は大変なものがあり、小生もじゃまにならない
よう、野鳥関連グッズの販売担当&広報担当として当初から関わり、2日とも参加した。


会議室での集会のあと、大広間で夕食。全国からはせ参じたベテランバーダーの方々を
中心にケンケンゴウゴウ、口角泡を飛ばして《14畳に50人以上の2次会》が果てたあと
  同室の《森島氏とタケモト大王のイビキ》をツマミに副支部長、支部報編集長、小生の若手?
  3人組は静かに午前4時20分まで!地球の未来について語り合ったのでした!ホントかな?


 翌17日起床7時。センター周辺での探鳥会にも、会議にもしっかり参加し、無事
午前11時の閉会を迎えることができた。その後、参加の「海上の森くらぶ」員はトーゼン隣接
する海上の森に移動し、慰労会を兼ね打ち上げの「花見の宴」へと突入したのでアリマシタ。


 酒精大王と宴会部長(二次会用あるこーるとつまみを小生と2人で用意した)森島氏、M
そしてお酒を少々嗜む宮永のセーネン4名は大正池のほとりで満開のヤマザクラをめで
つつ、昨日に続くあるこーるをゆっくり美味しくいただき、春爛漫の午睡をたっぷり2時間
以上!その夢はギフチョウとともに青空を舞ったのでした。あー、ゴクラク、ごくらく、極楽。


 4月21日()「バードラリーin 海上の森94」記者発表・愛知県庁
 5月4日開催予定の【バードラリーin 海上の森 94】のマスコミ発表のため県庁へ。
元CBC幹部・M氏と県庁1階で2時15分に待ち合わせ。県政記者クラブへ直行。事前に
幹事社に連絡してあったが、ラリーの資料を配布するよう(いわゆる投げ込み)頼んで退去。


 鈴木知事が愛知万博の誘致活動のため渡欧中だったが、某社の記者から聞いた話し
ではマスコミの中には《同行取材費用》の【半額を県に負担してもらった】ところがあるという。
うーん、いったいどうなってんだ。筆に影響がナイといえるのか!歯に衣きせぬ報道ができる
のか?仲良しクラブの赤ゲット漫遊記なんか撒き散らされたら、目も当てられんよなー


 まあ、肝心のラリーの当日に、どれだけ取材に来てくれるかで、愛知のマスコミの万博
候補地への関心の度合いが示されることになりそうだ。また面談できた数社の対応ぶりから
今後、開催までに新聞各社へ「行事案内」の掲載を依頼し、宣伝する必要性を強く感じた。

 ラリー要綱 
と き:1994年5月4日(水)午前9時集合 9時半スタート 終了午後3時半
ところ:愛知環状鉄道・山口駅前集合  海上の森一帯
チーム:3人1組(サポーターは人数無制限) 野鳥の会会員以外でも参加自由
費 用:1人100円(保険料)、双眼鏡、飲み物、昼食、筆記具が必要
その他:雨天決行。愛知の野鳥ガイド(東海財団提供)&詳細コース地図共に無料配布。
   

主催:野鳥の会愛知県支部 協賛:海上の森くらぶ、ものみ山自然観察会、藤前干潟を守る会
海上の歴史と自然を守る会、全国野鳥密猟対策連絡会 みなさん!どうか奮ってご参加を!!

(
次回はふくろう探検隊の巻です )

 ★5月3日(土)バードラリー前日・ふくろう探検隊・海上の森キャンプ決行  
原人(森島、村瀬、竹本、宮永)4名に、オオタカ調査メンバーの若手諸氏(といっても
 30代後半)が守山区四軒屋ヤマナカに午後1時ピッタシ、これ以上はない笑顔で全員集合
 さっそく1泊2日13名分の食料を買出し。モチロン《あるこーる》はぬかりなくタップリ確保。
ワイワイがやがやメニューを相談し「あれはどう」「これがいるんじゃない?」「こいつがウマ
イんだ」「こっちが安いからさっきの戻したら」なんていいながら、ゾロゾロ店内を練り歩く。

この時間がたまらないんデス!手当たり次第買って、ダンボール5箱で1万4千なにがし!
やすっ!さて午後2時、山口駅で後発4名と合流。なんと前田・香川の独身女性2名が特別
参加。一躍平均年齢が20代?に急降下!ますます隊員のニコニコ顔に磨きがかかり再出発。
今回は篠田池でキャンプのため「山火事注意」地点に駐車。片道20分ほどの荷運びが必要の
ため竹本設営隊長と森島宴会部長の「宿泊準備班」と、村瀬・宮永の「バードラリー準備班」の
二手に分かれ行動開始。ココロはすでに「びーる」⇒「宴会」へと小生以外?は向きつつあるよう

で明日の《ラリー用順路・看板立て》も誰ひとりサボらずテキパキと進み、びーるビールびーる
と連呼しつつラリー班一同は飛ぶように篠田池テントサイトへ。合流後す早く残りのテントを張り
フライシートを組みたて宿泊準備完了。タケモト鍋奉行の差配のもと、ツーバーナーの鍋を囲み
もうこれ以上の笑みはないというカオ・顔・かお「では、カンパーイっ!」くーっうまい、ハラにしみる
あ~イブクロまでが笑ってる!《ぐびぐびぷはーっ》とびーるが乱舞、ヘッドランプとランタンの

夜が始まったのであります。焼肉のはずが豚汁事件?とか平成イビキ・ウシガエル合戦、
おっとその間に、一升瓶を下げたオジさんや千鳥足のお兄さん、満天の星に谷底へ落ちか
けたおネエさん?たちが深夜の森を2時間近くもさまよう【ゾロゾロ青年団・ふくろう探検隊】
顛末記など《隊員の名誉のため詳細は直接口頭で》おかしくも哀しくもトンデモなくもある?
13名の大供(おおども)のウレシイ、うれしい夜はかくて賑やかに更けていったのデシタ。
あ~ホント面白かった。えーっどんなに面白かったって?それはキャンプにくればワカリマス。
《注:翌4日バードラリー編は鳥のコトばかりで関心のない方には??なので割愛します》
 次回は
反博事始(はんぱくことはじめ)の巻です。

 ★5月13日(金)~15日(日) 海上原人《能登半島沖》舳倉島に大挙上陸!  
午後10時半:名古屋地下鉄一社駅集合。2台14名が能登半島・輪島に向け勇躍出発。
海上の森くらぶ【せーねん部】を中る一行は《曇りのち雨、トコロによって船も欠航》
の不吉な予報をものともせず、雨男=森島氏の恐るべきジンクスが外れるよう一心不乱に
祈りつつ?うきうきするココロに忍び寄る不安の影を振り払い賑やかに名古屋を出発した。

さしもの酒精大王タケモト氏も徹夜運転のドライバー氏を思い、道中1滴も呑まず!
(もっとも来る前に喉元マデ呑んできたという説もちらほら)コトもなく13日の金曜日を無事に
過ごし、翌、早朝4時35分、輪島に到着。と、港に架かる橋の袂の公園で「ゲートボール」の
準備を始めた「元青少年」の方々を見て「げっ、もうやってんだ、もの好きっていうけどウ~ン」
と感心している某氏に「向こうだってこっちのことそう思っているよ」と声があり、大爆笑。  

朝市をのんびり見物して朝食をとり、一番の船で2時間近くかけてマニア垂涎の野鳥天国
舳倉(へくら)島へ。かなり揺れてダウンしたひとが多かったようだったが、朝から泡モノで
すっかりできあがった大王と小生は甲板に大の字で熟睡。小原庄助さんじゃないけれど
朝寝朝酒ってサイコーっすネ。さて天気は「歩く太陽」といわれる小生の念力が森島氏に勝ち
土曜は晴れ、日曜は曇り後雨ながら《欠航がしゅっちゅうという》船も無事輪島に向けて出港。


日本有数の渡りの中継地だけはあり、確実に目認できた種類がなんと72種!
(詳細はJANJAN読者にはマニアックすぎて??なので割愛)  もう感激の連続なのデシタ

6月9日(木) 「海上の森での万博開催」に反対!初の公前行動!!  
午前9時40分、愛知県庁西庁舎ロビーに集合。愛知県商工部に要請書を提出した。
参加は《ものみ山自然観察会::北岡・曽我部》 《BIEに手紙を!:渡辺》 《海上の森くらぶ:
黒?一点小生》の4名。市民グループとして初めて!【森での万博開催反対】の声を挙げた。

会見には県政記者クラブ所属のほぼ全社20名近くが出席。テレビ各社のカメラも並んだ。
参加市民グループで意見調整した結果【海上の森での万博開催に反対】の立場で活動を行う
ことに合意し、そのスタンスで記者会見をした。宮永個人としては万博そのものに反対なのだが
《まずは森を守ること》を最優先に、広範な賛同を得るためとりあえず妥協した。一番のショックは
会見終了後に近づいてきた、地元地域紙の坊主頭の《県政記者クラブ最古参》記者のひとこと。

「なにいってもムダだよ。どうせ万博は実施されるんだから!」『オイオイなにいってんだよー、
このバカヤロー』いいかけたコトバを必死に呑みこんだ。そんなん言われなくても分かってる。
ただ新聞記者に!オマエにそんなコト言われたくない!あ~あ、御上に逆らうってのはホント
大変だな~とつくづく実感したのだった。すでに始めていた《候補地変更を求める署名》活動の
強化と、集約後、提出のタイミングを計ること、各グループ間のいっそうの連携と協力を約して
散会した。もうやるっきゃナイ!!(次回は
木曾御嶽山原人現るの巻です)

6月13日(土)~14日(日)海上原人、御嶽山(おんたけさん)に出没す!  
岐阜県北東部に聳える御嶽山の長野県寄り中腹にある濁河(にごりご)温泉から更に奥、
標高1950mの高原に広がる胡桃島(
くるみじま)オートキャンプ場が目的地。素晴らしさ
に惚れこみ通い続けたキャンプの達人・森島氏の提案で、そろって出かけることとなった。

 ちなみに御嶽山は「木曽のな~ぁ♪なかのりさ~ん♪木曽の御嶽さん♪なんじゃらホイ」
の民謡で有名な修験道信仰の霊山、濁河温泉は掛け流しの露天風呂で知られた秘湯だ。
 梅雨のさなか、曇り後あめの予報に反し、はれオトコ(れをゲと読み間違えないヨーに!)小生の
参加もあり、さんさんと輝く太陽のもと中学生1、独身女性2、旧美女・美青年13総勢16名の
  一行は名神から中央高速・中津川経由で現地へ。当然小生が乗った車中は誰かの漫才独宴会!

進むほど天気はますますピーカンに!途中、食料と最も重要な飲料も!わいわいガヤガヤ
購入、一部原人の「こころ」は早くも夜の宴会に飛んだようでした。キャンプ地は森林限界線
直下の《トウヒ、シラビソ》などの原生林の真っ只中。まさに深山幽谷そのもの。おそらく日本
のオートキャンプ場の草分けで、炊事場と清潔な落下式トイレ以外は何もない村営施設。
簡素なテントサイトと、ほどよい散策路、周りの自然はそのまま残されていた。   

午後4時過ぎ到着後、早速双眼鏡を片手にキャンプ場一周のバードウオッチングに出発!
まさに野鳥の楽園、高山植物の天国、見るもの聞くものさわるもの、もう驚きと感動の連続。
鳥や植物の種類の凄さ!名前の羅列だけでもこの稿が終りそうで、以下自主規制しカット。
さて日が沈み、周辺の動植物のミナサンには失礼して、最大の楽しみ!夕食、大宴会!
定番のトン汁、焼きそば、バーベキューそして仕上げの新メニュー「煮込みにゅーめん」も
ことのほか美味しく、並んだ顔がみなこれ以上ない笑顔で、盛大な焚き火を囲んだのです。

 メンバーの心配の種だった「あるこーる」も酒精大王タケモト氏の残念な欠席もあって、
たっぷりしっかり!ゆきわたり余るほどでした。ぷは~っ、う~ん、サイコ~っすネ、も~!
どーして素材だけの料理なのにキャンプで食べるとこんなにウマいんでしょうね!皆さん?
宴会の次は《童顔の星座セーネン》S氏と《星座乙女》香川嬢の解説のもと、星座鑑賞会
≪美女と野獣という声もどこかから…おいおい、コラコラ、そんな本当のコトを…≫満天の
降るような星とはまさにこのこと!無数の星が見ている地球上のニンゲンに迫ってくる!

「あーっあれはなんだ?」ツーとゆっくり天空を横切る一点。生まれて初めて人工衛星を見た。
とーぜんカタカナの星座名がしきりに飛び交ったのですが、教えがいのない小生は《右の耳
から左の耳》というナサケない状態で、酒精の夢の中、羽化登仙の世界にいたのデシタ。
海上原人恒例の【ふくろう探検隊】。盛りあがりデキあがるのが予想以上に早く、10時には
村瀬隊長の先導で出発したのだが、なにせ原生林のまっただ中のキャンプ場、道に迷えば
死者も?という星明りだけの漆黒の闇夜のため、原生林をさまようこと30分ほどで退却。

いささか不満の残る原人一同なのでした。でも、そのあとにシッカシ喉元まで呑んだヒトも
いたようで…。キャンプの醍醐味、夢うつつきれぎれにヨタカ、ジュウイチ、ホトトギスの声。
夜明けにはツツドリ、カッコウ、ルリビタキの大合唱。寝ててもちゃんと耳は聞いてるんです
ホントです。起床4時降るようなメボソムシクイの歌声。至るところでさえずる美声ミソサザイ
そして日本最小の鳥・キクイタダキ。確認した数40種。なにより個体数が多いのに驚いた。

帰路は御嶽山の南面・開田高原を経て名古屋へ。途中、濁河温泉に寄り、
町営の野天風呂で酒びたりの汗を流しすっきり。これで混浴なら文句なしなんて
不穏な発言も・・・≪んなん、あるわきゃないよね、コラコラ!このー!≫かくて
原人一行は再訪を期し、和気藹々のうち無事に帰名したのでアリマス。  

6月15日(水) 21世紀万国博覧会「基本構想」最終案・答申さる  
瀬戸【海上の森】を会場とする愛知万博(通称)の基本構想が名古屋商工会議所会頭に
答申されたと15日付朝刊各紙で報道された。事前に主役のはずの県民への答申はなし。
とっくにバブルがはじけ「モノからこころ」へと時代が移りつつあるというのに、相変わらず
金儲けしか眼中にない財界、業界、それと結託しているお役人、政治屋。ふーっやれやれ。
事業費・観客消費予想額・計2兆5千億とか、全国への経済波及効果8兆2千億とか、

まるで実感が湧かない《見当もつかない金額》の虫のいい金儲け話だけ!
《身近な自然の破壊が積もりに積もって》自然環境、いや地球環境の破壊へとつながり
はじめ人間の存在自体が脅かされそうなトキすら近づきつつあるという情況なのに、それを
【まるで意に介しない連中】が社会を動かしている現実に、歯ぎしりする思いでいるこの頃です。

モチロン小生だってお金は欲しい、欲しくて欲しくてたまらない!でも限度を知っている。
《自分の能力ではせいぜい十万の単位まで、どうあがいても、そんなモン、それでモウ…》
金がなければもちろん欲しい、でも、あってもあっても欲しいのがカネ、かね、金…だろうな。
ケド、だけど、モウいい加減にセイ!と言いたい。ほかにも《なんか》見つけようョ、なっ!!
その15日付某新聞で森を潰して万博を開催する意義を認める「学者」が《地元のみなさん
には申し訳ないが、海上の森の雑木林には【もともとの生態系】はほとんど残っていない。

だから(ブルドーザーで山を削り谷を埋め)平らに造成した上で、会場の一部に《幅200~
300m長さ2kmほどの緑地帯を造りブナ、カシの植林をして元に戻す》なんて言っていた。
 なにを寝ぼけたことをいってんだ。地球誕生から40億年、いつのことを《もともと》といって
いるのか?自分が勝手にきめた《縄文時代を中心とする落葉広葉樹が繁茂していた頃》を
【もともと】といってるだけで、戦中の乱伐や戦後の植林を経て、50数年たったいま、ここに
ある海上の森が、ありのままの状態の里山や雑木林が生きている自然そのものなのだ。

 94年3月までに、市民グループに確認された植物731種、鳥類93種、哺乳類13種、
昆虫類753種、両生類・爬虫類17種、魚類11種、さらに続々と貴重種が発見されている
この森をたたき壊し、棲みかを奪う権利は人間にはないはず、かれらにも生きる権利がある
のです。皆さーん、この豊かな森を人間の都合だけで破壊してしまっていいのでしょうか?
次回は94年後半 
ゲンジボタル乱舞・初の請願上京などの巻 


第6回1994年後半
「ゲンジボタル乱舞・請願上京・カスミ網バスターズ」など

94年6月25日(土)~26日(日)愛知芸文センター:ウェットランドフォーラム開催
 *ラムサール条約締結国・釧路会議から1年が過ぎたが湿原、干潟の保護・保存へ
 向けての公的機関の動きは鈍く、情況は改善されるどころか、ますます悪化しつつある。
 これを座視せず、ラムサール条約への登録指定を求める意志表示をすべく全国各地から
  主要NGO代表約130名が名古屋に集まりウエットランドフォーラム全国大会が開かれた。

 北海道ウトナイ湖、千歳川放水路、東京三番瀬、長良川河口堰、吉野川河口堰、
渥美・汐川干潟、名古屋藤前干潟、博多和白干潟、長崎諫早湾干拓など全国各地の
悲鳴ともいえるような近況報告がされた。《以上、辻あつお氏からの集会報告による。
残念ながら小生は本業がどうにも手が抜けない(期末の真っ最中)でやむを得ず欠席》

6月27日(月) ウェットランド・フォーラム緊急決議を県・市に提出  
愛知県環境局、名古屋市環境事業部、環境保全部に緊急要請書を提出した。
辻氏から連絡を受けて、会議は欠席ながら要請行動には出席した。参加はWWF
  (世界自然保護基金)JAPANの花輪氏、地球の友日本代表Maggie嬢、汐川干潟の
 小柳津氏、藤前干潟の辻・吉田さん、海上の森くらぶ宮永(オマケの付録〉ら9名。

 担当局長、部長とも以前からの度重なる要請行動や選挙やらで面識があり
ハッキリと「またか~」という露骨な表情がかいま見え、相変わらず議論は
かみ合わず任期の間さえ無事に済ませば…後のことなんか知ったことかの
【お役人体質】そのもの。自然があげている悲鳴をまるで聞こうとしない!!

《感情も人間味も押し殺した》ニンゲン型ロボットが背広を着て並んでいた。
【公僕】という言葉の死語化を改めて全員が噛み締めたのでした。トホホ。


7月2日(土)~3日(日) 海上の森・赤池で乱舞するゲンジボタルと遭遇!
 海上の森約540haの最南東端にある赤池で、次回の下見を兼ね久しぶり?に
タップリ呑もうと、今年最高という猛暑のなか自称下戸?の森島氏を筆頭に、
原人3名・山口駅3時集合。最年長の小生以下40代のセーネン一行はコープ
山口にて食料・あるこーる各種をたっぷり購入。キャンプサイト周辺を偵察後、

手早くテントを設営しそく乾杯。サンコウチョウの歌声をバックに、噴き出す汗に
《シッカシ冷えたびーる》のたまらないウマさ!く~っ、あ~、ごくらく、極楽!!
 5時に始まった宴会もさすが9時には果て、恒例【ふくろう探検隊】に出発。
新月の闇夜、漆黒の暗闇に乱舞するゲンジボタル!夢見心地の足取りで戻り、
ふと池をみると、なんと水面に張り出したヤマザクラに【こんもりクリスマスツリー

のように明滅する数百匹のゲンジボタル・・!】それが樹形のまんま水面に映り
点滅している!ワオー、夢か?まぼろしか?さすがのヨッパライ軍団も声を失い
ふくろうの声にうながされ、10時には就寝したのでした。  

「ピョ―ピョ―ッ」頭の真上から突き刺さる鋭いアオゲラの二声で、深い眠りの
底から呼び起こされた。Tシャツ半ズボンの着たきりすずめには、払暁の冷気は
やや肌寒く朦朧としたままゴソゴソ寝袋へもぐり込む。閉じたまぶたに外の暗さが
まだ夜明け前を告げていた。うつらうつらの夢見心地に森のあちこちから「ジェッ
ホイホイ、ツキヒーホー、ホイホイ」と競い合うように鳴き交わす声がこころよい。

それがだんだん近く大きく、ヒヨドリの声さえ圧倒し、ついにはテントの真上を
行ったり、来たり。『オ~イ、頼むからもう少し寝かせてくれェ~』・・海上の森で
通算7回目のキャンプの真夜中。明け染めた早朝4時!前夜ホタルが乱舞した
暁の空を酔い覚めの原人3名が茫然と見上げていた。『あんまりサンコウチョウ
がうるさいので・・・石でもぶつけようかと思った』と不遜な小生。

「えーっイビキのほうがよっぽど」と森島氏。そうでした。森の住民のミナサマ!
お騒がせし本当に申しわけアリマセンでした。この森を全身全霊を傾けて
守ることを誓います!ですから、今後とも、なにとぞご容赦のほどを!!
(次回は
初の直訴?上京請願の巻です)

 ★94年8月2日(火)《万博候補地返上》署名を集約・愛知県政記者クラブで会見
 【愛知県瀬戸市・海上の森を万博会場候補地としない】ことを請願する署名活動を始めた
 のが2月末。それからほぼ5カ月。予想以上の協力が得られて8月2日現在1万719筆。

みなさん 本当にたくさんの署名ありがとうございました。本日午後3時から県庁記者
クラブで《ものみ山自然観察会》《海上の森くらぶ》メンバーが記者会見を実施しました。
新聞各社にNHK始めテレビ局の取材もあり、われわれの主張を充分聞いて頂くことが
できました。ただ問題は実際にどれだけ報道されるかだが・・。

海上の森は「天然林ではない・里山の二次林(いわゆる雑木林)だから〈本物の自然〉で
はない。そんな偽者の林は切り払って〈本物の〉ブナ、カシを植林してグリーンベルトを造り
万博のシンボルとする」と提言した【この森に棲むしかない生き物たちを抹殺しても気にな
らない】協賛学者の意見を〈錦の御旗〉にする万博など絶対に開催させてはなりません。

 いま生き物たちが《あるがままの姿で息づいている》この森、この雑木林が
《都会でしか暮らしたことのない》者にさえ、安らぎを与え郷愁さえも感じさせてくれる、
身近な大切な自然なのです。大都市近郊としては信じられない多種多様にわたる動植物
の種数は開発に追われ追われて、もうここが彼らにとって最期の拠り所であるという状況

を示しているのです。 ここは人間とそれ以外の生き物がなんとか折り合いをつけて生きて
 いける境界線でもあるのです。僅かに残された貴重な楽園を奪う権利は人間にはないはず。
この緑豊かな自然を破壊して「自然との共生」がメインテーマなんてよく言えたものです!
巨大開発、経済発展最優先はもうたくさん。みなさ~ん瀬戸での万博反対活動に
今後とも、ゼヒ、ご協力下さい。

 ★8月3日(水) 関係各官庁に請願 通産省に署名提出のため急遽、上京
 名駅エスカ噴水前8時10分集合。「海上の歴史と自然を守る会」鈴木宇佐見、
 「ものみ山」北岡由美子、曽我部行子、「BIEへ手紙を」渡辺洋子、「くらぶ」宮永他6名。
  議員や陳情先官庁とのアポ取りなどすべてお任せの北岡さんから「紹介議員の都合から
、3日に上京する」と連絡があったのが7月31日(日)。うーん、仕事は休むしかないなー。

 まず霞ヶ関の第1、第2議員会館を訪問。二手に分かれ衆・参両院の各党・環境部会長
10数名に「海上の森での万博開催中止の要望書」を提出。ほとんどが秘書だったが、
議員本人が応対して下さったケースもあった。多くが個人としては理解して下さり「こんな
ところでね~」という意見が多かったものの、党となると当然「持ちかえって検討」だった。

 午後1時半、議員食堂で遅い昼食を済ませ、農水省治山課を訪問し、現地の
保安林を解除しないよう要請。変更の申し出があった場合連絡を頂けることになった。
更に日本自然保護協会・中井研究部長、同保護部・小野氏、参議院議員堂本暁子氏
(現千葉県知事)秘書山本氏の同道を得て、通産省で質問書及び要望書、最終署名
1万1千101筆分を提出した。産業政策局商務課の課長補佐以下3名が1時間以上に

 わたり応対してくれたが、愛知県から基本構想を受け取ったばかりで検討中ということに
尽きて、話し合いは終った。成果?は【主催者は国ではない】と【地元との合意を最優先
するよう《国として》県に伝える】との言明を得たことだった。国際博への立候補も大半の
カネを出すのも国のはずなのだが…。さらに定時を越えた5時過ぎから環境庁に陳情。
 自然保護局の課長補佐以下7名もが、ここでも時間を気にせず1時間以上にわたり

要請を聞いてくれた。あとは本分の自然を守る行動の実施を期待するのみ。
6時10分から環境庁で記者会見。名古屋から駆けつけた記者も多く、TVカメラの
放列と取材陣の多さに驚いた。地元で本格的な反対運動が始まったとマスコミが
動いたようだった。名駅帰着21時50分。(次回は
牧野剛氏・参議院立候補の巻)

94年8月3日(水)畏友・牧野剛氏《河合塾予備校・名物講師》出馬?との情報
 【海上の森での愛知万博反対】を国に直訴!?するため、有志6名で上京した新幹線の
車中で〈平和公園周辺住民の会〉の中川さんから、河合塾講師・牧野剛氏が《学歴詐称
問題で辞職した参議院議員》の補欠選挙に出馬するかも知れないという話を聞いた。
 牧野氏自身はまだかなり迷っているとかで、ここ1週間ほどで結論をだすということだった。

すぐ、ついこの間、お子さんのことで私信ハガキを貰った杉本ひろ子さんの顔が
浮かんだ。前回《原発いらないひとびと》を支持母体に参議院に立候補したものの健闘
空しく落選し、そのあと辻あつおさんの選挙参謀として活躍し、トニカク大変だったから
 今回は杉本さんはなくて牧野さんということかな・・というのが噂を聞いた第1印象だった。

 ★8月16日(火) 牧野剛氏《参議院議員補欠選挙》に無党派で立候補を表明  
夜、TVで立候補を知った。その会見で選挙の公約がナント《愛知万博反対と憲法9条を
守る》の2つと聞いて、これはもう応援するっきゃないと心を決めた。開設の連絡を受けて
さっそく、今池の選挙事務所へでかけたのが、事務所開き当日の8月20日朝10時。
小松さん《小松猛:豊明市・市会議員・当時4期目》がいて事務局長をすることになったので
ヨロシクという。で、堅く握手。かくてまたオジさんのゲリラ的選挙活動が始まったのでした。

 ★8月25日(木) 参議院議員補欠選挙公示・牧野つよし候補の選挙戦がスタート
 牧野候補の出馬第1声は名古屋・栄・噴水前、午前10時ジャスト。応援弁士がユニークで
、ルポライターの鎌田慧さん、評論家の呉智英さん、一水会〈なんと新右翼・失礼〉代表の
鈴木さんなど候補者はじめ、全員非常にわかりやすい本音の演説ばかりだった。鳥仲間
では県支部・調査研究部長・森島さん、事務局長・川村さんの顔が見え心強かった。  

9月4日(日) 牧野候補・「有権者10名以下!の海上の森」を歩く  
午前10時愛知環状鉄道・山口駅前集合。自然観察会参加者に向けて駅前でまず街宣。
10時半から牧野氏本人と運動員など総勢30人に、報道陣〈テレビ3社、新聞3社〉を引き
連れ、駅前から海上集落を経て大正池《通称》まで5kmほど歩いた。とにかく暑かった!
 案内役として同行した2時間ほど、一緒に歩きながら彼といろいろじっくり話しができた。

名古屋TV人気番組「ドンキ・ホーテ」でたびたび放映された海上の集落「バンブー小屋」
  脇の涌き水で、光頭オジさん2人が上半身裸で水をかぶり水を飲むというパフォーマンス!
候補者が公衆の面前で上半身とはいえカメラの前で裸になるとは前代未聞の珍事とか。
当然撮影されたが選挙期間中とあって候補者の顔は放映できず問題なしということに。

 調子にのりすぎ?!支援者が差し出した「缶びーる」で、ふたりそろってカンパイまで。
たった1缶のびーるのウマかったこと、まさに極楽の味、いまだに2人の間で語り草に
なっている!現職議員「いとう正敏」さんもいっしょに歩かれ、海上の森の素晴らしさを
絶賛された。同行のマスコミ関係者も木々を通して感じる空気の新鮮さ、冷気に盛んに
感激していた。「保護保全を訴える以上、一度は現地を歩いてみなければ」と貴重な

選挙期間中に、わざわざ半日を割き、しかも万博国際館建設予定地まで歩いて
くれた牧野氏には、ただ感謝のみ。候補者は映らずとも森の様子が報道されて、
海上の森の認知度向上に大いに貢献できたはず。選挙戦ホントいろいろありました。

*9月11日、開票結果は牧野剛88,883票。供託金没収はまぬがれたが落選。
 やるだけのことはやった。全員後悔なし。自然を壊してなにが自然と共生の万博だっ。
 県はヒモなし、金なし、組織なしのこの「批判票」をしっかり受け止め、即、海上の森
での万博を中止すべきである! (次回は、
反対派・県と初交渉の巻 です)

94年10月3日(月)10~12時半・愛知県商工部万博誘致対策室で事前交渉
 8月3日に上京し通産省に陳情した結果、県に「地元と意志の疎通を図るように」と
指示があったらしく、今まで何度申し入れても会ってくれなかった誘致対策室から「会って
話し合いたい」と申し入れがきた。つくづく【上意下達】監督官庁の力の大きさを実感した。

 「とりあえず一度会って、それで地元の意見は聞いた」ということでお茶を濁されて
しまう危険性もアリだが、かといって折角の機会だから逃がすわけにもゆかず、
ものみ山自然観察会のメンバーとも話し合った結果、事前相談に応じたのだった。

〈ものみ山〉曽我部、〈BIEへ手紙を〉渡辺、〈海上の森くらぶ〉宮永の3名と
〈対策室〉主査2名で2時間以上にわたって話し合ったが、会合の場所と日時は県側が
設定し、1カ月以内に交渉の場を持つことになった。マスコミを立会人とする公開案は
拒否されてしまった。  

10月8日(土)午後2時~4時半・万博止めようネット設立会議・ものみ茶屋
瀬戸海上集落・鈴木敏明氏別宅(ものみ茶屋)をお借りし7団体14名が参加した。
3日の事前打ち合せの報告と、今後は一致団結して「海上の森での万博阻止」の
行動にあたることを確認した。野鳥の会県支部からは加藤倫教氏が出席した。  

集会後〈海上の森哺乳類研究会〉戸狩さんの案内で《広幡八幡宮》へムササビの
観察に出かけた。5時半過ぎ日没とほぼ同時に、あちこちにある巣穴から「ぐるるる~」
という鳴き声とともに4、5頭がまったく人を恐れる様子もなく現れた。あ~っムササビだ
と声をあげる原人たちの前で、地面の上で拾ったドングリをかじったり、逆落としに木を
 駆け下りたり、上ったり、木から木へ滑空したり、もうめまぐるしい動きで活発そのもの。

 中には3mほど離れた木の幹に全身を晒してとまり、まん丸な目をさらに丸くして
《逆にこちらを見物している》ような個体までいた。地元の氏神様の神社をすみかに
何百年もの間、コトもなく共存してきた安心感の上に、かれらが生きているのがハッ
キリ分った。穴のサイズからは想像できないほど広げた飛膜が大きいのにも驚いた。
いるんですね~、こんな所に!  

10月14日(金)午前10時~午後2時 国会議員「秘書一行」海上の森を案内
 新党《さきがけ》代表の武村氏の秘書として「滋賀県・琵琶湖浄化」の条令化に貢献した
あと国会議員になった人物が海上の森に関心を持ち、木原義行氏〈らでっしゅぼーや
事業本部長・日本リサイクル運動市民の会・運動局長〉と、地元名古屋から議員の知人
という松長毅氏〈有限会社フューチャー代表取締役〉のお二方を派遣したのでした。

最高の季節、秋たけなわの森では、アキチョウジの清冽な青紫の花の群落や、
アサギマダラの優雅な舞い、さらにオオタカまでも姿を表し、一同大感激。今後の支援
協力を約束して頂き解散。他の参加メンバーは〈ものみ山:北岡、曽我部、岩井、霞上〉
〈BIEへ手紙:渡辺(医師)〉〈県支部:加藤倫教〉〈海上の歴史:鈴木宇佐見〉小生でした。

10月24日(月)午前9時~正午博覧会国際委員会(BIE)一行に開催反対アピール
 26日に東京で開催されるBIE総会に先だち、BIE一行4名が愛知県の招待で瀬戸を
 訪れ予定地を視察した。といっても、予定地から2km離れた〈陶磁資料館の展望棟〉から
 時間が押して、昼食や歓迎セレモニーをカットできないとかで、3分間眺めただけでチョン。

 これで現地視察というんだから何をかいわんやだ。後は地元の太鼓に琴の演奏、呑ん
だり食ったり、接待のみ。しかし県や地元警察による敷地からの排除にも、くじけずめげず
 正面ゲート前で、ぬいぐるみにプラカード、横断幕と精一杯、抗議行動をしたのでした。


*信念の参加者〈ものみ山:北岡、曽我部、霞上、岩井、小林、鬼頭、平野、林、
浅野、早川〉〈BIEへ:渡辺洋子〉〈瀬戸古窯:坂野〉〈海上の歴史:鈴木宇佐見〉
〈海上の森くらぶ:河田、宮永〉次回は
カスミ網バスターズ 大物逮捕!の巻です。

94年10月28日(金)密猟シーズン到来!
カスミ網バスターズいよいよ出動
 「トルルル~」午後3時過ぎ、千代子さんからの第1報が昨年同様、事の始まりとなった。
「海上の森の北、赤津で《仕掛けたばかりの新しい網》を見つけました。でも去年みたいな
プロじゃないようで2張りだけです」と緊迫した声だった。見つけた彼女が連絡をしてくれた
以上【カスミ網バスターズ】としては出動するっきゃナイのである。さ~、今年もやるゾー!

仕事を済ませ、野鳥の会保護部長に連絡したが出張中。次に支部報編集長・倫教氏と
調査研究部長・森島氏に連絡。来そうなメンバーに連絡を依頼。準備完了午後10時。

 ★10月29日(土)午前7時:愛知環状鉄道・山口駅:バスターズ6士集合  
*駅に着くとナンと虫が知らせたのか「出張中」のはずの保護部長!加えて森島、村瀬
  S氏の「かすみ網だちかん隊」最強トリオに林さん、小生とフルメンバー6人がそろい踏み。
紅一点・ちよこサンの案内で「まっとれよ~、捕まえたるぞ~」と勇躍現地へ直行。  

現場は通学路にもなっている舗装道路から、ホンの20mほど山の中に入った雑木林の
斜面で、小鳥用の網が2面張ってあったが、雨上がりでなにもかかっていなかった。ホッと
すると同時にガッカリ!やれやれ。情況から、ごく近くの住民が《趣味用の小鳥》を捕獲する
ため仕掛けたものと思われたが、できれば現行犯で捕まえようと、3日に再調査することに
なった。網はそのままにして、ビデオで密猟現場の様子を証拠として撮影するにとどめた。

 さてということで、保護部長が持ち出したのが【巨大な航空写真】コレがスゴいっ!!
見ると尾根筋、山の斜面と、ある!ある!そこらじゅうに《らしきもの》がアル!特にデカイ
のが「うなぎの藤川」の裏の山の中にある。ハッキリ、くっきり鳥屋場(とやば…ツグミなど
食用の野鳥を捕獲するため山の中に整地された密猟場所)のランドマーク。ウ~ン、だめで
 もともとトリアエズいってみるか。これが犯人の運命の分かれ目、悪運の尽きるもととなった。

 袋小路の突き当たりから民家の裏へまわり《馬の背》状の尾根を越えたとたん、
わお~あった~目標の尾根はもうひとつ奥にあり、そこへ行く途中たまたま出くわした!
見事に整地され、手入れされた20~30面は確実に張れるプロのものと思われる典型的
な鳥屋場が尾根から左手へ、なだらかな南東の斜面に見渡すかぎりひろがっていた。

   張ってあった網は5面だけで数羽かかっていたが、隣接する民家の倉庫には「北の富士」
 「高見山」「北の湖」「貴の花」など、名札付きの篭に入ったオトリの鳥がツグミ、シロハラ、
アオジと17羽も。そのほか大量の支柱用の棒、鳥篭、網、捕獲運搬用の袋と、常習犯・
それもオトリの貸し出しや販売までする【この地方の大物の元締め】らしいのが一目瞭然
の有様。騒ぎを聞きつけ現れた民家の主人が制止の声をふりきり、必死の形相でオトリの

鳥をかたっぱしから逃がし、とうとう籠はゼンブ空に。長いトリカゴ暮らしでうまく飛べない
鳥がアッチコッチでばたばた。でもヤッパし鳥は鳥、そのうちに飛んでいなくなった。あ~あ
証拠が・・・・。逃がしたオトリの鳥が《並で10万・優秀な鳥は数十万する》というシロモノ。
ざっと見積もって3百万、うひゃあ~!自宅がついたてになった裏山が持ち山で、普通では
絶対にバレない好立地。用事がある林さんを家まで送って戻ると、大型トラック2台に十数人
 の警官!かくて今年の密猟・検挙第1号の【鳥屋師】は気の毒にもお縄を頂戴したのでした。

 瀬戸署では《せっかくの休みに緊急呼び出しされた》担当刑事氏に「またあなたたち
ですか」といわれ、事情聴取。『そんな迷惑そうにいわれても、見つけちゃったんだから』と
空腹も加わりブツブツこぼす小生。しかしその夜の《第9回海上の森キャンプ》は予定通り
決行され、バスターズ一同、手柄をつまみにことのほかウマイ美酒に酔いしれ、深夜恒例の
「ふくろう探検隊」では【森のミナサン】に胸を張って報告したのでした。メデタシ!めでたし!
 次回は
カスミ網バスターズ’94 その2 です

  ★94年11月3日(木)午前7時山口駅:東海TV「ふれあい見つけ旅」取材に同行!
 《今回は海上の森の自然がメイン》という旅番組(04年7月現在も番組継続中)で、
モチロン目玉はオオタカの撮影!「野鳥の会」に連絡があり【海上の森くらぶ】が協力
することになった。森の知名度を上げ、万博問題を知らせる絶好の機会と、メンバー
を総動員し同行した。  小雨が降るなか定時に集合したが、喫茶店で打ち合せの結果

天候の回復を待って11時に再集合ということになった。一旦帰宅するというメンバーも
いたが、小生を含む原人3名は森の最深部《ものみ台》まで往復2時間以上のお散歩。
雨をものともせず、レインコートの完全武装でテクテク…ただ歩くだけ。ほんとすきなん
ですねーイヤハヤ。《映るのはちょっとマズイ》という「大企業、公社所属」のバスターズ
2名は29日に確認した赤津へ向かい、網2面を撤去。その後、去年現行犯逮捕した

篠田池裏山の現場へ向かった。小生も参加して、オフシーズンに道順に印をつけて
おいたのだが、常習犯たちによる?道しるべの付け替えなど目くらましにあい、さん
ざん道に迷っている様子が無線を通じて逐一入り、やきもきするやら腹がたつやら。
うーん敵もなかなかやるもんだなー、と(感心してる場合じゃナイッと悲痛な無線の声)
結局30分余りで行けるところを3時間以上!かかってやっと到着。しかも空振り!
だったという。いやはやもう、とんだことで…、ごくろうさんデシタ、皆さん!!

 われわれ本隊は、雨上がりの紅葉に映える秋らんまんの森を歩き、期待通りオオタカも
バッチシ飛来し「木之本亮」氏(太陽に吠えろ・ジーバン刑事)を案内役に、撮影は快調に
進行したのでした。すてきな森の様子は11月20日東海TV午前9時~9時半「ふれあい
見つけ旅」でぜひご覧ください。歩くリフレクター小生もチラチラとお目汚しに登場します。

 ★11月15日(火)午前7時半:愛環鉄道山口駅集合・バスターズ5名参加
 29日に偶然通りかかって現行犯逮捕した「元締め」らしき大物の鳥屋場の、その奥の
《本命だった鳥屋場》を再調査した。しつこいんデス、バスターズは!保護部長が不参加
となったため航空写真がなく、加藤(倫)、米田、山田氏らと記憶を頼りに、崖をズリ降り
谷筋のヤブを漕ぎ、まさに鳥たちの天国のような山のド真中の雑木林を抜け、尾根をたどり
やっと発見!見事に整備され、いつでも網を張れる情況だったが、今年は未使用だった。

 一旦下山し休憩後、もう1ヵ所ということで、東大演習林内の鳥屋場に向かった。
片道40分ほどの現場は、捨ててあった食品の袋の印字から、6日に網を5つ張って
猟をした形跡があったが、その後、誰かがここを発見し、竹竿18本を見事なまでにすっ
ぱり切って処分してあった。なんだか嬉しいような!クヤシイいような?残念なような!
ヘンな気分だった。でも、われわれ以外に!いったい誰がこんなことを……???  

11月19日(土)朝9時:山口駅バスターズ/昼1時~第2回万博やめようネット
 加藤氏と待ち合わせ。以前鈴木宇佐見さんから聞いた、四ツ沢から右に入り20分ほど
登った三角点の真下の鳥屋場を調査したがバツ。整備すれば5~6面は張れるかなとい
う小規模なスペースで、情報によると、毎年12月から1月にかけて2面だけ張っていると
のコト。『いつか現行犯で捕まえてやるぞー、ぜったいに逃がさんからなー、まっとれよー』

 さらに先日(11月3日)バスターズの面々が散々な目にあった【篠田池裏山の鳥屋場】
の新ルート発見に向かう。四ツ沢から入山、篠田池の堰堤を横断し、尾根をたどり、かねて
見当を付けた現地を目指す。なんと、一度は迷ったものの堰堤から10分そこそこで到着!
あ~あ、こんなトコだったなんて!今までの難行苦行はいったいナンだったのだ。とほほ…

午後1時からものみ茶屋で第2回万博やめようネット「万博と里山」集会の打合せに参加。
市民グループによる問題提起のシンポを実施する予定《次回は
バスターズ 94その3

94年11月20日(日) 野鳥の会愛知県&岐阜県支部・合同カスミ網調査
 岩屋堂の奥、同じ尾根を挟んで「藤岡村」側で〈保護部長&S氏〉隊が網23面、
「瀬戸市」側で〈加藤(倫)&山田〉隊も23面発見。犯人は逃げたあとだったが、
網はもちろんテープレコーダーや篭など証拠を多数押収した。事情聴取が夜8時過ぎ
までかかったとのコト。別ルートの宮永隊は「あるこーる」くささに危険を察知された?

ようで空振り、戦果なし・・・。摘発されたミナさん、ほんとお疲れさま、ごくろーサマ。
尚、後日犯人2名が逮捕されました。(こらぁ~、おまえらな~、いいかげんにセイよ!
ほんまに、も~!!!)

 ★11月23日(水)午前8時山口駅集合・バスターズ3名・
現行犯逮捕 の手柄  
前夜、例のごとく森島氏からのお誘いを《春からの娘との約束で》涙を飲んであきらめ
犬山の「リトルワールド」へでかけた小生を尻目に【くらぶセーネン部:森島、村瀬、X】の
原人トリオは「海上の森」で優雅に〈もみじ狩り〉としゃれこんだのでした。【以下に報告】

   「池からの帰り道、林道でオトリ篭を使った〈メジロ〉の密猟者に出会った。散々質問
してから警察に通報し、現行犯で逮捕した」という。『あかんよ~オジさん、知らんと思って
鳥のプロにいろいろ自慢なんかするもんだから!これに懲りて、もうやったらダチカンよ!』

 ★11月26日(土)午前7時45分:山口駅集合・
バスターズ緊急出動
 前夜、鈴木(宇)さんからの情報という森島さんの第一報を受け、急遽メンバーに手配。
鳥類調査(バードセンサス)の予定を変更し、一般参加者と「カスミ網バスターズ」を編成。
現場へは密猟者が働いているらしい作業場の前を通らざるをえないため、全員双眼鏡を
隠し「ヤマイモ掘り部隊」に変身。村瀬氏と小生はカマ、B夫妻はカゴや袋、知多の伊藤氏
はなぜかロープを持ち、まあそれなりの格好をつけて、工場の前をワイワイぞろぞろ・・。  

と、手ぶらで気楽な森島氏、工場前で作業中のオバさんに、なんと「この前の道、このまま
ずっと行けますか?」などと聞いている。コラコラこらあ~、道のわからないヤマイモ掘りな
んてイナイつーの。あ~あ、全員ずっこけそうになりつつしずしず通過。前途多難だよなー。
シジュウカラだらけ!の背丈を越えるもの凄いやぶを「ねぐらだったんだ、ここは!ゴメンね
すまんネ」といいつつかいくぐり、ノバラにひっかかれ側溝を伝い、大汗をかいて遠回りして

目当ての工場の真裏へ。と…「あったぞー」原人のドン・村瀬氏の声。小鳥用の網が2面。
メジロやシジュウカラ、ヤマガラが網にからまり、みるも無残な姿で息もなく無数の枯葉と
ともに風に揺れていた。かわいそうに…苦しかっただろうに…コンチクショウめ~、くそー。

 「またですか~」という瀬戸署に通報。当然、工場の前にパトカーが来て警官立会いの
元に網を撤去。この騒ぎで当分ここではしないだろう。現行犯逮捕できないのは残念だが。
周辺で《確認済みで捕まえていない鳥屋場》が3ヶ所。きっとまだ知らない場所もあるハズ。
 一段落して時間は11時近く、バスターズ8名はのんびり海上の秋をたんのうしつつ篠田池へ。
ここでまた念の為にと、今月3度目《最短コースを見つけた篠田池・裏山》の鳥屋場へ。

「変化なし、いくらヤツらでもネ~、さて」というところで加藤氏の「キジ撃ち」の功名の
大発見。落ち葉で絶妙にカモフラージュした新品の竹竿が8本。もう全員で「このヤロ
このヤロ」とベシべしに折りたくり大いに溜飲をさげ下山したのでした。
あ~あゼンゼン懲りないんデスね。

 ★12月17日(土)午前9時:山口駅「熱田の森文化センター」探鳥会講師で同行
 探鳥会の復路、通りがかった海上の集落で、テレビ撮影中のクルーとばったり。
顔見知りのディレクターや、レポーターの三波豊和さんと密猟の話をしていたら、
  取材を受けていた集落の真中にある〈ものみ窯〉の主が「カスミ網の現場を知っている。
獲物をポケット一杯に詰め、はみ出している尾羽も見た」という。
解散後、聞いた場所に直行し探索。鳥屋場はあったが最近の形跡はなかった。
18日に再調査
をしたが、他にはなかった。うーん、残念無念!



第7回 ものみ小屋建設/よし君射殺事件/反博市議&代議士誕生

1995年1月1日(日)今年こそ《自然保護》!《環境保全・環境保護に!》  
  海上の森くらぶ会員のみなさん!今年もゼヒ、昨年以上のご支援をよろしくお願いします。
愛知万博関連の国家予算が2千万円も調査費として計上されたうえ、愛知県の予算も
5億2千万円近くが承認され、行政側の手が万博誘致に向けて着々と伸びつつあります。
が、われわれ「万博やめようネット」の面々は決してへこたれるものではありません。全員
ますます意気盛んでファイトを燃やしています。今年こそ《人間回復元年》を目指しましょう。

1月14日(土)第2回海上の森バードセンサス(くらぶ協賛)全国一斉野鳥調査
 昨年に続き、第2回目の調査が実施された。海上の森原人一同は活動エリアの
【海上の森】を所定のルールに従い正確に調査した。昨年とほぼ同じメンバーに、
初参加のボランティアを加え 総勢15名もの参加が得られた。森のほぼ全域を
4コースに分けて歩いた。鳥の種類数や個体数そのものは厳冬期ということと、
開始が10時だったため(野鳥が最も活発に活動するのは夜明けから2、3時間
まで)あまり特筆すべきことはなかった。 ただ終了後の各隊の感想を一部紹介

すると(1)森島隊がアカゲラ(キツツキの仲間)をはっきりシッカシ目の前で見た。
  (2)村瀬隊はウソ、ベニマシコ(共にピンクの彩りが素敵な冬鳥)を見、
     ルリビタキ(幸せの青い鳥といわれている)を先導にして歩いた・・・
(3)山本・清水隊ほナンと〈雪の上にくっきり残された〉タヌキの足跡を発見したという。
 
それに引き換え、宮永隊・下戸3人組は昨年同様、最も自然度の低い植林(杉、ヒノキ)
コースで、零下5度近い残雪の残る日陰道を、鼻水をたらしつつトボトボと。今年の前途
多難を予感させるものがアリマシタ…とほほ。ただわずかな救いはコース最終地点近く
で可愛いいヒガラを充分ながめられたこと!調査終了後の帰路ノスリ(鷹の仲間)2羽
に続いて、オオタカの出現でやっと満足できたのデシタ。やれやれ。  

1月19日(木)牧野剛氏・愛知県知事選出陣式:またまた疾風怒濤の毎日が
 寒風吹きすさぶ名古屋栄・愛知芸術文化センター前で候補者第1声。小生も聴衆を
上回る報道陣を前に3分スピーチ(かなりオーバーして長かったという説も)思いっきり
の心を込めエールを送った。牧野氏が要所、要所でうなずいてくれたのが心強かった。
去年の参議院補選に続いて今年で〈よく懲りないもんだ〉という声も、アチコチから聞か
れたが、本人が出ると言うんだから応援するしかない。売名行為とか目立ちたがりとか
いわれても、口だけのヤツらは無視するっきゃない。万博反対の候補がほかに誰も手を

あげないから覚悟の上の行動なのだ。もうそろそろ終りにしよう。お互いに〈にんげん〉で
 あることを再確認しゆっくり生きよう。そしてリサイクル・エコロジー社会をめざすべきだと。
兵庫県南部地震の惨状に見るように、いかに〈にんげん〉の暮らしがないがしろにされて
きたことか。5年、10年先の経済効果、経済投資にのみ予算や資本が投下され、現状の
  身近なインフラ整備、暮らしの改善が後回しにされてきたツケが被害となって現れたのです。

1月20日(金)山口駅7時集合‘95年カスミ網バスターズ4名・第1回出動
   航空写真から割り出し、事前調査にでかけて確認したという山田氏の案内で2ヵ所を調査。
しかし密猟の気配はなく、その帰路、新たに1ヵ所を発見。獲物の野鳥を焼いて宴会をした
跡がハッキリあり、地面に刺したままの竹串まであった。う~んきっと捕まえてやるゾ~!

午後3時頃までに合計7ヵ所を確認したが、うち現役が5ヵ所、未摘発が4ヵ所もあった。
春日井地区の野放し密猟が痛感され、加藤(倫)氏の提案で今秋の重点地区に決定した。
岐阜県境に近い瀬戸の山間部でN氏と2人「牧野氏のポスターをはりつつ」帰路についた。

   ★1月22日(日)午後3時~瀬戸・北岡宅にて第3回万博やめようネット会議   
8畳に約20名!前々会からの議題、森の中心に反対派の拠点【団結小屋】
を建設することを最終決定。 (次回は
【反対派の砦】建設開始の巻です。

 ★95年1月28日(土)午後1時:鈴木宇佐見宅集合「ものみ小屋」建設準備
 朝9時からの「くらぶ」定例観察会を海上の集落で解散し、昼食後、有志で「ものみ小屋」
建設のための草刈りを実施した【万博候補地のど真ん中・国際館建設予定地】の海上集落で
段々畑の最下段《鎮守の森の麓》の参道沿いの「田んぼ1枚」を鈴木敏明さんから無償で借り
られることになり、ここに反対派の拠点ものみ小屋を建てることになったのデス。3回の会議で
各自提案の設計図が検討され〈台所も、五右衛門風呂も…〉と構想はどんどん広がったのだが

〈農地だから農機具置き場しかダメ〉との警告があり、非合法の建物で抗議活動というわけ
にもいかず、ふくらんだ夢はすべて夢のまま空の彼方へ!結局、3間×6間の「床とトタン
屋根」だけのチョー風通しのよい小屋ということに…あ~あガックリ!さらに小生は
午後6時半から「中社会教育センター」で〈万博を検証〉する集会に参加した。

 ★2月6日(月)愛知県知事選・牧野氏健闘!238925票、得票獲得率14.7%
   選挙カー1台と総勢20数名のボランティア運動員だけの選挙戦。法定選挙ハガキも一度関係者
あて郵送したのみ電話作戦なし、組織を動かし「支持者」を動員する演説会なんてとーぜんナシ
(組織自体がナイのですッ!)選挙ポスターさえ一部の郡部では選挙終了まで掲示できないままと
いう、ドしろうと選挙にもかかわらず、いくつかの選挙区ではカチンカチンの固定票を持つ共産党
候補(約25万票獲得)さえ上回る得票でした。街宣車の屋根に登り、候補者と並んで双眼鏡を

ぶら下げての応援演説も、回を重ねると慣れるもんですネ。ウグイス嬢ならぬ「うぐいすオジサン」
もたびたびしました。カネなしコネなし組織なし、メインが万博反対の「おじさん候補」に24万票!
もの支持がアリマシタ。モチロン300万円!の供託金没収はまぬがれ、次回への足がかりは
残ったわけで、良識派健在との実感から敗れても晴れやかな開票当日でした。
だけど、選挙って、ほんとしんどいモンですネ~、ふーっ!!  

2月11日(土)海上の森「多度神社」と【ものみ小屋】での地鎮祭を実施
 快晴のもと朝9時を目安に15名が集まり、高野山で修行を積んだ古谷氏〈プロカメラマン
 いろんな人材がいるんデス仲間には!〉が行者に変身し、鎮守の森〈多度神社〉の神前と
予定地の2ヵ所で、古来の手順通り〈海・山・野の神饌〉を供え、厳かに祝詞を捧げた。
 
施主として今まで2度、自宅の地鎮祭に立ち会ったが、手続きの1つとしか考えていず、
なんら感慨を持たなかったが、冷気のなかで〈鎮守の森に響き渡る祝詞〉がこんなにも荘厳
で深い祈りが込められたものだったとは…森に宿る見えざる手・・精霊の存在すら感じた!
参加者全員が思わず「素敵だったねー、良かったねー」と口々に言い合った地鎮祭だった。


資金提供の方と翌日再訪しました(物見山は会として資材を提供)

 ★2月19日(日)午前9時:海上集落・現地集合【ものみ小屋】基礎工事を実施
海上の森原人・森島、宮永、「ものみ山」霞上、静岡県境の豊橋から「大工」の橋本平氏の
4名が集結。昼すぎまでかかって「鉄道の枕木」で土台を設置した。なんせ少し掘ると水が
湧いてくる泥田で、今後の湿気対策が最重要ポイントと判明。それにしても枕木ってチョー
重いんですね。霞上さん「差し入れ」のお昼ご飯、ほんとうに美味しくごちそうさまデシタ。

2月26日(日)午前9時現地集合:【ものみ小屋】棟上げ式をしめやかに決行
 これから建設が本格化します。ひとりでも多くの仲間の応援を期待します。労力を提供して
下さる方は軍手、長靴が必須です。ほかにスコップ、ツルハシ、クワ、大工道具などある方
はお持ち下さい。飲み物・食べ物の差し入れ、見物客も大歓迎です。トニカク来て下さい。

もちろん資金も不足しています。金額は懐に応じていくらでも構いませんのでヨロシク!
【ものみ小屋カンパ】海上の森くらぶ・5万、竹本氏・3万、成田氏・3万、上田氏・1万、Y氏・5千
Z氏・3千、3人から2千円頂きました。ありがとうございました。予算の半分・目標15万まであと
少しです。今後の日程についてはその都度お知らせします。(次回は
探鳥会いろいろの巻です)

95年2月12(日)海上の森探鳥会4年目に突入。96種目チョウゲンボウを確認
 あっという間の夢中の丸3年が過ぎた。特に春や秋などは週に2~3回は出かけ、地元の
鈴木宇佐見さんに「また来とるの~」といわれるほどですっかり顔なじみになってしまった。昼近く
まで歩き回り、雑木林の斜面に寝転んで「プシュッ」していたら、眼の下から「ミヤナガさんの車が
また置いてあったネ~、今頃きっとどこかで呑んでるョ」と《ものみ山》の聞き覚えのある声が湧き
上がってきて思わずむせてしまったことも…コラコラこら~!(ものみ山自然観察会は植物と女性

主導の会で、毎月4回の定例会のうち3回が平日開催なんです)海上の森くらぶ結成から2年間で
【海上の森】でのキャンプも、なんと通算12回を数え、誰ひとりとして「もうやめよう」とか「あきた」
という声を聞かない。(あきれた!という声はあるようで…)あえて名前は上げないが(ヒトのことを
言えた義理かといわれちゃうもんネ)トニカクひまがあってもなくても来ている!という人物の名が
たちまち両手に余るほどゾロゾロ」うーん、ホント好きなんですね~同病憐れむべしというべきか、

イヤハヤなんというか! こんなに素敵なところを自分達だけで楽しんでいるのはモッタイナイ。
もっとみんなに知ってほしい。「鳥好き・花好き・虫好き・ウオーキング好き」誰でも大歓迎!
で、野鳥の会とは別に始めたのが【くらぶ主催】第4土曜・観察会(現在は9時集合)以下に。

 ★2月25日(土)愛知環状鉄道・山口駅8時集合:第3回海上の森くらぶ探鳥会
   山口川の堤で早速「カシラダカ」(ホオジロの仲間)のお出迎え。篠田池で空飛ぶ宝石「カワセミ」
4ツ沢林道ではヤシャブシの実に夢中でどんどん近づき《このままだと指に止まるのではないか》
と思えた「マヒワ」の群れ。四ツ沢ではノスリ1、オオタカ1、トビ3のタカ柱! すぐ脇の沢では森の
貴婦人「ルリビタキの雄」(野鳥はほとんど雄のほうが綺麗なんです)に「カワガラス、ミソサザイ」が
うろちょろ。銭屋鉱産手前では「ベニマシコ」のペアをたっぷり堪能し、鳥合わせの34種をほぼ全員が

バッチシしっかし目認できたという凄さ!初めてとか2、3回目という参加者の方々の「うわ~っ」と
いう感激の声が今も耳の奥に響いている。(マニアックな名前の羅列でスミマセン。ひまなときにでも
ネット図鑑を見て頂ければ) それにしても、また始まった山口川の河川工事。ノリ面も岸辺も川底も
みんなコンクリートで固め、水辺を棲み家とするあらゆる生き物を抹殺して恥じない、地元で聞いても
「水害なんて覚えがない、なにも要請していない」という、まったく必要性のない「工事のための工事」

自分達さえ儲かればヨシと《ほくそえんでいる政治屋や土建業者の顔》が浮かんでいる
ように思え岸辺のブロックを思いっきり踏んづけて歩いたのでした。ふーっ!参加11名。  

3月8日(水)愛知県知事に《万博開催地変更の要請書》を提出
 昨年末から愛知県支部名で【日本野鳥の会の全国各県支部】に「万博開催地変更への賛同」
を募り、要請に応じて《署名、押印》の返信が届いた24支部の文書に、愛知県野鳥保護連絡
協議会所属・13団体分を加え、万博対策室で鈴木愛知県知事あてに要望書を提出した。

 記者会見にはほぼ全社がきていたが、NHKは仕方がないとしても、中日新聞が来ていなかった
のは地元最大紙としての〈万博に対する姿勢〉がほのみえたようで、やはり長いものには巻かれろ
ということかと残念だった。(担当記者が忘れたダケ?かも知れないが…) 各社の反応も、万博は
あくまで建前で「ホンネは巨大開発」と充分承知のうえで、それで「どうする」ってことなどまるでなく
(報道の中立という大義?から言えば、まあトーゼンといえば当然だが)なにか歯がゆく自己満足

だけが残る行動だった。あ~あやれやれ。参加者:連絡協議会代表(汐川干潟を守る会)小柳津
県支部副支部長・山本、事務局長・加藤(倫)、西三河野鳥の会会長・高橋、ものみ山・霞上、
曽我部ほか1の各氏と海上の森くらぶ・宮永でした。(次回は
観察会いろいろ・その2です)

95年4月9(日)午前9時・山口駅:野鳥の会探鳥会に「子連れ」猪?で参加
 まったく同じ集合時間で「ものみ山」のギフチョウ・シデコブシ観察会と重なり、駅前はヒト、
ひと、人の波!もうこの時点でほぼ今日の鳥見(とりみ)はあきらめた。これだけ大勢が
森のメインコースを歩くと蹴散らされて、ほとんどの鳥は森の奥深くへ逃げてしまうのです。

昔のツテで「親子でバードウオッチング」という紙面用の写真を撮りたいと雑誌社から依頼を
受け、今日は渋る娘を説得し連れてきたので、記者の取材に答え写真を撮りながら最後尾を
歩くことになり、ますます鳥については「な~んにも」というトホホ状態となった。とはいえこんな
ことでもないと一緒にきてくれない娘と、1日歩けたのは二重まる。それにプロのカメラマンが
撮ってくれた娘の写真の出来が楽しみ。もっとも製造元が製造元なので、そこはそれ、おおっ
ぴらに人前にだせるレベルではないのだが…わーん、でもやっぱし親バカ、かわいいんデス
ほんと!はてさてどんなふうに載るのか、嬉しいような、怖いような・・・!  

4月15(土)午後2時・山口駅集合:第13回海上の森キャンプ篠田池で実施
 今年最初。気温の低い早朝はギフチョウの動きが鈍く差し出した花に止まるほどで大感激

 ★4月17日(月)午前11時~瀬戸「北岡宅」アースデイ環境裁判(劇)本読み   
 愛知県知事「すすき枯三(かれそう)役」で小生も出演。おもいっきし憎らしくやるつもり。
えーっ地でじゅうぶんいけるって?ほっといてくれェー!入場券千円です、皆さんヨロシク。

   ★4月22日(土)午前8時・山口駅 第5回「くらぶ探鳥会」夏鳥がもうきていた! 
 午後2時から名古屋栄YMCA2階にて:アースデイ名古屋主催【環境裁判’95】を上演。
夕方5時過ぎから出演者と参加者で、広小路から松坂屋経由で三越へ戻るデモ行進。

 ★4月29日(土)野鳥の会中部ブロック・リーダー研修会:労働者研修センター   
1泊2日の行事。小生は宴会と日曜の「探鳥会」担当。まじめな「研修担当」森島宅9時59分
約束ピッタシ着。どーぞ、どーぞと奥さま。『じゃ~遠慮なく』で、まずはお茶を一杯。『どこでも
お客が…となるとキレイになりますね』といわずもがなのヒトコト。あ~あ、ゴメン!と、バック
ミュージックが井上陽水。いいなァ!そういえば肩まで届くロングヘアのころ(誰だっ、そこで
眉にツバをしてるのは!)前座が《月亭八方と桂文珍》 トリが【アリス】というナンとも?な

コンサートを手伝ったことがあったなー。ファッションショーの演出もしたっけ…とつい
話がノスタルジックに。さてと気をとり直して?出発。本日のおシゴトは恒例の買出し。  
量販店で缶びーる6ケース、酒2本、両名の好み最優先でオツマミ手当たり次第に2カゴ。
  う~んスキッとするな~こーゆーの。バーゲンで女性達のファイトもこの快感にあったんだな~
きっと…と納得しつつ、飽食日本のバチ当りオジさんは素早く目的地、定光寺方面へ出発。

途中「オオルリ」はさえずっているし「八重桜」は満開、ナニも売るほどある。ちょっとこの辺で
「プシューなんて」という小生の健全な提案も「ダメですっ」とにべもなく一言で却下・・とほほ。
かくて車はコトもなく現地着。受付から午後の集会へ突入。お~い、早く夜になれ~。  

4月30日(日)リーダー研修会:実地エクスカーション「バードウオッチング」
 9時から室内研修の前に、講師役の「野鳥の会・塚本理事」「小笠原評議員」ら一行4名と、
小雨降るなかを午前6時に出発。海上の森を案内し、帰着同8時半。折り返し8時に出発予定
だった「実地班」を森島氏とともに案内し再び海上の森へ。四ツ沢で1時間以上待たせてしまった
メンバー2氏と合流。ベテランぞろいの参加者から予想を越える「森の豊かさ」への感嘆・賞賛を

受け、ギフチョウは初めてという声の多さにも驚いた。雨もあがり曇り空ながら森の主役の
鳥たちはいつも通り総動員で迎えてくれた。 深夜まで「あるこーる」と仲良くしていたのに、
二日酔いをしているヒマのない忙しさだった。(次回は【
よし君射殺から2年半の巻】です)

95年5月1(月)「フリーズ」がわからず《よし君が射殺されて》2年半!
 
92年10月18日午後10時いつも通り新聞を見ながらひとり夕食をとっていたら
テレビの音声が切れ切れに飛びこんできた。「旭丘…、留学生…、射殺…」ええっ!
思わず心臓がドッキン!!(図太い小生でもアルのですッ!こーゆーことが)改めて
ニュースを確認した。すぐ電話をと手を延ばしかけたが、きっと殺到してるだろうなと
その夜は遠慮した〈温厚篤実:謹厳実直:仕事一筋〉ほんとうにこういう四文字言葉が

そのためにあるような跡部氏は〈あけすけ・がらっぱち・八方破れ〉で、発毛途上人の
小生にはモッタイナイような友人だが、カエルの子は蛙。旭丘から東大へ進んだ彼の
息子が旭丘の2年生で、その年【AFS交換留学生】に選ばれた《服部クンを含む3名
のなかの1人》だったのだ。 ホームステイ中のアメリカ人青年の送別会が跡部宅で
開かれていたときたまたま飛び入り参加したのが、その年(92年)の7月上旬だった。

そのとき留学直前だった彼の息子に『アメリカは物騒だから気をつけなくちゃネ』と言っ
たのを、昨日のことのようにハッキリ思いだした。翌々日、顔を出すと予想通り「いやぁ
新聞、TVの取材で大変だった」とのこと。が詳細を聞けば聞くほど二人とも腹がたって
 腹がたって怒りの持って行き場がないのだった。友人が葬儀に参加した際、服部政一氏
(剛丈君の父)から話が出て「アメリカでの《銃規制を要請する署名活動を行う》ことに。

そのうちメインの《全国のAFS留学経験者と関係者に対する働きかけ》を、跡部氏と
もう1人(3人のうち残りの1人の父親)が中心になって実施すること。そのほか勿論、
友人、知人からも署名を集めること」などを決めたという話しを聞いた。署名用紙を貰った
のが事件から10日ほどたった11月上旬。服部氏の気持ちは《彼と同い歳の父親として》
痛いほどわかった。もしも自分だったらと考えると、きっと目から鼻水、鼻から涙、もうヨレ

ヨレで『息子を返せッ』とか『このカタキは必ずとってやる』などと口走って何をしでかすか
分らない。これはもうやるっきゃない!親兄弟親戚、友人知人隣り近所、手当たり次第に
声をかけた。月謝袋にまで入れた。が、それだけではまだ気が収まらない!生まれて初
めて個人で、街頭で、署名活動することにした。首から下げる手書きポスターを作った。

県内中の探鳥会で首にポスターを下げて署名を頼んだ。東山公園や星が丘では
探鳥会の前そして終ったあと《地下鉄の出口で半日以上》立っていた。栄の三越とパルコ
 の間を1日行ったり来たりもした。土日ごとに用事がない限り、カナラズ!1人で出かけた。

「おじさん、僕もできる」といってきた小学5年生。『もちろんいいよ』と答えると、あっという
まに仲間を10人以上連れてきた。「娘がAFSで今、タイに」絶句して涙ぐんだ中年の女性。
「私たちも留学してたんです」と女の子3人。署名したうえ1時間以上一緒に声をかけてくれた
ナイスサーティーのカップル。自販機で缶ビールを買って差し入れてくれたおじいさん・・・。  

誰がどう見ても【ソノ筋の人】が来たときは《ショバ代がいるのかな》と思わず身構えたが
署名し「ごくろうサン」とドスの効いた一声。ほんと見かけによらないんですね、ヒトって!
 原人仲間も集めてくれた。村瀬氏、森島氏、なんと1人で200人以上集めてくれた竹本氏。
まだやってるのといわれだした「辻さんの選挙」のとき。取材陣から外国の特派員まで署名し
てくれた。かくて一次集約期限93年4月末ちょうど今から2年前。やるだけのことはやった!

ひとりで集めた署名数4500余筆。大変だった。でもみっともないとか恥ずかしいなんて
全くなかった。子供を殺されたと思えばなんだって出来る!モチロンいろいろ言われた。
「いい歳してよくやるね~、そんなことやったってムダだよ」なんて…。
『ウルセェ、うるせぇ、、ほっといてくれェ~、コノぉ~』  

そして93年10月18日。集まった署名170万余服部夫妻とクリントン大統領の面談が
実現した。これだと思い定めたら【ダメでもともとやるべし】の好例となった。理アリと見たら
 泣き寝入りしない。昨日の連絡ではまだまだ活動は続くという、先はまったく見えないけれど。
   (次回は「
原人のゴールデンウイーク」の巻です)

 ★95年5月3日(水) 朝から雨がやまず残念無念!キャンプ中止に!!
 中止と分っているのに足が向かってしまう。約束の山口駅、午後2時。
オヤオヤ想いは同じらしく《森島、村瀬》原人にX家の3人計6人も集まっていた。
やあやあ、どーも、どうも。このまま帰れるワキャなく、ゆっくり森を一まわり・・。
五月雨にけむる命きらめく濃淡さまざまなパステルカラーの雑木林を心ゆくまで
堪能し、午後6時解散。雨モまた良シ!の海上の森でした。  

5月4日(木)今日もまた新緑の海上の森を散策、そして森に!祝杯?!
 まさに海上日和、爽やかな快晴の朝。電話すると「久しぶりに夫婦で山菜取り」という
不健全な森島氏を『海上でも採れる!』と強引に拉致して《海上サティアン》へ。いつも夜
 《終了間際の授業中に》誘いの電話があったが、こちらからもあるノダ。ごめんネ奥さま!

 四ツ沢で、30日に案内したばかりの長野県諏訪支部の花岡支部長さんたちにバッタリ。
  なんと朝3時に集合して4時間かけてきたという。う~む好きなヒトっておんなじなんだな~。
 農場や牧場による開発、カラマツを中心とする植林などで大規模な雑木林が少なく《こんな
凄いところは長野にないよ》との氏の言葉に【海上の森】の素晴らしさを改めて確認した。

 さらに《類は友を呼ぶ》…篠田池で、やはり30日に案内した支部・普及部長一行3名と。
ヤアヤア!となり湖畔に座り直し、森島氏が雑木林にキープのバレンタイン12年物に
小生なぜか持参の梅酒も飛び入りして野鳥談義のひととき。あ~ごくらく極楽、解散3時。

 ★5月6日(土)山口駅午後2時:仕切り直し 第14回海上の森キャンプ実施
 絶好のキャンプ日和。急遽の日程変更にも、懲りずに参加はコチコチの【海上の森原人】
森島・村瀬・小生・ダブルてつお・匿名希望のセーネン6名。食料にキャンプ道具そして
 シッカシ用意の大量のびーると氷を片道20分以上かけ大汗をかいて篠田池まで運んだ。

 5時、設営完了と同時にカンパイ!あの正真正銘・下戸の《海上のドン》村瀬氏が珍しく、
《びーる》を手に…。バッチシ冷えたびーるのウマさといったら…もう…。定番の海上鍋も
〈鮭にタラにイカ、キノコに豆腐、野菜もたっぷり〉と味もシッカリしみこんで、あつあつを
ハフッハフッはふっ。全員こぼれるような笑顔また笑顔。もうサイコーですネ、これは。

オオルリ、サンショウクイ、ヤブサメのコーラスをバックに宴会も佳境に入った7時03分。
すぐ間近、堰堤の際の森でフクロウが鳴き始めた・・ごろすけほっほ~、のみすけほっほ~
たらふく呑みかつ食うオジサンたちの賑やかな宴会にも拘わらずひと晩じゅう《あきれ声》
をあげていた。恒例の「ふくろう探検隊」はすぐ横で2羽も《専属で鳴いている》ので中止に。
もっとも昨日の雨で道がぐちゃぐちゃなのと、2回連続、探検で足をくじき、それがもとで?
離婚騒ぎ?と原人Y氏の情報もあり、今回は早朝【ツツドリ探検隊】に変更していたのだが

5月7日(日)海上の森キャンプ2日目ツツドリ探検隊の結末は?   
午前4時半。シュラフの中、夢うつつのうちにジュウイチが3声か4声。予想通りというか、
【ツツドリ探検隊】にただ1人参加のドン村瀬氏が5時過ぎに視認。6時過ぎには全員が
声を再確認。やった~100種。大台達成だ!3日が中止で早朝参加に切り替えた香川、
松岡さん、更に跡部夫妻、古田、深見各氏のニコニコ顔が揃い、ツツドリの声がこだま
する篠田池の朝はゆったりと明けたのでした。森はいま夏鳥の大コーラスのなかデス!

 ★5月8日(月)万博反対署名を集めますと矢崎艶美さんという方から電話
 署名のことで2度も電話を頂き、話すうちに、ナント写真集【海上の森】の著者で医師の
矢崎進氏の母堂と判明。早速氏に連絡をとり、会で著書を扱わせて頂くことになった。

 ★5月9日(火)【海上の森くらぶ】へ朝日新聞とCBCから取材依頼   
 朝日は夕刊全面カラー特別ページを作成の予定とかで16日に案内を約束した。 
 (次回は
反万博・市議誕生の巻)

95年5月18日(木)瀬戸市議会に反万博議員誕生!瀬戸市長選は惜敗!
 95年統一地方選が終った。名古屋市の平和公園一帯を候補地とした名古屋オリンピック
反対に関わった(*)市民グループを支持母体に【万博反対】を掲げて、瀬戸市長選に
立候補した丸山悦子氏は【有効票の40%近くもの得票を得た】が残念ながら落選した。
(*野党は共産党だけの愛知で、政治問題で無党派の人たちを代表する市民グループ)

 万博候補地を抱える瀬戸市議選では、万博反対を公約とした《共産党2氏、会派
所属の前議員1氏》の当選はある程度予想されていたが、告示前日に立候補を表明した
〈スポーツ洋品店経営〉で無党派無所属の加藤徳太郎氏の当選は反対派には万々歳!
 地縁血縁で区割りが決まっている保守派にかなりの衝撃をもって受け取られたようだった。

 われわれ【万博やめようネット】には《やったァ》なのだが…。これで反万博の議員数が
 瀬戸市議会の定員34名中4名を占め、今後の活動にバックアップを期待できることになる。
(後注:会派所属・前議員は結局公約だけで会派に戻ってしまった、当選してしまえばあとは
野となれ山となれでは?ねー!ヤレヤレ。選挙のときダケってのはホント腹がたつ!!)

 ただ残念なことに豊川の市議選では最年少立候補の橋本平(ものみ小屋建設の
ボランティア大工)氏が惜しくも次点となり、選挙違反での失格者かメデタク天命でアチラに
召される方を待つ(冗談!)という情況のようでアル。勿論次回の当選を期すのがスジだが。
で今後はとりあえず【万博開催の是非を問う住民投票】実施の請求運動を想定しています。

 ★5月27日(土) 第6回・海上の森くらぶ探鳥会・102種目を確認
 山口駅8時集合。参加者13名。多過ぎず少な過ぎず鳥見にはほどほどの人数だった。
県立瀬戸高校の放送部員2名に万博がらみの取材を受けつつ、ドン・村瀬氏を先頭に
和気藹々と移動。そして四ツ沢に着いた後、森島、前田グループがなかなかやってこない!
 ひょっとして何かでたのかと急いで戻ると、案の定〈ニュウナイスズメ〉らしきものを見たという。

「うーんだけど今ひとつ自信が」と森島氏。ところが合流した直後、すぐ脇のニセアカシア
の林にその群れが!しっかりプロミナーに入れて確認。やったぁ~102種目!更にさらに
篠田池では〈オオタカ・サシバ・ハチクマ〉とタカ類3種が乱舞。それぞれの違いがハッキリ
識別できる低空飛行で、もうバッツグー。今日確認できた野鳥は35種だった。  

5月30日(火)県政記者クラブで会見 100種確認で万博会場変更を要請
 海上の森で野鳥の確認数が100種を越えたことを報告。これだけ多くの野鳥が棲息する
  豊かな森を開発する万博は容認できない。よって開催地の変更を知事宛に強く要請した。
 参加は野鳥の会県支部・副支部長(前支部長)山本、事務局長・加藤(倫)、ものみ山・
曽我部、岩井氏と宮永の5名。明日が世界都市博の最終決定とあってか、今までで最も
手応えのあった会見だった。ようやくまともに取り上げてもらえそうで大いに気をよくした。

 それにしても政治ボスが「スポンサーが大量の土地をもっている。しかしインフラ整備にカネが
 かかるといってる。じゃぁそこへ万博を呼んで国からカネを引き出そう」ってんだからハナシが
丸見え!てゆーか衣(ころも)の下の鎧ならぬ「官民の欲まみれ談合体質が露骨」で話しに
ならない!もう土建屋・政治屋の時代は終わりなんだよなッ!おまえら!!  

5月31日(水)東京都知事・青島幸男氏「世界都市博」中止を決定
やったァ!なんとかコレを追い風にしたい!新聞、テレビ数社から電話でコメントを
求められた。マスコミもわれわれ同様、反万博に有利な決定と受けとめているようで
非常に嬉しいニュースだった。博覧会は時代遅れと【東京さえ中止した】のに10年も
先にまだ万博をやろうなんて、時代錯誤もはなはだしい知事を選んだ愛知県民って
いったいナンなんだ、あ~あ!とほほ  (次回は
サンコウチョウ調査の巻)  

95年6月1日(木)愛知県瀬戸市「海上の森」特集 朝日新聞・東海版
 夕刊全面フルカラーで大きく「海上の森」の自然が取り上げられ掲載された。
写真はギフチョウとその幼生、オオルリの採餌風景、カザグルマの花のカット、
篠田池で前田さんたちを写したスナップと、案内した甲斐があったものでしっかり
やってくれました。感謝、感謝デス、戸村登記者!以後、よく森の中で朝日新聞を
みて来たという人たちに会ったり、道を聞かれたりするようになった。  

6月3日(土)海上の森広久手クサリ場 午前7時集合サンコウチョウ調査
 《あるこーる》にはカラッキシ弱い「海上教」信者3名、揃いも揃って二日酔いの
寝ぼけまなこで、時間だけは厳守して集合。今日は繁殖がだんだん難しくなっている
サンコウチョウの現況調査。そろそろ盛りは過ぎたものの相変わらず清楚なヤマボウシ
の花や、枝という枝すべてにレースのようにビッシリ下向きについた、エゴノキの純白の
 花飾りの美しさに加え、早くも本命のジェッホイホイ、ヒーホーホイホイの声が森の奥から。

たちまち背筋がシャンと伸び緊張が走る。広久手第1池、第2池、堰堤(タニシ池・赤池)と
その奥、計4ヵ所で声を確認。人間双眼鏡・視力3?の森島氏のみ雄を視認。ずるいョ~。
コンビニおにぎりで朝食後、篠田池へ移動。上空をトッキョ・キョカキョク?キョッキョキョキョ
と鳴きながら飛ぶ「ホトトギス」をバッチシ確認。池畔で森島氏が、居合わせたマウンテン
バイクライダーを強引に我が《海上教》に勧誘していた。  

6月4日(日)新聞折込の広報あいち「愛知県環境基本条令」制定を発表
 今月は環境月間だという。行政の【建前としての環境保護条例】と現実に瀬戸《海上の森》で
しようとしている【巨大な自然破壊の実際】との《小学生でもわかる矛盾》を何とも思わない
《感性の無さ》にはほとほと呆れ果てて言葉がない。カネにさえなればほかはナニも考えない
欲まみれ!信号は青になったら渡るんです!と説教していた本人が、みんなが見ている前で
  堂々と赤で渡っていくようなもの、いったい鈴木恥!事はどういう神経をしてるんだろう?あ~あ

6月6日(火) 懲りず!お仕事の前に「サンコウチョウ」単独調査に!  
 「絶対に会うと思ってた」という鳥仲間の従姉妹コンビの女性2人とタニシ池の直前でバッタリ。
野鳥の会支部報「愛知の野鳥」92年9月68号~96年2月108号まで、29回にわたって
不定期に連載された小生のコラム「すずめの夜ぐさり(寝言)」の愛読者デスと言われ恐縮!?
 (内容が野鳥にカンケイないことや、体制に批判的な物言いがどうもとの意見がでたとかで終了)
声はやはり4ヵ所で、うち1ヵ所では雄をバッチシ。巣造りも進みそろそろ子育て真っ盛りの頃。

 ★6月10日(土)初夏恒例くるみ島キャンプ 楽しまなくっちゃ!人生じゃナイ?
 朝7時半地下鉄上社駅前集合。香川、Xの女性2人に森島隊長以下海上の森原人勢揃い。
指折り数えて今日の日を待った面々はもうトニカクにこにこ顔。まったく小学生の遠足気分の
大供(おおども)が12人、わ~い!3台の車に分乗し、曇り空を気にしつつ一路【濁河高原】へ!

 夜は定番バーベキューに闇鍋!モチロン泡カンケイにあるこーるもタップリ。大キャンプファ
イアーで大いに盛りあがり、定例フクロウ探検隊も滞り無く済ませ、全員スバヤク就寝11時。

 11日(日)起床4時半。うわァ~信じラレないド・ピーカン。まっ青な空をバックに御嶽山が
迫っていた。歩いて約1㎞の展望台から、眼の高さ見渡す限り《絨毯を敷いたような》トウヒの
樹冠の海。『あっ、手が届きそうな木にピンクの貴公子ウソが…。こんどはコマドリ、コルリだ。
こっちにルリビタキが、ほらホシガラス、メボソムシクイも・・・』と、もう次から次にプロミナーに、

どーんと入ってくる!帰路の楽しみ【濁河(にごりご)温泉露天ぶろ】なんと見上げる峰の
てっぺんにジュウイチが!男性全員双眼鏡を《脱衣場》から持ち出し《?をぶらぶら狂気
乱舞させて・・》見ていたとか。オイオイ!こらあ~。(次回は
第2次オオタカ調査の巻)  

95年6月14日(水)午前8時:オオタカ調査・観察ポイント下見に
 広久手から奥へ、物見山分岐から集落、四ツ沢、屋戸橋手前から鎖場へと逆廻りフルコース。
4時間以上も初夏の森を歩いたが、珍しく誰にも会わなかった。当たり前か平日の朝だもンネ。
 タニシ池周辺4ヶ所でサンコウチョウの声、うち1ヶ所で雄の姿を確認。ほぼこの数の番(つが)い
が周辺で営巣しているのは確実だ。これは林道沿いに歩いて聞こえる分だけなので、森の奥ま
で加算すればかなりの数になるだろう。ほかにあと森で3地点、よく声が聞かれる場所がある。

キビタキがうるさいほどに鳴いていた。純白のヤマボウシの花が実に爽やかでステキだった。
 くるみ島の帰路、山本、森島、村瀬隊で相談がまとまったとかで今年もオオタカ調査実施という。
『エーッ、去年の6回もゼンブ空振りで、また同じことをやったって…』と、つい森島氏にブツブツ。
「まァまァ、どっちみちくるんでしょ」といわれ、とほほほ、そ~ナンです。惚れた弱みというか…。
で事前に出かけたというワケ。オオタカはでなかったが、調査ポイントをキチンと下見しておいた。

 ★6月17日(土)8時・山口駅前:95年第1回オオタカ調査 3団体約20名
 毎日新聞記者の同行を得て調査を実施。オオタカは6月中旬から7月中旬がヒナの巣立ちの
時期なので、まず幼鳥を見つけ、それから巣を探そうという方針。物見山周辺3ヵ所で調査。
 環境省のレッドデータブックで絶滅危急種に指定されているオオタカの成長3羽を確認したほか
希少種指定のハチクマも3羽観測した。昨年秋に発見した古巣の周辺ではコガモなどを食べた
食痕があり、森のなかでの生息は確実で、あとは証拠となる営巣を見つけるだけなのだが…。

 ★6月24日(土)午前5時・山口駅前:第2回オオタカ調査 参加11名    
 藤前干潟で活躍の鳥仲間、大竹、川村氏の強力な助っ人を得て人けのない早朝に実施した。
 結局、応援部隊がオオタカ夫妻のディスプレイ(求愛行動)を拝観したダケという結果だった!
『オネガイ!自宅を教えて!オオタカさま!!』

 ★6月25日(日)午前5時・ものみ台集合:第3回オオタカ調査・連日起床4時
 現支部長に加え、西三河野鳥の会・高橋会長以下4名の最強応援団も参加。
例のごとく午後まで観測したが、三角点で高橋隊がオオタカの採餌シーンを目撃
したのみで営巣の確認には至らず、今日もまたカラ振り。ふーっ、が調査ポイント
の選定などでかなりのアドバイスを得られた。  

 ★7月1日(土)オオタカ調査雨で中止/夕方からホタル観察会(詳細は次回)
 4時頃から1時間おきくらいに目が覚め、外ばかりみていたが7時半雨で中止と判断。
しかし村瀬氏ら2人が8時から30分ほど山口駅で待機とか。うーんゴメン連絡すれば・・

 ★7月2日(日)午前8時・山口駅前:第4回オオタカ最終調査 参加9名    
 昨夜のホタル観察会に続く今日で、8名が【全回通し皆勤賞】という懲りない海上原人。
  仕事でもないのにホントえらいッ!で今回は周辺の高台からも見張ろうと3グループに分散。
 A地点=サンヒル上の山(山本氏ほか2名)、B地点=三角点(村瀬&ねんざてつお氏ほか)
C地点=精霊女子短大・奥の院(森島、宮永ほか):トランシーバー通信の秘密保持のため
   連絡はA・B・C・のアルファベットでやりとり。オオタカの密猟者もきているんですッこの時期は!

 さて短大と聞いて思わず顔がほころんだオジサンの前に広がった現実は《女子大生の影
 ひとつない》ゴミ焼き場。とーぜんだョね、ウン、でなけリゃ入校の許可がでるわきゃナイ!
  とほほ。シカシばっちし15分間も鉄塔に止まったオオタカを見たのです。同行の読売の記者も
「ウ~ンほんと図鑑通りで目の鋭さ、黄金色の瞳、凄いですね~、さすが猛禽類」と大感激!
 勿論われわれもこんな間近で長時間は初めてだったが、戦果はこれダケで今年の調査終了。
残念無念!〈次回は
ホタル観察会の巻です


第8回 ホタル観察会/立木トラスト開始/ものみ小屋完成/副知事と歩く

95年7月4日(火)午前9時:山口駅前・愛知民報(赤旗姉妹紙)記者を案内
 主義、主張、党派を問わず海上の森を紹介して下さるというのであれば誰でも案内をする!
 なんせまだ梅雨の真っ最中、風を伴なう雨が降るなか汗とシブキでずぶぬれになって歩いた。
 《長靴とレインコートを用意して》とクドク言われたワケがよくわかりましたと、忘れて長靴を買い
に走った記者氏。里山には雨の日は雨の日にしかわからないイノチの息吹きがあるんです。
 
午後丸山悦子さんから℡「もしもし元気!元気でやっとる?でさ~しあさっての朝ヒマ?」
『う~んと、7日かな~、別にいまんとこ予定はナイけど…』  「じゃあ朝10時今池にきて、
トニカク絶対に来てお願いネ」『ええーっう~ん、じゃ~』 6日公示の第17回参議院選挙は
村山連立政権下で初の国政選挙となり、愛知では【改選数3に対し史上最多の49人】が
立候補し、新聞に顔写真付きで報道される「主要候補が6人」いる。そのうち《丸山悦子》と

地元ラジオ局で「まき子とともに」という冠トーク番組をもつ人気タレントの末広真季子
の2人が、今回の選挙で小生が関係する候補者だった。海上の森を活動エリアとする
自然保護グループが中心になって結成していた「万博やめようネット」としては《森での
万博中止》の意見を直接国政に伝えられる議員がどうしても欲しかった。ものみ山自然
 観察会の北岡、曽我部の両氏が「事務所を訪ね、直接末広氏と政策について面談した。

時間の都合がつかず小生は不参加だったが「万博反対」の公約を確認し支援を約束した。
 宮永個人としては「丸山」グループとしては「末広まき子」支援というなんとも困った情況になっ
ていた。しかし行くと約束した以上、ウソをついてさぼる?わけにもいかず、う~んやれやれ。

 ★7月7日(金)午前10時半:名古屋今池ガスビル前丸山悦子出陣式・出馬第1声
千種署へ審査に行った選挙カーが渋滞に巻き込まれ、予定を30分以上過ぎた10時半過ぎ
に候補者の第一声。本人からの応援要請で「枯れ木も山の賑わい」か?とノコノコ出かけて
いったのはいいが、ナント応援弁士がワタクシのみ!!対するマスコミは新聞、テレビが
地元の全社。どっかの記者に誰か有名人の応援はナイのですか?牧野さんはこないの?

と聞かれる始末。こらあ~応援タレントで票を稼ぎたいのはヤマヤマだけど普通の主婦に
そんな人脈はないの!  気を取り直し候補者に続いて、精一杯のココロを込めて本音の
ぶっつけ本番スピーチ。ちょっと長すぎたかな~と反省していたら、すぐ横で聞いていた外人
女性が記者のインタビューに「ニッポンへ来て16年になるけど初めて納得できる応援演説を
聞いて感動した」と答え、握手を求めてきた。候補者じゃないんだけど~と一瞬どぎまぎしたが

気持ちがじかに伝わったようでほっとした。あとで中日の記者が「原エリザベス」という
フランス人女性で、名古屋では結構有名な人だよと教えてくれた。もっと若いときに会いた
かったな~といったら「ナニいってんですか」と読売の記者。翌「読売」朝刊には候補者の
でかい写真とコメントに【肩書き付きで小生のコメント】も・・・!ヤバイ!  

7月23日(日)無党派反万博候補「丸山悦子」氏・確信反対36077票落選
 はっきりいって丸山さんのためには動かなかった選挙戦。その後、彼女といろいろ
話しあったが、とにかく万博を阻止するため今後も協力して活動を続けること。過去の
いきがかりは捨て、36万票もの支持を得て当選した末広さんに《無党派の希望》を託し
どんどん声をかけて、国会で発言してもらい、参議院議員としての力を最も有効に生か
せるように、支援しようという結論に達した。末広選挙の事務局長から公設第1秘書に

なった斎藤氏が旧知の市民活動の仲間でもあり、これで庶民の期待を、願いを伝え
てもらえる!まあよかったということで納得、了解して貰えた。その後も丸山さんとは
互いに良好な人間関係を保ち、反万博の行動を共にして現在に至っている。  
(次回は
立ち木トラスト開始の巻です)  

95年7月22日(土)午前8時:定例第4土曜日「海上の森」くらぶ探鳥会
 雨のなか~狂とか~キチといわれそうな原人が7名も。えっ、おマエもその1人
じゃないかって、そーでした、え~ん!シカシ中止などという非常識な意見は出ず、
まずタニシ池へGo Ahead!汗と雨で《じとじとのベタベタ》も、ぬかるみも苦にせず
《わざと長靴で》ジャブジャブ歩く。おーいみんな~、いったい、いくつになったんだ?

マッタク小学生とおんなじだゼ!と!雨に煙る森の奥から「ジェッジェッ、ホイホイホイ
ホヒー」く~やったぁ~サンコウチョウだ!あ~ちらっと姿も…コレで全員もう大満足!
ほんとなんとも不思議な趣味のオジさん軍団です、いやはや…。午後2時から名東区の
拙宅にて【海上の森くらぶ】総会。出席は11名。20名近いからその積もりでとオネガイ
していた手前、ぐすん…とほほ。いやあ、朝からの雨で観察会をやめた人が多くて…と

家人にトリアエズ弁解。4時半まで8月実施の《バードラリーや立ち木トラスト》など今後の
活動をマジメに協議し、以後9時までゆっくりのんびり酒盃を重ね、親交を深めたのデシタ。

 ★8月8日(火)午前10時:ものみ山が案内する団体に鳥関係アドバイザーとして同行
 昨夜、急にTELがあり森へ。高校生20数人を案内する「ものみ山」メンバーとまず
40分ほどで湿地へ。真夏の直射日光のもと一陣の涼風さえ感じさせる《純白・自生》
サギソウの花。あっソコ!ほらっコッチ!と鮮やかな真紅・日本最小ハッチョウトンボ。
食虫植物のモウセンゴケ。柵も木道もない地のままの自然。人間にはただの水溜まり
 でも彼らにはかけがえのない《棲み家》。全行程4時間余り、なんにでも素直に反応し、
感動する彼女たちの感受性がまぶしかった。

 ★8月9日(水)午前10時:栄・芸術文化センター2階ロビー:やめようネット会議
 吹き抜けの壮大なロビー。テーブルとイスが程よく配置された空間を《絶好の避暑地》と
見た野宿の方が数名、そして似たり寄ったり?のわれわれ8名。出入りモチロン自由
使用料ただ、外の炎暑がウソの涼しさ、う~ん、でもなんという!贅沢さ・・・。
議題はものみ小屋工事と北岡さん提案の「立木トラスト」最終調整、
BIE加盟国へ英文による広報活動。各自の役割分担を決定。  

8月13日(日)午前10時:山口駅前・バードラリーin「海上の森」95実施
鳥だって暑い真夏、ひょっとすると関係者さえもこない?中京にCBCとテレビが2社
もきているのに…わ~ん!という悪夢は杞憂に終り、家族連れなど総勢40人近くで
ほっと一安心。1チーム数人で12時まで歩き、チエックリストで見聞きした鳥ごとに
点数を加算、合計得点を競うゲーム。賑やかにスタート。子供に大人までカメラを向け

られるとついVサイン(こらこら!)いくつになっても困ったモンです。さて先導の原人の
奮闘で上位3チームは親子連れで、正午過ぎ無事終了。一旦解散後、タニシ池入口の
木蔭で打ち上げ。わ~いコレダケ?が楽しみで酷暑に耐えた女性3名を含むスタッフ
11名。琥珀色のカキーンと冷えた液体を手に、ヒグラシのコーラスを聞きつつ、ナント
4時間以上!地面にねそべり昼下がりの至福のひとときを過ごしたのでありました。

8月18日(金)午前10時:海上集落・弘法堂前立木トラスト発表記者会見
 今夜からキャンプで準備のため早めにでたのだが、山口川沿いで迷っていた東海テレビ
のクルーにバッタリ。で、先導して9時20分頃到着。仲間はまだで、顔見知りの記者や
カメラマンがもう10数人いていきなり取り囲まれて驚いた。どんどん集まるなかに事情に
うとい新顔の記者も多く、改めて森の自然をレクチャー。定刻にはやめようネット16名に

50名以上の記者とカメラの放列。日本で初めて立木トラストを実行した「シンガーソング
ファーマー・南修治」氏が11日に地主と立ち木の売買契約。13日【やめようネット】が
委託を受けてトラスト開始。立ち木は1本2000円、年齢、性別、国籍など関係なく、誰でも
オーナーになれる!現在、立ち木ナンバーは北岡1~2、曽我部3~4、ワタクシめが5と
きて仲間が続き、更に募集中という現況を報告した。(次回は
ものみ小屋完成の巻です)


土橋文明氏の紹介で枝野幸男議員が応援に来てくれた(後ろの看板は小生の手書き)

95年8月18日(金)朝⇒立ち木トラスト会見/夜⇒第16回海上の森キャンプ
 皆、夜遅くしか来られないというので「*バンブーハウス」脇の空き地に1人でテントを
張り始めたら、報道陣が手伝ってくれ【会見】前にテントを2つとも張ることが出来た。
「仕事がなかったら一緒にキャンプしたいな~」という声も記者の中から・・『ありがと
アリガト!どうぞ、どーぞ大歓迎ですョ』(注*「釣りバカ日誌」の船頭役・中本けんが
案内役で人気の名古屋TV自然体験番組「ドンキホーテ」で造られた《床が竹製スノコ
組み》の高床式小屋・番組で度々海上の森が取り上げられた)  

朝、テントを張っておいたのはヤハリ正解だった。一番乗りはナント昼1時半のN氏
だが、2番手到着は夜の9時過ぎとか。もう誰も来ないのかと心細く帰りたくなったと
《半日待ちぼうけ》氏!小生もおシゴトを済ませて車を飛ばし、3番手9時50分頃到着。
どうも、どーも、お待たせしました。10時過ぎに到着の森島氏で原人6名が勢ぞろい。

泡関係のピッチも上がり、一挙に佳境へと突入。オジサンたちの嬌声をたしなめる
《フクロウ》の声だけでシーンとしていた段々畑の里に、12時近く突如沸き起こった
ヒグラシの大コーラス。集落の端「鎮守の森」から尾根伝いにだんだん近づいてきて
テントの真うしろの柿の木のヒグラシへ、そしてさらに奥の森へと移っていくミゴトな声の
 ウエーブ!それが寄せては返す波のように繰り返され、いつしか夢うつつの子守歌に。

 ★8月19日(土)「海上の森」ものみ小屋完成建設班&料理班総勢16名
 「浅野さんがみえましたよ」という声に目が覚めたのが午前5時。《涼しいうちに》と
この時間にしたのだが、キャンプだからトーゼン!前の晩シッカシ飲んだメンバーも
いて寝たのが1時過ぎ。『コラぁ~、いったい誰だッ、そんな不謹慎なのはッ!……
あっオレたちだった!』てなわけで寝ぼけ顔の原人がシャンとして、予定の顔も揃い
作業がとりあえず始まったのは朝6時頃。大工の心得がある陶芸家「浅野棟梁」の

指示のもと、全員でまず床張り。壁は筋交いの材木で補強するだけの素通しで
屋根と床だけの小屋。賑やかに口も手も動き、夢中でトントンぎこぎこ。真夏の直射
日光の真下、汗まみれのぐしょぐしょ、ビショビショ、びなん?びじょ!の勢揃い!!
 さて仕上げは屋根のトタン張り。腰も身も軽い?小生と加藤(倫)氏の2人で一手に
引き受け、体感気温は軽く50度を越えるフライパンの上のゆでタマゴ状態で作業。

(あとで気がついたが、トタンに触れてできたヤケドが手足に十数ヵ所も…)終り近くに
もう1人助っ人が上がってきたが、十坪半を張り終える頃は、ほとんどもう夢遊状態で
カナヅチが動いていた。あんな状態で、よくもまあ屋根から落ちなかったものだと、
下へ降りやっとひとごこちついてから、振りかえってゾッとした。すぐその足でまぢかの
《湧き水サイト》へ直行。Y氏、N氏の3原人で(変人ではアリマセン)異常渇水の年も

枯れなかった冷水をバケツに汲み、すっぽんぽんの丸裸、頭からザンブリかぶった、
あの天にも登る快感。頭のてっぺんから脳みその芯にずっきゅーんと沁みる最高の
冷たさここちよさ、あ~極楽極楽!苦あれば楽あり。ただし女性陣には見苦しいものを
お見せし失礼をば!モチロン締めは【ものみ山レディーズ】心尽くしの手料理とキーンと
冷えたびーる!完成した小屋の床に全員素足で車座になって、楽しい嬉しい大宴会!



あ~仲間ってホントいいな~(参加:くらぶ・森島、宮永、S、Y、N 県支部・加藤(倫)
哺乳類研究会・戸刈/ものみ山・北岡、霞上、岩井、河鰭、浅野夫妻ほか2名/
BIEへ手紙を・渡辺、の懲りない16人。敬称略)みなさん!この小屋にはとーぜん
のコト、電気もガスも水道もありません。でも豊かな自然は有り余るほど!すぐ脇に
ジョウビタキのねぐら10m先の山裾はキジの親子の散歩道。ヨタカの声で日が沈み

暮れればホタルが舞うせせらぎ。満天の星の下ムササビが飛び、小屋の桟に止ま
ることも。そしてフクロウの声で夜が更ける。初夏の目覚めはツツドリ、ホトトギス。
駅からゆっくり歩いて40分の森の中、ここ《ものみ小屋》に、【海上ワールド】へ
ぜひ一度!来てみませんか? (次回は「
野鳥密猟問題シンポ」の巻です)  

★95年8月25日(金)~28日(月) 大分県・全国野鳥密猟連絡協議会・総会に参加
 8月26日から27日昼過ぎまで別府市JR亀川研修保養センター「こだま荘」で開かれた
総会4日間のあれこれ。保護部から一部費用は出たがほぼ手弁当のボランティア活動。

8月25日約束の午後4時に10分遅れ名鉄堀田駅着。どういう連絡をしたのか
 山内さんは2時半、N君は3時半から待っていたとか!えーっいったいどうなってんの?
ほんとお気の毒サマ。で、肝心のS氏は4時半頃やっと到着。おいおいコラコラこら~。
足が来なくてはどーにもならず、予定から1時間弱遅れ《密猟だちかん隊》4人は東名阪
(ひがしめいはん)経由神戸へ出発した。途中亀山あたりで渋滞に巻き込まれ、飲まず

食わずでポートアイランド着が21時。港の売店は目の前で閉店!慌てて頼み込んで
弁当を確保。が、あるこーる関係はいっさい置いてナイという!しらふで寝ていくのかと
一瞬青くなったが、船内に自販機があると聞いて、あ~、ヨカッタ!さて無事に船上の
ヒトとなり、ほっと一安心。なにはともあれ《酒精》さえあれば、どこでも天国なわけで、
 カンパ~イ。心地よい揺れに酒精も全身くまなく行き渡り、イビキ合戦も苦にならず熟睡。

大分着26日午前10時。現地メンバーから無線の誘導を受け、港から10分ほどで
無事会場着。以後、全国からの参加者による報告や会議で篭の鳥。アタリマエか!

27日(日)朝6時。折角九州まできたんだからと参加者のための大分県支部主催
探鳥会に参加。ほんの1時間ほど近所の神社まで往復した。鳥はモチロンいない
真夏だもんねー、あ~あ、せめてカササギくらいは見たかったな~。その後はメジロや
ツグミの密猟対策や大会決議作成。全行事終了が27日13時。去年のホスト・愛知と
今年の幹事・大分の主要メンバーで昼食を済ませたらもう14時。結局どこへも寄れず

15時には再び別府から神戸行きフェリーに乗船。あとはもうシッカリあるこーるして
神戸着28日朝5時。名古屋中区丸の内・三の丸会館着10時。全行程ドライバー
の底抜けに明るいタフマンS氏、しらふでホントーにお疲れさまデシタ。感謝々々。
 後日、懇親会で披露した密猟ビデオをお貸しした記者から取材への礼状が届いた。

 前略 先日は毎日放送の取材にご協力頂き有難うございました。
8月28日に近畿地区で放送したところ大きな反響がありました。
今後とも皆様方の野鳥保護に益々のご活躍とご健勝をお祈り致しております
(原文のまま、一部略)平成七年九月一日 宮永正義様  毎日放送 松澤良治

 MBS関西16時半から特別番組で放送された映像の中で《走っていた小生》は
いかにも現行犯の犯人という印象で、せめて「バスターズメンバー」とでも
テロップをつけて欲しかった・・・え~ん!

 ★9月3日(日)午後2時瀬戸文化センター「愛知万博を考える」やめようネット主催
 広木名大助教授、山田名市大教授の心の底から納得のいく講演に感動した。
人間としての感性がまったくないゴリ押し行政に対抗するには、もうテロしかないのか
(コラコラ)と思ってしまうほどのいきどおりを感じた。そのあと突然指名され、参加者の
質問に答えているうちに、目から汗がでそうになり、声までおかしくなりあせった。
誰だっ、鬼の目に涙なんていったのは!

 ★9月10日(日)午前9時:定例探鳥会/昼食後・万博反対「立てカン」作り
 探鳥会は季節の変わり目とあってさしたる収穫はなく、ニンゲンたちのさえずり
ばかりが賑やかのようでした。鳥よりどちらかというと《植物観察会》のようでも…。
海上の集落で解散後は、久しぶりの竹本酒精大王を迎え、作業開始前からイキナリ
手品のように冷えた《おびーる》が登場!食事前の空腹にすっかり効いて全員手より
口が滑らかになり、昔とった杵づかで手馴れた「看板作り」に突入。反対派の土地に

《万博反対をアピールする》畳サイズの立て看を3枚、他に道案内用も数枚設置した。
 参加:竹本、森島、村瀬、宮永、鈴木(宇)S父子・・計10名(次回は
副知事と森を歩く

95年9月17日(日)午後1時~立ち木トラスト現地で名札付けを実施
 12日に「ものみ山」に申し入れ実施を決定。《1本2000円》のトラスト申し込みが
約1ヵ月(15日現在)で700を越え、木が足りなくなるのでは…と嬉しい悲鳴をあげて
 いるという報告だった。心配された台風も通過し里山の初秋の風景にミゴトに馴染んだ
【ものみ小屋】に続々集合。ものみ山メンバーが用意した名札用の板に番号と氏名を
書き、針金を通し箱の中へ。さぼる者などいず(とーぜんだよネ)口以上に手が動き!

ワイワイ賑やか且つなごやかに作業が続く。トラスト発表の記者会見用に作った
《自分たち用150数枚》に加え少しづつ書きためてきたとかで、名札担当は1人30枚
を目標に、申し込み分を全部書き終えることができた。そして鈴木(敏)邸に隣接する
現地山林へ移動。トラスト契約した土地のほぼ中央にあるコナラとヤマモモの大木に
《中心メンバー》の札を掛けた。(1)今後これらの大木にしめ縄を掛け聖域化すること

(2)予想以上に木の数があり1000本まで集めることを決定。すべきことを果たした
快い疲労感のなか5時過ぎ解散。 参加者:くらぶ⇒森島、村瀬、古田、宮永ほか2名
ものみ山⇒北岡、霞上、岩井他2名/海上の森哺乳研⇒戸刈/ラブネイチャー⇒村上
/海上の里住人⇒鈴木(宇)の懲りないメンバー14名  

10月8日(日)午前6時スタート午後5時終了:バードソン実施・中日同行取材
  野鳥の会本部主催で全国各支部代表1チーム4人で鳥の確認種数を競うマラソン。
今年は森の素晴らしさを広くアピールするため、全県を駆け回るスタイルをやめ、
海上の森に限定した。「ものみ小屋」を本部に公式メンバーに、ハンディトーキーで
サポーター18人が情報を提供した。昨夜からキャンプの原人が《酒精》を控えて?

 の願いもむなしく、明け方からポツポツ天から《涙の雫が落ちてくる》幕開けで、
午後から本格的な秋雨となり確認種類47でタイムアップ。しかし鳥の端境期でも
 これだけの種類がいた事実に、改めて海上の森の豊かさ素晴らしさを知らされた。
 「ものみ山清掃登山」の帰路、通りかかった愛知労働山岳会の4団体に声をかけ
「ものみ小屋」を提供。入れ替わり立ち代りお昼を食べ休憩して頂いた。

子供達も多く、たった十坪に50名以上がギッシリのことも。降り続く雨に皆さん
「ほんと屋根があって座れてよかった!」と感謝され『建ててよかったな~』と
原人一同もう大満足。袖振り合うも他生の縁。これも海上の森があればこそ!

 ★10月10日(火)午前10時:万博反対派副知事一行と候補地を歩き意見交換
 650haある万博開発予定地の南端のほんの一部、広久手の鎖場から奥へ、
一本道を往復3㎞ほど歩いただけ。フルコースの料理でいうとアペリティフの
シャンパンを一口、キャビアの載ったカナッペをひとかじりしたダケでもう終り。
肝心かなめのスープや温野菜、メインディシュにフルーツもケーキも一切抜きで
「もうこの料理は終りました」というようなもん。こら、こら、コラぁー!!  

  この1時間ほど「ふんふん」と聞き流し、もう二度とこの森へは来ないと断言できる!
跡地に2000戸6000人規模の住宅建設を目論んでいる【国際館建設予定地】の
森の心臓部【海上の集落】を避けたのは、とにかく問題の核心には触りたくない!
県民に知らせたくない!それダケ。たった1時間でもう「時間がナイとかお昼(食事)が
どう」とか、アホか!おまえら、~ったく、もう役人っていうのは。どうせ千歳楼あたりで

 「どーもどうもご苦労さま、さあサアみなさん乾杯!今日あったことはミ~ンナなかった
忘れたことにして通産省には【たっぷり現地を見た。反対派とも充分話し合って理解を
  得られた】と報告しましょう。久しぶりに歩いた後のタダ飯はサイコーですね。うひゃひゃ~」
  てなのに決まってる。この税金ドロボー人面飢鬼!意見を尊重するなら計画を中止せよ!

(この写真は後日・某紙記者にいただいた)
 参加は青山副知事、平井商工部長、瀬戸市山田収入役ら。
同行の市民グループ代表は「ものみ山」北岡、曽我部/「くらぶ」森島、宮永
「瀬戸環境を考える連絡会」加藤の5名。新聞・TVの総動員で県には「意見を聞いた」
から、これでチョン!というオイシイ1日だった?!(次回は
海上の森宣言の巻)

★95年10月10日(火)多分最初で最後の呉越同舟!副知事一行とマスコミに配布
 【海上の森宣言】 1995年10月10日 海上の森くらぶ 事務局長・宮永正義  

いま私たちは海上の森に生きる多様な生命(いのち)たちの中で森の風と共に呼吸を
しています。目を閉じると冬のなごりを残す早春の黄一点マンサクの香り、夢見るように
淡く森を染めるコナラの銀緑色、初夏を彩る純白のレース・えごの花。その前には胸とき
めく、春らんまんトキ色ヤマザクラの装いもありました。次から次へときりなく森の美しさ、
生き生きとした生命の様を思い描くことができます。    

ひとが地球上に生きられるのは、日々ひと以外の生き物たちの生命に支えられている
からです。だからこそ自然に対して、できうる限りの慎ましさで接しなければなりません。
天敵を持たず、ひと以外には「ヒトをコントロールできなくなった」今、ときとして瞬時にひと
はヒトを含むあらゆる生き物たちの大量殺戮者に変身を遂げてしまう《生き物》である
という事実を、この世紀末に認めざるをえない情況になっています。     

こんなときヒト科ヒトとしてではなく、人間としてどのように生きればよいのかを、
最もシンプルに教えてくれるのが自然なのです。「ありのままの」豊かな自然・里山を
身近に持っているかどうかが、風土に生きる「ひと」として未来へ続くか否かの切り札
なのです。「ほんものの森とにせものの森」の区別、「生きているコトと死んでいるモノ」
の違いを私たちに教えてくれるのは直接触れ合うことができる自然、日々の暮しと隣り

合った自然だからこそなのです。歩くだけで、そこに身を置くだけでホッと心安らぐ、
この身近な海上の森と里がいつまでも生き生きとあり続けますよう、子供達にこの
ままプレゼントできますように心から望みます。海上の森は私たちの心のふるさと、
私たちの未来そのものなのです。私たちはこの森を守るためあらゆる合法的手段を
とって行動することをここに宣言します。

 ★10月16日(月)東京霞ヶ関で日本の自然のお通夜実施を決定。広報を発信。
 万博反対の議員が誕生し、やっと直接国会につながるルートができた。
では早速と末広議員を窓口に第2次上京請願をすることにした。例の如く、東京との
事務的な連絡は北岡さん。広報や動員は小生と役割分担。市民団体への呼びかけと
案内を作成し、新聞に掲載を依頼した。

 【愛知万博開催予定地の変更を求めての請願行動への支援要請書】  
 各位殿  表記の件につき《海上の森くらぶ・ものみ山自然観察会》の両者により
来る11月17日(金)に〈詳細は下記に〉東京霞ヶ関で、抗議行動を実施する
計画を立てております。ともに自然保護のために活動している仲間として、日頃
愛知県下の市民活動を支える皆様に、【海上の森】を愛知万博の会場候補地と
させないために、是非、この行動に対して貴会の協賛並びに人的支援、
加えてもし可能であれば経済的支援をも要請するものであります。  

☆やめよまい!愛知万博・抗議行動☆ みんなでバスで通産省へ行こう!
 日時:11月17日(金)雨天決行  集合:(1)午前6時半⇒愛環山口駅前 
(2)午前7時⇒名古屋市名東区・地下鉄上社駅前
 帰着 上社:午後8時半頃、山口駅:9時頃 費用:集合地までの交通費のみ負担
服装:必ず喪服又は黒服(目立つには喪服と提案したら異議なくすんなり決定)

 申し込み:11月10日までに事務局・宮永へ(以下連絡先住所・電話省略)
当日は日比谷公園から1時間ほど歩き通産省に決議文を提出する予定です。
衆議院議員や参議院議員(末広まき子氏)の同行も予定(道路使用許可申請中)
もうじっとしている場合じゃアリマセン。くちだけじゃダメなのです。ぼくらには自由な
発想と自分の意志で行動できる《お役人さまにはぜーんぜんナイ》武器があるのです。
みんなでワイワイ、にぎやかに思いのたけをぶちまけにいきませんか?


富士山をバックに足柄サービスエリアで記念撮影(応じたのは参加者の約半分)




第9回バスターズ95/初の喪服デモ/妙齢の女性とデート/初の反万博デモ
95年10月15日(日) 今年も密猟シーズン到来!新兵器ナビで早速調査!
 5時に目が覚めた。そのあと目が覚めるたび時計を見るがナカナカ時間が経たない。
エエイッと起きたのが6時半。密猟退治の新兵器・ランドセル大の《携帯ナビシステム》を
導入したので練習を兼ね、勇躍【カスミ網バスターズ】この秋初出動の朝を迎えたのだった。

 ホント、どうなってんだろ?この丈夫さ、どっこもなんともない!一社の「万歳」で
バンザイするほど森島氏と呑んで帰ったのが10時過ぎ。それから半月ぶりに妙齢?
の女性と混浴。う~む親に似てホント可愛いな~(こらぁ~誰だっ!そこでどこが~って
いってるヤツはッ)なんせ諸般の事情から10月に家へ帰ったのは昨日14日で2度目。

思わず抱きしめたくなってしまうが、どこか気恥ずかしくて…。
それに自然保護より家庭保護、生活保護!とまでいわれている?身としてはトホホ。
気を取り直し風呂上りに(びーる)でうがいし、寝たのが日付の変わった深夜1時過ぎ。
ワタクシめの辞書に二日酔いという言葉がないのです。 さて山の神様の目を
覚まさせぬよう、ヒッソリと朝の儀式をすべて済ませ、雲興寺着7時50分。

もうそこには若葉マークも鮮やかなグリーンのマーチに乗った《カスミ網だちかん隊》
山田ドライバーと加藤(倫)の凸凹コンビがにこにこ顔で「やあやあ今年もまたやりましょう」
 が、待てど暮せど来ない!海上の森くらぶのパンダとかアライグマといわれるランクルS氏が。
今日メインのナビゲーションシステムを持っているから、見切り発車するわけにもいかない。

 エートいったいどうしたんだ?また例の如く信号待ちの間に寝てしまったんじゃないか?
とか、クマと間違われて発砲されたんじゃないか?とか、モウてんでに言いたい放題。
そのあいだにもカケスはふわふわ行き来するし「あっカワガラスだッ」と森島氏は叫ぶし
メジロやコゲラがうろちょろ、ゼグロセキレイは向かってくるしで、結構忙しい。

が、とうとうしびれを切らした加藤氏が電話を探しに出たのが9時10分。
と、まったく入れ違いに反対側からまんまる顔で、ご子息ともどもご到着。
ったくも~、しょーがないね~でも、まっいいかウン。 早速ナビシステムをオン。

疎水沿いに山麓を巻き、途中遮二無二斜面を直登し、たどりついたそま道
から目標地点をめざす。かなり険しいガレ場や沢筋を伝い汗みずくになって歩く。
森島氏の二日酔い気味の赤っぽい目も汗で発散したのか、シャンとしてきて声に艶が
でてきた。しかし反対側から入山したせいか、去年の暮れに加藤コンビが現行犯で摘発
した現場はナビでも見つからず1時間ほどで断念、退却。う~ん山って広いんだよね~。

 さて11時少し前、県道へ戻って、いよいよ本命の鳥屋場の探索だ。
去年《航空写真で確認しただけで入山し》4時間以上!あわや遭難かというほど
山じゅうをさまよった挙句、くたびれ果てて下山できた因縁の現場を求め移動を開始。

さ~みつけてやるぞ~! ここは事前にばっちしナビシステムに入力してある。
二宮金次郎(古いな~)スタイルでワタクシめが背負ったシステムを真後ろでS氏が
チェックしつつ進むという作戦。なんと途中3度のチェックでターゲットサークルど真ん中!

沢沿いに直進しようとする後ろから「アッこの脇道があやしい!」という声。
歩き出すとまさに【鳥屋場】に共通する独特の雰囲気!数分で「うわ~、やった~!
スゴイ」なんと県下最大規模、現役バリバリの鳥屋場。麓から40分弱12時前だった。

つい2、3日前にシーズンを控えて手入れされた様子で、網を仕掛けるばかりに。
丘陵の頂上から南東の斜面に、手のひらを開き指先を北へ向けた、その【指5本】が
それぞれ30mから50mある巨大な鳥屋道(とやみち)だった。

 竹竿も数十本、藪にわずかに覗くシートの中はカスミ網か?
悟られぬよう足跡を消しつつ現行犯逮捕を期して下山。
泡関係を仕入れ「ものみ小屋」で盛大にお昼を!というメンバーと、
1時頃《後ろ髪?をひかれる》思いで別れたのデシタ。え~ん、仕事さえ
なければなーあ~あ!(次回は
カスミ網バスターズ’95その2です )


95年11月2日~3日 今秋第2弾バスターズ4名/
徹夜で監視
 深夜11時半。一番近い小生でも【片道1時間20分かかる】雲興寺に集合。
一旦午後4時に入山し、確認後下山した加藤、Nの2氏は6時過ぎから「ものみ小屋」で
時間をつぶしたとか。さて岡崎のY氏を加え怪しい青年?4人組は「ぐるるる~っ」という
ムササビの声に送られ山中の鳥屋場をめざす。指先まで凍える寒さと月明かりのなか
迷いながらも深夜12時半に鳥屋場(とやば)現地着。

 鳥屋場の周辺、四隅に散開し藪に潜んで野宿。夜明けと同時に現れる犯人を待つ作戦。
用意のビニールシートで円筒形を作り、一端をガムテープで止めて筒型にし、中に寝袋を
入れて「ミノムシ」化してもぐり込む。昔「連合赤軍」兵士として山中を転々としたときの
スタイルという。平坦地がない斜面なので、片手を木の幹にかけ、
露出した肩先に別のシートをかけて眠りにつく。

 珍しく【しらふ】で(仕事を済ませてすっとんで来たからトーゼンだが)ウトウトする間に
ずるずる落ちていく夢を何度も見た。ガサゴソたてるケモノ?らしき音にも目が覚めた。
厳冬期用のシュラフだったから少しは眠れたが、ほとんどみんな眠れなかったようだ。

 5時半過ぎ夜明けとともに起き息を潜め、緊張して待ったが犯人は現れなかった。
充分注意したつもりだが、道に張り渡された【黒糸センサー】をうっかり切って、
悟られたのかも知れない。探し続けた鳥屋場だけに現行犯逮捕をめざし
再度のチャンスを期し下山、雲興寺に向かう。

 3日(金)午前8時当日参加組と雲興寺に再結集。
バスターズに朝日新聞瀬戸支局「小森保良」記者が同行(*現カイロ特派員・
朝日読者にはイラク報道の署名記事でおなじみ)航空写真を頼りに東大演習林
周辺2ヵ所を捜索したが、4時間を超える山中の藪こぎにもかかわらず発見できず下山。

  あ~あ唯一ナビを操作できるS氏の不参加はイタイ。昨夜の最低気温は2度だったとか。
しんそこ冷えた!寒かった。でもカスミ網バスターズはへこたれません!カスミ網撲滅に
命を賭けるとまで言明する加藤氏にひきずられつつ、懲りなく山を歩き回り、そのあと
オイシイあるこーるを呑む(ほんと~はこっちダケのほうが…)そんな日々がまた!  

11月14日(火)午前8時集合・第3弾バスターズ3名/再度・雲興寺山中へ
農閑期はほとんどカスミ網撲滅のため時間を割いているという
「バードウオッチングファーマー」加藤氏の号令のもと山田、ワタクシめのバスターズ
3名に懲りず2度目参加の朝日小森記者が午前8時ピッタシ、雲興寺駐車場に集合。
さあ、今日こそ捕まえたるぞ~!! 途中やはり2度道に迷い40分少しで到着。

直近3ヵ所に犯人が仕掛けた《黒の木綿糸のセンサー》に変化なく(前回の帰路、
いったんひっかけてちぎれたのを繋いだのだが…バレたのかな?)「足跡だらけに
したからゼッタイ用心している。だけどあれからもう1本網道を造成したくらいだから
絶対にヤル!」という加藤氏の判断に再度チャレンジすることにした。
『待ってろよ~おまえら!』その後周辺2ヵ所を調査したが使用の形跡がなかった。

 ★11月17日(金)午前6時半・山口駅発「初の喪服デモツアー」(詳細は次号)

 ★11月18日(土)午前8時集合・第4弾バスターズ2名/海上の森で調査
 《立ち木トラスト用地》と道を挟んだ反対側。村道から右へ民家の前を奥へ
10分ほどの雑木林。5~6面張れる個人消費用の鳥屋場。昨年使用したらしい
《むしられた?羽》のついたビニール袋が見つかった。森島氏と踏み跡をたどり
ルートがわかったのが唯一の成果。  

11月19日(日)午前7時山口第5弾バスターズ8名CBC&朝日同行
CBCTV棚橋クルーと朝日小森記者が同行。雲興寺山中の鳥屋場を4度目の急襲。
残念。加藤氏の同意も得て現行犯逮捕を諦め、竹を処分。おもいっきりベシベシに。
クソ~、でてこい犯人!現場のあちこちにカスミ網禁止のビラを張り下山。
びっくりするだろうな~。

 午後1時から瀬戸やすらぎ会館で県主催の「万博候補地を語る会」に出席。
詳細は次回!(次回は本邦初
霞ヶ関喪服デモの巻です)

95年11月17日(金)喪服姿の美男美女四十数名、霞ヶ関をしずしず行進!
 快晴の早朝6時半・瀬戸市山口駅始発、地下鉄上社駅中継のチャーターバスに、
予約を4名越える36名が乗り込み東京を目指した。参加は19歳のミーガンあゆみさん
(父親が南北アメリカ大陸・単独徒歩縦断の著名冒険家)から74歳の方まで多士済々。
 高速へでたところで、自己紹介と〈デモツアーにかけた思い〉をそれぞれ3分間スピーチ。

1日会社を休み、仕事を休み家事を休みして時間をやりくりして参加された人たちの
熱い言葉を聞き続けるうちに、どう考えても得にならない!極めて政治的な行動にも
 拘らずこんなにも強い意志を持ち自ら参加した仲間が大勢いることに改めて感激した。

 途中休憩のインターで「こんなハッキリくっきりの富士山は滅多に見られないですよ」
  と、ガイドさんの声に「うわ~、ステキ」「きゃあ~、すごい」とニコニコ顔で記念写真。
《全員喪服》ではしゃぎっぱなし、ピースサインの記念撮影を遠巻きにして
他の利用客はなんとも怪訝な顔?!?  

さて大蔵省着13時37分。待ちうけた東京参加組や末広参議院議員と
直ちに担当部局へ。一度にこんなに大勢の喪服姿の陳情団は初めてだろうか
ビックリ顔の守衛さん。デモ行進用のボードや写真を忘れ、何人か門前のバスに
取りに戻ってもそのままフリーパス。  

そして官庁から官庁へと《黒服に渡辺さん手作りのチュール》をかぶった美女軍団
(なぜかコレがまたいろっぽいんデスね~コラコラ!)にやはり喪服姿の末広議員と
黒タイの青年一行は「黒リボン」をかけた額入り《海上の森の生き物たちの写真》と
横断幕を掲げ午後の数時間、文化庁、通産省(ここで枝野幸男衆議院議員が合流)
環境庁と精一杯の抗議を込め、訪問の庁内は無論、東京ど真ん中の官庁街を
しずしずと行進したのでした。  

各省庁を廻って得た感触は、万博に関して国はできればやりたくない。
積極的に動きたくないが、地元がトニカクうるさいから仕方なく動いているという
消極的な姿勢がありあり…しかも地元の声は【業界と官界、地方政界の声】さえ
聞けばオシマイ、市民の声なんてもう…  

帰路はもう無礼講。差し入れの弁当に「泡もの」始め酒精もたっぷり。
霞上&岩井コンビ「ザ・ものみーず」のカラオケ絶唱コーラスに湧き、もう通夜の
後の宴会という雰囲気。そして時間無制限の〈いいたい放題おしゃべりタイム〉に
爆笑の連続。ワタクシめを始めコレだけが楽しみで参加した原人トリオも
極上の〈びーる〉を心行くまで満喫し、一路名古屋へ!  

さて名古屋到着を前に《喪主の挨拶》に立った小生。とっさの思いつきで今後の
活動を3つ提案 ①名古屋で初の万博反対デモ ②初めて全国を対象に署名活動
 ③ ヒューマンチェーン(人間の鎖:原人の1人が脇で口に出したのを即!採用)
以上をはかり同意を得られた。名古屋・栄で実施を決めた「喪服デモ第2弾」
での再会を約束し、23時上社で降りたのデシタ。

(貸し切り費用・アワジ観光サービス=202,500円(消費税・通行料込み)は
「ものみ山と海上の森くらぶ」とで全額負担した。予約の際、市内、県内の
主要バス会社すべてに断られた!)  以下は当日提出の環境庁あて文書

◎「愛知県による愛知万博候補地における環境影響調査」に対する監査申入書
環境庁自然保護課殿 1995年11月17日 海上の森くらぶ事務局長 宮永正義

 愛知県による環境影響調査から絶滅危惧種である植物1種と危急種2種の漏れが
今月13日、16日と相次いで発見されていますが、同じ環境影響調査で鳥類の調査を
調査機関から依頼されたと思われる★★氏から「オオタカ」の営巣地点を万博予定地
650ha内で2カ所、また直近の八草の愛工大の付近で1カ所、東南端の外辺部の
猿投山麓で1カ所の合計4カ所発見した。うち1カ所(銭屋鉱産裏から精霊短大に至る
丘陵地内)では育雛中の雛も確認した。しかし巣立ち前にいなくなった。(★本稿は匿名)

東京の方からも1組調査に入ってたからなァ」との証言を《オオタカの営巣地を調査中》
 の我々海上の森くらぶ員並びに日本野鳥の会会員がハッキリと聞いた事実があります。
 さらに直下にペレット多数が散乱している状態で発見された、予定内のもう1つの
オオタカの巣(これはわれわれも発見しました)についても愛知県万博対策室主査の
酒井雅章氏から、その巣については小生たちより以前から知っていたとの言を得ており

県側が不当に生息の事実を隠匿したり、さらに悪質な雛また幼鳥に対するなんらかの
行為を黙認している恐れがあります。調査を〔孫請け〕または〔ひ孫請け〕に出し、
その途中で県に不都合な情報はカットするよう示唆している事実があります。

海外で金融機関が不祥事を起こし問題化している現在、調査結果にてごころを加えたり
発見した事実を隠している可能性が非常に大であることは紛れもないことと思われます。
こういった件に関し、環境庁からの行政的指導を愛知県に対し是非されるよう、
心から請願するものであります。(次回は
カスミ網バスターズ‘95その3

95年11月19日(午前カスミ網)午後1時~県主催万博候補地を語る会
 瀬戸やすらぎ会館で初の県民向け集会。万博の説明のあと賛否3名づつ意見陳述。
一県民として出席したが反対派スピーカーの理路整然とした陳述に対し賛成派は全く
《オソマツの一言に尽きる》人選であり陳述だった。(…ったく、もう~時間を返せっ!)
 賛成派の【資料が間違いだらけ】のおソマツさ、しかも平気で海上の森へ行ったことがない
 という人物や《言語明瞭、意味不明確》いったい賛成か反対か??のバカ者いや若者に

至っては結局、最後に万博推進課のご健闘を祈るとやって【ようやく役所の回し者】と
わかり満座の失笑を買う始末。コラこら~【まともな賛成派】はいないのかっ、つ~の!
 某団体代表にもホント呆れかえった。自然保護、環境保護の知識、それも聞きかじりの
オンパレード。頭でわかったつもりなだけ!言葉がうわ滑りし《こころ》がぜーんぜん

《自然のイノチ》に添っていない。こらァ~、そーいうのを【釈迦に説法】つーの!
しかも海上の森にはヒトコトも触れなかった。自然を壊してなにが自然と共生だっ!
なに考えてんだか、モウ~。  初の万博説明会で賛成派として発言したのは
《公の働きかけを受けた人間で私利私欲を離れ自発的になんて》個人はいなかった。

官製シンポの手法がみえみえで溜め息の山。最近の環境重視の風潮からも、
しんそこ賛成なんて《利害関係者ダケ》なんだろうと哀しくも納得。   

11月25日(土)午前8時山口駅:海上の森南東端・山路の鳥屋場を急襲
  22日、ちよこサン(林)から「もう網を張るダケの鳥屋場を見つけた。
モミジもきれいで、鳥もいっぱいいる」と緊急連絡が入った。
で、探鳥会の予定を急遽変更し、参加者を臨時バスターズに任命。
朝日小森記者を含め10名が車に分乗し、森を縦断、現地に向かった。

予想以上に深い森の中をちよこサンを先導に30分近く歩き現地着。
かなり長く使われてきた《10面ほど網が張れる》中規模の鳥屋場で、
ゴミや遺留品から数日前に猟をしたものと判明。間に合わず残念!
いつも通り支柱用の竹や棒を思いっきりベシべしに折って下山。あ~コレで
スッキリ。帰りは道沿いにビッシリ咲いたりんどうや紅葉をタップリ堪能した。

11月26日(日)午後1時~5時千種区河合塾愛知万博を考える市民集会
 プロジェクトM(牧野剛事務所)と丸山悦子代表主催の集会にイチオー講師として参加。
例の如く言いたい放題しゃべりまくり家に帰って深く反省…手遅れだけどネ。
中京大河宮教授の話から、どこをどうやっても万博を開ける経済情況に国も県も!
ナイことが明白にわかった。しかし敵?はそんなこと先刻承知「先行きどうなろうと

知ったこっちゃない。借金漬けで財政破綻なんてたぶんずーっと先のハナシ。
目先さえ潤えばそれでよし」ナンだろうな。 業界は口銭・リベートでぼろ儲け、
政界は政治資金、官界・お役人様は将来の天下り先、巨大工事では100億あたり
3億から5億の裏金がばら撒かれるのが常識という。好き放題に事業をでっち上げ

税金に群がる【社会のエリートの皆様】のほくそえむ顔が目に浮かぶ。
まずは名古屋市民オンブズマンによる情報公開請求の結果と告発を待つのみ!

 ★12月2日(土)午前8時:瀬戸雲興寺バスターズ4名出動・朝日小森記者同行
 去年《牧野知事選の最中に》発見した瀬戸・上半田川(かみはたがわ)の現場を
加藤、山田の常連にH氏を加えた懲りない面々で急襲した。晩秋とあって落ち葉が
多く注意してもどうしてもガサゴソ音がしてしまう。犯人の気配を感じ、直近からもう
構わず駆け出したが、カスミ網にひっかかりメガネが吹っ飛ぶトホホ状態となり、
姿も見えず、逃げられてしまった。  

網は前回の倍の8面。囮がツグミとシロハラの2羽。かかったばかりのツグミが3羽。
現場保存のため警察が来るまでの時間が辛かった。密猟者は捕った獲物をしっかり
持って逃げた図太さ。網、篭、竹や棒の竿46本を瀬戸署が押収。下山後なにごとかと
パトカーに人だかり。当然みんな犯人を知っているがしらんぷり。でも、当分やらない
だろうな、コレで。(次回は
妙齢の女性とデートなど・師走編です)

95年12月5日(火)午後1時~愛知県庁万博関連請願3件を知事に提出
(1)万博開催地を変更する (2)海上の森を銃猟禁止区域に指定する 
(3)知事と直接面談を実施する 以上請願3点。参加:曽我部、岩井、霞上、早川
宮永、地権者の計6名。 繰り返し言い続けているが、どうして始めっから場所が
海上の森ダケなのか?どうしてココにそんなにこだわるのか?それについて納得

できる説明が得られない限り反対運動は終らない。いくら夢のような理想を掲げて
言葉を飾っても、本音はトニカク公費を注ぎ込み《濡れ手に泡》を狙う巨大土地開発。
バブル時そのまま、カネ、かね、金の発想。御用学者の権威を借り、しかめっつらしく
環境万博を装っても、下心はみえみえのさもしさ!あ~あ!  

12月9日(土)午前9時~「平和公園」でバードウオッチングのはずが・・
 友人に急用ができて、3人のはずが娘とふたりっきりで散策することになった。
東邦高校(高校野球で有名)の隣りの公園駐車場に車を入れ、近くの喫茶店で
モーニングセットを注文。2人で喫茶店なんて初めてで記憶にない。
なんにも言わなくても目と目で心が通じる。  

そういえば昨日ふろに入っていたら彼女があとからニコニコ顔で入って来たっけ。
まるまる3年間1日も休まず、片道40分かけて毎朝ケッタで幼稚園へ送り続けた
実績があるノダ。 今年6月に母親が入院し、82歳の親父がひとり残された。
姉妹は京都や岐阜などで、旧宅に隣接して《教室兼本宅》を増築し使っていた
自分が当然、親父の世話をすることにした。  

親父は《長い軍隊生活で将校の当番兵だったことがあり》簡単な料理はできる
ので毎晩寝る前に小生が炊飯器を仕掛け、朝早い父がスイッチを入れてご飯をたき
 味噌汁を作る。卵やノリ、佃煮、漬物は常備してあるし、昼と夜は親父が好きなものを
買って食べる。半世紀近く馴染みの《店先でコップ酒》の酒屋も、スーパーも歩いて
3、4分の距離にある。後は親子2人分の洗濯。下着や服の着替えに気を配り、

毎日の居室と教室に風呂掃除。料理はチョットだが掃除と洗濯はど~ってことなく
苦にならず《オトコのおばさん》と自称しているくらい。これにおシゴト、市民活動が
加わってくるから悩んでいるヒマなんてない! そんなワケで別居し始めてもう6ヵ月。

自宅に帰れるのは週に1度あればいいほう。向かい合って座った彼女が
「喫茶店のトーストってほんとおいしいネ~」って、家では半きれしか食べないのに
2きれも。『うん、うまいね~』「コーラ、全部は飲めないからあげるよ」と彼女。
 ゆっくり時間をかけて淑徳高校の裏山を歩く。

 『名古屋オリンピックが開かれていたら、ここの森はぜんぶなくなっていたんだよ』
 「ふ~んよかったね、中止になって」ウオーターブルーの空をバックにびっしり鈴なり
 のソヨゴの赤い実。ムラサキシキブの紫紺のビーズ刺繍のような典雅な実の連なり。
もずの声。こころまでホカホカしてくる穏やかな初冬の陽射し。

 昨日の夜「お母さんに尿漏れパッドを買ってきてあげて下さい」と入院先の
家政婦さんから突然の電話。時間がとれるかぎり毎日顔を出しているのだが
ひょっとしてと、ドキッと身構えてしまった。が、う~んとうとう来たか、
そんな日が!あのしっかりもののかあさんに。

「でちゃった…」深夜親父に起こされ、風呂に入れ、着替えさせ、残り湯に
汚れ物をつけながら『いっそこのままポックリいってくれたら』とそのたびに
考えてしまう自分の情けなさ。 ニンゲンって、ほんとしょーがないな~、

老いは誰にだってやってくる。頭ではわかっているのだが、掃除、洗濯、食事
買い物、見舞い、トニカク毎日が精一杯で、つい…あ~あ。でもデモこんなステキ
なひとときを《自分のこども》と過ごせるのも、親が自分を生んでくれたからこそ。

『きょん、空気が澄んで、いい匂いがして、気持ちがいいだろ!』 「うん」  
手をつないで歩けるのも、たぶんもうあと僅か。先のことは考えず1日1日
生きるッキないんですよネ。(次回は
愛知初の反万博デモの巻です)

95年12月17日(日)海上の森オオタカ調査遅刻で迷子?どたキャン
 昨夜の《あるこーる》が抜けきらないうすらボンヤリ頭のままのろのろと起床。
だれだ~忘年会の翌日なんて決めたのはっ!グスン、まっいいか、たまには
いなくても…と横着を決め込み、親父の朝と昼の食事の用意などを済ませ、
1時間遅れの10時ジャスト精霊短大到着。が~ん誰もいない!他の2地点も!

あ~あ。で、やむなく10時から探鳥会がある岩屋堂へ。すると無料駐車場の
看板の上、目前3mにつぶらな瞳で〈ミソサザイ〉がお出迎え。つんと澄ましている
脇の川の中では〈カワガラス〉が2羽、水浴びの真っ最中!なんとなんと、ずぼらを
してもイイコトだってあるんですね~。探鳥会終了後、やはり気になり海上の森へ。

銭屋鋼産前で調査隊12名とバッタリ。観測地点を変えたが成果なく撤退する
ところだった。 と、そこへたまたま来合わせた「淑徳高校新聞部」の皆さんから
インタビューの要請が。得たりや応とレクチャーする感じで20分以上オシャベリ。
充分に意を通じることができた。淑徳高校新聞部として出演する万博関連番組が
テレビ愛知で29日に放映されるとのことで、収録では「賛成派として取りこまれ
ないようにしたい」とまで言ってくれた。ヨシヨシ!

 ★12月23日(土)午前8時~くらぶ探鳥会/午後2時~名古屋栄・反万博デモ
 8時になっても誰もこない!えーっそんな~、結局、森島、北川夫妻の4人のみ。
しかし気心の知れたメンバーで、のんびりゆっくり歩く森も格別なものが…。

早めに切り上げデモへ。丸田町の県支部に寄り、会員4氏の協力でプラカードを
1時間で作成し、10分前に現地着。すでに久屋広場・噴水前には一騎当千の
頼もしき面々が勢揃い。各団体が持参の横断幕も3本。在名6局全社の
テレビカメラが待ち構える中、2時ジャスト、小生の前説からスタート。  

『みなさん!今愛知でいや恐らく日本で最も理想的な形で《自然と人間の共生》が
行われていると断言できるのが【海上の森】です。その森を壊して万博なんて…』と
いつも通り。 そして1人3分のチェーンスピーチ。まず末広真季子氏(参議院議員)

以下敬称略:加藤徳太郎(瀬戸市議)、丸山悦子(瀬戸市長選・参議院選候補者)
杉本てるこ(参議院立候補者)、小松猛(豊明市議)、森島達男(県支部・編集長)
山本卓也(県副支部長)、秋田健(朝日新聞社員)…と、ぞくぞく抗議の声を、
思いのたけを!ぶちまけたのでした。  

その後、多くの飛び入り参加者を加えながら栄の中心街をデモ行進。
最後に再び噴水前に戻り、河宮信郎氏(中京大教授)のスピーチで締め、
エールを交換して解散したのでした。かくして小生提案の初の「海上の森で
万博反対デモ」は無事終了した。あきらめへんで~。  

12月27日(水)雀の夜さぐり?番外編聞いてよオジサンの独り言
 あ~あ、ついにソノ日がやってきた。とうとう!親父が自力でジムニーに
乗れなくなった。夏ごろから食事の用意も自分で出来なくなって、ヘルパーをして
いる鳥仲間からいろいろアドバイス頂いたが、なんとかまだ自分で世話をしたい。

夜7時半、おふくろを見舞った帰り道、地図で調べたディーラーへ直行。
『こんばんは~、えーと、お宅で一番安い軽の車を下さい』
「登録済みの店頭展示の車がちょうど1台あります!」   
『じゃ~それ下さい。あ、この車を下取りで・・』この間たった5分。
ところがナンと車検証がナイ。『探してまた出直します』と戻って、
頭に浮かんだのが親しい鳥仲間で自動車修理業の古田さん。

で、とりあえず電話すると「なにィ~ウチでも新車でも中古でも扱ってるのよ」と
晴美さん。『なんだ、じゃ~全部任せます。条件は2つ。オートマで色は白か紺。
あとはジムニーで足が出なければ』と厚かましいお願いをしたのが午後8時過ぎ。

明けて28日朝「見つかった。車種はアルト・色は紺。今年中だと車庫証明不要」
「今夜にも納車。保険の書き換えが必要」と矢継ぎ早に連絡が…。
あっという間にまだ見ぬ愛車?が夜には届くということに!
持つべきものはやはり人のネットワーク友人ですよネ。



第10回:パリ抗議団募集/なんだか遠い春/ ヒューマンチェーン


 ★96年1月1日(月)
くらぶ創部4年目のんびりユックリ楽しみながら!
 みなさん!今年もどうか昨年以上のご支援を!
なお万博中止までこの通信を年賀状代わりにしますので、悪しからず。
さて国として正式にBIE(博覧会国際事務局)へ立候補することになりました。

今年6月のパリ総会へ抗議の代表団を派遣する計画が進んでいます。
巨像に対するアリの戦いですが、勝負はまだ、まだ、これから・・・、
決して悲観なぞしていません。意気ますます盛んです。
時間とおカネをやりくりして、みんなでパリのBIE本部へゼヒ!!

 ★1月3日(水)午前9時・上社集合「三河広瀬ヤナ」へヤマセミ探検隊9名
 新年恒例の鍋&泡会。楽しいコトもなくっちゃ!市民運動ナンテやってらんない、ねッ。
なんと100通近く送った(くらぶ通信)前号に、集合場所「一社」と、とんでもないミス。
それに「上社」へ着くまで、当の《ワタクシめ自身》が気付いていなかった!えーっ、

そんな~。念のためわざわざご足労の森島氏(スミマセン)によると、
誰も一社にはみえなかったとの由。ほっ!
でも、いかにみんなが「この通信」を読んでいない?かが・・え~ん、トホホ!
さて当日鳥はイマイチで、がっかりという《正統派トリミスト》もみえたようだが、
ハナから目的が「花より団子」ならぬ「鳥より鍋&びーる」という海上原人諸氏は


朝食抜きという猛者もいて、集合した時点からノモ、呑も、野茂?とモウ意気軒昂。
モチロン期待のお昼、あつあつの鍋をフハフハ、泡関係もたっぷり。
買出しや調理の皆さん、有難うございました。河原でゆったり過ごした
帰路2ヵ所で、ヤマセミの歓迎を受け、大満足で帰宅したのでした。    

1月20日(土)午後1時~5時・瀬戸ふれあい会館:ものみ山主催・参加27名
 ものみ山が主体で作成した瀬戸市海上の森調査報告書発表会に出席。
植物、動物、昆虫、古墳、古窯跡など。(資料を提供した)野鳥に関してはモチロン
改めてこの森の素晴らしさ命の豊かさを確認。それにしても北岡(明彦)氏は詳しい。

本当によく調べられている。元祖・海上原人そのもの!パワーも強力。
仲間の1人として本当に心強く感激した。また候補地全域の「ギフチョウ」の
生息調査日程も決定した。参加希望者は北岡宅まで。  

1月21日(日)山口駅午前9時オオタカ調査/午後:野鳥の会県支部総会へ
 今日は2班に分かれての行動。ワタクシめは清水、Hさんと沢伝いに
のんびりボチボチ、食痕(狩りをして捕らえた野鳥を食べた跡)の調査。
例年になく鳥影の極端に少ないなか、それでもたまに姿を見せるルリビタキや
ヤマガラを見つつ2時間弱。あった~アラカシの木の根本にシロハラの羽が散乱。

オオタカの胸毛とおぼしき虎斑(とらふ)模様の羽毛もあったが、
本日の収穫はコレのみ。その後(万博予定地として業者による事前の)断層調査で
タイヘンなことになっているという「タニシ池・広久手堰堤」の現場へ。(詳細は又)

1月27日(土)~28日(日)第6回オオタカシンポ全国大会静岡県掛川市
 地下鉄上社午前9時集合7名、なんにも知らずやってきて《ぼーっと車に乗って
いたのは》ワタクシめだけだったようで、皆さん、さすがに「蛇の道はへび!」

「鳥のことは海上原人?」地獄耳の面々!珍鳥情報のネットを張り巡らしている
だけあって静岡への行きがけの駄賃?お昼近く御前崎の漁港でバッチシしっかり
【シロエリオオハムとコクガン】を見させて頂いたのでした。おまけにシロカモメまで。

もっとも海鳥はほとんど初めてのばかりで…ハイ。「花より団子」港内食堂の「鳥より
刺身定食」のなんとうまかったコトか!こっちのほうが感激の海上原人なのデシタ。

 さて会議には日本全国から150名以上の参加があり、理由は今年度から
巨大開発に際しては【オオタカなどワシタカ類の調査がアセスメントとして
義務づけられる】とかで、調査会社の関係者が多かったのが印象的だった。

もちろんアマといっても、プロが耳を傾けるというレベルの人材も多く、
海上の森で調査を繰り返していたわれわれメンバーにとって、
目からウロコが落ちる思いがする収穫の大きい会議だった。
真の目的2部の懇親会でも《日本トップクラス》の貴重な意見を聞け大盛会!


2月3日(土) 雀の夜ぐさり番外編「聞いてよおじサンの独り言」
 あ~あ今年もまた前途多難だ!小生との約束の場所へ来る途中、
知人が追突事故。呑みに行こうと待ち合わせた友人が【進入禁止の
通行違反】で反則切符 !(そもそも車で…がマチガイだが…)

フルタモータースの晴美さんの奔走で【暮れ28日夜連絡、29日朝注文、昼登録
夜納車】の我がアルトがあの大雪の日、当て逃げされてフロント右がボコン!!
 う~ん、しょ~がナイな~。たぶんコレが自分だったらヤッパし左右を見まわし
・・慌てて・・・・こらこらこら~ッ。さらに3月で制度が廃止とかで、
入院中の実母を「どこか養老院に手配を」と家政婦さんから内々の打診。

(去年、夏休み頃から自炊もムリになり、家事一切を引き受け2人で暮してきた)
父が成人の日に入院したもののまもなく退院。1人で2人も面倒を見れるワケなく
また貴重な頭髪の抜ける予感が…グスン、泣きっ面に蜂とはこのコト!

 オマケに大雪の翌日、半ズボン裸でいつも通りイクササイズしたら、
その夜一晩じゅう鼻水が…もっともソレで済んだが。えっそのほうが変だって?
いやいや、ど~も、ど~も。 

2月24日(土)午前8時~山口駅前:くらぶ主催「海上の森探鳥会」
参加13名  *海上原人が全員欠席!いったいど~したんだ?
ワケは「もう一泊して見てきちゃったモンね」というY夫妻の説明で判明。
えーっ、我が輩もそっちへ行きたかったな~、あーあ。

 それにしてもホント耳が早い!それ以上に好きなんですねー。
片道4時間以上もかけて、日帰りで静岡の山の中まで《たった1羽のコウノトリ》を
見に行こうってんデスから。それもゼッタイに見える保証なんてないのに…う~~ん。

 気を取り直し絶好の快晴のもと、いつ来ても飽きない海上の森のフルコースを
のんびりゆるゆると。珍鳥奇鳥なんかいなくてもやっぱりいい!海上の森はッ!
(かなり痩せ我慢?)さて時間があり、珍しく立ち寄ったオオタカポイントものみ台
B地点で、1人、鳥を見ている人物が…。

つい近寄って、お節介にもタカをみているというのでアドバイスをふたこと、みこと。
そのあと別の参加者が話しを聞いたところ「県の依頼を受けて調査をしている」と。
 うへ~っ 《釈迦に説法・弘法に道を説く》とはまさにこのコト。

よっぽど戻ってと思ったが、それも恥の上塗りで余計に恥ずかしく、イヤハヤ急に
無口になりそそくさと下山したのでした。(次回はパリ抗議団参加者募集の巻です)

3月8日(金)パリ抗議団発表。東海テレビ、毎日新聞社から取材依頼
 6月5日開催予定の「パリBIE総会」で《万博反対をアピールする》ツアーへの
参加者募集を文書化し、今朝、あらためて関係者並びにマスコミに発信した。
たぶんそのファックス情報を受け、2社から取材依頼がきたものと思われた。

 【パリBIE総会で「海上の森」での開催中止をデモしよう!】参加費用・自己負担
愛知県で《もっとも自然が豊かな里山である》とハッキリ断言できる瀬戸の
海上の森をブルドーザーで縦横に踏み潰し《地球環境問題や自然と人間の共生》
をメインテーマとする《環境万博》が行われようとしています。  

《住専問題》や《エイズ公害の厚生省》もたじたじの、マッタクまともな知能を
持つニンゲンとは思えない【官と業のみなさま】の発想のみで強行されようと
している《愛知万博》の瀬戸での開催を断固阻止するため、
皆さんのあらゆる形でのご支援を要請します。  

さあ時間と費用を確保できる方はパリへ!
ちょっとそれは…という方は是非カンパを!
 日程は6月2日~7日・総費用15万円ほど。
カンパ1口2千円、モチロンあくまでも寄付ですから千円でも3千円でも!
申し込みは事務局:北岡又は宮永まで(住所・電話など省略) 
 (次回はなんだか遠い春の巻です)

3月15日(金)午前9時・山口駅前毎日新聞の取材に同行/解散1時頃
 まず9時に待ち合わせた毎日写真部記者と「撮影ポイント」の下見とゆ~
ことで数ヵ所を案内。帰路の篠田池⇒四ツ沢ルートで下山13分は新記録。

駆け下りたワケは《10時に駅で》と報道部記者氏と約束していたためで、
四ツ沢から駅までも駆け足で、なんとか8分遅れで到着。  
生憎の曇り空で、いまにもポツポツという雰囲気。でも気にせず、
同じく待たせた「ものみーず」霞上、岩井、河鰭のトリオと元気よく出発。

しかし花はわずかショウジョウバカマとアセビのみ。本当に今年は春が遠い!
満開なのはものみ山レディーズと海上の森原人のオシャベリだけ。トホホ。
でも、デモ、こんな天気でも、浅い春の小雨にけむるパステルカラーの森も
またステキでしたョ。

 ★3月16日(土)10名17日(日)3名参加 連日の海上の森オオタカ調査
 オオタカシンポの会場で正式に調査協力を依頼した西野氏(東京都日の出町在住
オオタカネット会員)に海上の森を見て頂いた。さて初日の16日は快晴、絶好の
オオタカ日和り。代々武蔵野の森に住み、今でも母屋の軒にムササビが巣を作り

庭の木にオオタカが来て止まることもある!!という氏さえ
う~~ん、ここはステキな森ですネー。いま住んでいるところとほとんど
同じ雰囲気ですョ。これだけの広さがあれば5~6番(つが)いは繁殖できます。
ホント、いいところですねェ~  

夜、はるばる来ていただいた氏を交え、今池「鮒ちゅう」にて7時から一献。
(もちろん主賓以外は割り勘)森島、Y氏そしてワタクシめの「アルちゅう」予備軍
に山本氏を加え、聞くことすべて貴重なオオタカ情報の有意義な一夜でした。
こんなんなら毎晩でも…と異口同音の海上原人一同。

17日は朝から無念の雨。動員しての調査は中止したが、
西野氏と昼過ぎまで3名で調査。終了後、氏の活動エリア・狭山丘陵の
オオタカ営巣地への訪問を約し、昼食後別れたのでした。

 ★3月17日(日)午後2時~5時・瀬戸ふれあい会館第4回万博シンポ
 車で来名の西野氏を見送ったあと、愛知県主催の万博シンポ会場へ直行。
相変わらず賛成だか反対だか「ワケのわからない陳述をする」お役所認定の
人物のご意見発表会。(そこらのオッサンの特技・近くに座ったヒトに
それとなく聞くと)人材派遣会社を使っての賛成派の動員!が判明!!

 さらにお決まり(聞く気もない)司会役の時間がない、時間がナイの連発で
意見封じ。聞き置く、捨て置く、ポーズだけ!とことん愛想が尽きた。
全会参加してきたが、もう来るのはヤメだ。

3月20日(水)午前10時・山口駅前「シデコブシ生息地」調査 17時半解散
 「ものみ山主催」海上の森の群生地4ヵ所を2班に分かれ夕方まで調査。大収穫!

3月23日(土)午前8時山口駅前海上の森探鳥会怪記録え~ん参加2名

 ★3月31日(日)午前9時・山口駅前 野鳥の会主催「シデコブシ」観察会    
 とにかく変だ!今年の春は。去年の「百花繚乱」満艦飾が滅びの前の
《死に物狂い》の花盛りだったのかと思われるほど、ちょー花が少ないうえに遅い。
キブシもクロモジもダンコウバイもわずか数ヵ所でちらほら。
シデコブシに至ってはコース中ただ1ヵ所で1本の木に花芽があったダケ。  

ただ救いは海上の里・ナイショのあぜ道。
春の青空を散りばめたような淡青ハルリンドウの大群落。
【見るだけ、とるのは写真だけ】とクドク参加者に念を押したが、
これだけ言っても中には次にきたとき…!(ホタルの観察会もそうだが、

あとで個人できたとき、目も当てられない乱獲が…)
さて、今日も同行取材の毎日記者から「4月中旬から5回連載で
《海上の森の自然》特集を掲載する予定です」と嬉しいニュース。

参加者にはシデコブシは空振りだったが【また次回の楽しみ】ということで
了解していただいた。「ものみ山レディーズ」霞上、村上お2人の同行、
感謝々々! (次回は
なんだか忙しい春の巻)

96年4月5日(金)午後8時~野鳥の会県支部パリBIE派遣団賛同を承認
 新年度早々の大切な時期だったが授業を1コマカットし1時間ほど遅刻で事務所着。
《組織としてパリ派遣団への賛同》を役員会に諮り、無事可決。
その後役員6名で池下「万歳」にて打ち上げ。酒精をたっぷり「万博を止めてみんなで
バンザイしよう!」帰宅は日付けが変わってから…。あーあ玄関が遠い…とほほ!

 ★4月6日(土)午前9時~海上の森シデコブシ・開花情況調査 単独で森へ
 と、ゆーと大袈裟だが《ただ習慣的に足が向いたダケ》という説も…。
四ツ沢で村瀬氏の車を見かけ三角点へ。

「オオタカシンポ」で《定点で継続的に単独で調査するのがベスト》と聞いて
《リタイア後で時間が取れるから》と名乗り出て、2月から土・日は必ず、
平日もたびたび日の出から夕方まで調査をしているのが《海上の森原人第3号》
村瀬貞彦氏だ。う~ん、やるなー凄い!

しかしこれだけのファイトの持ち主が推進派にいるかッ?
反対派には両手に余る程いるぞ!!!  
午後2時から県支部で「海上の森の野鳥たち」編集会議。
バードウオッチングガイドは小生が作成することになった。

終了後森島、Y氏の海上原人トリオで昨夜に懲りず連夜のお疲れ様?会。
ただし今夜は一社「万歳」でしっかしうぐうぐ。『誰だ~明日もなんていってるのは!
うーん少し友達を選ばなくっちゃね~』えっ言い出したのはおマエじゃないかって?
むぐぐ…そーデシタ。  

4月9日(火)BIEパリツアー:再度参加者募集を発信:申込16名を報告

   ★4月13日(土)午後2時~5時半過ぎものみ小屋で海上の森ネット会議    
 反万博活動を行っている団体、個人が《自由な意見交換と連帯を深めるため》
会場候補地のど真ん中にある【物見小屋】に集った。
場所がなんせ《屋根と床だけの小屋》のため、日が翳ってからは冷えて
大変だったが、40名近い参加者の熱気は、それを遥かに凌ぐものがあった。

    喪服デモの帰りに提案した【名古屋・栄で反万博デモ】は
管轄警察や土木局への申請にてこずったが、12月に実施した。
その後、本業がチョー繁忙期に入り動きがとれず、徳太郎(瀬戸市議)さんに
「やろうよ」と催促されても、ウダウダしていた【ヒューマンチェーン】は
秋田氏が動き、会議で相談の結果、実施を決定した。

いいだしっぺとしてはやるッキャない。みなさ~ん、協力お願いしますッ!

 ★4月14日(日)午前9時~定例探鳥会:午後・海上原人七士揃い踏み!
 シデコブシの花を見、ギフチョウも舞って大満足で鳥見は解散。
昼から赤池入口・満開のヤマザクラの下で「は・な・み」。
往年の美少女たちを引き連れはるか彼方の山裾を通りかかった《ものみーず》一行に
「ゆみちゃ~ん」「さなえちゃ~ん」「まちこちゃ~ん」と、、てんでに声をかける
「海上の酒?くらぶ」ヨッパライ軍団。 遠くから笑って手を振り応える彼女たち!

その強い連帯感に改めて【海上の森】が持つ不思議な魅力を感じつつ、
ゆったり夕方まで至福の時間を過ごしたのでした。  

4月20日(土)午前8時~中京テレビ取材:午後1時~「海上の森里山シンポ」
 西区の自宅まで迎えに来た取材車に同乗し、
午前中は海上の森を案内し、シデコブシの花などの撮影に協力。
午後は5時過ぎまで名古屋YWCAで開催のシンポに出席した。盛会だった。

  ★4月21日(日)10時~WWF-J(国際自然保護基金日本委員会)花輪氏一行を案内
  鳥はいまいちだったが、新緑のパステルカラーとヤマザクラの薄桃色が織り成す
  山肌のタペストリーが最高だった。CBCテレビ棚橋クルーが同行取材してくれた。
海上の森ネットのメンバーが案内したが、問題の在り処を知らせるためにも
マスコミによる報道は大歓迎だ。  

4月27日(土)午前8時~くらぶ探鳥会 ゴメンね、ムササビ君、うるさくて!
 大正池でカスミザクラの木を双眼鏡で覗いたら穴がナイ!
エーッとよく見ると大きな目がぐるぐる。なんと穴から頭だけ出してムササビが
お昼寝中。ニンゲンどもの大騒ぎをよそに、写真を撮っても、指を差しても、
物憂げに目を開いては、またウトウト。どっひゃー、なんと図太い神経だ!  

4月28日(日)午前10時~午後3時春のものみ茶屋打ち上げ後、森を周遊!
 お茶と手作りのお菓子でもてなす恒例の行事。3時から打ち上げ。
5時過ぎから涙、絶叫、大歓声のなか森のフルコースをなんと2時間半近く歩いた。
あるこーるが入っているうえ、明かりもない山道をたどって、行方不明者や
負傷者が出なかったのは森を知り尽くしたメンバーばかりだったからか、
森の精もあきれ果てていたとか?ものみ山レディーズ9名、原人3名ほか計15名。
(次回は
ヒューマンチェーンの巻

96年4月29日(月)午後2時~5時過ぎヒューマンチェーン実行委員会
 牧野氏の事務所:プロジェクトMを借りてようやく実行委員会を開催。
喪服デモの帰りに景気よく『やるぞ!』とぶち上げたものの、95年4月に実母が入院.。
親父と2人暮しが8ヵ月以上の疲れや(子持ちの有職主婦に比べれば通勤時間がナイ!

学校の心配もナイと遥かに楽なんだが)本業が書き入れ?どきに入ったコトやで
頬被りしたまま年を越し、年始の親戚・身内に加えて山の神にまで
「自然保護より家庭保護!このままでは生活保護」とまで言われて針のムシロの毎日。

 そんなこんなの96年2月のある日、徳太郎さん(瀬戸市義)から「ヒューマンチェーン
どうなってんの、やろうよー」とのおデンワ。「…んなこと言ったって、いまタイヘンの3乗で
ますます毛の不自由なヒトになっちゃうよ~やる気はあるんだけどさ~」とむにゃむにゃ。

 それも忘れかけた4月のある日、しびれを切らした秋田氏から
「事務所を牧野氏に借りたから、とにかくやろうョ」との連絡が…、
で、とうとう思い腰をあげ、本日の第1回打ち合せ会となった次第。  

5月11日(土)午前6時~9時パリ派遣団結団式・瀬戸市文化センター
 5月7日現在24名の参加申込があった。
申込者のほぼ全員が揃い自己紹介のあと懇親会。
フリーのフランス専門ツアーコンダクターで《海上の森の地権者にして住民》
である加藤宣雄(のりお)氏が旅の手配をすべてして下さった。
むろん連絡など細かい事務手続きは例の如く北岡さん任せ。

 ★5月12日(日)9時~「生まれて初めての探鳥会」10時ヒューマンチェーン下見会
 予想外の関心の高さで探鳥会には多過ぎる100人近い参加者!
で、県支部企画事業部の係員としておシゴト。といっても図鑑類や
ワッペンなど野鳥グッズを販売する《ふーてんの》宮さん?これを1時間弱・・  

『あ~あいっしょに歩きたかったな~』とためいきをつきつつ、
10時から「ニンゲンの鎖」実行委員会の5人を案内し、海上の森の里で
26日の予行演習を13時半まで実施。言い出した以上、やるっきゃナイか!

 ★5月16日(木)午前11時半瀬戸署訪問・ヒューマンチェーン事前打ち合せ
 瀬戸署からの要求により影山健氏(愛知教育大名誉教授)と2人で訪ねた。
4月13日の集会で影山、秋田、小生を世話人として正式に「実行委員会」を発足。

頭脳方面は先の2氏、ワタクシめはもっぱら現場での指揮という
〈体力だけが取り柄〉の我が輩にピッタシの役割分担!?
 警備課長との面談では「いろいろな手続きが必要」ということでヤレヤレ。

とりあえず帰路、鈴木宇佐見氏を訪ね土地の使用許可書に署名頂いた。
他の地主には宇佐見さんが話しをしてもらうことになり、ホッと一息。
あとの手続きは影山さんと2人で手分けしてということに。

 ★5月25日(土)午前8時くらぶ探鳥会/午後:海上の里で人員配置など予行演習
 海上の森原人フルメンバー11名もが案内役に参加。
バードウオッチング隊は1時近く里で解散。
その後、参加スタッフの役割分担と配置を決め、最後の予行演習を済ませた。

 ★5月26日(日)午後1時~4時:
ヒューマンチェーン実施:500名以上参加
 スタッフは赤池入口0:45分集合だったが、天気もよくじっとしていられる
ワケがなく、10時過ぎにはタニシ池に通じる林道を歩いていた。
サンコウチョウの声を聞き、オオルリを見て引き返したが、その間に何人か
今日のスタッフと「やあやあ」「こんにちは」みんな、ほんと好きなんだな~。

 山口駅まで往復に2、3千円の交通費をかけたうえ、駅から歩いて片道40分!
の山のなか、森の奥の集落に集った500人余の参加者。へり2機が飛び回り
うるさいのには辟易したが新聞TV全社が駆けつけ、初めてにしては大成功だった。



 森の入口で許可書のある車だけ通す見張り役から、参加者の受け付け役。
黄色い布やハンカチ、横断幕にノボリを用意したり配ったりのボランティア。
要所要所の繋ぎ役、街宣車やスタッフとして協力の国労のみなさん!
ほんと有難うございました。万博の現地を知ってもらおうという
本来の目的は充分達成されたと思う。 (次回は
遺言・母旅立つの巻)


第11回5月~:遺言・母旅立つ/パリ抗議団・その2・その3

 ★96年5月20日(月)「スクール通信」
ご父母の皆様へ 1週間休塾のお願い
 先日の父母会にはお忙しいところ、ご出席頂き有難うございました。
都合により、ご欠席された皆様に当日の資料をお渡しします。
さらに6月第1週を休ませて頂く理由を改めてご説明致します。

    さて仕事と個人的活動を同じ重さで判断し、実行するというライフスタイルを
  通してきましたが、そのプライベートな面で、30年ほど前から日本野鳥の会
という団体に関わってきました。特にこの5年ほどはその活動に平行し
「海上の森くらぶ」という自然保護団体を主宰し、瀬戸市の貴重な森を
守ろうという運動に深く関わって参りました。     

この運動が1つの正念場を迎え、リーダーの1人として世界に
「森を守り、そして森に生きる生き物を守り、ひいては自然破壊から
憂慮されている人間そのものの未来を守ろう」というメッセージを
届けるため、パリへの訪問団を組織しました。

勿論、帰国後は下記の日程により、従来にも増して全力でご子女の
指導にあたりますので、なにとぞご了承下さいますようお願い致します。
 (*教師1人の塾だが、やらずに後悔するより
やって後悔したほうがイイ!で・・文書を出した!)

 ★5月30日(木)肉親並びに親戚一同様
「6月2日~7日・パリ訪問」を前に。
 過去5年間の「森を守り自然を守りそこに住む生き物たちを守る」
運動の総決算として『どうしてもパリへ行き、世界中に愛知で
行われようとしている事実の不当さを訴えたいのです』

勿論、個人としての生活も大事ですからそのために、
帰ってからは《あらゆる方策を計り今まで以上に努力する》覚悟です。
確かに大袈裟です。しかし、これからの「われわれ人間の生き方」
「地球と人間」「人間の未来と環境」に関わる《身近で重大な選択》を
迫られている【象徴的なターニングポイント】がこの瀬戸の森を
潰してしまうのか、それとも残すのかという問題なのです。 

万一の事態を考え
以下を親族並びに家族にお願いするものであります(*発送文書)
 一、母が万一の場合、喪主は長男・宮永☆☆にすること。         
 一、葬送は江向町の自宅で行うこと。                       
一、式のランクは上、中、下なら中、5段階あるのなら3ですること。  
  
一、葬具は祭壇と焼香台のみとし、白菊による献花方式とする。     
          一、仏教とも神道とも縁がなかった本人でり僧侶は無用、テープでレクイエムを流すこと。 
一、連絡は本人の姉妹、子供とその縁戚に。生前の意志に従い滋賀県は絶対に呼ぶな。

一、お通夜、葬儀を通じ金銭の管理には充分注意し後日小生が責任を持って清算する。
一、後見人としては◎◎氏を筆頭に、◇◇氏、▲▲氏の両氏を補佐とする。    
 一、小生に万一のことがあった場合は、決して無神論者ではなく見えざる手の  
  存在を感じているものであるが、既存の宗教による葬送は断固拒否する。

一、葬儀は自宅で密葬とし、遺体は「献体」し、墓は作らず遺骨は山野に散布すること。
一、小生に関わる遺産相続は法の定めるところに従って処理すること。(署名・捺印) 
(母の容態が危篤状態ではないが緩やかに衰えていて、万一に備え遺書を作成した)

 ★5月31日(金)午後1時21分:母旅立つ 享年78歳  
とうとうその日が来た。ひとくちひとくちスプーンで昼ご飯を食べさせ
食が進まないのが気になったが『また明日くるからネ』と手を振って
別れたのが最期で、12時40分頃だった。

老人ホームの空きを待ち、転院3度目の病院で、女医の院長に
「強制救命措置はしないよう」頼んであった。駆けつけた看護婦と
医師に看取られ、苦しまず穏やかに息を引き取ったという。

優しく仲のよい子供に囲まれ「やっとそれなりに恵まれた」晩年だった。
ダイスキな!!母親だった。

 しかし、あさってからパリ抗議団。
すぐ区役所へ行き、死亡届と埋葬許可書の手続き。病院に戻り清算。
葬祭業者と葬儀の手配。モチロン自宅で無宗教。すべて独断で即決した。

   8時からお通夜。義兄の兄弟に「何教ですか?」と聞かれ、
とっさに「海上教です」と応えてしまい《山の神の顔がゆがみ、姉が泣き出す》始末。
深夜、故人の枕もとで四面楚歌、多勢に無勢。あらゆる非難の嵐に、
つい開き直って「坊主10人呼んだっていい、全額だすなら!」…コラコラ。


 翌6月1日。結局折れて1人だけ呼び、午後2時出棺、4時八事。
6時から料理屋で初七日。すべてを済ませたのが11時。



そして翌2日。親類縁者全員が眠るなか、こっそり6時に
自宅を抜けだし《長男で喪主》が名古屋空港国際線へ。
思いっきり涙を流したのは航空機の座席で空の上。  

1週間のパリ行動から帰国後に1か月以上続いた(いまも後遺症が…)
ゴタゴタは【身からでた錆】とはいえ、思い出すたびに・・わお~~っ!
ホント、迷惑かけっぱなし、スマン、ごめん、トホホのほ。

96年6月2日(日)午前8時:海上の森市民会議パリ派遣団
 加藤徳太郎・瀬戸市議を団長に女性9、男性14、総勢23名のパリ抗議団を
派遣した【海上の森市民会議】は代表・加藤氏、事務局長・宮永、役員として
曽我部さん、Hさん(現・長久手町議)を選任し、この4人の合議でほとんど
すべてを相談し決めていた。(毎月1回グリーンロード沿い長久手のレストラン
「キャッツ・カフェ」<現在廃業>に集まり、会合を開いていた。)  

パリ・シャルル・ド・ゴール空港到着後、加藤宣雄(のりお)氏の
定宿という個人経営のホテルに直行。ツアーコンダクターで地権者で
森の住人でもある加藤さんに、旅行の手配はすべてお任せだった。
更にパリ在住の日本人に《デモ申請や面会交渉》をお願いしてあり
準備はほぼ整っていた。

   夕方からは自由行動。抗議団に当然参加の森島、村瀬、小生の
  3原人は宿のあるクリシー周辺をぞろぞろ。パリは今回で3度目!
しかも見知った町で安心して案内でき意気軒昂の小生でした。


6月3日(月)午前9時~モンパルナス駅近くの会議室で集会
 全員揃いの白のトレーナー【胸にムササビのイラスト、
背中に緑で「モンゴリナラ」の葉っぱと海上の森のロゴ】姿でホテルを出た。
用意してくれた会場で、現地コーディネーターから「アポ情況の説明」を受け、
主要大使、公使館訪問の分担を決め、活動スケジュールを確認後、実行した。

 午後1時:BIE本部訪問。理由不明で相手が不在。
待つこと30分、ゴンザレス事務局長が到着。
度重なる資料送付で渡辺、宮永の名前を覚えたようでシッカシ握手。

(写真右端は準カスミ網バスターズ・朝日小森保良記者)

通訳のほか5人と言われ市議2人、曽我部、英語がペラペラの森島、
フランス語の宣雄さんが代表で面談1時間半。帰りしなの記念写真の際
【日本へきたとき一緒に森を歩く約束をした】のが唯一の成果?
(注*小生の英語は日常会話・旅行なら問題ナイ程度)



 さてその後、日本大使館と会場を下見し、ホテル着6時半。

13年前に1週間近く滞在したが、
どこも印象は変わらず、やはり花の都パリ。いいな~!
夕食後周辺を散策。夜の9時、10時から賑わうオープンカフェの
繁盛ぶりにみな目をパチクリ。ワインやビール片手にのんびり、
ゆっくり、夜更けまで・・・大人が楽しむ国なんですネ~!  

6月4日(火)午後3時半~全員喪服&羽織袴で出陣
オトナの国フランス!
 日本大使公邸で催されるレセプションに招待されたBIE加盟の各国代表に
「万博で森が破壊される」とアピールするため全員喪服姿でホテルを出発した。

この日のために2度も!村瀬邸に集まり《着付けの練習をした!》
海上の森3原人はモチロン!紋付羽織袴に扇子の正装。これに主旨に賛同した
写真家の古谷茂、加藤(宣雄)の2氏を加え、なんと和服で正装の男性が5人!

ホテルを出てから行く先々、もう注目度はバツグン!なんせ女性は全員
チュールを被った喪服姿。それに多分!本物は初めての日本男子の羽織袴。
サムライ!スモウトリ!という声がアチコチから。物騒といわれる地下鉄車内も
混んでいるのに、われわれの周り1mは空間ができる。

16時過ぎ地下鉄を降り、どよめく観光客やパリっ子の注目を浴びて!
シャンゼリゼ通りを横切り、大統領府エリゼ宮の隣りの日本大使公邸へ向かう。
歩きながら「海上の森の生き物を万博で殺さないで!」と英・仏の二ヶ国語で
書いたビラを配る。なんとほとんどのヒトが受け取る!

 通りかかった市民は無論、エリゼ宮と周辺を警備する警官がみんなわざわざ!
   やってきてビラを受けとり熱心に読む。とうとう警備の責任者らしきのまで取りに来た。
中にはウインクしたり、ウイウイと明らかに賛同の意志を示す警官までいて、
日本では絶対に考えられない反応だ。

16時半過ぎ大使公邸に着いた。
レセプションは17時からで誰もいないが、パリ在住の4人を加え
27名が門の左右の歩道に並び、英・仏語・4mの横断幕2枚を掲げる。
さらに黒リボンを懸けた20枚の《海上の森の生き物たちの写真パネル》を
1人2枚づつ、残りの人はプラカードを持ち静かに(フランス語がダメだから
トーゼンだが)訴えかける。現場のパリ警察は問題なしと許可。

しかしすぐ「門の扉の右ならいい」…更に10分ほどで「向かい側の歩道へ」
と、矢継ぎ早に指示が飛ぶ。規制の原因は日本大使館が武官を通じ
パリ市警に指示していたのだった!

96年6月4日(火)午後4時半過ぎ 「オトナの国と子供の国」
その前に経緯を少し、2005年万国博覧会の誘致を目指し、
加盟47ヶ国による来年6月の投票へ向け、一騎討ちとなった日本と
カナダがBIE総会で【加盟国に開催計画を説明する】のが明日6月5日だ.

 会場候補地は愛知県瀬戸市とカナダ・カルガリー市。
カルガリー市では住民の100%近くが賛成しているとかで、
テーマは「大地―われらが共通の基盤」
自然と都会の調和がとれているとカナダは強くアピールをしていたが、
具体的な万博計画についてはまだ公表されていなかった。

対する日本は愛知県の鈴木知事が「巨大イベント」を前提に、
周辺に住宅や研究施設などを建設しようと提案した「開発ありき」の
《本音はなんでもいい》巨大公共事業の誘致計画だった。

しかし去年12月の閣議了解の際、各自然保護団体から
度重なる強い抗議を受けた環境庁が「自然環境の破壊に繋がる」と反発し
それを受けてテーマの変更、規模の縮小が計られた。国はこれを機に
「環境重視」を前面に押し出し、本音の下に《鎧を隠す》のに躍起となった。

グリーンロードと東海環状を海上の森で繋ぎ
【2000戸6000人規模の住宅を建設する】新住計画はそのままで
「自然との共生・開発を超えて」というテーマで眼くらまし作戦に変更したのだった。

★さてここから前回の続き。
指示が変更されるたびに階級が上らしい私服警察が次々やってくる。
中には「ごめんね、こんな穏やかなデモならどこでやっても問題ないんだけど」と
同情してくれる私服もいる。しかし最終的に公邸前から1ブロック離れたところに
移動するよう指示される。  

午後5時少し前、制服警官に囲まれ、移動を強制され動き始めたところへ、
  やっと名古屋のマスコミ陣が到着。数台のTVカメラが回りマイクが突き出される。
『いったい何を大使公邸は怯えているのか、マッタク理解できず情けなくて
眼から鼻水がでそうデス!』・・・そのまま放送された?という。  

この間、歩行者や高級ブティックの店員さんたちに
ビラを配るが、みんな!受けとってくれる!
通りかかった車が徐行し、窓から手が出てビラを催促することもあった。
一旦通り過ぎた中学生くらいの子が戻って受けとったり、
もう「好奇心がいっぱい」で、しかもみんな真剣に読んでいる!

喪服で《リボン付き黒枠の写真》を掲げた東洋人の一団が必死の形相で
並んでいるから、通りはたちまち渋滞するが、誰もフォーンを鳴らさないし
警察ものんびり、行け 行け と指示するだけ。

5時半頃、みかねた?私服が「4人なら通行人だから規制ができない」と
教えてくれた?!で、ビラ配りの4人を残し、公邸付近での活動を終了。
残りのメンバーはどっとでた疲れと喉の渇きでカフェでひと休み。

市民は勿論警察までソフトで温かいパリ人気質に賞賛の声があちこちで湧く。
 6時過ぎの帰り道、公邸をめざす瀬戸のハリボテ「春姫道中」一行とでくわした。

紙製の羽織やオモチャの鎧、ちゃちな神輿に人形を乗せゾロゾロ。
うーん、なんとなんと「日本の恥!・みっともないからやめろ~・恥を知れ~」と
やじり倒してビラをまく。ここでもほとんどのパリッ子が受け取り、しかも意見を
述べ握手を求めたりウインクしたり、環境保護派がだんぜん圧倒的に多い。

さてホテルに向かったメンバーと別れ、加藤、小松の両市議と
森島、宮永の4人は懲りず、日本の次に招宴を開くカナダ大使公邸へ。
門の前で「日本大使公邸」から来る各国代表を待ち、路上で話しかける作戦だ。
8時頃からぞくぞくと代表がやってくる。警備はだれもいず【紋付羽織と喪服】の
われわれと日本人記者数人のみ。(*加盟国はレセプションをハシゴ)

しかも、みな夫人同伴で最寄りの地下鉄の駅から歩いてくる!
警察もいず、妨害もない!シンガポール大使、ドイツ公使…トニカク
次々に話しかけビラを渡すと、みな受取り、しばらく耳を貸す。

どこの誰やらマッタクわからない東洋人にですョ!
夫婦で歩いてきた女性に話しかけたら、なんとカナダ首相夫妻だった。
自然保護で話しが弾み握手まで…うーん凄い!

黒のリムジンで乗りつけたのは数ヶ国のみ。トーゼンその1つが日本。
小渕副総理に鈴木知事、こそこそガードに囲まれ返事もしない。
受付でも随行員の陰でこちらから見えないように立っている。

カナダらしい特派員に「どうして自分の国の人間の意見を聞かずに
隠れるんだ」と聞かれ絶句。(次回はパリ抗議団その3です)


96年6月5日(水)6時半から朝食 BIE総会当日
全員喪服で再度出陣!
午前8時過ぎエッフェル塔すぐ近くの会場へ到着。
パリの真夏でも滅多にないという最高気温32℃の1日。
午後4時半過ぎまで終日「海上の森での万博を支持しないで」と
アピールが始まった。・・前日やっと「デモ申請」の許可が下りた・・。

警察に会場横の道の向こう側と場所を指定される。
なんと!後から来た推進派は建物の構内に招き入れられ、
昨日と同じ紙製・はりこの衣装で、意気のあがらない声で
「ウェールカムジャパン」を繰り返す。なんとも恥ずかしくナサケナイ!

鉄製の柵に英仏2本の横断幕をくくりつけ、
プラカードや写真を掲げ通行人にビラを配る。
《新婦人の会》派遣団6人に、飛び入りの現地参加2人を加え
31人で精一杯の抗議行動を展開。  


昨夜、カナダ公邸前で名刺を交換できた約20カ国の代表に約束の資料を渡す。
(資料には「海上の森の花・虫・樹」「海上の森の野鳥たち」など
われわれが出版した本も)特異な服装《紋付・羽織・袴に扇子》の
お蔭?で向こうから手を出してくれる代表までいた。

その他の国も、代表なのか確認して資料を渡すなど
開会前の歩道は大忙し。なぜそんなに忙しいかというと……。
日本の常識では政府代表ともなれば【公用車で玄関の車寄せに横付け】
だろうが、パリは違う。ほとんどの国の《大使、公使クラスの》代表が
BIE議長でさえも!1人で!!地下鉄の駅から歩いてくる。

  車で来ても《マイカーで送ってもらった勤め人のように》会場前の車道で下りる。
小渕さんや鈴木知事のように【リムジンで玄関に横付け・付き人つき】なんて
偉い?のはまずイナイ!しかも世界のマスコミ(といってもフランス、カナダ、
日本と国際通信社だけ)が見守っているだけあって、建物の前の歩道で
代表たちに資料を渡す反対派メンバーへの妨害もない!

9時に総会が始まりしばらくたって道を挟んだ横断幕がある向かい側に
全員移動させられた。のんびりビラを配りながら、カナダや日本の
マスコミのインタビューに、それぞれが答えたりした。

 12時過ぎ。総会も昼休みの休憩。
われわれ喪服姿のメンバーも隣接のホテルの中庭で昼食。
予算ダイジョウブ?といいたくなる豪華版!しかもワインが全員に1本づつ。
更に中のレストランに見覚えのある顔が・・・えーっ!代表の皆さんもここなの?

しかも男女を問わず、ワイングラスを傾けてゆうゆうと……。
われわれも郷に入っては郷に従えとゆーことで優雅でステキなランチタイム。
 なぜか仲間の女性から、ワインのボトルが次々にまわってくる。

『軽くて水代わりなんだけどな~』といいつつ、ガボガボ3本以上、
ムロン小生のほかにも同類が『う~ん口当たりバツグン残り持って帰ろかな~』
オイオイ、こらこら。料理はもちろん美味しくいただき、
最後のデザート《ボウル並みの容器》に入った巨大アイスクリームに仰天!
これはコレは……とても食べきれず女性陣にお返し。

食後2時から抗議再開。
午後4時半、総会終了直前、立ちつくす無表情な警官の前で
誰からともなく女性たちが歌い出す。「赤とんぼ」「七つの子」「「もみじ」……
そして「故郷(ふるさと)」うさぎ追いし♪かのやまぁ~♪小鮒釣りし♪かの川~♪
歌っている女性の何人かから涙があふれてくる。涙声の合唱が炎天下に広がる。

でも歌い続ける。なぜか3番まで記憶の底からするすると歌詞がでてくる!
 向かい会う堂々とした体格の若い警官の何人かが涙ぐみ、しきりに眼をこする。
言葉がわからなくても思いは通じるのだ。4時50分総会が終る。

帰途につく代表たちに宣雄さんがフランス語で大声で話しかける。
次第に涙声になるが、せつせつと訴え続ける。
それがだんだん絶叫に近くなり止まらない。
私服警官?もしきりにうなずき、会場ビルや隣接ビルの窓から
何人ものガッツポーズの激励がある。  

会場から帰る人がいなくなりすべてが終った。
警備隊長が近づいてきて握手を求める。
炎天下つきあってくれたお礼にお土産用の「和風てぬぐい」を
制服全員の7人分を渡すと喜んで受け取り「個人的には君たちに賛成だ」と
言ってくれた。警官全員と握手をした。にこにこ顔で力いっぱい握り返してくれた。

 夜8時半、着替えてオペラ座近くのレストランで打ち上げ
さらにエッフェル塔近くのカフェで乾杯!
パリに来て如何にフランスがオトナの国か分った。
ほんものの民主主義というコトも!

6月6日(木) 翌日たった1日パリの観光。
途中気になる日本へ勇気を振るって国際電話。
モシモシ僕だけど……。
イキナリ【帰ってこんでいいからネ!】で、ガチャン。
ふーっ、え~ん、ダ・ズ・ゲ・デくれ~~と・ほ・ほ・の・ほ…
 

第12回 6月下旬~:ホタル観察会/万博シンポ事前協議/
   ネンネンねねむ賢治の森/環境庁長官と面談/BIEへ質問書

★96年6月23日(日)
午後7時半~山口駅前集合ホタル観察会
 今年もまた駅前が車と人でごった返す人出となった。
会を重ねて馴れたからか手際よく現地へ次々に参加者を送り出す。
子供連れと熟年が大多数だが、結構若いカップルが目だち驚いた。

去年の夏から知らないうちにタニシ池手前、池からの沢水が流れる最も
【ゲンジボタルの発生が多い】幅2mほどの沢筋の両岸に蛇篭(じゃかご式
=太い針金の編み篭に人頭大の石を詰めて岸を覆う)護岸工事が施され
草むらから川につながる岸辺が壊滅され尽くした!  

更に年末から今年4月の地質調査で敷かれたトロッコのレールや
重機の移動で沢に流れ込む小さな沢がかなりの範囲で破壊された。
下見で気付いてビックリしたがゲンジボタルが激減し、今夜も数匹づつ
2、3箇所で舞っているだけだった。他に観察会で場所が知られ、
クチコミなどでどんどん車できて「採っていった」という証言もあった。

う~ん、コレは完全にオレたちの責任だ!  
数年前まで乱舞していた楽園を夢、幻にしてしまった罪は深い。
よかれと思ってしたのだが…。詫びても詫びても取り返しがつかない。
スマン、ごめん、申し訳ない!手遅れだけど来年はもう中止だ!

 ★6月30日(土)午後1時~第6回万博シンポ協議・瀬戸市文化センター
 これまでのシンポが余りに不評だったためか県からの申し入れがあり参加。
司会=森嶋昭夫・名大名誉教授。万博誘致対策局=山田、猿渡氏ほか。
瀬戸環境を考える会=加藤昌。海上地権者の会=鈴木敏明。
ものみ山=曽我部。海上の森ネット=戸刈。野鳥の会=宮永。

 事前協議といっても日程と場所は:8月3日(土)午後1時~5時・
瀬戸やすらぎ会館と既に決まっていた。県との交渉で《シンポの
最低1週間前に履行すること》として以下の2点を合意した。  


(1)愛知万博の正式基本構想を8月シンポの前に、今日参加した
市民グループ代表に渡すこと〈個人的な予想では、どんなに急いでも
構想の策定には7月一杯かかりそうで、しかもマスコミ発表前に反対派に
渡す?から、まあ1、2日前にもらえれば上乗、期待してもムリ…が本音〉

(2)会場候補地のゾーニング案を現地の地形に           
           正確に落とした地図を作成し渡すこと

 ▲会議は踊る!反対派「悟空」は森嶋「さんぞー法師」の掌の上?!
 会議中の森嶋氏の県に対する態度から、氏はかなりの裁量権を供与されていた
と確信した。その例として、小生の質問で「森嶋氏から、県に《会場候補地》を
《海上の森以外》に変更する可能性があるのかないのか聞いて欲しい」と言った
ところ同席の県当局を一顧だにせず「それは全くない」と森嶋氏自身が否定した。

司会者が万博会場問題は「県の意向」を承認していた。
 野鳥の会・海上の森くらぶの「協賛条件」として鈴木知事のシンポ出席を求
  めたところ「なんにも知らない人を呼んでも仕方がない」という発言があった。
知事の「万博」ついてか「自然」についての知識なのか、言わなかったが、
両方なんだなと小生は受け取った。またソコまでハッキリ言うか!とも…。

いずれにせ森嶋氏が判断することではなく、知事自身が判断することと
小生は愚考するのだが・・。更に「知事の出席はそのうちおいおい考える」とか
「今までのシンポは賛成派と反対派が互いに念仏を唱えていただけ」との発言も。

(そうなったのは誰のせいだっつーの、よくいうよ、ホント)
 結論として森嶋氏は県が「反対派と話し合った!」とBIEならびに一般社会に
 示す証人の役回りで《何が何でも開催》と県に譲る気がない以上、実りのある
話し合いは不可能と思われた。「会場は変更しない」と断言されて、無条件で

シンポに参加すれば「海上の森」を候補地と認め、全面撤退を主張して
いた従来の方針を放棄したことになり、用地の縮小など条件闘争となる。
それも結局ずるずる押され、工事が始まれば認めさせた保護地も、
業者の手違いとか工事ミスとかの言い訳で無視され破壊されてオシマイ!

という最悪の結果が当然のこと予想される。 シンポに出席するのであれば
以上の危惧を冒頭に陳述し「海上の森」での開催は断固容認できないと明言し
開催候補地の変更を徹底的に要求すべきと思われる。オールorナッシングだ!


96年7月夏海上の森は賢治が夢見たネンネンねねむの森なノダ?!

 といっても宮沢賢治が「海上の森」を歩いたなんてワケはアリマセン!
でも過去5年間、通算200回以上(記録分のみ)ワタクシがこの森を歩き
見聞きした野鳥を中心とする多彩な生き物たちの《豊かで満ち足りた生死の
有様》と子供の頃から慣れ親しんできた賢治の世界とをつきあわせてみると

賢治が心の底から親しんだ《岩手の里山とそこを棲み家とする生き物たちの
たたずまい》がなんと70数年の時空を超えて、現代の海上の森にピッタリ
重なってくるのです。賢治の理想の里【イーハトーボ】にはいわゆる珍しい
生き物は出てきません。近代社会が大量生産、大量消費、大量廃棄の
爛熟期を迎える、つい数十年前まで、

われわれ人間のごく身近に、都会の中心部以外ならどこにでも
いた生き物たちです。その頃はありふれていた仲間たちです。
今では童話や図鑑でしか見られなくなった彼等が、ここ海上の森では
たったいま、この瞬間も!普通の存在として暮していて、
そこに行きさえすれば賢治の世界にタイムスリップできるのです。


   そう、たとえば赤池。
ヒシの実がなり、コウホネやヒツジグサの咲く水面に
  賢治が「鳴きまねをした」というウシガエルが目玉を出し、
ミズスマシが滑走するその下には、ドジョウやタニシやハヤ、モロコ。

水際ではチョウトンボやハグロトンボが
ものうげにひらひら、ひらひら、おいでおいでと呼んでいる。

 緑のトンネル林道に「どっどど、どどう」と又三郎が澄まし顔で現れ
行く手をオニヤンマやギンヤンマがパトロール。

日暮れともなれば「よだかの星」のヨタカがキョキョ、キョキョキョ。
 海上の里には鎮守の森も控えている。

ものみ小屋に泊まれば
ムササビが桟に止まり「ゆるりと、どうぞ」とご挨拶。
幻灯会の帰り、かん子やコン三郎がきっと見たはずの
ヘイケボタルやゲンジボタルが初夏の闇のなか・・・
向かいの山際「銀河鉄道の始発駅」あたりでピカピカ、ゆらゆら

 夜が更ければ、鎮守の森から「棚田の裏山」の尾根伝いに
寄せては返すヒグラシのウエーブ。
カナカナカナカナ♪カナカナカナ♪カナカナカナカナ♪・・
きりない繰り返しに、いつしか夢の世界へ。  

信仰心の厚かった賢治なら、きっと通るたびに
手をあわせたに違いない馬頭観音や弘法堂。

湯治がダイスキだった賢治が、湯船でのんびり過ごしていたときも
開け放たれた温泉宿の窓から、降るように聞こえたはずの
あたりいちめん蝉時雨(せみしぐれ) ミーンミンミンミーン♪

海上の森は賢治の頃のまま、そのまんま。ツクツクオーシ、
ツクツクオーシ、ツクツクオーシ、この森を壊すなんて
ツクツクオーシ、ミーン。

柿の木、藁屋根の家、段々畑。
棚田の脇の沢でサワガニが手招き。
道端には賢治の妹が大好きだったネムやらアザミの花。
 ヤマユリやヤブカンゾウもひっそり咲いて、風に揺れている。

戦前までは田んぼがあった篠田池。
池のほとり、テントの脇の獣道をキツネが走り、フクロウが鳴く。
静かにそま道を歩けば、リスやノウサギ、イタチが行く手をさえぎり
タヌキの落し物も…。ほんとありふれていたはずの昔ながらの
自然の姿がそのまま、ありのままアルのです。  


グスコーブドリが命を賭けて守ろうとしたのは、こんな身近な
自然とそこに住む「人間を含む生き物たちの暮し」だったはず。
あらゆる命を踏みつけて、人間だけが栄えるのではなく…。

賢治が唯一生前に出した童話集「注文の多い料理店」をぜひ!
読み返して下さい。70年も前に人間が自分達の都合だけで自然を
破壊し続けると、どんな恐ろしい結果になるか警告しているのです。

大人は無論、子供達にも愛された賢治が命懸けで発した想いを受け止め
ようとしないばかりか、10年も先の【開発で金儲けだけが目的の万博】で
わずかに残った「賢治の森・海上の森」を破壊しようとしているのです。
こんなことはゼッタイに許されることではありません。  

確かに欲しい。カネかね金!金さえあれば豊かな生活ができる。
つるピカあたまに毛が生える?ほど欲しい!!!
でも、デモ、どこまで行ったら!満足できるのか?
豊かな暮しっていったいどんな!なんだ??? 

 ★96年7月16日(火)午後2時
「ヒューマンチエーン実行委員会」公開質問書を提出

 県内有数の自然豊かな海上の森をブルドーザーで踏み潰し
「環境!万博」を開く 図太い神経がワカラナイ。
《世界の事物を集めて》万博なんて、情報通信の発達した現在、
《どーしてもそこへ行かなければ見られない本物!》の展示以外は、
もう感動を与えられる時代は終ったのだ。  

唯一考えられる最高の展示物?は【ホンモノの宇宙人!】それも生きて
いる宇宙人しかナイ!こともあろうに《何かいいアイデアはありませんか
ミヤナガさん!》と国際博推進局の主任に聞かれ『オレにそんなコトを
よく聞けるよな~』といいつつ答えたのがコレ。やれやれアイデア皆無!

知事へクドク同じ公開質問状を提出。新聞、テレビの取材が多く、
報道されるのはいいが、肝心の行政側にまったく耳を貸す気がなく
《ヌカにくぎ、綿菓子を握り潰した》気分!参加者7名。  

7月20日(土)午後2時~「海上の森の野鳥たち」写真割付&校正
5月に森を案内した東海テレビが「本作りの様子」を野鳥の会事務所で
撮影していった。小生のコメントつきで晩のニュースワイドで放送とか。
トニカク、問題を知ってもらえる報道は大歓迎。

 ★7月25日(木)午前8時~鳥類調査/11時半~山口駅、
NACS―J・横山隆一氏らを海上の森左周りコースを案内

 8月3日のシンポ出席を前に【日本自然保護協会(NACS―J)】
横山保護部長一行を案内。マスコミも同行し駅から赤池⇒湿地⇒
古窯跡⇒ものみ山入口⇒弘法堂⇒2時ものみ小屋。やっと休憩・昼食。

 7時前に例の如く朝メシ抜きで家をでて、8時から森の北半分を鳥類調査で
3時間以上、更に駅で合流し2時間強歩きハラペコ。渡辺、岩井、平野の諸嬢!
お手製の《ご馳走》をたらふく頂き、2時半過ぎ、小生は西区・おシゴト方面へ。

皆さんは小生の朝のコースを夜7時頃まで歩き、夕食後10時頃まで情報交換。
お疲れサマ。案内:北岡、曽我部ほか3名。特別参加?オオタカ2、ハチクマ2。

 ★7月26日(金)午後6時半~日進市民会館「愛知万博見て聞いて話そう」
 市民団体主催の集会。方向音痴の弊害がもろにでて西区から1時間半!
かかってやっと到着。モチロン大幅遅刻。「奄美のクロウサギ原告団」
との会合は曽我部さんに任せ、わざわざやってきたのに、あ~あ。
集会での発言予定は時間が押して挨拶だけでカット。どうもどうも、トホホ。

 ★7月27日(土)午前8時~「くらぶ探鳥会」・妙齢の女性が初参加!
 なんと23歳の女性3人組が参加。暑くて木蔭を選び四ツ沢から篠田池、
  大正池と超ショートカットコース。初めてカワセミをバッチシで女性陣は大喜び。
ニンゲンどものさえずりばかり賑やかな半日でした。女性3人組は今夜
「ものみ小屋」でキャンプを決定!ヨシヨシ、いいことデス。

 ★8月3日(土)午後2時~5時 第6回万博シンポ:やすらぎ会館・進歩ナシ!

 ★8月11日(日)午前9時~県支部「海上の森探鳥会」
森の知名度も国際的に?!
 来日中のフランス人少年アントン君(11)が単独参加。
《パリで森のことを知った》という。日本人の父親は豊田市美術館へ。
ほんと好奇心旺盛ないかにも【ひと科ヒト・にんげんの子供】という少年だった。

 ★8月20日(火)午前11時半~環境庁長官と面談
NACS―J横山氏の尽力で  マスコミ同行で
岩垂寿喜男環境庁長官と面談。酸性雨から「小生の頭髪」に
話しを振って一気に和み?1時間半ほど思いの丈を聞いて貰えた。
その後、自然保護局阿部課長、午後2時半から通産省松尾氏とも会談。

名古屋発7時、帰名23時。参加:曽我部、加藤(宣)、戸刈、宮永の4名。
詳細は別紙《雀の夜ぐさり》で。会談を設定下さった横山氏にはただただ感謝。

 ★8月24日(土)午前8時~12時半「くらぶ探鳥会」・東海テレビ同行取材
 取材の申込が23日夕方。もう翌24日朝刊テレビ欄に「6時ニュースワイド・
海上の森の探鳥会」とトップの見出しで出ていた。ええーっ、今日まだ!
これからなのに……凄いやっつけ本番だ!

8月だけで4回テレビ取材を受けたが放送は見てないと話したら、
後日、原人2氏から収録ビデオの差し入れがあり嬉しかった。
こんなオジサンでも気になるンです!どんなだったかネ……。
 
96年9月3日(火)正午頃~3時
「瀬戸市議会・万博関連一般質問」傍聴?!
 12時ちょっと過ぎ到着。加藤(徳太郎)市議と職員食堂で親子丼を
食べながら情報交換。1時からのはずの質疑が延びに延びて、3時まで
待ったが時間切れでおシゴト方面へ。(なんせ西区まで1時間はかかるノダ)
その間の共産党の質問は鋭かったが、当局はまともに答えない!!

 瀬戸市役所から2、3百mの丸山橋の上でバキューム車とすれ違う。
市役所直近の橋向こうにまだ「汲み取り式」の地区がある!
しかも相変わらず瀬戸街道が渋滞で裏道へ逃げたら、ここも…。

なんと!ベンツとダンプが互いに譲らず怒鳴り合い、警察が来るのを待っ
ている状態!市域の遥か外れで!万博なんて言ってる場合かっつーの。
下水道や道路の整備が先だろ、ったく、もう~!

≪そのせいで教室の玄関で待つ生徒が
「センセー遅刻だよ~」・・どーしてくれるんだよ!とほほ≫  

9月7日(土)午後2時~6時「第2次パリ訪問団」会議:瀬戸式部亭
 ワープロに夢中で時間を忘れ、更に渋滞で2時間もの大遅刻。
もっともいなくても話しは進み、
(1)11月13日に来日のBIE(国際博事務局)へ「森を一緒に歩く」約束を再確認。
(2)質問書を作成(*担当・宮永)し、英訳(担当・青山己織氏)を発送する。    
(3)万博対策局から「知事が団体代表と会う」と連絡があった件について相談。

 上京請願の成果だろうが、中央官庁からの圧力で急遽、態度を変えたのが
丸見えの情けなさ!あ~あ。BIEの来日を前に【市民団体との対話の有無】
の損得を計算し、まあ一度会っておけば言い訳も立つと判断しただけ。

連絡を受けた曽我部さんによると「一方的に日時を決め、団体名を指名した」
おかみ意識丸だしで賛成派が2団体3名、反対派も同数という申し入れという。
 「しぶしぶやむを得ず、言うだけ言わせて少しはガス抜きし、聞き置く、捨て置く
ハイそれまで…」と意図が露骨に!見え透いているが「投げられたボール」は
受けるしかない、会うっきゃナイない!  

9月8日(日)午前7時20分・名古屋駅/9時~山口駅・定例探鳥会
 新幹線出口で野鳥の会保護室長・古南幸弘氏を迎え、海上の森を半日案内。
昼食後古南氏と共に森島宅へ。むりやり?泡関係を勧められ止むを得ず?
ほんの少し?喉を潤し、休息後3時過ぎ会事務所へ。
9時まで「海上の森」関連のいろいろ。その後一社「万歳」で??でバンザイ。

9月10日(火)BIE調査団あて意見書・作成/翻訳後発信
    博覧会候補地については以下の事実を申し伝えたい。
(1)BIEは国内問題として無視している開催候補地であるが、
愛知県は公開の席ではっきりと「最初から他の候補地はなかった。
また将来も海上の森以外に変える予定は全くない」と断言している。

 それに対し自然保護派は近隣の悪影響の小さい全くの裸地である
陶土採掘場跡地や未利用の干拓地、あるいは県立青少年公園等を
候補地として検討するよう要請しているが、この両者の意見の調整は
絶望的な情況となっている。  

従って、愛知県が海上の森に固執する限り、自然保護派としては
たとえ97年6月の博覧会国際委員会総会で日本開催が決定されても
05年3月13日まで「あらゆる合法的手段による開催阻止の行動」をする
用意があることを表明したい。この点どうお考えになるか説明されたい。

(2)次に現時点では瀬戸・名古屋レベルの自然保護派が主体の穏やかな
反対運動であるが、日本に決定となれば一挙に国内問題化し、思想団体、
政治団体、更には多種多様の市民団体を巻き込んだ全県全国レベルの活動の
展開も予想され、賛成反対双方に今なお多大の人的、物的被害の後遺症を残す

、あの不幸な「成田空港問題」の二の舞になりかねないことに非常な危惧を
感じている事実を表明したい。BIEとして今後の反対運動をどう
予測されているのか、その所信を尋ねたい。

(3)また、世界的な自然保護団体である【日本自然保護協会、ならびに
世界自然保護基金日本委員会】更に会員数で日本最大の【日本野鳥の会】
の3団体からの「海上の森での開催への反対声明」の重みと、その影響の
大きさをBIEとしてどのように評価されているのか率直な見解を伺いたい。
 (次回は愛知県知事と面談の巻です)



第13回9月:続・BIEへ意見書/愛知県知事と面談!?


96年9月10日(火)BIE調査団あて意見書・続き:後日・英訳発送
 (4)更に海上の森での開催は、愛知県にわずかに残された自然豊かな
   里山に住む「声なきあらゆる生き物たちに対する殺戮行為」であり、
  ナチスのホロコーストにも匹敵する【BIEによる現代の大量殺戮行為】と
    して近未来のBIE自体の廃絶を決定付ける要因となる可能性を警告したい。

(5)最後に2005年にまでもつれこんだ場合、最終的に開催できなくなる
 可能性は非常に高く、その際のBIE自体への影響が壊滅的に大きい
ことは現時点で明白であり、賢明なBIE関係者がそのような最悪の
選択をされることはないものと信じたいが、如何か。  

付記:愛知県からBIEに対し「すでに6回の国際博公開シンポジウム」と
「賛成、反対両派と知事との会見が実施された」との説明がなされたものと
了解しているが、その実態は賛成、反対の両NGO代表と、会場からの
挙手による一般市民の3者が一方的に意見陳述し、言いっぱなしで

時間切れ終了というのが常態の、まったく対話のない「見せかけ
だけのシンポジウム」や会見で、BIEに対する行政のアリバイ作り
のためだけに実施されているという事実をお伝えしたい。

行政側が自然保護派とともにテーブルにつき、論点ごとに正々堂々と
ディベートする場を設けない限り、この問題の解決の道はないと
思われるが、その道遥かに遠しの現実である。
1996年9月23日 住所・電話 海上の森くらぶ代表 宮永正義

9月14日(土)午後2時~3時10分:反対派代表・知事と面談?
例の如く主役は森嶋教授?貴重なはずの時間を10分以上も
経過報告ならびにご挨拶。さて、前半の反対派との会見は
「瀬戸環境を考える連絡会」加藤昌、細部徳蔵で計20分、
次いで「ものみ山」曽我部「野鳥の会」宮永で同20分、総枠40分。
そのあと、知事が4人の発言に対し「各論ごとに返答をする」
という、まあ会談というより意見の発表会というスタイル。

事前に質問条項を渡しただけのぶっつけ本番の上、知事も手元の
メモを見ながら回答するという状況から、後半のわれわれに対する
「いちおー反論らしき?発言が過半数」の10分あまりだった。
〈注*互いに直接、意見交換をする場面はほとんどなかった!〉

従って知事の発言に対して反論はいっさいできず、予想通り
「聞きおく言いおく」の出そうで出ないオナラ?というむむむ状態で終了。
地元の新聞、テレビ総動員のマスコミ取材も、次に対面の賛成派には
特にテレビはわれわれの終了で引き上げるという無視に近い反応で

まあ、とーぜんといえば当然なのだが「翼賛!賛成派」の時間を
われわれに回して欲しかった。環境庁長官でさえ30分も延長、
しかも会話をしながら1時間半も会ってくれたのに…、ふーっ。

 ◎知事面談・宮永発言:メモを忠実に再現・実際はもう少し饒舌だった!
今まで3人の方が堅い話し口だったので、私はなるべく柔らかい言い方で
  お話しします。鈴木さんも知事までなられたのですからヒューマンウオッチング
に関しては、長年にわたり【政界、官界、財界、民間】のいわゆる「キツネ族、
たぬき族、むじな族」を観察してこられ、その識別力の結果が現在の
地位に繋がったわけで、素晴らしい能力をお持ちと思います。

が、ことバードウオッチングに関してはほとんどご存知ないと思います。
私が鳥を見始めたのは30年ほど前で、ただ海の鳥にはあまり興味がなく
鳥を見に行くのは、そのほとんどが県内の山野、というよりは里山で、
ことにここ10年ほどは趣味とはいえ「鳥を見に行く合間に仕事をしている」

と身内に言われても、全く反論ができないような有様で、
この海上の森に至っては過去5年間で200回以上訪れていますが
ぜんぜん飽きません。本当に時間さえあれば毎日だって通いたいほどです。

これはたまたま私だけの特異な例ではなく、私以上にこの森に
通いつめている人が非常にたくさんいるのです。鳥に関してだけ言っても
信州諏訪や長野、山梨、関東方面から4時間、5時間かけて訪れる人も
珍しくないのです。 (次回は愛知県知事と面談・その2の巻きです)

9月14日(土)宮永発言の続き〈メモを元に記載〉
この海上の森がいかに豊かであるかということはこういった人々・・
植物や昆虫や動物などの愛好家や、マウンテンバイクやウォーキングを
趣味にする人たちまで含め、非常に多くの人たちが森に集ってきている
ことでも分ります。そんな私たちの目から見て、もうこんな森は
愛知県内のどこを探してもありません。

高度経済成長期とバブル期を通じ、業者の目で見て高利益の
予想される「あらゆる雑木林や里山」が開発され尽くして、
ほんとにここしか残っていないのです。

こんなにも大勢の人たちが入りこんでいる素晴らしい森だということを
知らず「海上の森」を候補地に選定したのが県の大きな間違いです。
それで「いかにここが豊かな森であるか」ということを実例を挙げてここで
しっかり説明したいのですが、とにかく時間がないということで残念です。

自然のことを知事は充分ご存知かも知れませんが……
ただ、失礼かとは思いますが「自然のことを良く知っているなら、
こんなところで万博をやろうなんて言い出すはずがないじゃないか!」と
いう声も聞かれますので、もしそうならますます時間が足りません。

最後に失礼を省みず、あえて知事に申し上げます。
瀬戸海上の森での愛知万博開催は絶対に無理です。
その根拠を3つ挙げて説明をします。

まず第1に用地買収ができない。
残る92人の地権者の大多数は買収には応じないでしょう。
次に2000人を超える立ち木トラストの権利者の存在。
更に「地権者でかつ住人」の反対派には命をかけてというニンゲンもいる。
私は命なんか賭けませんが、命よりダイジな髪の毛を賭けます!

第2に金がない。(これに続く発言は、知事の応答と組み合わせ次回に)

 第3に子供たちが納得しない。
現に今、小・中学生の授業で、いかに人間にとって自然環境が
大事か、いかに人間と自然を含む地球が危機的な情況にあるかを
しつこいくらいに習っている。もちろんテストに出るし入試にだって出る!

従って子供たちはしっかり「お勉強」している。
中学生に至っては5教科のうち環境関連の記載がないのは数学だけ。
(ここでテーブルに並べてあった持参の小学、中学の教科書10冊のうち
3冊を手にとり、当該箇所を開いて示した)はっきりいって鈴木さんや私よりも

詳しいとさえ思う。ただ残念なのは「知識としての認識」で心まで届いていない
かな?という点だが、それにしてもこの子供たちが、20代になる2005年に
「豊かな森」愛知最後の里山・海上の森を破壊しての万博開催を納得する
はずがないし説得できるわけもない。子供たちはちゃんと見ているのですよ。

終りにあえて申し上げたい。長く権力の座にある人に対しては
真実を告げる部下がいなくなる。また部下に質問しても「ご期待に添うよう
全力で対処します」などと返事が戻ってくるだけで、ゼッタイに「無理です」と
いう言葉は返ってこない。薬害エイズの安部某氏のように、それまで

どんなに功績を上げていても、最後を誤ってしまえばすべては無です。
今からでも決して遅くはありません。海上の森での万博はやめるべきです。
以上、発言を終ります。ありがとうございました。

◎直後、知事から発言があった。
宮永さんは万博は絶対に無理だとおっしゃいましたが、
そんなことはありません。土地の売却についてはこれからも
地権者の皆さんにしっかりお願いしていきますし、里山についても
予算をつけて県内の全ての里山を調査し保護するようにしたい。

ただどんな森や里山でも開発してはいけないというのでは愛知の
未来はありません 。(オイオイいつも【草1本、木1本切るなという
自然保護派】というフレーズがでてくるが、周りでそんなことを
言ってる反対派など1人も知らない。そんなん場所によりけりで、
まったくの言いがかりだ!)《次回は愛知県知事と面談・その3》

9月14日(土)知事との応答・対話形式だが文章化の際組み合せた
加藤(昌):現時点でさえ瀬戸では住宅が売れ残って余っている。
新住宅市街地開発法による瀬戸市南東部地区の住宅開発はやめるべきだ。

知事:「あいち学術研究開発ゾーン」への関係者に良好な環境を
     提供するためにどうしても必要だ。また瀬戸道路の開通など
道路の整備により、充分な需要が見込まれている。

曽我部:万博構想ではA、B、Cの3ゾーンのうち、
最も開発が予定されているAゾーンの生物多様性調査が
まったくされていない。また肝心の里山の住民を追い出した
うえでの「里山交流都市」というのは矛盾するのではないか。

更に現段階の構想では種の多様性を維持する
どころか、全く破壊してしまうとしか言えない。
景観生態学上からも貴重なこの森は絶対に残すべきだが如何か。

知事:森を守れ、一木一草も切るなという人もいるが、
   (知るかぎり誰もそんなことを言っていない、こらぁ~)
  予定地のうちB、Cゾーンはほぼそのままの状態で残す計画で
   Aゾーンについてもその85%の緑地帯を残すことになっている。
手を入れたところはできる限り植栽など緑を増やす。

万博がなければ全部そのうち開発されてしまうのだから誉めて欲し
いくらいだ。(ここが問題、もともとの動植物を根こそぎ絶やして
芝生や園芸種を植えてどこが環境博だっつーの、ったくも~)

宮永:万博基本構想の基盤整備費が1000億から1500億円という。
1000円から1500円じゃないんです。こんないい加減かつ大雑把な
数字には良心的でまともな県民はだれ一人として納得していない。
この金のない時代にいったいどういうことか。

知事:愛知の未来はモノ造りの拠点として経済的に発展していくしか他に
   道はない。その産業開発の中心となる「あいち学術研究開発ゾーン」の
前倒し投資としての愛知万博構想であり、国が3分の1も投資して
くれることもあり、その経済的効果は計り知れないものがある。
いままで万博をして良くなかったところは一つもない。
(本音が出た!あとの3分の2は一体誰が出すのか?)

宮永:万博跡地への理想都市構想について、地元の瀬戸市でさえ
例えば9月3日に瀬戸市議会を傍聴した帰り、市役所から直線距離で
たった200mの丸山橋の信号で止まったら、すぐ脇からえもいわれぬ
香りがぷーん。これがなんとバキュームカー。

更にあまりにヒドイ渋滞の共栄通りから、誰でも考えることは同じ
1本裏道へ抜けたらダンプとベンツが怒鳴り合っていて10分以上
動かなかった。現実に市民税、県民税を払い続けている地元の瀬戸市で
さえ未だに下水や道路状況がこの有様で過去20年以上ほとんど進歩がなく
予定も聞かない。いま暮している県民の生活基盤整備をないがしろにして
10年も先の新住民のためだけの理想都市建設に巨費を投じるのは
あまりにも片手落ちではないか。

知事:下水道整備や道路の改善も徐々に実施しそのうちにだんだん
良くなる。(と言われ続けてもうウン10年、瀬戸街道の渋滞ナンて!
もうムチャクチャ・・いいかげんにせい、口先だけは!)

宮永:11月のBIE(博覧会国際事務局)視察に関して海上の森が
「県下で最高の立地条件にある」というならば、あらゆる角度から
視察していただいても県として自信こそあれ不安はないはず。
9月1日付で新規就航の15人乗りヘリコプター「わかしゃち」も
あること。ぜひ鳥の目による空からの視察を要請したい。

知事:「わかしゃち」は実は自分も先日乗った。
小牧から守山、瀬戸、海上の森上空も飛んで空から見た。
ただヘリコプターは落ちる心配があるからどうも…。
もしBIEから要請があれば考えてみるが、こちらからどうかとは…。
(オイオイ車だって事故るし、日本へは飛行機で来るんだろ~)

以下は終了直前の応答:
曽我部:知事!一緒に森を歩きませんか?みんなで喜んで案内しますよ。
知事:いや!いいこめられてこてんぱんにやっつけられちゃうから、いや。
(・・オマエ政治家だろ・・・)

宮永:知事!翼賛・賛成団体と会うのは時間の無駄ですよ。
環境庁長官でさえわれわれに1時間以上時間をとってくれたんですよ!

知事:今日だって1時間以上とったよ。
宮永:今日は他団体や森嶋さんをいれての1時間で
われわれには20分たらずですよ。
知事:う~ん、じゃあ、また機会があればこんど。

【感想】BIEへの言い訳のため「アリバイ作り」の会談。
会わないよりはマシだったが内容は殆どナシ。やれやれ。

9月15日~16日国際ダムサミットin長良川に参加


脱ダムにエール!・無駄な巨大公共事業はいらない!
海上の森での万博はやめよう!をアピール

 



 第14回:通産省・村崎調整官殿/BIE調査団来日
◎通産省国際博覧会担当責任者の1人、村崎氏に送った書簡を公開する。

96年10月14日(土)「通産省産業政策局・博覧会調整官」村崎勉殿
拝啓 白露清涼の候、ますます国務多忙のなかご活躍のこと推察致します。
 8月20日に通産省で推進室幹部の方々とお会いしてから、はや2カ月近くが
経とうとしていますが、本当に光陰矢の如し、時間が過ぎるのは早いものですね。
折角名古屋から折り返し駆け付けて下さったのに、ほとんど話しができず残念でした。

 おっしゃってみえたように新幹線の中ででも話すことができたら、
さぞお互いの視点の違いが明確になり、その違いをはっきり認識した上で、
充実した話し合いができただろうにと、今更ながら惜しかったなと思い出しています。
でも、まだまだこれからチャンスはあるはずです、ゆっくり話し会いができる・・・。

さて、いつも松尾氏を始め通産省の皆さんと会うたびに感じることですが
われわれナチュラリスト・・というよりもただただ自然が心底大好きな人間たちと
みなさん方との間の、自然に対する認識がまったく異なっている点が、すべての
「ボタンの掛け違い」の始まりの大きな要因の1つであるように思われてなりません。

松尾氏のおっしゃるように、大都市の緑地公園や大阪万博跡地の
公園などには確かに定量的にはかなりの緑があります。でもそこにあるのは
しっかり消毒された芝生や、せいぜい10種類そこそこのごく限られた木本類
や、造園業者によって大量に生産され、機械的に季節ごとに植え替えられ、
抜かれ、廃棄され・・・を繰り返している草本類があるのみです。

ほとんどの樹木にしろ草花にしろ、あくまでも人間のためだけに存在し、
都合次第でいつでも処分される室内ディスプレイと同じ存在なのです。
生きていて生きていないのです。

当然、そんな場所で生活できる植物以外の生物が極端に少ないのは
自明のことです。われわれの瀬戸の「海上の森」のような、動植物が
「自らの意思と生命力」によって萌芽し、成長し、繁殖し、人間の意思とは
別個の世界で「無数の命の繋がりの食物連鎖」を完結させている本来の自然
とは、比べようもなく貧弱な人工の自然であることは明白なことと思われます。

海上地区では食物連鎖の輪の一員として、森の中心地に江戸時代から続く
人間の営みもあります。水田や畑地なくしては生息できない多種多様の
生き物たちと共に、古来の里山の風景を形作っています。  

いま、もっとも問題とされていることは、すべてを経済的価値に換算し、
経済成長のみを究極の目的として突っ走った結果、「いのち」が
みえなくなってしまったことではないでしょうか。

同じ生き物である人間でさえ、生命保険の評価額や個々の収入の多寡で
計量化され、数値化されてしまっています。ましてや人間以外の生き物の
価値など経済的に取引可能なごく小数以外は「すべて無価値」とされ、
絶望的なスピードで、絶滅の淵に追い詰められています。  

芭蕉の言をもじって言えば「富栄えて山野なし、城春にして草滅びたり」あ~あ。
「一将功成って万骨枯る」人間のみ栄えて他のすべての命が絶えたとき
人類の未来は地球にあるのでしょうか。  

どんなに経済的に豊かになってもお金では買えないもの…それが森、川、海、
とつながる自然が生み出す水であり、空気であり、多種多様な〈それぞれが食物
として互いに補完し合い繋がり合う〉生き物たちの存在なのではないでしょうか。

10月14日(土)続:拝啓「博覧会調整官」村崎勉殿
 「いのち」というものがどんなものであるか?
「生きる」ということがどんなことであるかを知りたい人たちに
知らせるためにも、知らない人たちに知る機会を与えるためにも、
人間の完全な管理下にある動物園や植物園ではなく、人間以外の生き物が
生きている、誰でも気軽に訪ねられる身近な自然が絶対に必要なのです。

人間しか見てこなかった人たちが、そこでは生き物たちの溢れるような
 命の華やぎや、逃れようのない非情かつ厳粛な死とも直面するのです。
そして感じるのです、生きるってことは凄い…と。

ここ海上の森は愛知県でたったひとつ残された、あらゆる自然愛好家が
参集する最後の故郷(ふるさと)ともいえる聖域なのです。ここに県が
こだわる限り、反対運動の火はますます燃え盛るでしょう。

本来の意味での「地球環境修復」とか「人間と自然との共生」を
目指すのであれば、海上の森での万博開催は最悪の選択です。
経済のこと以外は何も考えない「通算省」などと言われることのないよう
いくら経済的に発展しても結局、日本人を含む人類自身が滅びては本末転倒です。

 最後にひとつ、われわれは6月に海上の森市民会議の一員としてパリBIE
本部を訪問しました。その際、フィリプソン議長、ゴンザレス事務局長と会談し
「秋に調査団の一員として訪日の折には是非一緒に森を歩きたい、
また話し合いもしたい」との申し出があり、会談後の記者会見で、
そのむね正式に発表されたことはご記憶のことと思います。  

が、愛知県の万博推進局の周辺から漏れ聞こえてくる内部情報は、
どれをとっても姑息かつ陰湿なもので、なぜ公明正大にできないのか
溜め息のでるものばかりです。そんなにも「見せる自信のない」場所を
なぜ選定したのでしょうか。まったく理解に苦しみます。  

いくら市民団体とはいえ、公人としてBIEと交わした約束です。
それを妨害したり、排除したりすることは、これからの話し合いを
困難にするのみならず、県みずから問題の長期化、泥沼化を引き
寄せ、決定づけるものです。正々堂々とフェアーにすべきです。

貴下に対し話し合いにふさわしい時間と場所の設定を考慮するよう
愛知県にご指導下さるよう、心から要請をする次第です。
また貴下並びに貴省の方々ともご一緒に、秋爛漫の紅葉の森を
歩きたいものと、首を長くして楽しみにお待ちしております。

森のあらゆる生き物たちも大歓迎してくれるはずです。
ご多忙とは思いますが、ぜひぜひどうかよろしくご配慮お願い致します。
敬具 1996年10月14日 海上の森くらぶ代表・宮永正義(連絡先略)

 ★11月2日(土)13時半~16時半
愛知憲法会議フォーラム・名古屋市公会堂
市民運動の現場からの報告として新海聡さんの「市民オンブズマン」
川田龍平くんの「HIV訴訟」に続く3番手で「愛知万博の今」として登壇、
スピーチをした。時間がホントなかったが、反響はとてもよかった。

講演後に本「海上の森の野鳥たち」が10冊も売れたのには驚いた。
また講演中に呼びかけた9日の「ヒューマンチエーン」に参加したいと
資料請求が3名もあった。ヨシヨシ!  

11月3日(日)14時~17時「愛知県立大学学園祭」万博シンポ
 県推進局から主査2名、反対派から曽我部さんと小生が出席。
モチロン双方のパネルや写真なども展示して、大学生たちの前で討論?!
県側は立場上、本音のまともな回答ができるはずもなく気の毒なくらいだった。

が、それにしても『半年で2500万人も集める自信があるの?』と聞いたら
「まったくない。ついてはいいアイデアがあったらゼヒ!教えて欲しい」といわれ
ズッコケてしまった。あ~あ! (次回はBIE調査団訪日の巻です)

96年11月9日(土)午前11時~午後4時
  第2回 「ヒューマンチエーン」 海上集落にて実施
スタッフは午前11時集合で、前回の教訓をもとに念入りに準備した。
午後2時「人間の鎖」開始。あぜ道伝いに手と手をつなぎ「海上集落の
中心にある棚田」を取り囲む。紅白歌合戦でお馴染み?の「野鳥の会
会員によるカウンターチェック」を2台で2回、475名参加を確認。


途中参加の団体があり最終的には約600名。心配された天気も曇り
のち晴れとなんとか持ちこたえ、海上の森を残そうという【参加者全員の熱い
エール】を森のすべての生き物たちに伝えることができた。ウエーブの合間に
適宜休憩を取り、その間、名古屋で活動する「韓国伝統・農民楽団ノリパン」の
演奏や舞踊パンソリで、秋祭りを思わせる賑やかさと楽しさ。


そして一転《虫の音と風の声だけの静寂》を流れる
「西さんの笛の音」がしみじみと心に響きわたり、これもまた素晴らしかった。
メイン行事のウエーブが、クドク長すぎたかなと少し反省したがまあ大成功。
駅から片道40分近くかかる森の奥に、これだけ人が集るのは凄い!
ヘリが飛ばなかっただけでマスコミの取材多数!

11月10日(日)9時~13時半「県支部探鳥会」
海上の森で117種目を確認。109種で「海上の森の野鳥たち」
を出版した7月から発見が続き、本日ミヤマホオジロを確認 。

11月13日(水)午後2時頃~「海上の森の野鳥たち」写真展
「いま撮影に来ているのですが、コメントが欲しいので鳥見フォトへ
おいで下さいませんか?」と東海テレビのディレクターからTEL。
前日、報道部の伊東さんに「写真展」の取材依頼のファックスを
送ったのに素早く反応してくれたようでヨシヨシ・・・。
『はいはい、もちろん行きます・・・アタマにワックスかけて!』


 ★11月17日(日)午前8時~午後1時頃 
海上の森「定例・鳥類生息調査」
岩屋堂へ行ったあと裏側の山路から海上の森へ入る。
森の中の山道でレールを道路沿いに敷いた撮影隊を目撃。
山火事注意地点に車を止め、杉林から篠田池のコースを1時間ほど調査。

戻ってみると車の周りを歩いた足跡と、右手三叉路・物見山入口に
こっそり?とパトカーが待機。ナンバーで持ち主がわかり、来たのだろう。
パトカーなんて来たことがナイ山の中に、制服警官までウロチョロ。う~ん!
明日のBIE訪問を控えてずいぶん大袈裟な警備態勢だな~と感心(寒心)する。

集落の《ものみ小屋》で、明日のためのプラカード作りを
している間も、これみよがしにパトカーが行ったり、来たり。
おーい、俺たちはただBIEと一緒に森を歩きたいだけなんだよ。

 ★17日午後2時半頃~名古屋駅へ
「BIE調査団」午後2時47分着
歓迎集会をハシゴ。新幹線口での推進派歓迎集会は
「ひまわり幼稚園と背広姿の万博推進局」関係者のみ。
同数以上の反対派が取り囲みそれにマスコミが群がる!
とても歓迎という雰囲気でない異様な情況。

震える寒さの中、半裸状態の衣装で待たされる幼稚園児!
訪日団の出口を変え、反対派を避けようと必死の当局。
どうしたって公道で、楽隊の演奏で子供を踊らせるってんでは
逃げられない。いったいどこが「県民による歓迎イベント」なのか?

栄の式典もそうだが、歓迎行事が部外秘にされ、関係者に
緘口令が出される催しを県民主催の歓迎式典なんてよくいうよ。
(必死?に隠しても結局、直前にはナゼか漏れてくる……)。

われわれにだってBIEを歓迎したい気持ちは県以上にある。
それを「駅前広場はJRの敷地だから集会の許可はあるのか」と
名駅助役を2名も動員して、集った市民をムリヤリ排除しようとするものだから
司会の声さえ聞こえないシュプレヒコールを式典中まですることになってしまう。

なんせ自分の意思できた連中だから意気込みが違う!
 もちろん幼稚園児の演技中は控えていたのは当然で、
一部マスコミの報道は間違いであるし、栄では冷静になり反対派の
垂れ幕や横断幕、プラカードこそ派手だったが静かに反対をアピールした。

小生は栄「もちのき広場」の階段を下りてきたフィリプソン、ゴンザレス両氏と
偶然出会い、握手して「海上の森で会いましょう」と挨拶までした。
やらせの歓迎はBIEも認識済みなのだ


 4月19日()13:30~17時「水を考えるシンポ」可児市ふれあいセンター
 「ヒューマンチエーン実行委員会」世話人の1人である秋田健氏が主催するシンポに出席した。
可児(かに)市は初めて、JRに乗るのも久しぶり。で、ゆっくり各駅停車で目的地へ。
郊外の都市化の波はさておき、まだまだ残る里と野山の春の風情に思わず肩の力が抜け、久しぶりに
旅に出たような気分に。糸土氏の講演はいつも通り豊富な新聞記事の引用とテンポのよい畳み掛ける
ような話しの運びで、あっという間に時間がきてしまい残念。夜、市長選は梅村氏にゼヒ1票をと
「ヒトの弱み」につけこんで卒業生から現役まで「商売上」の関係者に電話攻勢!おいおいコラコラ!

 
4月20日() 即日開票:名古屋市長選・梅村氏及ばず
 そう簡単に愛知の民度が変わるわけがないとは思うものの、日暮れて道遠しの感が深い。
ドラスチックな変革は無理だが、あきらめずやるっきゃナイ!

 
4月21日()午後1時~4時「万博オンブズマン」情報公開ツアー原案作成
悪乗りといわれるのを覚悟、どんどん湧いてくる気楽路線で立案、関係者にFAX大量送付

 
☆☆☆☆みんなで行こまい情報公開体験ツアー☆☆☆☆
あなたも万博オンブズマン」

日時:5月1日(木)午後0時45分・愛知県庁西庁舎1階ロビー集合
目的地:愛知県自治センター(名古屋市役所西庁舎と法務局の間)   
参加費:無料・用意するものナシ。ただし後日、コピー代のみ自己負担 
  定員50名。コンダクターの案内のもと、愛知県の食糧費の情報公開を請求
オプショナルツアー<いずれも96年5月,6月,11月分(BIE総会開催の前後)
Aコース=愛知県万博対策局・食糧費3日分 Bコース=愛知県東京事務所・食糧費3日分
 Cコース=鈴木愛知県知事・交際費3日分  


 海上の森を守りたい!愛知万博に反対!税金の使い道を知りたい!なんだか面白そう。
   とにかくどなたでも、申し込みの上、どんどん参加下さい。解散は2時頃の予定です。
さあ県民の税金がどう使われているのか自分の目でチエックし万博を止めましょう。
 申し込み先:海上の森市民会議 電話&FAX (略)宮永正義まで
 (次回は全国市民オンブズマン連絡会議事務局長:「新海弁護士との書簡」の巻です)

97年4月22日() 名古屋市民オンブズマン御中
   前略  度々のFAX失礼致します。既にお知らせしましたように、下記日程(*略)にて情報公開ツアー
の参加者を募集しております。「愛知県の万博対策費がいったいどうなっているのか詳しく知りたい」と
いう方はかなり多いと思われます。が個人ではなかなか勇気?の出ない情報公開請求を「赤信号みんなで
渡れば怖くない!」式にわーっと賑やかに、かつ気楽にやろうというのが今回企画したツアーの目的です。


 したがって、なるべくたくさんの参加者を募りたいと考えています。そこでお願いしたいのですが、
市民オンブズマンのタイアップグループの方々に是非今回のツアーへの参加を呼び掛けていただけ
ないものでしょうか。どうか検討宜しくお願いします。(なお、以下は原告募集の文案です)


☆☆☆☆ちゃんとしてちょう情報公開・やめてよ愛知万博☆☆☆☆
          「この指とまれ!」
◇◇◇ 求む!!万博情報請求原告 「7人のサムライ」◇◇◇
【使 命】その(1):情報公開請求訴訟の原告となること
【使 命】その(2):3回前後の公判に出ること。<勝訴をめざし努力しましょう>
【使 命】その(3):食費、交通費、通信費自己負担<訴訟費用はカンパを募集中>

【特 典】 いっさいなし
(誰かがやるはずのことを、たまたま自分たちがやったというささやかな充足感のみ)


【不特典】<不利益>
一. 変人、奇人、物好きと見られる可能性なきにしもあらず。
二. 仕事、出世、収入などの妨げとなる可能性なきにしもあらず。
三. 子息、子女の就職、縁談の妨げとなる可能性なきにしもあらず。
四. 家庭の情況次第では離婚請求の成員となる可能性なきにしもあらず。
以上を考慮のうえ、なおかつ賛同いただける方は、ぜひ小生までご連絡下さい。

 なーんて大袈裟に深刻に考えすぎないで、とりあえず手を挙げてみませんか?
訴訟はあくまでも最後の手段、とにかく行動を続けることしかわれわれに道はないと思いますが
如何ですか?   海上の森市民会議事務局長・万博オンブズマン事務局:宮永正義 


 4月23日()新海弁護士からFAX着信「万博情報公開について」A4=1枚
   宮永様   
 名古屋市中区丸の内3丁目6番41号 リブレ法律事務所 弁護士 新海聡

 ご返事が遅くなって申し訳ありませんでした。万博の情報公開訴訟について、実際に3回で結審する
保証はありませんし、証人尋問の準備も必要です。このまま裁判を広く呼びかけて果たして成功するか、
不安があります。自分で言っておきながら、こんなことを言うのは不誠実かも知れませんが、大胆な計画
ほど詳細な準備が必要であると思っています。正直に申し上げれば
<以下・中略:40字×14行>

 とにかく情報公開ツアーについては嬉しい気持ちです。5月1日は2時に情報公開の資料を
取りに自治センターに行きますが、都合がつけばツアーに最初から参加できると思います。
当日は当番弁護士なので、事務所待機が原則とされ、場合によっては電話がかかって来る危険があり
まだ確実に参加できるとは申し上げられないのですが
……)大胆な運動ほど綿密な計画、段階的計画を
というのが私の意見ですが、いかがでしょうか。


 同日「万博原告募集の文」を影山、堀田、小松、加藤(徳)、渡辺、八木、平野、溝口、青山の諸氏に
  FXした。即、折り返し、青山己織さんから原告になると連絡が来た!(次回は新海氏あて返信の巻)


97年4月23日() 名古屋市民オンブズマン・新海 聡様

 前略  アドバイス早速どうも有難うございます。
多分、新海さんのところだろうとは思っていたのですが
名古屋市民オンブズマン事務局の住所や電話番号を存じ上げず、
新聞で知ったFAX番号だけを頼りに度々ファックスを差し上げていた次第で恐縮です。


 ご指摘はすべておっしゃる通りだと思います。小生も3回で結審するとは思っていませんし、
ましてや必ず勝訴するとは思っていません。裁判を起こすぞという意思表示で県にプレッシャー
をかけだけでもいいし、提訴するだけでも1歩前進だと考えているのが本当のところです。


とにかく、いわゆる「裁判沙汰」にするわけですから、深刻に考え出すとさすがの小生も手も足も
出なくなります。<毛はもう随分前から出てきませんが
>軽いノリで、ダメでもともと!面白半分
ということは真剣半分!)でやろうと思っているのですが如何でしょうか。仕事じゃなくてボランティア
なんですから、そうじゃなくちゃ!やってらんない!!というのが小生の本音です。


 閑話休題:さて情報公開請求の原告については何とか7人は集められると思います。肝心の弁護団に
 ついてはご提案の通り公募したいと思います。これは5月1日にマスコミに公表したいと思っています。
(文案は以下の通りで如何でしょうか。)

そうそう、こんな知事を選ぶような民度の愛知県民ですから、ひとりも名乗りでない可能性が
105%でしょうから、知り合いの弁護士さんたちへの根回しの件、どうかよろしくお願いします。


6月12日のBIE総会で運良く開催地がカナダに決まったとしても、海上の森の約90%が県の所有地に
なってしまった現在、愛知県で「最後に残った生き物たちの聖地」海上の森と里山を守るため、愛知万博の
情報公開運動をその方策の1つとして進めて行きたいと思っています。以上、今後ともどうかよろしく。草々
海上の森くらぶ事務局長  宮永正義 拝


☆☆☆☆求む!助っ人弁護士「七人の侍」☆☆☆☆
    「あなたこそ」平成の検非違使・万博オンブズマン!
た・す・け・て!万博情報公開訴訟・弁護団募集中!(性別を問わず)

【任 務】その一:情報公開請求の弁護人となること
     その二:原告と人間として対等な立場で対処すること
【待 遇】その一:日当・報奨金などいっさいなし
     その二:通信費、交通費、文書作成費は全額支給
     その三:この件に関しては生命の危険は恐らくなし
 金にも名誉にもつながりませんが、それでもなおという方ゼヒ事務局宮永まで連絡を!

4月28日() 名古屋市民オンブズマン・新海 聡様
 前略 ご多忙のところ度々FAXを差し上げ申し訳ありません。なんせ頼れるのは新海さんしか思いつかず
ついそちらにということになり、ご迷惑をおかけします。まず先日、瀬戸市議・加藤徳太郎氏から新海さんに
お願いした「市民オンブズマン」関係者の方は佐々木さんというタイアップグループの方に、講師として
おいでいただけることになりました。どうも有難うございました。


 次に5月1日に公開請求をした後の段取りですが、2週間ほど後という資料開示を受けて、
当日県政記者クラブで会見を開く予定で、そのとき「原告と助っ人弁護士」募集を呼びかけたいと
思いますが如何でしょうか。また万博オンブズマンを支援する資金カンパもマスコミなどを通じ呼び
かけたいとも考えております。(カンパ窓口の郵便振替口座は申請済みで5月6日に通知がきます)


 また原告は27日現在3名が確定し、4氏の返事待ちの状況で目標の7名に到達できそうです。
なお実際の告訴は別として6月上旬には原告団を立ち上げ、提訴するとの意思表示をする記者会見
を予定しています。それまでに原告団としての会合を持ち、訴状提出までには弁護団との数回の
打合わせが必要と思いますが、いかがでしょうか。


 また資金や弁護士の申し出がない場合、いちおー虎の子30万ほど出す積もりですが、
その際、お引き受け願える可能性はあるのでしょうか。一方的なお願いばかりで
申し訳ありませんが、どうかアドバイスよろしくお願いします。草々



第15回:やむなくダイ・イン/出頭命令/続・BIE調査団/再事情聴取
96年11月18日(土)午前9時~山口駅集合
BIE(博覧会国際委員会事務局)調査団を花束で歓迎?  
今か今かと待ちうける自然保護派80名余りの前へ、調査団を乗せたバスが展示施設
の建設予定地で森の中心にある海上集落入り口の、多度神社の横から姿を見せた。

集落を抜ける一本道の両側そして山際まで、視察団の目を気にしてか制服はいず
そこらじゅうが私服だらけ。「子供を乳母車に乗せ」道端にたたずむ元連合赤軍
少年兵士・加藤氏の周りには屈強な私服が3人も。加藤(徳太郎)氏や主だった
メンバーの周りにも何人かがうろうろ。オイオイ、俺たちは何にもしないよ。

ゆっくり徐行運転する車内に鈴木知事やトヨタ社長はじめ、
政界、財界の幹部の顔が勢揃い。フロント越しにフィリプソン氏の
顔が見え、車体の脇に回る。メンバーが横断幕を広げプラカードを掲げる。
道の両側からの「Let's walk together!」と必死のコールを無視しのろのろ運転。

 車内で中腰になったフィリプソン氏と目があった!
前に向かって二言三言いいながら立ち上がり車内の通路を前に歩き出した。
それでもバスは止まらず、通過しそうな雰囲気のまま。 たまらず、プラカードで
車体をコツコツとノックするメンバーも……。「せめて花だけでも」という声に、
やっと鈴木宇佐見さん宅の前を過ぎたあたりで停まりかけ、そのとき

フィリプソン氏は運転席の横まで来ていた。停まりかけた車の半開きのドアに
渡辺さんが駆けより花束を差し出すと、ステップにいた職員が花束をもぎ取り
上半身をドアに挟まれた渡辺さんを押しだし、むりやりドアを閉めてしまった。
脇で見守る「バードウオッチングが趣味」というフィリプソン氏の悲しげな顔。
反対派の怒号のなか徐行運転でまたバスは動きだした。停まる気配はなく、
あと20mで三叉路という地点で「もう一緒に歩くことはない!」と判断した。

やるっきゃナイ! なぜだか小生がアタマをなぜた。全電通名古屋
地方本部の委員長・水谷氏がバスのまん前にどっかとあぐらをかいた。
その仲間が座り続いて自治労、国労、市民グループのメンバーが横断幕もろとも
道路にダイ・インをした。せっぱつまってコレしか表現のすべがなかったのだ。

一斉に私服が殺到するかと思いきやマッタク動かない。
仰向けに寝転んだ小生にだけ、なぜか山本、山田氏ら県職員3名が殺到して
取り囲み「宮永さん、お願いですから起きて下さい」「やめて下さいミヤナガさん」
「起きて!みやながさん、お願いです」と、もう必死の形相で名前を連呼。

こら~、気安くヒトの名前を呼ぶなっ!!
 「触るな!手を引っ張るなっ!!」の声を無視し、3人がかりで起こそうとする。
テレビカメラが殺到しマイクが突き出される。結局15秒ほどで上半身を起こされ
てしまったが《再びアタマを2度なで》全員が立ち上がったのは1分ほど後。
(*この有様はNHKでも全国ネットで放映された。帰宅後、札幌の友人から
テレビでみたけど「いったいナニをしたんだ?」と問合せ電話も。とほほ……)

BIEへの面目丸潰れで、県への衝撃は予想以上に大きかったようだ。  
しかし、抗議はまだ続く。加藤瀬戸市議がバスの前に両手を広げて立ち
ふさがり、停まらないバスの前を集落の外れまで「後ずさりしながら」歩く。
議員特権の前に警察も誰も止めない。のろのろ運転のバスの脇を他のメンバーが
「No Expo in Kaisyo Horests」など、スローガンを叫びながら哀しく空しく追尾した。


ただただ一緒に歩くだけをなぜそんなに県が恐怖したのか!ワカラナイ??
翌日の新聞報道によると県の日置課長は「森を歩く予定だったが、妨害行動があっ
たのでやめた」と述べていたが、県に対し再三再四『森を一緒に歩けるのかどうか』
『歩けるとしたら時間はどうか』と尋ねたが「日程を調整中でまだわからない」という
回答のまま当日まで済まされ、なんら情報を待たないまま迎えたわれわれには
氏の発言はウソとしか思えない。

BIE事務局からは2ヵ月前に「県に対し自然保護派と森を歩きたいと申し入れた」
という情報を得ていたうえ、あのときバスの中のフィリプソン氏は呼びかけた小生に
笑顔で応えてくれていた。ただステップにいた日置氏の顔が悲壮にひきつっていたが
バスを止めようという様子はなく【BIEと反対派の要請を無視】し「BIEがわれわれと
握手している映像」や「一緒に歩いている風景」だけは絶対に撮らせないという
機関決定が既にあり、予定通りことを運んだというのが実情だったのだろう。
(次回は出頭命令・事情聴取の巻です)


96年11月23日(土)午前8時~山口駅集合「カスミ網バスターズ」今秋初出動
シーズンを迎え見つけてそのままだった県下でも最大規模の鳥屋場を摘発に向かった。
CBCテレビの同行のもと、海上の森北東端・山路(やまじ)側から東海自然歩道を経て
現場へ。入山してから片道約1時間半!藪漕ぎの連続の山奥には取材陣もヘトヘト。
だが意気込みは見事に空振り!整備され網を張るばかりだったが捕獲の痕跡はナシ。

残念!シンドイ思いをさせたクルーになんとか撮らせてあげたかった。
ただ、コレばっかしはね~。カスミ網用の支柱20数本を集め、かすみ網禁止の
ビラを置いて退去。こんなんせせら笑って効果ないだろうな~、きっと。やれやれ。


下山後、更に篠田池奥山の鳥屋場に向かったが、ここもペケ。
4時間以上歩いて期待の画像が撮れなかったTVクルーはガックリ。
休憩時間にはへたり込んで動かず肩で息。バスターズとしては小鳥たちの犠牲が
なくてほっとしたものの、やはり現行犯で捕まえられなくて残念!というのが本音。

このままでは帰れないというので、大正池へ裏から入る「秘密のコース」から
堰堤を越え断崖続き深山幽谷の雰囲気のある険しい「杣道」伝いに紅葉の撮影。
疲労困憊のふうを見かね、申し出てテレビカメラを担ぎ1kmくらい歩いた。
素直に受けたところを見るとよっぽど疲れていたんだろうな。ただ夕方のニュース
で「海上の森」のステキな紅葉の様子が報道されたようで、一応、二重丸。

11月30日(土)お昼12時半~出頭要請を受け
瀬戸署にて事情聴取
玄関を入ってすぐ顔を会わせた私服職員に「宮永さんですか」と声をかけられ
この人が交通課係長・杉本警部補だった。入ってすぐ左へ折れ、2部屋目の
取り調べ室へ。中には課長・増田警部が、テーブルに置いた厚さ5cmほどの
交通法規法令集に手を置き、席に着いてお待ちかねだった。  

「えーっと取り調べの容疑はなんですか?」と小生。課長氏が指差したところには
「道路上に座ったり寝転んだりして通行を妨げたりしてはならない」との条文が・・。
う~む、確かに身に覚えがないわけでもない。でも「なぜ当日、その場で警告なり
逮捕なりをしなかったのか?」と聞いても返事はなし。「どうして今頃になって、
こんな【ノミの鼻くそ】みたいなことでわざわざ呼び出して、2人がかりで事情聴取
しなくちゃならないの?」と聞いても答えはなし。  

まず要求されたことは「こんな違法行為は今後一切しないむね、代表として
一筆書いてくれ」ということ・・。警察は小生をどう見ているのか知らないが、
そんな法外な要求に従って署名捺印できるわけもなく、ソク却下。あのネ~、
僕は人相とかヘアスタイルが独特で目立つから、目を付けたんだろうけど、
そんな組織とか命令系統の確立した団体じゃあないんだよ、われわれは、うん。

てなことを延々と話し合い、結局は「この件に関し報告しなければならないので
とにかくトニカク署名・捺印して欲しい」との必死(?)の懇願に負け、海上集落の
公道上で15秒近く横たわった117条行為に関しては認め、警告書に一個人として
署名捺印した。  

するともう「署へ寄ったらゼヒ顔を出して下さい。コーヒーくらい
ご馳走しますから」と何度も言われ、課長・係長に玄関まで送られ
「エート、なんできたんだっけ?」と思いつつ帰路についたのデシタ。

以下、縦長・B6サイズ文書のコピーを渡された《署名のみ本人》。
平成8年11月30日 愛知県瀬戸警察署長殿
愛知県瀬戸警察署 階級:警部補・氏名:杉本保昌(押印)
道路交通法違反警告指導報告書  
下記違反を視認し警告指導をしたので報告します。

違反種別:道路交通法76条 禁止行為違反  違反日時:11月18日
違反場所(道路種別):愛知県瀬戸市海上の森地内道路(市町村道)
違反者:氏名(略) 生年月日: 本籍: 住所: 職業・勤め先、TEL 免許証:
違反車両:(記載なし空欄)
誓約書:私は、ただいま指摘されましたとおり法76条禁止行為違反をしました。
今後は、交通ルールを守り再び違反をしないよう誓います。
平成8年11月30日 愛知県警察署長殿 署名・捺印
(説明では117条が76条になっていて、この後、県議会で追及する大騒ぎに!)
  《次回はBIE調査団その2です》


 ★96年11月18日(月)午後1時過ぎ~愛知陶磁資料館前
大正池手前まであとずさりでバスの前に立ちふさがった加藤徳太郎市議の抵抗で
池の視察を断念したBIE(博覧会国際事務局)一行は、その先、大枚200万円を
投じて設置した案内板のある【ものみ台頂上】へ登って森全体を俯瞰することも断念。
森を通り抜けた裏山にある「山路(やまじ)の中部電力の施設」屋上から、わずかに
森を眺めただけで、接待のお食事方面・某料亭へと直行したのだった。

 「毎週1回はブローニュの森へ行って、お気に入りの木に耳をつけて鼓動を聞くんだ」と
言っていた愛鳥家のフィリプソン議長には、きっとこの森の緑の豊かさは「言葉になら
ないほどの衝撃」だったろう。ましてや思いっきりツメで引っかいたようなゴルフ場が
散在する悲惨な山野をヘリコプターで空から見た後で、僅かに残された「緑が連なる
海上の森」を見たときには尚更!きっと……。  

さて、森を一緒に歩く夢が絶たれた自然保護派や万博反対の市民団体の
 メンバーは調査団を見送った後、すぐそのまま【愛知県陶磁資料館】に直行。
すると、もうそこには片道3車線の道路の両側、なんと左右1km近くまで!
推進派の市民が幟を立て、お揃いの法被姿でずっしりギッシリ並んでいて、
その数およそ2千人!どっひゃあ~、しかも、半分以上が背広姿!!

対する反対派はトニカク服装がまちまち、動員派に比べ遥かに
意気軒昂な《自らの意思で行動する》穏やかな眼差しのニンゲンが約300人。
弁当まで支給された賛成派は、みな各種団体からの割り当てとかで
「早く終らないかな~」とか「これで仕事がさぼれる」という声があちこちから・・。

こらこらコラ~。ここも警備の警官にテレビ 新聞とマスコミも当然総動員。
で、ただならぬ雰囲気。村崎氏への要請が効いたのか、2時からBIE調査団の
「ヒアリング」が実施され、賛否それぞれが意見陳述できることになっていた。
反対派からは徳太郎議員と英語がペラペラの森島さん、地元地権者・加藤宣雄さん
通訳の青山さんが参加し、小生は街頭でアピールといつものパターン。

抜けるような青空のもと、道路の両側にすることもなく立ち尽くす無言の市民!
思わずハンドマイクを手に話し始めた。『観光バスで動員の市民の皆さん!
瀬戸市商工会、老人会連合会、福祉連絡会の皆さん、動員ご苦労様です。
市役所職員のミナサマ、職務外!勤務?お疲れさまデス』

『私は海上の森で生きる喜びを知った一市民です。ごらんの通りただのオジさんです。

ですから考えていることは皆さんと同じです。おカネが欲しい!ほんとに欲しい!
カネ、かね、金、喉から手がでるほど金が欲しい~《絶叫し、しばらく間を置いて》
でも、でも、もういい加減にしたいと思いませんか?どこまでいったら!
もういいんですか?教えてください・・・」と即興でしゃべり続けた。

ヤジひとつなくシーンと聞き入る人たち。話しが進むにつれあちこちに!
涙ぐんでいる顔・カオ??マスコミのなかにも話しにうなずく見知った顔がいくつか。
思わず、こちらも声がうわずる・・・が、しかし、溢れる思いに言葉がどんどん湧いて
勝手に口が動き、どうにも止まらず延々30分近く。ハラが鳴りここまでと話し終えたら
拍手が沸きあがり??駆け寄った霞上さんが「凄いね~感激した、ホントそうね!」

「よく原稿ナシで、あんだけ次から次に詰まらず話せるね~」と岩井さん。
「お昼まだでしょ、作ってきたからホラ、こっちで一緒に食べて」と北岡さん、渡辺さん。
「感激して涙でちゃった、宮永さん、見直した!ほんとのホントのこと言ってたネ」と
友人の奥さん!イヤイヤどーも『しゃべるのは商売だし、いつも思ってるコトを
ぜんぶしゃべったダケなんです』  

1時間以上待ったBIE一行があっというまに通過して資料館へ滑りこんだのは
もう2時過ぎ。BIEが来る前からポツポツ帰り始めていた賛成派はモチロン
全員汐が引くようにいなくなり、トーゼン小生も急ぎ生徒が待つお仕事方面へ。
今回は渋滞を避け広小路線経由で無事、チコクせず到着。

 そうそう肝心のヒアリングの結果はその後【99年になってやっと】
明らかになった!!のだった。 (次回は再事情聴取&抗議の巻です)

96年12月1日(日)午後2時~名古屋栄・久屋広場で集会後・デモ行進

 ヒューマンチェーン実行委員会(世話人:影山、秋田、宮永)で万博阻止集会を実施
天気は良かったが底冷えのする《師走・月始めの日曜》とあってまあまあの参加者。
買い物客で賑わう栄の三越から松坂屋を経て戻るコースで街宣車を先頭に約50名が
デモ行進、解散5時。 「海上の森での万博開催に反対のヒトは手を振って下さい!」
との《呼び掛け》に応じてくれる人が結構多く、非常に心強かった。

当日小生が用意したプラカードのキャッチコピーを列記すると・・・  
上段(太字・黒)中段(中太・赤)下段(大太・黒)A2カレンダーの裏をボール紙で補強
*止めよまい愛知万博/殺すな!森の生き物達/目的は跡地開発/万博絶対反対!
 *鳥も虫も花も!地球の仲間/モウやめよう黙っていいなり/愛痴万博本音は土地利権
*森を潰してどこが自然と共生?/共生は業者と政治屋ダケ/カネ、かね、金は最悪 

*時代は環境&自然保護/時代錯誤今さら万博なんて/物見遊山で森を殺す環境退国
  *これ以上の豊かさなんて傲慢/欲しい欲しいお金、でも?/少しは我慢しなくちゃ人間も
*森と川と土があってこそ/人間は生きている/悲惨なツケ!結局いつか県民の犠牲!

 ★12月4日(水)影山健氏・瀬戸署にて事情聴取を受ける
BIE(博覧会国際事務局)調査団への海上集落での行動(いわゆる交通の妨げと
なる行為)で宮永、影山へ事情聴取という警察の対応がマスコミの知るところとなり
小生に数社から問い合わせがあった。当日その場で、注意して【違反切符】を切って
オシマイの目くそ鼻くその微罪を2週間近くたって、出頭させ誓約書を書かせる
というまさに《公権力を使って反対派への脅迫、弾圧》そのものだ!

バスの前に立ち塞がり延々数100m進路妨害した?加藤瀬戸市議にはお咎めナシ
という《議員特権の前に》手だしを控え、そこらのオッサンや元教授は締め付けよう
というセコイ魂胆だ。6日の愛知県議会の一般質問でこの件について県警本部長を
呼び出し、追及することが決まった。

 ★12月5日(木)夜9時半過ぎTV局から取材の申し込み
応じるとすぐそのあと、撮影クルーと記者が西区の教室へ来訪。
11時頃まで40分ほど撮影した。翌6日モーニングワイドで報道されたとか。

 ★12月6日(金)午前10時~愛知県議会を傍聴
エレベーターを降り傍聴入口に向かったところで、わっとテレビカメラや記者に囲まれ
マスコミの多さにビックリ仰天!おいおい!テレビが5社、新聞も見知った記者が全員
ど~なってんだ、この騒ぎは? う~ん!10時半の予定が大幅に遅れたものの、
リベラル愛知の小林収議員が「愛知県警本部長」相手に今回の瀬戸署=愛知県警
の万博反対派への「恫喝」ともみえる対応についてビシビシ追及。更に小生が説明で
聞いた117条違反がなぜ「76条違反になったのか」経緯についても質問。

予想通り県警本部長の答弁は木で鼻をくくったようなものでそっけなく、なんら
進展はなかったが、あのとき取り調べを録音しなかったのと誓約書のコピーを
貰わなかったのが小生の失敗だった。(前回【出頭命令・事情聴取の巻】に
掲載したのは再事情聴取でもらったコピー)

午後2時~瀬戸署:再事情聴取
山口駅前で 名古屋TVクルー&朝日小森記者と待ち合せ。
再度事情を聞きたいと瀬戸署から要請があり、今回は用心して
新聞、テレビを同伴し乗りこんだ。署に入る前の小森記者との会話。

 「宮永さん、罰則番号が違うっていうけど、証拠はあるの?」
 『う~ん、署名して用紙を渡しちゃったから、ナイ』        
 「警察っていうのは1個人には凄い権力を持っててね・・・・」   
 『変なことはヘンなんだから、徹底的に追及しなくちゃ・・・』    
     
 「とても個人で逆らえるような相手じゃ・・・・」               
 『確かに署名・捺印した書類には117条と係官が書いたんだけど』
    「書類なんて、どうにでも・・・」  『そうなんだケドね~』            

受付で名前を名乗るところまででカメラはストップ。
勿論、聴取への記者の同席も断られた。前回の警備課長、交通課長に署長まで出て
きてすったもんだ。これが道路に1分ちょっと寝転んだダケのオジさんへの対応とは?
結局、現物はここにナイとかで「コピー」を渡され退散、やれやれ、トホホ。



第16回:第2次パリ訪問団/シンポやじり倒す/弁護士忘年会/投稿開始
96年12月7日(土)午前7時~海上の森/11時25分パリ訪問団・名空港
このところ連日「カネにならん」ことばっかしで忙しい毎日!今朝は6時前に家を
出て定例の鳥類調査で10時頃まで森を歩き、空港へは1時間ほどで到着した。
今回の派遣団13名中、6月に続いては加藤(徳)、加藤(宣)、森島、三辺の
4人だけだが、前回参加メンバーのほとんどが集り、報道陣を前に意気軒昂!
大いに盛り上がった。出発13時30分。展望台からシッカシ見送って解散。

12月8日(日)午前9時~海上の森・県支部探鳥会:午後1時半解散
出発早々河川敷でクイナ(水鶏)を発見!これで118種。まだまだ新種の予感!

 ★12月14日(土)午前11時半:帰国出迎え「パリ訪問団」名空港国際線
 BIE(博覧会国際事務局)開催候補地・登録会議で「森の保護」をアピールした
訪問団が帰国した。空港3階特別室での記者会見に事務局長として同席。
パリでの行動で《誤報でもめて抗議》した「中日新聞」の姿がなかった?!


(前回のパリ訪問団:森の風景や生き物たちの写真を掲げた)

☆午後3時から寺尾光身(てるみ)教授らが主催する「エントロピー学会」の
名工大(途中下車の母校)での定例会に講師として招かれ、曽我部さんと出席。
最近までの情勢を教授ら有識者に報告。その後、野鳥の会忘年会に途中参加。


12月17日(火)午前8時~海上の森・調査でも探鳥会でもなく、森を一巡
万博候補地の中心部に住み土地売却を拒否してみえる加藤次男(つぎお)さん
(宣雄さんの兄・以後、最強の協力者に!)とバッタリ。初めて話しをするうちに、
  前から鳥に関心があったとのこと『それじゃあ』と2人で3時間半ほど森を歩き鳥見。

昼は次男さん宅の前庭にシートを広げ、お握りを頬張りながら、柿の木に来る
鳥を見つつ歓談。2時過ぎ、夕方からのおシゴト方面へ、いやいや?移動・・。

12月21日(土)午後1時半~4時過ぎ:海上の森立ち木トラスト・最終札掛け
95年8月以来、購入者が2000名を越えた時点であっせんを打ちきったが
残った約300名の名札を掛け終えた。事務すべてお任せの「ものみ山」の
みなさん、活動に参加のみなさん、お疲れさま。参加8名。  

 ★12月22日(日)午後1時半~4時半頃:万博構想説明会・瀬戸市文化センター
 県と瀬戸市が共催の「21世紀地球EXPO」正式構想・市民説明会。
自然保護派の総意として市民シンポには今後一切出席しないと決定していたが、
情報収集のため今回に限り参加した。会場を見渡したところほとんど賛成派の
(瀬戸市商工会・商店街連合会)動員組と、県市の誘致対策局・課の背広組ばかり。

やれやれ、パリで見かけた顔のいかにも土建関係の方々も「そりゃあ商売
だから先がどんなことになろうと関係ない」とトイレで声高に本音を開チン!?
会場内でヤジる小生に後ろの席から聞こえよがしに「東大の偉い先生がイイってん
だから間違いナイ!」とか「ほかでもっと大規模にブルで壊しているトコがあるから
ソコへ行け」との声も…。『るっせ~』とにらみつけたら、目を逸らし沈黙。
コラ、コラ、どっちが土建屋かワカラナイ!?柄の悪さ!

さて肝心の「会場構想」であるが「自然と共生の実験場にしたい」一本槍だが、
実験というのは失敗した場合を考え《悪影響が最も少ないケースを選ぶ》のが常識で
その点からすでに「なぜ大都市近郊にわずかに残された貴重な里山が会場か」と
いう素朴な質問に答えられなくなってしまう。それに声高に主張する「ゴミゼロ」とか
「ソーラーエネルギー」「水循環社会」なんて9年も先の催しのテーマにする悠長な
話しじゃなく《焦眉のかつ緊急の問題》で、それこそナニを寝言いってんだ。

結局どんなに美辞麗句を並べても、山を削り谷を埋め良好な宅地を公費で造成し
よってたかって甘い汁を吸おうって「絵図」がみえみえという…「それにつけても
金の欲しさよ」という川柳の付け句が本音で踊る世紀末!当座さえ儲かれば、
後は野となれ山となれ!なにをかいわんや…。  

構想案を説明した某教授は小生の『ガンバレ御用学者!』の不規則発言に
「提言には身体を張ってやっている。なめるんじゃない!」と力んで見せたが
《東京から往復グリーン車》《壇上に3時間座ってごそごそ喋り》《更に別枠
お車代5万円》、《終ってから接待、それに日当》と「金で頼まれた仕事で身体を
張ってる」と開き直られても《あんた、それが商売なんでしょ》とやじり返してチョン。
御用学者とヤジられて気になる『そんな自信のないシゴトはするなっつ~の』
(その後、この教授は降板した!!)

12月26日(木)午後6時~9時過ぎ「名古屋市民オンブズマン」忘年会
 新海聡弁護士から誘いを受けて、オンブズマンの忘年会に初めて参加した。
「呑む」という話しならまず断ったタメシがない!どこへでも出かけるオジさん
なのだが行ってみて仰天!まず場所が中区丸の内の小粋な料理屋「魚国」。
こちとらがいつも行く「万歳」や「養老の滝」のような大衆居酒屋じゃなかった!

冠木門に見越しの松、自動ドアなぞあるわきゃなく「引き戸」の年季の入った
和風の建物の料亭で、当然客が来る度に仲居さんが出てきて1人ずつ案内する
さらに続々と集ってくるメンバーがみな《ネクタイ・背広に高級そうなコート姿》で
互いに「先生、先生」と呼び合っている弁護士?諸兄の皆様!

『ジーパン・ジャンバー姿』の小生はさしずめ「弁護を依頼した犯人」という
ナサケない情況で、なんか「下足番」がまぎれこんだという雰囲気なのだ!
 あまりの場違いさ違和感にサポーターグループ事務局長に、そっと聞いたところ
20数名中一般人が3人、税理士が2人で、あと全員弁護士と・・。なるほど衿に
バッジが光っている。一度に20人近い弁護士に会ったのは生まれて初めてだ!
しかも通された宴会場が床の間付きの長大な和室で、コの字型に座布団に
座って居並び、料理が四つ足のお膳で次から次に出てくる。

う~ん、叩くと音がしそうな連中(失礼!)ばかりだったが、面識のある弁護士
も何人かいて、酒が入ればそれなりになごみ賑やかに歓談すること3時間弱。
ただし話題は堅いハナシばかり…、ふ~っ?  名古屋市民オンブズマンが
愛知デザイン博の経費処理を巡り【名古屋市長ほか2名】を告発した第1審の判決が
昨日(25日)に出て「賠償金10億円余りを払え」という勝訴!を得た翌日ということも
ありオンブズマン所属の弁護士諸兄も《こんなんでも》盛りあがったようでありました?

 ★12月28日(土)午前8時~第25回くらぶ探鳥会:
正午ごろ冬休み特訓中の「おシゴト方面」へ退去
「海上の森くらぶ」主催の今年最後の探鳥会。常連の原人メンバーにNACS-J
(日本自然保護連盟)の機関紙を見て来た「海上の森」は始めてという父子を加え
参加10名。 鳥が逃げない理想的な人数だが、相談の結果、万博が開催される
海上の森を知らない県民がほとんどという情況から、毎回違うコースで鳥類調査
を重点としたきた方針を変え、1人でも多くの方に森を知ってもらえるよう、
97年から「観察会の案内」の掲載を新聞にお願いすることにした。

さて当日の状況はというと、バスターズメンバーの林さんが「水曜日(25日)の
朝から昼の4時過ぎまでの間、木の下に立っても逃げないし、時間を変えて行って
も移動するだけで《目と目が会う位置に》フクロウが止まっていた」という情報から
急遽、彼女の案内で現地へ転進することに…。海上の森の奥、山路(やまじ)の
北東に連なる森の中の大目(おおまなこ)神社まで、そして脇から奥の谷筋へと歩く
につれて、なんともいえない懐かしさがこみあがる穏やかな冬枯れのたたずまい。

開墾を経て休耕田となり、また元の自然に戻りつつある田やあぜ道、雑木林。
鈍色(にびいろ)の空。全員、異口同音!こりゃあ~鳥の楽園だな~、ほんと!
『海上の森がまんいちになったら、ここへ来るか』と小生。目当ての神社脇の大木
そして周りの止まっていたという木、どこもみんな空振り・・。あ~あ!でもさ~
『蕎麦屋じゃあるまいしそう注文通りはねっ、また来よう!こんないいとこナイショにして』

この森の様子から【カスミ網バスターズ】に変身、落ち葉でふかふかの周辺の
山中を3時間ほど。古窯跡1、鳥屋場2を確認。鳥屋場はともに使用可能で
今後の警戒が必要と判断した。昼過ぎ、おシゴトで泣く泣く中座した小生以外は
「精霊短大裏」で木に止まっているオオタカを見たという・・。ぐ・や・じ~~!!

12月29日(日)午前9時~16時過ぎ:ものみ小屋で「年忘れ・鍋&泡会」
 午前中はゆっくり森を散策。昼前に山口駅の生協コープでわいわい賑やか
に買い出し。あとは森の中心の海上集落に建てた団結小屋「ものみ小屋」で
のんびりと冬の陽射しを受けながら、鍋物をつつき、泡モノをたっぷり!!

帰宅した名東区で夕方5時頃から9時近くまでS氏にパソコンの特訓を受け
メールと文書作成が可能になったが息子用に買ったパソコンでは、
家族の監視のもと【市民運動】関連で使えるワケなく、トホホのほ。

特別号外:マスコミを通じて意見を表明する場として【新聞の投稿欄】に着目した。
住民票がある名東区では中日だが、ふだんいる西区では朝日を取っていたことと、
地元「名古屋・愛知・中部」のシェアーは圧倒的に中日の独占状態(たぶん8:1くらいの
割合?)だが、これまでの反対運動の経験から《公平かつ好意的な記者が多いかな?》
という【個人的な印象】から朝日新聞の「声」欄にしぼって、96年8月から投稿を始めた。

 朝日へ96年に4本、97年が1本だけ、98年からは中日にも投稿を始めたが、
03年10月で止めた。もっとも多く投稿したのは00年から01年にかけてで、中日に
2日連続掲載ということもあった。意外だったのは一度も《改稿を要請された記憶がない
(誤字、脱字は別)こと》で、原文のまま掲載されたことだ。いいたい放題をよくもまあ懲りず
掲載してくれたと今更ながら感心している。ただ一番注意したことはダブル投稿しないこと。

でも一方で《ボツだった》のを、時間を置いて他社に送って掲載されたことがよくあった。
それでだんだん社風というか、万博への姿勢が見えてきた。 以下96~97年の投稿を
2度に分け報告するが、さてこのうち何本?そしてどれが掲載されたかは次号の文末に!

★(1)海上の森は宮沢賢治の里 96年8月20日<以下朝日「声」へ>
愛知県は瀬戸市南東部の丘陵地帯を候補地とし、2005年の世界博に立候補しているが
ここは名古屋の都心からわずか10kmの位置にありながら、食物連鎖の頂点にある鳥類が
115種も確認されている、自然豊かな雑木林の広がる県内最後の里山・海上の森なのだ。

過去5年200回以上、海上の里山を歩き見聞きした有り様と、子供の頃から親しんできた
宮沢賢治の世界とをつき合わせてみると、なんと70年以上の時空を超えて、賢治が心の
底から愛した岩手の里山のたたずまいと、現在の海上の森とがピッタリ重なるのに驚く。
ここでは童話や図鑑やビデオでしか見られなくなった生き物たちがたった今、この瞬間も
普通の存在として、人と共につつましく生きている。そこへ行きさえすれば賢治の世界へ
タイムスリップできる。  

物質主義の限界が見え始めた今、最も必要なのは人のみ栄える経済一辺倒の
社会ではなく、身近な自然と隣り合った、心にうるおいのある暮らしではなかろうか。
賢治が命を賭けて発し続けた、自然破壊に対する警告を今こそ受けとめ、奇跡的に残った
古里の森をたった半年の万博の破壊から守ることこそ、われわれの未来への責務と考える。

★(2)鳥の目で見て海上の里山を 96年10月20日  
国が2005年国際博の開催予定地として立候補している瀬戸市海上の森一帯を活動
拠点とする自然保護団体の一員として、9月14日に鈴木愛知県知事と初めて会談をした。
われわれが過去数年間にわたり要請してきた直接面談を、一貫して拒否し続けていた
のが8月末になり急遽「反対派と会おう」に変更された。その理由を憶測するのはさておき
1時間足らずの短い時間ではあったが、知事の人柄、識見を間近に窺い知ることができた
点で有意義な会合だった。  

開催に対する賛否は別として、正式に立候補した以上、まず最もアピールすべき点は
開発予定地の優位性であろう。知事の発言にあるように「あらゆる面で検討した結果、
愛知県内で最高の立地条件」なのが海上の里山ならば、BIE(博覧会国際委員会)の
調査団に様々な角度から見て頂くのに躊躇(ちゅうちょ)はないはず。百聞は一見にしかず
とにかく全体を見て欲しい自然保護派にとっても一石二鳥。ぜひヘリコプターによる空から
「鳥の目」での現地視察を県側に重ねて要請したい。(注*知事にも直接要請して実現した)
  

前回に引き続き、新聞の投稿欄に送った投書をご紹介します
(実際に掲載された投書はどれか分かりますか?)  

★(3)市民参加万博情報公開必要 96年11月6日
国が2005年の開催を目指し立候補している国際博覧会について討議する場
として県民に唯一公開されている「愛知県主催万博シンポ」が既に6回開かれた。
 が、そのすべてに参加してきた自然保護派の1人の目から見て「賛成、反対両派の
NGO代表が意見を陳述、その後会場から挙手による市民の意見の発表、そして全員
いいっぱなしで時間切れ終了」という図式は一貫して変わらずBIE(博覧会国際委員会)
調査団の訪日を前に、賛否両者の溝は深まるばかりの危機的情況となっている。

そんななか第7回シンポジウムの事前協議の申し出を受け、10月31日に担当官らと
面談した。シンポ日程は11月30日テーマは一両日中に出るという国の正式な万博構想。
進行は森嶋名大名誉教授と県から一方的に出るが、自然保護派から万博対策局長あて
11月24日に申し入れた「BIEと自然保護派との会見日程」の連絡については、どうつついて
も調査の主体はBIE(博覧会国際委員会)で、まだ日程の調整中で未定との一点張り。

訪日日程を問い合せた通産省や12月13日に来訪予定のBIE事務局からは
窓口の県に聞けといわれているのに、6日朝現在連絡なし。知らしむべからず
拠らしむべしの体質のまま、いったい理想的な万博が開けるものだろうか。

 ★(4)BIEと森を歩きたかった 96年12月7日
愛知県瀬戸市海上の森で「2005年国際博覧会」開催を目指す国にとって、
最大の山場のBIE調査団が離日してはや2週間が過ぎた。一連の動きに関わって
きた自然保護派メンバーの一員として、過熱気味だった賛否双方の行動を冷静に
振り返ってみると、混乱の元は県の情報非公開、秘密主義がすべてと思えてならない。

県に対するBIEの来日日程を連絡して欲しいという再三再四に及ぶ要請にも関わらず
自然保護派に知らされた情報は、来日直前の11月11日に送られてきた18日午後の
ヒアリングの日程のみ。あとはすべて部外秘の闇のなか。前日までに報道関係者などの
情報から、かろうじて知ったのは、肝心の森の視察時間が通過時間を含め30分のみと
いう事実。「訪日のときは一緒に森を歩こう」とパリで交わしたBIE事務局との約束のみを
頼りに待つわれわれの前を、無視して通り過ぎようとするバスに、たまらず保護派メンバー
がわずか1分ほど寝転んでしまったことが、そんなに指弾を受けることなのだろうか。

昼夜にわたる連日の歓迎パーティーや京都観光にあてた時間を、なぜ最重要目的の
1つである現地視察に向けられなかったのか、疑問は深まるばかりである。

 ★(5)13万人署名重さを考えて 97年12月26日
バードウオッチングを楽しむ市民として、瀬戸の海上の森での万博だけは避けたいと
ボランティアの仲間ともども、思いつくありとあらゆる活動を過去数年にわたり行ってきたが
日本の「万博開催権」獲得という新たな展開を受け、たどりついたのが海上の森での万博
開催の賛否を求める「県民投票条令制定請求」だった。かなり根強い不安の声を押しきり、
署名活動に踏み切ったものの、確とした見通しがあるわけもなく、7~8万もいければ・・・
というのが大方の予想だった。

それが1ヵ月過ぎたあたりから、まったく思いもしない展開になってきた。
いわゆる市民運動にはまったく縁がなかったという30代から50代の女性を中心に
署名を集めようという県民がネズミ算式に、あっという間に3千人以上に達したことである。
新潟県巻町や岐阜県御嵩町のように、生命や暮しを直撃する大事とは異なり「堅実だが
不満を口に出さず、お上に弱い」などとやゆさえされる愛知県民が「身近な自然を守ろう。
豊かな森を壊すのはいや」と13万人も署名した事実と、この数が氷山の一角に過ぎない
民意の重みを、県当局並びに県議会は真剣に受け止めるべきである。
(次回の末尾で、実際に掲載された投稿の番号をお知らせします)



 第17回:年頭所感/海上の森市民会議/アースデイ名古屋/
        BIE公館訪問/パリ訪問団報告会/号外・バスターズ’04

   
 1997年1月1日年頭所感 くらぶ結成5年目に突入
 いよいよ正念場!6月にパリBIE(博覧会国際事務局)総会で開催国が決まる。
万博反対運動も総力戦となる。どーしても【ソコまで行かなくちゃ見られないモノ】
なんてもうナイ!はっきりいって今さら万博なんて!というのが大方の庶民の本音
だろう。なぜ海上の森が「唯一無二の候補地」なのか説明できない闇はますます
深まり、カネも組織もないわれわれは智恵と根性で戦うしかない。【ダメでもともと】
失うものはたった1つ命しかない。どうせみんないつかは死ぬ!やるっきゃない!

 ★1月13日(月)10時~14時:加藤(徳)事務所海上の森市民会議
 25日に予定している《第2次パリ訪問団・帰国報告会》の議事進行、および
今後の活動方針について最終打ち合わせ。特に今年の活動の2本柱となる
(1)在日BIE加盟公館への陳情《全員一致で決定》 (2)万博開催の賛否を問う
「住民投票条令制定」を求める活動について相談をした。加藤、宮永は制定請求
運動に積極的、曽我部さんは懐疑的だった。参加は他に渡辺(洋子)平野の計5名
渡辺さん差し入れの「無農薬の野菜を使ったお昼ごはん」御馳走さまでした。合掌。

 ★1月19日(日)13時~18時:名古屋YWCA・アースデイ名古屋実行委員会
 今年のアースデイの取り組みについて事務局・青山(巳織)さんの司会で、
開催の是非の段階から協議をスタートした。結論として4月12日に開催し
【海上の森】【藤前干潟】【長良川河口堰】【御嵩町の産廃問題】の4つを中心に
東海地方の環境問題を訴える方針を決定。参加:辻(淳夫)、影山(健)、曽我部
岩月「ゴミねっと」、溝口、横井「共に通訳・翻訳業」、野田氏ら約20名。  

1月23日(木)BIE在日公館訪問作戦・第1弾東京大使館訪問
加藤(徳太郎)、加藤(宣雄)、青山(己)の3名が上京。瀬戸での愛知万博開催に
賛成投票をしないようアメリカなど4か国の大使館を訪問した。それぞれ時間をやり
くりして「出かけただけの成果は得られた」と24日に青山さんから連絡があった。
帰宅は深夜12時近かったと宣雄さんからも連絡が。大使館と交渉しアポを取った
青山さんはじめ、ほんと、みなさん、お疲れさま、ご苦労さまでした。

 ★1月25日(土)午前8時~12時半・海上の森は賢治の森探鳥会
中日、朝日の2紙にお願いして「初めて掲載された」案内記事を見て
という参加者がみえて『やれやれ』と一息。鳥マニア?を中心に2年以上
25回目だが、今後も新聞案内など広く一般参加を呼びかけることにした。

同上15時~21時瀬戸市文化センター第2次パリ訪問団帰国報告会
【海上の森市民会議主催】15時15分、定刻より若干遅れ、出席60名ほどで
集会を開始した。昨年末パリを訪問したメンバーから「日本大使館」が黒幕の
「非民主的そのものの」呆れて声も出ないパリ警察を巻き込んでの【公式にデモ
許可を得た】反対派の運動潰しの実態が話された。こんな人権無視の反対意見
の者は「なりふり構わず排除する」政府が「世界の未来を見つめ、環境保全、
自然と共生をはかる国際博を開く」などとよくも言えたものだっ!


レベルが極端に違うが、もとビルマと言われた国の民主派弾圧を、こんな政府で
誰が非難できるかっつーの、ったく!トニカク肝心の足元の愛知県民からの《森を
守ろう!もう必要以上の自然破壊、開発はやめよう》というごく素朴な訴えを無視し
某新聞社の世論調査で【30%以上もいる自然保護派】とも共生できない現状で、
なにが万博だ!このドあほ!世界に恥をさらすだけだっ、モウいい加減にせい!

13日内定の2議案と、既に活動していたが、改めて組織体制を確立するため
議長・加藤(徳)、事務局長・宮永、会計・平野、公報・八木の事務局が承認され
その後2部懇親会に移行した。女性陣が持ち寄ったお手製の素晴らしい料理に


トーゼン酒精もたっぷり、総勢30名余りが大いに盛り上がった。畏友・河合塾の
牧野氏と小生が談笑する姿を見て「フラッシュがなくても写真が撮れる」など不届き
なコトをいうヤカラもいて、こらこらこらーっ。  その後、懲りないオジさんは場所を
変え一社「万歳」にて12時過ぎまで山口、三辺トリオで「うぐうぐごっくん!」至福の
時間をすごしたのでした。(次回は在日外国公館歴訪の巻です)

97年1月26日(日)午前9時30分~「平和公園探鳥会」に参加
 25日午後2時半から1時間、名古屋テレビで万博関連の特別番組が放映された。
昨日の【第2次パリ訪問団・帰国報告会】で「最後まで見てから来たので遅れた」と
いう河合塾の牧野氏から「中道的な立場で編集されていて、ナカナカ良かったよ」
との感想を聞いていた。撮影取材を受けていて、当然どんなだったか見たかったの
で「録画した」と聞いた森島氏に借りようと、来るといっていた平和公園の探鳥会へ

遅寝、遅起きのモヤシ頭で久しぶりに出かけた。 モチロン森島氏は来ていたが、
「昨日帰ってすぐ見たけど、録画の調子が悪かった」とのおコトバ。う~む、お宅へ
お邪魔して「泡関係などしつつ拝見しよう」という目論見もあえなく頓挫!誰か録画し
たヒトを探さなっくっちゃ。ディレクターに放送テープの郵送を頼むのを忘れたノダ!

1月30日(木)青山、加藤(徳)2氏:再度上京「駐日大使館2ヵ国」を訪問
24日に青山さんからフランスなど4ヵ国のアポが取れたと連絡を受けていたが、
うち2ヵ国の大使館を訪問した。近況報告を兼ねてNAC-J(日本自然保護連盟)も
訪ねたという。また青山さんの弟子?の二木さん(通訳業)からも、電話をかけまくって
4ヵ国の面会アポが取れたという朗報も入っていて、まずは上乗吉の活動の滑りだし

ヨシヨシ!!ただ私立入試が目前でさらに続いて公立入試と、いくらなんでも手が
抜けない〈本業のちょー繁忙期に入り〉事務局長なのに、どうしても休みが取れず
口だけで協力できないのが残念、無念。まあ行ってもついて歩くダケで役にたたん
のだろうが…、うん。それにしてもボランティアなのに、よくやるよネ~、青山さんも
二木さんも!仕事や生活は大丈夫なんかね~、えっ≪ヒトゴトじゃないだろう≫って
…『ハイ、そーでした』…やれやれ、トホホ。

 ★2月2日(日)午後1時~4時半アースデイ準備会本山生協文化会館
溝口、横井氏を進行役に4月12日開催予定の【アースデイ名古屋】イベントの詳細を
決めた。環境破壊の抜き差しならぬ問題ばかり山積している情況下ではあるが、民意
不在のまま上意下達で《人・モノあらゆる面で圧倒的な量のもと》ゴリ押しを続ける行政
に立ち向かうにはトニカク声をあげ続けアピールするしかない。たとえ蟷螂(とうろう)の
斧でも、ダメでもともと、やるっきゃないのでR!  出席:青山、二木、稲垣、加藤(徳)
、曽我部、野田、岩月、三辺、イアンそのほか数名。  

2月4日(火)二木・北岡氏:東京にてBIE加盟3ヵ国「大使館を訪問」
大使館に提供する「海上の森の資料」のコピーなど書類関係の用意をすべてお願い
している北岡さんと「アポ1つ取るのに3回も4回も連絡して大変なの」と言ってた二木
さんペアが上京。事務局へ「貴重な情報や助言まで得られた」との報告。お疲れさま。
小生本日50歳に!あ~あ。  

2月6日(木)10時~12時過ぎ「市民会議8日準備会」長久手キャッツカフェ
【住民投票条令】制定請求運動について意見を交換した。議題として議論することを
決めた。役員間で意見が割れびみょーな雲行きになってきた、う~ん。出席:加藤(徳)
平野、八木、宮永。本日:二木、前田ペアが東京の4ヵ国公館を訪問。青山さんは大阪
のBIE加盟国公館を訪問。市民会議からは「交通費」のみ支給、あとは全部持ち出し
ボランティアですでに15ヵ国訪問済み。

 *7日現在、アポが確定しているのは13日2ヵ国、18日1ヵ国、27日2ヵ国
返事待ちが2ヵ国。青山、二木の万博バスターズが連日の奮闘で確保。先月は
電話代が倍になったとか謝々。むろん活動資金は充分でなくカンパが唯一の頼り。
これだけ頑張っているメンバーの為にも!是非、ゼヒ、ご寄付を!
これは海上の森市民会議からのお・ね・が・いデス。  

2月8日(土)14時~17時「海上の森市民会議例会」名古屋YWCA
議論が紛糾したが消極的な意見を押さえ「住民投票条令」制定に向け活動
開始を決定。参加20数名(次回:住民投票条令・制定請求活動開始の巻)

号外▲2004年10月16日(土)朝8時・山口駅バスターズ5名出陣
04年9月23日鳥屋場発見の第一報以来、台風の影響で延び延びになっていた
カスミ網バスターズがいよいよ出動。快晴の駅前で初参加のAさんがニコニコ顔で
「11時に寝たんだけど4時には目が覚めちゃって」と言うと「この時期になると血が
騒いで胸が踊るんだ」と森島さん。「6時過ぎには出た」とはるばる三河から参加の
 Sさん。8時に集った懲りないメンバーは計5名。仲間と週1、2回は周辺の山を歩いて
いるチヨコさんが見つけ、通報を受けたバスターズが急襲する「いつものパターン」で

今回もチヨコさんの案内で勇躍、岩屋堂方面へ向かったのだった。鳥獣保護法で
【カスミ網による狩猟】は違法で罰せられる。不心得者は警察が取締ればいいのだが
なんせ【悪事千里を走る】この世相!そこらじゅうでヒトが殺され《捕まらない犯人》が
ゾロゾロ。とても鳥にまで警察の手が廻らない!そこで鳥好きがパトロールし、警察に
通報することになる。ところが鳥屋場をみつけても《網を張ってなければ警察は動か
ない》ので、情況により【バスターズが処置をする】という展開になる。しかも現場は

普通の人?は近づかない山の中で【シーズン中は1日数10万円という水揚げ】から
密猟犯も必死で、バスターズは《不慮の怪我》などすべて自己責任で《はたから見れば
疲れるダケでなんの得もない》活動をする【物好き集団】なのである。さて現地直近に
車を止め、居合わせた治山工事の人や隣接の釣堀のオジさんには『キノコ採り』と質問
に答え、8時28分入山。地元の人が密猟犯なので本当のことは絶対にいえないのだ!


 チヨコさんを先頭にずんずん歩くつもりが盛りの秋の草花が気になり、そのたび声を
かけるからナカナカはかどらない。聞いても聞いても3つ聞くと5つ抜ける『ナサケナイ
生徒』で…とほほのほ。15分ほど歩き川を渡ると、斜度30度近くの道のナイ!道。
手をつき、木に掴まり、息を切らして10分余り。やっと上りきった斜面の草むらになん
とも優雅なキノコが数本「ムラサキシメジ」とチヨコさん。見まわすとあちこちに群落!

「食べれるよ」の声に「ムラサキシメジモドキ」とか食べると「カオガムラサキ」と揶揄
する声があがり《食欲より命が惜しい》みなサンは手をださず、眺めるだけ。さてそこ
からは尾根道。犯人が通ったらしき跡があり、慎重に進むとあたりの雰囲気が!モウ
まさに!鳥屋場。チヨコさんの「しーっ」の合図で、抜き足、差し足、忍び足!しっかり
した踏み跡が現れ、やがて明らかに「鳥屋道」散開し一気に飛び込んだが誰もいず
網もナシ!9時25分。  50mほどの「鳥屋道」が4本、網が20枚以上も張れる
長年使われた大規模な鳥屋場だった。(注:読みは=とやば・とやみちデス)

今年もすでに見事に整備がされ、あとは網を張るばかりになっていた。捨ててあった
《お茶のボトル》の日付が04.08.29。その頃から手入れが始まったようで、それに
してもこれだけ綺麗に整備しているところを見ると、よっぽど優良な狩場なんだろう。
くっそ~絶対に捕まえてやるゾー!証拠の密猟用具がなく、猟期もまだ先のことから
痕跡を残さぬよう注意を払いつつ、止むなく9時55分下山開始。

さて麓についたのが10時半。このままでは帰るわけにゆかず、某県野鳥の会名で
バスターズに不審なハガキが送られてきた「因縁の鳥屋場」へ転進。発見以来10年
近くたったが、いまだに現行犯逮捕できない《地元・警察ぐるみ?》と疑いたくさえなる
鳥屋場だ。「ねむの森」から10時55分に入山。40分ほど歩いて、いきなりチヨコさん
が「切っちゃった!」なんと道を挟んで木と木の間に黒糸センサー。いつものやり口。

これが鳥屋場直前まで3ヵ所!『ウ~ン去年あれだけベシベシずたずたにしたのに
マッタク懲りてない!やるもんだな~敵も…。そこらじゅう足跡だらけにしたからって
〈諦める?ワケないよなー〉絶対にやるよな~』コレが全員の意見。チヨコさん心尽くし
の栗ご飯を頂き、ゆっくりくつろぎ1時15分下山開始。山口駅2時6分。森島さんに送
られて2時25分四軒屋。ケッタを飛ばし3時35分西区着。4時からの授業に無事、
間に合ったのデシタ!『こら~オマエら、みんな覚悟しとけよ~、いつかきっと捕まえ
てやるからな~!』 (前号で新聞の投稿欄に送った投書を5本、ご紹介しましたが
、朝日「声」欄投稿で掲載は(1)、(2)、(5)の3本でした。予想は当りましたか?



第18回:住民投票・活動決定/第3次パリ訪問団/公立・合格発表

97年2月11日(火)午後8時過ぎ:プロジェクトM/千種区内山・牧野事務所
「ヒューマンチエーン実行委員会」主催の集会へ。2月8日海上の森市民会議の決定を受け
【住民投票条令】制定請求運動に着手するため<具体的な実務>を協議した。とーぜん
参加者は運動に積極的なメンバーのみ10数名。原則として<本業=塾>は祝祭日は
お休みにしているが<高校入試直前>しかも剣が峰の期末テスト直前とあって時間ぎり
ぎりまで、真剣にお・シ・ゴ・ト。(*通常は夜10時までが営業時間) 1クラス臨時休業して

夜7時半にやっと終え腹ペコのまま大急ぎで会場へ。なんとか最終決定の前に「滑りこみ
セーフ!」ふ~っヤレヤレ。平日夜間の会議には出席できない「名前だけ」の代表世話人
だが、遅れてきたくせに態度と声だけはでかく、いろいろ意見が出尽くしたところで『とりあ
えず走りながら考えよう』と提案し「愛知万博」開催の賛否を問う住民投票条令を求める会

(仮称)の発足を決定。 条令案については≪糸土、秋田氏を中心にワーキンググループ≫
を結成して作成。書名用紙の印刷、製本は堀田氏と国労グループが中心になって準備。
受任者(署名を集める人)を集めるための「呼びかけ人」は全員で手分けして集めること。
文書作成と広報は宮永が担当することとなった。  

2月12日(水)「条例令制定」呼びかけ人・依頼状を作成&発信  
昨日の決定を受け早速第1段階「住民投票条令制定請求」運動に賛同する≪呼びかけ人≫
募集の依頼状をFaxで20名に発送。即日OKの返事が4氏から着信。更に文書も郵送した。

2月13日(木) BIE加盟・2ヵ国の大使館を訪問
市民会議の派遣で、青山(アースデイ名古屋)、井下(立ち木トラストの会)2氏が上京。
「住民投票条令」制定を求める動きが始まったと話したら、うち1ヵ国の担当官が「それは
日本の推進派にとって対外的に大きなダメージになりますね」との反応があったという。
いいぞ!いいぞ!  

2月14日(金)「住民投票を求める会(略)」呼びかけ人募集・締め切り
自己申告ながら小生のノルマは10名。ところが運が悪く、仕事が年に一度の「剣が峰」
天下分け目の関が原という瀬戸際で、生活が成り立ってこその自然保護運動!これが
生活保護てなことになればそれこそ四面楚歌!ぎゃお~ってなもんで、とりあえず小生は
14名で打ちきり。集った分を名寄せして声明文を発表する手筈。夜、青山さんから2月
27日にBIE加盟4ヶ国のアポが確定したとの朗報が入った。上京できるのがいつも
特定のメンバーのため、個人負担がタイヘンなのだが、伏してお願いするっきゃナイ。

 ★2月17日(火)午前10時~長久手キャッツカフェ「海上の森市民会議」役員会
3月8日の総会の準備会に出席。開店時間がなんと今日から11時に変わっていた。
更に匿名希望・徳太郎氏が大幅にチコク。結局、場所を変更できず1時間遅れで開始。
「住民投票条令制定運動への対応」で意見が分れ長引き、午後2時半ころ小生は中座し
仕事場へ!電話の「西区から名東区への転送設定」を解除し忘れたため【呼び掛け人】
募集への問い合わせが2件も本宅へ…。【塾生の新規募集】をかけているこの大事な
時期にいったいどこへなにしにいってたの!と山の神サマの厳しい追及がチクチクと…
うわ~、また我が家が遠くに…とほほ~のほ~!  

2月22日(土)午前9時~12時過ぎ「賢治の森探鳥会」新聞掲載で参加者増


   ★2月27日(木)、28日(金):NACs―J「万博小委員会」視察団を案内
連日、日本自然保護協会の視察団を案内して海上の森を歩いた。小生は同会の会員でも
あり、他のメンバー同様、終日案内したかったが、なんせ仕事が《あと1週間で公立入試》
という山場!なんていいつつ26日は山口駅11時半の約束に8時には家を出て、9時過ぎ
にはもう森を歩いていたりして…困ったモンです…ネ。結局、3時まで同行、27日も10時
から3時まで案内をした。そうそう27日には《ものみ山の脇道コース》で道を間違え、
赤っ恥をかいたが、これだけ入り浸っていても間違える《森の深さ》を改めて実感した
のでした。(次回は第3次パリ訪問団・在日公館訪問などの巻です)

97年2月27日(木) 5名が上京「BIE加盟5ヶ国」大使館で面談
青山、二木氏ら5名が早朝の新幹線で上京。「2班に分かれ終日かけずりまわった。
アポがとれなかった2ヵ国へも資料を置いてきた」とのこと。《アポ待ちの数ヵ国》を除き
加盟47ヵ国中・25ヵ国を訪問したところで《かなりの反応を手応えに》とりあえず、活動を
終了することになった。今後は地元の実情の報告などフォローに重点を移すことにした。

2月だけでも3回も上京された加藤(徳)さん、青山さん始め、ボランティアで参加された
みなさん、本当に有難うございました。なお活動の詳細は4月12日に本山・生協生活文
化会館で12時~18時まで開催の【アースディ名古屋'97】で正式に発表されますので、
ぜひ皆さんの参加をお待ちしています。当日の参加券:大人1000円、学生500円の
券をご希望の方は宮永までご連絡下さい。  

3月1日(土)午後1時~「アースディ名古屋'97」準備会・名古屋YWCA
前後に仕事を挟みキセル出席。言いたいことだけしゃべりまくって『では…』と途中退席。
その後の決定事項については青山、二木の両氏より、それぞれ詳しい連絡があった。

3月2日(日)午後1時半~5時「住民投票を求める会」栄・名古屋市教育館
午前中にシッカシ仕事を済ませ出席。当日、会場からの申し出を合わせ≪呼び掛け人≫が
220人も集り正式名称を【海上の森の愛知万博の賛否を問う住民投票を求める会】と決定。
いくらなんでも名前が長すぎるのが難点だが仕方がナイ。事務局も決まりいよいよスタート。
まずは賛同人の署名集めから取りかかることになった!さ~やるゾー。

3月7日(金)朝10時半~12時半「第3次パリ派遣団」JR鶴舞公園前
鶴舞駅勤務の国労メンバーが中心で、10数人が公園前駅に集り、公園内の普選壇の
ベンチで早春の陽射しのなか、今回の訪問団長・佐伯氏(立ち木トラスト事務局長)はじめ
派遣メンバー4人の挨拶、参加者の自己紹介など3分間スピーチ、そしてパリでのスケジュ
ールの最終打ち合わせをした。こんなんが市民運動の面白いところで、雨が降ったらどう
したんだろうなどと思いながら、散歩の人たちが行き来する公園の真ん中でガヤガヤ。
金もかからず!これもまたヨシの集会でした。  

3月8日(土)午後2時~5時半「海上の森市民会議例会」駅西・全電通会議室
授業を済ませ出ようとしたら大事な大事な逃がしてなるものか!のお客サマ【入塾希望者】
の来訪。進行役!なのに遅刻はもう確実で、あとはもう集ったメンバーに任せるしか…
で、ケ・セラ・セラ!(なるようにナル)《後注*携帯電話がナイ時代です》   

それからすっとんでいったが、駐車場を探してぐるぐる廻っているうちに、特技?の方向
音痴が発症して道がワケわかめになり、20分ちかくも周辺をうろうろ。オマケに間が悪いこ
とは重なるもので全電通名古屋の場所をシルシした地図まで忘れて『えーん!ここはダレ?
僕はドコ?』とほほ…のほ。昨日も文書の保存場所を忘れてしまい、フロッピーを片っ端から
チェックし、気がついたら1時間たっていた。ぎょえー、確か40分くらいで作った文書、

おまけに見つからず、始めっから作り直したらとっくにできてた!のに続く大チョンボ。
ふーっ、歳のことは考えたくないけど、あ~あ、3時近くにやっと会場に到着、ゴメン!
【住民投票条令制定】請求のための諸手続きと運動の進め方を協議した。

3月9日(日)朝9時~12時半:野鳥の会「定例探鳥会」山口駅前
15日のパリ訪問団見送りや「住民投票条令」制定活動への参加呼び掛けなど連絡事項
が多く、止むを得ず?参加。用件を伝達して昼前に篠田池で途中下車。多分いるだろうと
三角点へ。するとやはり海上の森のドン村瀬氏の声が…、ただし頭上から??きょろ
きょろ見まわすと、なんと木の梢(こずえ)近くの枝に氏が!このところ連日、朝8時から3時
4時頃まで樹上生活という。オオタカ営巣発見に賭けた《この熱意と執念が万博推進派に

あるか!》といえば、絶対にNO!しばし歓談後、大至急下山し、最後の追い
込み【公立受験前日】のおシゴト方面へ。すべりこみセーフ!!やれやれ。
 (次回は「続・パリ派遣団・住民投票その後・公立合格発表」の巻です)

97年3月15日(土) 午後2時20分~近鉄名古屋駅「第3次パリ訪問団」見送り
「海上の森市民会議」として派遣するかどうか迷い、直前に決めたので数は4名と少ないが
《徹底的に反対行動を継続するゾ》という意思をBIE(博覧会国際事務局)加盟国に示す
のが目的なので全員意気軒昂!所属の各団体メンバー10数名が入場券で構内に入り、
ホームで横断幕を広げ3時発難波行きの最後尾がホームの端から見えなくなるまで見送っ
たが駅の保安担当者が数人《遠巻きに眺めるダケで》何も言わなかったのが印象的だった。

まあ万博は名鉄で、近鉄は関係ないもんね!野鳥の会県支部に「海上の森くらぶ」幹部の
顔が揃い、7時過ぎ全員いやいや?一社の「万歳」へ。健康のタメ、まず〈びーる〉でシッカシ
喉を湿布し、キープするはずだったボトル2本とも、反万博のスローガンを書きまくったのに
結局カラに……、4人で12時半のカンバンまで延々5時間も。  ホント〈うわばみ〉みたい
に呑む連中だ。ここで帰宅の小生以外は、このあと2時半までハシゴしたとか。

『コラコラ言ってくれなくっちゃ、ずるいぞ』えっ、おマエが一番呑んだじゃないかって、ムムム
【閑話休題】皆様!本業のほうはどーなってるのと《身内以外の方》にまで心配をかけましたが
本年の生徒は予想以上の実力を発揮し、A・B両日程を無事終了しました。昨日報告を受けた
《自己採点》も上乗吉の出来でほっと一安心。あとは21日の発表を待つのみデス。やれやれ。

3月16日(日)午後1時~5時「アースデイ名古屋」会議・本山生協会館
最終打ち合わせ。4月12日実施の内容と進行の最終方針をスタッフで話し合い、
役割分担を始めすべて決定した。後は各自すべきことをし成功するよう全力を尽くすのみ。
とはいえソコはそれみんなボランティア、まあボチボチ肩の力を抜いて楽しくやらなくちゃネ。

 ★3月20日(木)午前10時~12時半「第3次パリ派遣団」出迎え・名古屋空港
抗議とアピールの重責を果たしパリ訪問団が帰国。出迎えは主要メンバーが10名ほど。
なぜだか公安関係者が数名!ロビーの喫茶室で早速、生々しい活動報告を聞いた。
尚、詳細は4月13日開催の市民会議の報告会で…。帰宅後、明日の合格発表を
前に落ち着かないまま《アースディの資料作り》をゴソゴソ。
どっかから「こんなんバッカシでいいんかね~」の声が・・・?

 ★3月21日(金)午前10時~
公立高校・入試結果発表
やったぁ~、内申点から奇跡に近い合格者がなんと4名も!中には「オマエが受かったら
運動場を逆立ちで歩いてやる」と言われた生徒も。勢い込んで行ったら、逃げて教師はいな
かったとか。また中卒でガソリンスタンドに就職したものの、やっぱり思い直して訪ねてきて
通常の月謝で、9ヵ月の間個人指導してきた「中学浪人」茶パツのK君が発表の直後に、
家にもどこにも寄らず、一番乗りで合格を報告に来てくれたのには思わず《目から鼻水》
が出そうに……。よかった、よかった。  


3月22日(土)朝9時~12時半「海上の森定例鳥類調査」オオタカのペア確認

3月28日(金)午後8時~10時:「住民投票を求める会(略称)」プロジェクトM
 千種・牧野事務所で「住民投票を求める会」の最終打ち合わせ。影山(健)さんから是非にと
  連絡があり1クラス振り替え休講で急遽参加。まずは署名集めの組織作りが最優先と確認。

 ★3月29日(土)午後6時~「海上の森の愛知万博の賛否を問う住民投票を求める会」
呼び掛け人連名の文書を元に募った賛同人が2千人を突破。愛知県勤労会館で発足
集会を開いた。市民オンブズマン・新海聡氏の講演が非常に印象に残り、彼の呼びかけ
に応じることにした。生まれて始めての味・タイ料理の店で11時近くまで打ち上げ。
うぐうぐごっくん、さあガンバラなくっちゃ!

 ★3月31日(月)加盟国訪問の続き:名古屋市の韓国、イギリス領事館
二木氏と訪問、特にイギリス領事館では領事自身が1時間ほど面談に応じてくれた。
じっくり話しに耳を傾け、意見を聞いてくれるオトナの対応で感度は良好だった。
さすが紳士の国!  (次回は原人の独り言の巻デス)



第19回
原人の独り言/万博オンブズマン誕生/新海聡弁護士と往復書簡

1997年4月1日(火) なんと今日はエープリルフール!本音で原人の独り言
今朝、篠田池の堰堤を乗り越えた奥、誰も歩かず消えかけたそま道を久しぶりに歩いてみた。
聞こえるのは落ち葉を踏みしめる足音。葉末を揺らす春を告げるそよ風のささやき。そしてあの
愛らしい小鳥たちのつぶやきだけ。と、かさこそガサガサ…藪の中で動いているのはアオジか?

それともシロハラか?あっ、ルリビタキの雄だっ、やあやあ、コンニチハ!不意に枝から枝へ
シジュウカラ、エナガ、コゲラにメジロたちの混群。ツツピー、ツツピー、ジュリジュリ、シーシー、
ギーギー、チーチーニュイ、まあまあ賑やかなこと。おやおや、珍しくヒガラたちまでものおじせず

目の前1mの枝にやってきた。ひとしきりヒトの存在などまるで気にせず、ヤマハゼの実をついばん
だり、幹をつついたりして飛び交い、やがて次から次へと渡っていった・・ そしてまた独りの世界。
日溜りの斜面の落ち葉の上に寝転がって空を見る。真っ青な空が海上の森の上に広がっている。
はるか高みをジャンボ機がゆっくり横切って行く。あの中にそれぞれの人生を背負った人が何百人
も乗っていて、それぞれ夢や悩みや苦しみを抱えて生きてるんだろうな、きっと。その人たちが、
地上から見上げると《5cmほどのジュラルミンの矢印》に詰まって動いている。

飛行機からは自分の存在なんか砂粒1つにもみえやしないだろうな。ましてや、遥か彼方、
宇宙から見れば《ほこりの一粒の》地球という惑星の上でうごめく生き物のほんの1つに過ぎない。
でも、生まれてしまったのだから、折角生まれてきたのだから、せめて自分の自由な時間は、
好きな場所で、好きなように過ごしたい、そう思ってなんとかこれまで生きてきた。海上の森へ足を
運び始めてはや6年。自分にとってかけがえのない【この森を守る活動】にのめりこんで5年。

明けても暮れても【海上の森・かいしょのもり】。本業の授業時間以外、生活のほとんどがわれながら
ゲッというほどそれ一色。う~む、どーなってんだ、いったい…これは!他にやるコトないのか?という
声もどこかから。つい聞こえないふりをしたりして…オイオイ。最近かかわったことだけでも、アースデイ
名古屋のメンバーを柱に、ほぼ1ヵ月かかった《万博開催で日本に投票しないよう訴える》BIE加盟国
47ヶ国の公館訪問が27ヵ国で一段落したのが3月上旬。  

すぐ《住民投票条令》制定請求の活動が始まり、その合間を縫って、3月15日にパリ訪問団を派遣。
3月15日《海上の森の万博開催の賛否を問う住民投票を求める会》の賛同人2000人突破集会。
そしてこの後4月12日地球の日(アースデイ)と、万博を止めるためにはなんでもやろうとの方針から
予定が続々と…。よりによってどうして自分がと自問自答することもある。「時間だって、おカネだって、
遥かに余裕があって、そんなんできるひとがホカにいくらでもいるはず、なんでアンタがしなくっちゃなん
ないの!仕事でもないしいいコトなんかなんにもナイのに」相方にいわれると黙って後ずさるしかナイ。

 《素敵な森》だからなんとか守りたい。誰かが声をあげ、誰かが行動を起こす。それがたまたま自分と
仲間たちだった。「カネにならんことを好きこのんで物好きな」っていわれればその通り。生きていれば
どっちみち、嫌なこと、辛いこと、苦しいこと、いろいろある。でも、嬉しいこと、楽しいことだってある。

利害損得を忘れることや考えないで済ますことはほんと難しい。けれど一度しかない人生、
自分のしたいこと、生きたい方向に向かって明るく賑やかに毎日過ごしたいと思う。《とはいうものの
ガックリ落ちこむ日だってある、うん、とほほ…》50年ニンゲンをやってきて、ようやくわかったコト。
それは誰も自分の代わりに生きてくれないし「生きててよかった」とか「幸せだなあ」と感じられるのは
自分だけというアタリマエのこと。そうだよね、そうなんだ。まあ、あせらずのんびり行こうよ、ネッ!

そうそう4月26日~27日に海上の森でキャンプなんて計画があるケド、どう?
参加だれでもOK!問い合わせはミヤナガへ。で、独り言はオ・シ・マ・イ!



97年4月7日(月)午前11時~14時30分・瀬戸市役所:加藤議員控え室
 海上の森市民会議・事務局会議に出席。13日に栄で開く集会の最終打ち合わせ。

4月9日(水)午後1時~知事公開質問状提出:1時半~県政記者クラブで会見
【住民投票条令制定】に対する知事の見解を求め、提出した。どうせ「木で鼻をくくったような」
回答が来るに決まっているが、トリアエズ!言うだけ言おうということで。回答の期限は4月30日。

 ★4月12日(土)開場・正午~18時「アースデイ名古屋’97」本山生協生活文化会館
 「海・川・山・ひと・いのちのつながり」のテーマで開催。日本中の環境問題が集中したかの感さえ
ある東海地方の現状報告。【御嵩(みたけ)の産廃、長良川河口堰、藤前干潟、海上の森】に続き、
天野礼子氏による講演。そしてイチオー小生もパネリストの1人としてシンポジウム。その後、各自然
保護団体からの近況報告と続くのだが、すべていちいち納得のいく、しかも差し迫った問題ばかり。

が、いかんせん声を大にして叫び回っても、ごく普通の市民にまではその意識が【まるっきりゼロと
いっていいほど】浸透していかないのが一番の問題なのだろう。尾張大地震とか某・東海銀行とか
某トヨタの倒産など、あるはずがない【チョー絶体絶命】という情況にでもならない限り「まあ、別に~」
「それがどうした関係ナイね」「いいじゃないのこのままで」「今、自分が困ってないからいい」「どうせ
ナニしたって変わらない」…で済んでしまうのが実に哀しい。本当にもう、アトがナイはずなのに!

会は予定通り順調に進み、時間に厳しい会場なので6時ジャストに片付けが終わり、無事!退去。
さてそれからウレシイ楽しい!「う・ち・あ・げ」に突入。参加は《アースデイ名古屋と海上の森くらぶ》
メンバーに助っ人の計12名。半数近くがパリ訪問団のメンバーでもあり、心に沁みる会話とオイシイ
お酒をたっぷりと・・・。コレがあるからやっているというのが小生の本音・・・、やれやれ。

4月13日(日)午後1時~6時「海上の森市民会議・実行委員会」栄・YWCA  
まず依頼した弁護士の方から《先進諸国での万博がらみの住民投票の実態》の講演を聞いた。
彼我の民度の違いといってしまえばソレマデだが、余りにも日本の現実とかけ離れた実情に、
羨ましさを通り越え、《追い付くだけでも10数年はかかるだろうな》と考えるだけで物悲しくなった。
あ~あ、なんでもカネ、かね、金の結果、豊かになったのはモノだけ、こんな雲泥の差が…エーン!

後半は日本自然保護協会「万博小委員会」調査報告書の発表。そして「6月にモナコで開催」のBIE
開催国指名会議への抗議団派遣を決定。更に5月17日の万博反対派による【総決起集会】への
取り組みを協議。各団体・個人が実行委員会を結成し実施する行事で、会として参加を決定した。
テレビ1社と新聞2社の取材を受けたが、某中日紙の最近の報道の自主規制てゆーか、及び腰?
が目立ち、まあ、最大のスポンサーがトヨタだから仕方がないとはいえ、トニカク残念!

 ★4月14日(月)午前10時半~名古屋市長選「梅村候補事務所」訪問
事務局長が斎藤懸三、選対が堀田博之と共に知人であり、自前の候補を出せない以上、次善の
策として双方が署名、捺印し【海上の森くらぶ】として政策協定を結んだ。個人名で3万円カンパ。
このところ週2回、父を入院先から別の歯科医(小学校で同級生)へ連れていっているのだが、
野暮用でうっかり時間を忘れ、大幅に遅れあせった。ゴメン!で済むダケが知り合いの強みか?
夜、2時間ほどぶっつづけで友人、知人、親戚、関係者…に梅村支持のファックスを大量送付。  
【*野党立候補予定者(牧野剛、鷲田豊明、梅村尚直氏ら4名)から予備選挙で候補を決めた】


4月17日(木)午前11時~14時半「市民会議・事務局打合わせ」キャッツカフェ
3月29日新海弁護士の呼び掛けに応じ、市民団体を作り大々的に情報公開請求することを提案
了承された。実務は小生に一任された。お役所は情報を出さない。全て秘密!「知らしむベカラズ
依らしむベシ」そのまんま。情報公開を求め裁判闘争を続ける【市民オンブズマン】の情報源を
めざし全国都道府県で下から2、3番目の情報暗黒県・愛知の徹底治療の開始だ。  
 
万博誘致のため【かなりの公金が使われてきた】はずだが、内訳が一切でてこない。
【欧州視察やイベント開催、宣伝】と湯水のように使われてきた金の出所を追及することにした。
事務局長として「万博オンブズマン」の設立を「海上の森市民会議」役員に諮り一任された。


97年4月18日()万博オンブズマン設立:新海聡氏に以下の「文書」を送付

名古屋市民オンブズマン御中        1997年4月18日

前略  突然のFAX失礼致します。3月29日に新海聡氏の講演をお聞きして以来、
情報公開制度をなんとか反万博の活動に結びつけたいと考えてきましたが、朝日新聞4月12日朝刊
14日の杉浦英樹氏の記事と拝見し、急遽提案のうえ、団体で情報公開請求する運びとなりました。
法律にはまるでうといメンバーばかりです。今後資料解読や非開示部分の公表要求などに関し、
誠に勝手なお願いですがご相談頂けたらと考えております。また情報公開の程度次第では再請求や
個人としての訴訟行動も予想され、会としても支援の可否を討議したいと考えています。その際には
ぜひアドバイス頂きたいものと考えております。今後ともどうか宜しくお力添え下さい。  草々
   海上の森市民会議・事務局長  宮永正義


 
第20回:情報公開ツアー/万博いらない集会/住民投票を求める会・発足

97年4月26日()午前9時~山口駅前:第30回くらぶ主催「賢治の森」探鳥会
 20名ほどの参加者。多すぎず少な過ぎず全員の顔と声がつながる和気藹々ナイス雰囲気だった。
ガツガツと鳥さえ見ればいいはナシで、花や虫にも目を向け、ゆったり楽しんでもらえたと思う。
帰り道で、海上の森は初めてという方から「次回も来たい」という声が何人もあがって
よしよし。

 12時半、屋戸橋で一足先に失礼して名古屋の中心・栄に直行。三越ライオン像前で
「海上の森の愛知万博の賛否を問う住民投票を求める会」の活動に約束ピッタシ13時半到着。

 本番の署名活動に入る前に【住民投票条令】制定の必要性を県民に訴え、全県から賛同者を
募るのが第1目的で、すでに影山さんがマイクで演説中だった。3時過ぎまで交代で、マイクを
握ったりビラをまいたり。住民投票を求める会(略)としては初めての街宣活動だったが、非常に
反応がよく空腹も忘れた。参加者約20名。(尚26日からのキャンプは5月4、5日に変更した)


 4月27日()朝10時~12時「年齢差38」の女性と名東図書館へデート
 今月で中1になった最愛の娘と半年ぶりに「ふたり!」で図書館へ。なんと貸し出しが《バーコード
のカードシステム》になっていて驚いた。もう去年の9月からとか。「ほかに行くとこないの」とまで
言われた図書館通いがにっくき万博のせいで足が遠のき、娘と過ごす時間も皆無の状態に


で、借りたのがなぜか書名が頭にあった「田中康夫」東京ペリグリ日記。驚天動地のお話し・・
『うーむウーム、これはコレは~』やっと10ページで頭がパンクしパス。【本能の赴くまま、したい?
放題『いいな~』というソノ気なきにしもあらず
の想像を絶する世界で】デモ羨ましい!とほほ。

 4月28日()「情報公開ツアー」記者クラブへ広報 新聞TV各2社から問合せ

 4月29日()朝10時~14時半:忙中閑!名東区「猪高(いたか)緑地」散策
 自宅からすぐ近く、ケッタで5分の名古屋市と長久手町の境界に広がる《猪高緑地》へ久しぶりに
出かけた。都市公園にありがちな「遊具などの余分な整備」はごく一部に留められ、自然をほぼ
そのまま残した回廊状の細長い森で「新緑に染まる尾根道」を独りでのんびりゆっくり歩いた。

キビタキの声が3ヵ所でしていた。うち1ヵ所では30分近く腰を据え、間近で声、姿ともにたっぷり
堪能できた。《秘密の場所》のヤマフジも今を盛りと満開で「泡もの」を持ってこなかったのが
一生の不覚?デモ、帰ってからその分シッカシと
。往復4時間弱、ほとんど誰にも会わなかった。

5月1日()12:45~県庁西庁舎集合「情報公開ツアー」愛知県自治センター
 決まってから実行まで10日間という急な呼びかけにもかかわらず、過去5年間の反万博活動で
つながった仲間が続々と集った。堅苦しい行動なのに、みんなニコニコ明るい笑顔でほっとした。
お気楽路線のネーミング【みんなで行こまい!情報公開!!】が功を奏したようで嬉しくなった。

「午後1時」と自治センターに申し入れてあったので5分前に移動開始。ぶら下がり取材の各社の
新聞記者にテレビクルーが3社も《キューピー頭のおじさんの周りに群がって》数十人がゾロゾロ。

いったいなにごとかと昼休み終了直前の県庁、市役所の職員たちがけげんな顔で通り過ぎていく。

なんと「自治センター窓口」の前には更に2社のテレビカメラが待ち構えていて、思わずピースサイン
しそうに
コラコラ。さて受付けの前で用意したツアーチケットを参加者に配る。「ナンバーと請求先
と期間」がそれぞれ記載されていて、各自がそれに基づき「開示請求する」手筈なのだ。


 《1人で3ヵ月、3人で請求すれば済む》ところを1人3日づつだから物凄い手間になる。
開示請求の手続きを覚えてもらうコト、非開示の【墨塗りなど事務手続きの煩雑さ】から当局に
圧力をかけるコトが目的なので、職員の皆さんには迷惑な話しだが
【なんでも隠す体質を壊す】には
やむを得ないのだ。結局31名が公開請求し、開示日は小生に連絡ということで2時20分に解散。
 (次回は「だから万博いりません」集会の巻)


97年5月3日()午前10時~午後4時「憲法運動会」鶴舞公園・名古屋市公会堂
 愛知憲法会議主催の集会に「海上の森市民会議」として参加。近況報告と共に海上の森に
関する資料を配布。モチロン「住民投票条令制定」請求の賛同者募集を呼びかけるチラシも

毎年恒例の憲法記念日集会で1000名以上の聴衆で大盛況。終了後、これが最大の目的!
原人一同は星が丘でイヤイヤ?乾杯!!!


 5月4日()午後2時~山口駅集合~5日()「第20回海上の森キャンプ」
 ひょっとして雨の予想は外れ、薄日が差すまずまずのキャンプ日和。これも会員諸氏の日頃の
心掛けの良さからか?さて女性2名を含む!これ以上はないニコニコ顔の総勢12名が集結。

 『チョット多いんじゃない』という小生を制し「酒精王」森島御大は《缶ビール2ケース、酒パック1、
ワイン2本》を購入。どひょ~~!これに水、食糧、キャンプ道具が加わるから荷揚げがタイへン。
結局、体力だけが取り柄の《原人5名》が片道20分を汗だらけで2回かかって篠田池まで搬入。


 運び終えコレでやっと冷たい泡モノと思いきや、まだまだ薪拾いに水汲みとそうは問屋が卸さない。
自然に配慮して仮設トイレも掘り上げ、やっと設営完了が5時。そして待ちに待った「カンパーイ」
く~~っ、あ~~~っ、う・ま・い・っ、仲間がいて、新緑真っ盛りの森がある、どうだっ!


 深まる闇のなか、ぐつぐつ「海上鍋」もできあがり、差し入れの泡盛、ウイスキーまで登場し、さざめく
一同に森の奥からヨタカが「キョキョキョ、キョキョキョ
」負けじと「のみすけほっほ、さけずきホッホ」
 とぼやき続けるフクロウ氏。うるさくてゴメン今晩は勘弁して!その代わり森はゼッタイ守るからね!
と詫びつつ「海上の酒くらぶ」の面々の嬉しい楽しい夜は更けていったのデシタ。


 5月9日()11時~「市民会議・運営会議」長久手キャッツカフェ

   同日13時~県政記者クラブ「第1次県民投票・請求署名」発足会見


 加藤(徳)八木、平野、加藤(宣)、小生。5月17日の「だから万博いりません」集会への対応と
6月8日~14日BIE(博覧会国際事務局)総会に派遣する「モナコ訪問団」の最終打ち合わせ。
諦めず粛々とやるのみ。12時27分までいて両加藤氏と県庁へ。なんとか間に合い、13時から
県政記者クラブで「海上の森の愛知万博の賛否を問う住民投票を求める会」発足会見に出席。

 5月11日()朝9時~13時すぎ「県支部・海上の森探鳥会」夏鳥が続々と
 すっかり初夏を思わせる陽射しのなか、アオダモやアカシアの花をめでつつ散策。数千km
  彼方から《ある》と信じて命がけで渡ってくる鳥たちのためにも、この森を守らなくっちゃねウン。
【注*「海上の森の野鳥たち」のバードウオッチングガイド(全8ページ)は宮永作成です】
 


5月14日()午前11時・愛知県秘書課より「知事交際費一部公開」と受電

 秘書課担当者と公開を受ける日時を打合わせ。決定事項を県政記者クラブに通知した。

 5月15日() BIE宛に「海上の森での万博反対」文書を作成
 かなりキツめの決意表明を作成し、関係諸団体代表あてFAX。アドバイスを受け一部改稿し、
賛同を得られた団体と連名で24日にBIE加盟国へ送付の予定。英訳は青山さんに協力を得た。


 5月17日()午後1時~5時「だから万博いりません」集会:河合塾体育館
 牧野氏のツテで借りた千種区の会場で、BIE総会直前・総決起集会を実施。目標500人!と
いってはいたものの動員できる組織なんてなく、幹部のだれもが《せいぜい200人》と踏んでいて
用意した資料がすべて不足してしまうという「嬉しい誤算」参加者300人以上という盛会だった。


ゲスト:鈴木宇佐美・八田耕吉・小笠原昭夫・水田洋氏ら多士済々

 NACsJ万博小委員会メンバー5人の報告後、小生も「海上の森」に毒?された被害者の1人
 として10分ほど証言!押せ押せのタイムテーブルで、いかにも時間が足りず消化不良で残念。


 無事終了後『行く行くといいつつ2年が過ぎようとしていた』丸山悦子氏経営のモンゴル料理点で
打ち上げと決定。原人4名に渡辺、彩子ハーイ、匿名希望県職員など総勢8名が勇躍、直行。
口角ビールの泡を飛ばし万博と県を肴に呑みかつ飲み、身内同志の本音が飛び交う、
最高に心地よい初夏の夜がまたまた更けていったのでした。


97年5月18日()終日「万博オンブズマン」文書3点改稿&関係先送付

文書その(1)「海上の森」と愛知万博問題に関心をお持ちの皆様へ

☆☆☆☆
やろまい情報公開・やめよみゃあ愛知万博☆☆☆☆
◇◇◇求む!「あなたも万博オンブズマン」支援会員募集中◇◇◇

【入会資格】:いっさいなし <国籍・性別・年齢・職業・身分など問わず>
【会   費】:なし <ただし、活動資金として有志の方はカンパを!!>
*入会希望の方は下記・申込書を切り取り、記入の上事務局までお送り下さい

*来る6月12日
BIE総会で2005年世界博覧会の開催国が決定します。
私たちはその決定を前に、瀬戸「海上の森」を破壊から守る一手段として
愛知県の万博誘致対策費の情報公開を求め、訴訟行為をも視野に
いれた活動を行う「万博オンブズンマン」を5月1日付で結成しました。


 まるで湯水の如く使われている誘致対策費についてはマスコミを通じ断片的な使途の
「タイトル」しか知らされていません。例えばパリで万博アピールのため「セーヌ川の遊覧船を
チャーター」し、パリ市民を招待したとか(乗ったのは日本の「公館や業界」の出先機関・
関係者など日本人ばかりだったとか(名古屋港の遊覧船に招待して喜ぶ愛知県民なんて
いるか!ちょっと考えればわかる、アホな無駄遣い、あ~あ)


 パリで最高級のレストランにBIE関係者百数十人を招待したとか、訪日調査団を
「京都祇園で接待」とか枚挙にキリがありません。とにかくあきれるほど使われているようで
「愛知県の【万博誘致対策費】がいったいどうなっているのか、詳しく知りたい」という方は
かなり多いと思われます。
しかし個人では気後れして、なかなか勇気?がでない情報開示
請求も「赤信号みんなで渡ればこわくない」式に団体で請求し、納得できない開示内容には

、気楽に原告になりくどくシツコク県を追及しようというのが会の目的です。
自然を愛する皆さん、万博反対のあなた、税金のムダ遣いに腹を据えかねている方
ぜひ!愛知万博をやめさせる活動に参加して下さいませんか?


 文書その(2)(最終稿)☆☆「求む!助っ人弁護士七人のサムライ」☆☆

あなたこそ平成検非違使万博オンブズマンの味方

万博情報アドバイザー募集中・性別不問  「た・す・け・て!!」

【任 務】情報公開請求活動をする私たちを法律面で助言すること
【待 遇】日当、報奨金などなし。ただし通信費、交通費、文書作成費など実費支給
 
 私たち万博オンブズマンは5月1日に愛知県の「万博誘致対策費」の公開請求をしました。
われわれ愛知県民には「誘致対策費」について、過去8年間で《およそ23億円》と大雑把な
総額が発表されているだけで、その中身の詳細についてはまったく知らされていません。

過去数年間の万博反対運動の流れのなかで目にした「万博賛成派」の誘致資金の使い道に
は納得できないものが多く、まずその実態を明らかにしてもらうことで検証したいと考えました。


 ところが県にはその詳細を全て明らかにしようという姿勢が非常に希薄であり、当局の
良識に期待し「自発的な公開を待つ」のは《座して死を待つ》に等しいのが現実の情況です。

 従って県民の当然の権利である「情報公開条令」により必要な情報を公開請求したのですが、
なにせ法律面に関してはまるでうといメンバーばかり、まずは当局と対等に立ち向かえる
だけの法律的知識をアドバイス頂けるボランティア弁護士を募集することとしました。


 全国41位という《不名誉な情報公開度》の愛知県の現状を憂える方も、きっと数多くの
弁護士の中にはいらっしゃると期待し、今回マスコミを通じ公募することにしました。
なおとりあえずの募集期間は6月6日までの2週間とします。また助っ人はむりだが、
他の面で協力できるという方には支援会員としての入会又はカンパを呼びかけます。

 

第21回:知事交際費墨塗り公開/史上初・トヨタ本社前でデモ!

97年5月18日()「万博オンブズマン」開示請求者と関係者に送付
 文書その(3) ☆☆☆いこまい情報開示・受け取りツアー☆☆☆
 ◇◇求む!「あなたも万博オンブズマン」支援会員募集中◇◇
 【日 時】:5月22日(木)午後0時45分・愛知県庁西庁舎1階ロビー
 【目的地】:愛知県自治センター<名古屋市役所西庁舎と法務局の間>
 【参加費】:無料 <開示決定通知書を忘れずお持ち下さい>

*5月1日に開示請求した《鈴木知事の交際費2ヵ月分》のみ公開の内示がありました。
一体どんな形で開示か、みんなで確めようと上記【受け取りツアー】を計画しました。
勿論交際費の中身に興味のある方どなたでも参加できます。希望者は当日上記の場所へ。

なお万博対策局と愛知県東京事務書の食料費については「業務多忙」のため30日間の
延伸をかけ6月14日に開示と連絡がありました。2部局の《しかもたった2ヵ月分》
 の該当書類を検索し、コピーをとるだけのことに《きっちり45日間もかかる》という。
ただただ6月12日開催のBIE総会が済んだ後に《やっかいなことは先送りしたい》
当局の思惑がみえみえ・・・の情けなさ。

民間の会社なら1時間で出せる情報を、恥ずかしくもなく[忙しくて猶予期間すべてを
使わなければ出せない]と臆面もなく言える厚かましさ。職員の数はいるけど「まったく
事務能力も仕事の処理能力もありませんわたしら~」と、みずからいってるのと同じ
こんな連中に県民税を使われているのかと思うと泣きたくなってしまう。もっとも
【親方日の丸】上が指示すればどんなことでもやってしまう《あの厚生省の例もある》こと

せいぜい手落ちのないよう、いろいろたっぷり時間をかけてオシゴトしてください、
みなさん!こちらはこちらで腰を据え徹底的に追及しますからね!というしかナイ!!
さて万博オンブズマンとしては予想される開示内容に対し、再請求あるいは異議申し立て
という手段でまずは対抗する予定ですが、詳しくは当日開示を受けたあとで協議します。
もちろん最終的には法廷の場に持ち出す覚悟の行動ですが、この活動に賛同して下さる方
ぜひ万博オンブズマンの支援会員になって下さい。詳細は別紙にありますのでヨロシク!

 5月22日()午後1時~自治センター:知事交際費部分公開/
 午後2時~「べったり墨塗り公開を報告」 県政記者クラブ
*平日のそれも昼間ということで、約束の時間に間に合ったのは5名のみ。
対する報道陣は恐らくテレビ新聞は在名全社という大人数。それに比べてどうにも
数が少なくとほほのほ。で、時間を過ぎてもしばらく後続の参加者を待ったが、
あまり待たせるのも申し訳なく、見切り発車で愛知県自治センターへ。

 マスコミの諸君に四方を囲まれる形で席につき、部分公開の知事交際費の資料を
受け取った。簡単至極の受け取り手続き以上に、はるかに単純!中身のマッタクない
枠(わく)だけの文書。課長を筆頭とするお役人サマたちにいろいろ言ってはみたものの
暖簾(のれん)に腕押し糠に釘、出るのは溜め息のみ、あ~あ。遅刻組を加え最終的に
ツアー参加者は8名。記者会見で《すべて墨塗りの余りのヒドさに異議申し立ての
方針を伝え》さらに《助っ人弁護士募集》を発表し、解散した。

 
5月24日()朝9時~山口駅前「秘境コース青い鳥探検隊」海上の森くらぶ
 雨模様の薄曇りで参加者は片手もあればと思いつつ駅前へ。ところが親子連れや
千葉から出張のついでという人を含め16名も。雨の後だし、とコース変更を提案
したら要望が強く新聞予告通り《小生以外のメンバーが初めて》の秘密コースへ。
夏鳥はオオルリの声だけ。でもデモいわゆる里山のフルコースは味わってもらえたと
ただ天気さえよかったら!とついぼやきが・・・。

 *このところ連日「海上の森市民会議」や「住投を求める会」や「万博オンブズマン」
の書類作成や連絡で自由時間まるでゼロ。17日の集会決議を受け、協議の結果、28日
から6月12日のBIE総会当日まで名古屋・栄で総力を上げて「海上の森の万博反対」
をアピールする街頭行動を決定。(次回は「前代未聞!トヨタ本社前でデモ」の巻)

  
97年5月28日、31日、6月2日、3日、5日午後0時半~3時まで

代表者・受任者が「本人自筆・住所・氏名・印鑑又は拇印」の街頭署名実施

名古屋・栄・三越前で「住民投票」賛同人募集:国労が街宣車と机、マイクの
3点セットを用意し交代で要員を派遣してくれた。県下最大の労働組合が万博推進
で与党支持の愛知では、国労は革新系無党派の市民運動にとって最強の支援団体で
なくてはならない存在なのだ。(ただ残念なことに全国的には衰亡の淵にたっている)
なお6月6日から12日までは毎日実施の予定。

 *6月5日時点での報告【海上の森の「愛知万博」の賛否を問う住民投票を求める会】
主催の街頭活動を再開した。4月26日以来のことで、これまで5日間実施した。
毎回7、8名のメンバーでマイクによる訴えと同時に署名を呼びかけた。政治的な
運動にもかかわらず「森を守ろう」という主旨のせいか、非常に反応がよく、
署名の順番を待つ人だかりができることもたびたびだった。

 特に多いのは中高年の女性、次に子連れのお母さんや若い夫婦連れ。また年齢に関係
なくアウトドアっぽい服装や雰囲気の人たち。お願いしてようやくというのは少なく
ぱっと見て「よし、署名しよう」という感じで一緒にいる仲間を誘うケースも多い。

 意外なのはルーズソックスの高校生や染めたり刈り上げたり、いろんなヘアスタイル
の若者たちが結構マジでよってきて署名をしていくこと。そして意見をいうこと!
背広に万博推進のバッジで「署名はできないがカンパを置いていく」という同年輩の
男性もいた。客待ちをしていたタクシーの運転手さんが署名をしていったことも。

「反対の仲間も多いよ。上からの指示で、しかたなくシールを貼ってるけど、
そういうのはみんな、なるべくみえにくいところに貼ってるんだよ」のひとこと。
署名をしてから話しこむ人たちも多い。

 反対にゼッタイ署名をしないのは若いアベック(ふるいな~「ペア」というべきか?)
いかにもお金持ちという方々。そしてスーツや背広がバシッと決まった「仕事以外、
なにも考えてなさそうな」皆さん。こういったヒトたちは男女を問わず、無表情、
見えていても、見ず聞かず、素通り。この活動は雨が降らない限り12日まで毎日
同じ時間帯、同じ場所で実施の予定だ。

 
6月4日()0時30分~3時「トヨタ自工本社前」七人の侍:抗議デモ
 BIE総会を直前に切羽詰まって【捨て身の作戦】を決行した。トヨタ王国愛知では前代未聞
考えるだけでも恐ろしい、ましてや実行するなんて愛知の経済活動で自殺行為に等しい!
【とんでもない事】トヨタ本社へのデモ。今まで誰もしなかった誘致派最先鋒への抗議行動

決定し呼びかけたがほとんど尻ごみし、来ると約束したのはコテコテ最強硬の面々のみ。
10時40分友人宅に寄ると彼も行くという。[とめてくれるなおっ母さん、背中の銀杏が
泣いている〕の2年前の東大五月祭で実行委員だったという氏も「人生いろいろ、自分に
正直に生きてきたクチ」横断幕の文字も日本語では余りに刺激的すぎると闘う前から及び
腰の自主規制で「トヨタ車不買」なんて書けるワケなく「英語でNO EXPO!BUY
 NISSAN! BUY SUZUKI!」と徹夜で5時までかかってやっと仕上げた
という堀田氏の労作の字幕を本社前で掲げたのは七人。

 マスコミ窓口の小生からの度重なる「実行日」の変更にもかかわらず、新聞5社が
取材に来ていた。対するトヨタは警備員に保安要員と見渡すところ数十人の厳戒体制。
オイオイ、俺たちは横断幕を掲げているだけ、マイクで演説するけどもうソレっきり
あとはなんにもしないよ。やれやれ。

 翌日トヨタ関連会社に勤務する義兄から「上司に言われたが、なんてことしたんだ!」
と悲鳴に近い電話『身内でもなんでもなくてモウ縁を切った人間』と言うよう頼んで
電話を切った。(注*覚悟の上とはいえ、その後、子供の就職活動で酷い打撃を受け、
進路を狭めてしまい、こんな親で辛い想いをさせたことをただただ詫びるしかない)
参加者:影山健、牧野剛、堀田博之、跡部重夫、宮永、ポールレジェ夫妻。


第22回:万博日本に決定/相次ぐマスコミ取材/署名開始へ

97年6月8日(日)午前8時~名空港:海上の森市民会議「モナコ訪問団」見送り
 団員9名を30人以上の応援団が心からの激励とシュプレヒコールで歓送した。日曜の朝
で、高速をケチって地道で名東区から空港を目指したが、なんとマッタク迷わずスイスイ!
(方向音痴は解消か?)しかも報道陣を含めほぼ全員勢揃いのところへ、影山氏と同時に
時間ピッタシに到着。しかしシーズンでもないのにごったがえす国際線ロビーには驚いた。

経済だけ?は信じられないくらい豊かになったんだ!と海外旅行など《夢のまた夢》の我が身
との落差に打ちのめされ、つい溜め息が
「もうこんなコトから手を引いてシッカシ金儲けを」
という声がどこかから
ふ~っ。気を取り直し秋田氏(*ヒューマンチエーン世話人)を地下鉄
平安通りまで送り海上の森へ!定例探鳥会の一行を追いかけたが、いつもよりペースが速く
1時間以上かかって「海上の集落」でやっと
やれやれ。散会後、タニシ池入口で遅いお昼。

その後「原人」5名が名東区細谷邸へ突撃。5時過ぎから9時近くまで冷蔵庫の泡関係を
すべて処理し退散。以後、夫婦関係は壊滅的とか!?


 6月9日~12日「モナコ訪問団」滞欧中:加藤団長から連日の現況報告
国際電話で1日1回必ず加藤(徳)団長から報告を受けた。マスコミの問い合わせにその最新
情報で対応した。また現地時間の朝8時に毎日「日本での新聞報道」を国際FAXで送付した。

6月12日()幻の「万博カナダに決定」声明作成・関係者&親しいマスコミへ発信
「札束でほっぺたを叩くような」あからさまな利益誘導による集票作戦で開催権はほぼ「日本が
確保」という下馬評のなか、12日BIE・モナコ総会を前に万一を考え?!声明を作成した。

2005年国際博「カナダ」に決定を受けて非公式コメント<独断と勘ピュータで>
当初のBIE加盟国47カ国中、5月末時点で日本支持=24、カナダ支持=18、不明=5
6月10日時点での加盟国総数78カ国中・4月以降の新規加盟国31で、日本支持=13
カナダ支持18。加盟申請中3、計81中、カナダ支持=41、日本=40で辛うじてカナダ!

【結果に対する分析と今後の活動方針】
日本のアイデアで始まった新規加盟国・勧誘作戦は、序盤での日本関係者の失言から
カナダの知るところとなり泥仕合となったが、結局金がらみの勧誘しかできない日本の
敗北に終った。難民、移民の大量受け入れや、長期バカンスの滞在客など経済的にも
大陸と繋がりが深い中南米諸国、特にカリブ湾岸諸国で計13ヶ国もの大量加盟を獲得
できたのがカナダの勝因だろう。全て通訳を通しての日本に対し、カナダは母国語として
仏語や英語をユーモアを交え自由に話せ、しかも加盟国の外交官と面識のある職員を
12日に20人も動員していた。

更にバカンスさなかのモナコで、自分の言葉で話すことを禁じられた(もっとも話そうと
してもほぼ全員外国語が話せない)総勢200人にも及ぶ無粋なドブネズミ色の「動員
された応援ロボット軍団」の存在もひんしゅくを買い、密かに政府の指示を裏切る??
(選考は無記名投票なのだ)代表を生んだのだろう。経済最優先、金まみれの日本で
開発され尽くした感さえある国土のなか、奇跡的に残された自然豊かな里山を破壊して
「自然と共生」をうたい「環境保全、自然保護」を考えようという詭弁が一部環境先進国
に通じなかったこと。

更に計画に関し「まず説明すべき地元に一切事前の相談がなく」また「最も話し合うべき
反対派」に推進派首脳が自発的に会って討議すらしない、非民主的な推進活動だった。
(*ドイツでは万博反対派に活動費として公費6000万円が支出された!)【地元住民と
の意思の疎通や人的交流】さえ、まともにできない現状で【多言語多国籍の各種各様な
人々と未来に繋がる国際交流を図る】万博を開くと美辞麗句を並べても、実情を知ら
された加盟国を説得できるわけがなかったのだ。

もっとも支持の本音は「万博の内容や候補地は関係なく」国と国との経済的な面で
の損得の判断、ただそれダケだったようである。最後に万博はカナダと決まったが、
誘致に使われた費用の検証や、90%近くが県有地となった森を保護保全する活動は
今後も継続する方針である。以上、予想が外れてもこの件については一切責任を負い
ませんので、あしからず、あ~っはっは~!【*やけくその皮肉と痛烈な批判で作成】


97年6月12日(木)0時半~3時半:名古屋・栄・三越前「街頭活動」最終日
午後から「住民投票賛同人」募集活動に参加。4月26日以来、延べ13日間〈6月9日
のみ休んだが〉あとは全て顔を出し声をからして署名を呼びかけた。現場責任者として
岡崎から全日程貫徹の影山氏を始め、常連10名余りの皆さん、ボランティアとはいえ
本当にお疲れさまでした。

さて夕方からおシゴト。終了後すぐ車で1時間強の海上の森に向かい11時過ぎ到着。
普段は漆黒の闇に包まれる農道は報道陣が乗りつけた黒塗りのハイヤーでびっしり。
それがぜーんぶエンジンをかけっぱなしで数珠つなぎ。こらあ~っ。
村外れにやっと
停め投光機に照らされソコだけ闇の中に浮かんだ「ものみ小屋」へ。中はもう座る場所が
ないほど「自然保護派」で溢れかえり、周りも記者やテレビクルーでごったがえしていた!
(マスコミ各社にエンジン停止を申し入れた)


6月13日(金)深夜2時半「国際博決定」日本52/カナダ27/棄権・無効各1
政・財界が総力を挙げて【加盟金から年会費まで全て日本が負担】のBIE加盟勧誘作戦
から工場、支社進出などあらゆる経済援助をちらつかせての日本の勝利。世の中なんでも
カネ次第!と世界中に示した《わかりやすい》結果。あ~あ、それにつけても金の欲しさよ!
やれやれトホホ。

同日午後 2005年国際博・日本に決定を受けて マスコミへ声明配信
愛知県が誘致に名乗りをあげてほぼ10年。90年4月「ものみ山に100回登る会」
(現・海上の森自然観察会)92年1月「野鳥の会愛知県支部」93年2月「海上の森くらぶ」
と候補地での定例観察会の開始に会わせ、徐々に展開していった「海上の森での万博」
反対運動に当初から関わってきた一人として、6月13日未明のBIE総会での日本52:
カナダ27という大差はまったく予想外だったが、落胆するまえに『そうか、そうなんだ
』と
妙に納得してしまう結果だった。

モナコからの実況中継のTV画面から流れる賛成派の面々の声や顔を50人近い報道陣
に囲まれて見つつ感じたことは「泣く子と地頭(金の力)には勝てない」ってほんとだな~
あ~あただそれだけ。そのとき彼らの念頭には「自然と共生とか自然環境の保全・保護」
など微塵もなかったと断言できる。「やった~これでまた金儲けができるぞー」てなモン!

蛙が鳴きホタルが光る道で、黒々と静まり返った森に囲まれた万博予定地の田んぼを
見渡しながら、つくづくそう思った。BIE加盟47ヵ国に、この数年間あらゆるチャンネル
を通して愛知万博の問題点を訴え続け、それなりに理解を得られたと確信していたが、
投票直前1ヵ月に大量加盟した35ヵ国に対しては、手の施しようがなかった。

その間トヨタを筆頭とする財界、政界のあらゆる経済的利益供与の申し出による
買収工作には、ボランティアの市民団体の「心に訴える」作戦などぶっ飛び、歴然とした
経済力の差からちゃちな見返りしか提案できないカナダが立ち向かえるはずがなかった。

しかし、今回の決定は万博の開催権の買収に日本がとりあえず成功したというだけで
彼らには反対派以上に強敵の、しかもほとんど解決困難といえる難題が山積して待ち構
えている。例えば開催期間中の想定入場者数2500万、入場収入600億との予測から
「会場構想、インフラ整備など」すべてを逆算しているが、現在までの構想で可能なのは

最大500万人(小・中学生と老人会、出展企業の関係者を期間中2回以上総動員+α)
が精々で、8年も先のインターネットを通じ、立体画像や双方向通信の発達した、小学生
でも自宅で世界中の情報を手に入れられる時代に、わざわざ環境をテーマにした「ネグラ」
な催しを、不便な山の中まで見に来る物好きなんかいないと断言できる。

更にここ数年、常勤駐在を送りこんだあの「電通」の総力を挙げての立案で、せいぜい
今の計画!世界中から大枚をはたいても行きたいと思わせる「素晴らしいアイデア」が
電通ですらナイのに、これから先、堅いお役人の頭や民間から出てくるわけがない。
もっとも政界、財界にとって「コレから開催まで8年の」巨額の財政投資による利権から
の「カネの確保」が最大目的で、開催までの過程だけが問題で、万博の中身や開催後
のことは《たとえ巨額の負債を抱え失敗に終ろうとも》いっさい関知しないのである。


しかしあらゆる不利益、悪条件を無視しゴリ押しで開催へ進むことは長良川河口堰や
諫早干拓の例でも明らかで、われわれには今まで以上の智恵と行動力で、この最悪
最低の事業に立ち向かうしか道はないようである。(次回は「相次ぐ取材攻勢」の巻)


97年6月14日()午前10時~通信社2社取材:午後3時~栄小公園で集会
時間をずらし共同と時事から取材を受けた。『記者クラブでかな』と思ったら2社とも
「西区の教室へ行きます」とのことで〈そこらのオジサンとしては〉なんだか恐縮してしまった。
昼の3時から日本が「万博開催権・買収」に成功後、初めての反万博・抗議集会に出席した。

【海上の森市民会議モナコ訪問団】参加者が名駅からそのまま栄小公園にかけつけ
帰国報告。各団体の代表が【引き続き「海上の森」での万博開催に反対する】と、
改めて強力に決意を表明。その後、総勢150名近くで栄の中心街を一周するデモを
決行し、5時半頃解散。散会後、野鳥の会メンバーの女性3名を含む有志で、月末に
来日する予定の「台湾野鳥の会一行」歓迎会の会場の下見で【原人ご一行御用達】
の一つ「万歳」にて、ゴクゴク、ぷはーっ。


6月15日(日)午前10時~午後8時半「週刊誌3誌」から取材を受ける
「週刊新潮」「週刊ダイヤモンド」「週刊文春」から取材を受けた。記者は全員東京からで
う~む、どーもどーもご苦労様。1社は海上の森を案内した。各誌へのコメントはすべて
同じで以下の通り。用地取得は成田化が確実。環境に配慮したら施設は建設不能。
妥協し建設してもコストが巨額!【環境】などと根暗なテーマの万博に自腹を切って来る
ような観光客なんていない。楽しく明るく深刻でなく《自分でナニも考えなくてよい》場所が
折角の休みを過ごすベストプレイスなのだ。それに真夏の「ド暑さ」を分っているの?!

推進局の皆さん。小生でさえ7月、8月、9月の3カ月はゼッタイに森に近づかない。
盆地特有の《田んぼの水さえ湯になってしまう》気温40度以上の暑さをどうするんだ?
来ても余りの暑さに30分もしたら逃げ出して、クチコミで誰も来なくなる!かといって
それでも人がわっと来るようなアイデアなんて【ホンモノの宇宙人を捕まえて見世物に】
というくらいしかナイ。金がナイ。道路ができナイ。人気がナイ。肝心の行政もトップ
以外はやる気がナイ。もちろん客の来そうな万博の中身なんて、あるワキャないッ!

結局、なにがナンでも開催にこぎつけようとする2005年までの「8年の間」に、
年々やみくもに投入される膨大な国や県からの財政投資の利権に群がる政、財界のボス
たちや、ゼネコン始め土建業の皆様の「カネかね金」にほくそえむ顔があるだけなのだ。
『いいな~「孫受け」でいいからおこぼれもらえないかな~やっぱ世の中カネだもんな~』

……オイオイ、こらこらコラ~っ。万博が膨大な赤字を背負って失敗しようと、
開催までにウマイ汁を吸えればいい!先のことなんか関係ナイ!成功するよう
努力しますなんて言い続けるダケ・・・連中に責任なんて概念は皆無だっ!!


6月16日(月)中区三の丸:名古屋弁護士会館「第1回万博オンブズマン会議」
5月末に新海さんからFAXが届いた。
【弁護士の件】以下の弁護士から情報公開訴訟代理人になってもよい、との内諾が
私宛にありました。但し確実に代理人になってもらう為には貴会の熱心な働きかけが
必要です(以下略)。早速個別に連絡を取り、誠心誠意お願いをした。快諾を得られた
《長谷川一裕、前田義博、宮田陸奥男》の3弁護士と《原告七人の侍①青山己織(通訳)
②影山健(名誉教授) ③小松猛(豊明市議) ④彩子・ハーイ(大学講師) ⑤堀田博之
(福祉法人理事長)⑥神谷武夫(市民団体代表)⑦宮永》が弁護士会館で初会合をした。

6月17日(火)愛知憲法会議会報・野鳥の会支部報向け原稿2本作成・送付

6月20日(金)午後1時・愛知県自治センター「万博対策局食料費」部分開示
14日に連絡を受けた「食料費」の部分開示。参加者9名。
あいにく台風が直撃した日の午後とあって欠席が多く、公開通知が来た21名中・
10名分66枚を受領。今回の請求は細切れ過ぎた。無論内容は予想通りまるでバツ。
県政記者クラブで「今後、月1回のペースで情報公開体験ツアーを実施する」と宣言。
記者会見の後、次回の事務局会議の日程を相談し決定した。

97年6月21日()夜8時~11時半頃「海上の森市民会議・拡大事務局会議」
千種区のプロジェクトM(牧野事務所)を借りて開催。シゴトをはしょり8時半過ぎ到着。
今後の方針について(1)事務所を決めて月1回程度、定例の日に有志が集まり意見交換。
(2)署名活動(3)全国ネットの市民団体との提携など、いろいろ提案してみたが、
はかばかしい反応なし

6月22日()午後2時~5時「住民投票を求める会()総会」名古屋市教育館
いっくらなんでも連日手抜き?ではと《キチンとおシゴトを済ませてから》4時近く参加。
影山さんに経過を聞くと「カネ」がない、「ヒト」がいない、「時間」も
などと分りきった
ことをいまさらブツブツ言うメンバーがいて、どうにも盛りあがらなかったとのこと。

(後ろ向きの意見ばかりいうヒトっているんデス)
やれやれ、そんなことはすべて
承知で今までやってきたし、これからもやっていくしかない。遅れてきたくせに
声と顔のでかさで万博反対運動の一手段という位置付けの再確認を求め、
条例制定を求める署名運動開始へ向け事務局会議開催を承認した。

 
第23回:使い放題・万博対策費/懇願に情報公開請求取り下げ

6月24日()SAVE the海上HORESTS」キャンペーンを提案

◆◆◆
また見殺しにするのですか?第2の諫早干拓海上の森を!◆◆◆を
キャッチコピーに全国署名を始めよう!言い出しっぺがやるのが市民運動の基本!

「海上の森自然観察会」と相談、万博オンブズマンを幹事団体にアースデイ名古屋を通じ
「公共事業チエックを求める市民の会(天野礼子代表)」にリンクし、全国で署名運動を
展開することに3者の代表が合意した。

6月28日()午後2時~どうすりゃいいの?「愛知万博」海上の森を守るには!
瀬戸市文化センターで5時まで実施。「海上の森市民会議モナコ訪問団」の帰国報告
と今後の活動について話し合った。司会者として少し自分の意見を言い過ぎたかな

という思いがなきにしもあらずだったが、多彩な意見もでて、まずは成功ということに
まさに自画自賛!トホホ。

7月1日~4日「全国署名」実務協議:連日、青山&北岡の2氏TEL&FAXで
国内でほとんど知られていない万博開催地「海上の森」の知名度を上げるため、
開催地変更を求める署名の全国展開に向けて「実務的な取り組み」を相談した。
キャッチコピーは案の通り、要請文は「コレはゼッタイに入れて」という北岡さんの
素案をもとに、小生が作成することになった。

7月3日(木)午後2時~弁護士会館「万博オンブズマン」第2回事務局会議
前回の顔会わせを受け、今後の活動方針を協議。まず知事交際費は正式に
【異議申し立て】をすることを確認。更にとにかく全く情報収集の手がかりがなく
(請求しても非開示で何もでない!)このままではどうしようもなく、弁護士を含む
メンバーで8日に万博対策局を訪問することに。長谷川、前田、宮田の3弁護士
と小松、彩子・ハーイ、宮永の6名が出席した。少し饒舌過ぎた、反省!
 
7月5日(土)午後7時半~「ホタル観察会」海上の森くらぶ&野鳥の会・共催
昨年は150名以上で大混乱で、案内は支部報だけにしたが、50名以上もの参加者。
しかし4年前の数百匹のゲンジボタルの乱舞は夢のまた夢。わずか十数匹がポツポツ。
それでも生まれて始めてという方がほとんどで、あちこちから歓声が

もうこれ以上乱獲されないよう祈るのみ。

7月8日()午前11時~自治センター「知事交際費」非開示に異議申立書提出
メンバ一1人を待ったが「昼のニュースで報道したい」とのテレビ各局の申し出でトニカク
問題を知ってもらうのが目的なので10分遅れでマスコミの皆さんが待ち構える窓口へ。
ところが異議申し立ての書類作成に手間取り、次の万博対策局訪問が40分も遅刻。
弁護士2名を含むオンブズマン7名が担当者3名と1時間弱会談をした。
行くだけのことはあった、かなりの情報をGetし、解散午後2時過ぎ。

7月10日()「全国署名キャンペーン文」作成・関係2氏に最終稿を発信

97年7月10日(木)「万博予算の推移(当初予算)」文書と手書メモを入手
上記表題のA4・2枚の印刷文書と【愛知県:万博の推進予算・主な事業内容】という
平成2年度(90年)から9年度(97年)まで、手書きA4・4枚分・数字だらけの詳細な
メモを入手した。メモは県会議員への説明用に出されたということで内容は
間違いないと思われた。文書では

 
*89年度【誘致推進費6500万】  (内訳は略:単位千円だが分りやすく表記)       

*90年度【誘・1億75万4千】《住宅用地取得費31億9057万8千》総計33億4471万8千

*91年度【誘・3億5667万3千】《住・37億9000万》『関連施策他』総計41億8869万2千

*92年度【誘・5億5742万8千】 《住・44億》    『関・他』  総計49億5742万8千 

*93年度【誘・4億5295万8千】  《住・45億3000万》  『関・他』総計49億8295万8千

*94年度【誘・4億8054万6千】  《住・51億4000万》  『関・他』総計59億797万8千

*95年度【誘・5億7840万2千】《住・40億1564万8千》『関・他』総計53億6223万9千

*96年度【誘・4億9293万1千】《住・27億4067万5千》『関・他』総計41億8316万6千

*97年度【誘・2億9412万1千】《住・33億7077万2千》『関・他』総計58億8189万3千

* 誘致推進費(表金)のみで6月12日の決定までに合計33億7881万3千円。

加えて【県2:市1:経済界1】の割合で「名古屋市と地元」が負担した合計が10億800万
計43億8681万3千円が【ミゴトに使いきった】誘致のためのカネ。

☆さらに「大規模事業関連道路整備促進調査費」がピッタシ40億。
また各種調査費など2億9092万1千円。しかもコレがなんとまあ、ほとんど随意契約で
特定業者に丸投げ委託。コンサル業者の《理事など幹部の顔ぶれ》はご想像通り天下り
のミナサマ方!もちろんゼネコンの関連会社。結局86億7773万4千円
消えモノに使ったナニも残らないカネ.

☆最大は新住事業での住宅用地取得費で97年度まで311億7767万3千円。
結局89年度から「万国博覧会予算」累計総額は388億7407万2千円
これから先、この何倍ものおカネが節分の《豆まき》の如くばらまかれ続けるワケで
もう笑いが止まらない皆様『あ~いいな~そんな商売の家に生まれたかったな~』
こらこらコラーっ。
   
☆戦後、昭和の頃でも坪500円ほどだった山林など、事前に情報を手にした大地主の
ほくそえむ顔も浮かんでくる。候補地の部外秘・買収価格は山林=1㎡・15200円、
原野(休耕田・放置畑を含む)=23000円、農地=28000円、宅地=ほとんど有利な
換地で価格は不明。坪単価にすると5万から9万にもなる!まさに濡れ手に粟(あわ)!
棚からぼた餅の掴み金!

☆ムロン、さらに抜け目なく万博会場周辺やインフラ整備がされる道路沿いに、まだ
まだ土地はタップリ所有したまま。ただ同然だった土地が更に坪10万から15万とか。
いいな~、うまいことやったな~!電気も水道もガスも道路もみ~んな整備してもらい
地下鉄にリンクした高架鉄道までついてくる!う~む。

☆かくて愛知では持てる者はますます巨大な富を手にし、寡黙な県民は長いモノには
巻かれろと指を咥えて眺めるダケ(*このあと更に巨額な県費、国費が投入され現在に)

7月13日(日)9時~海上の森探鳥会/午後3時頃~「住民投票を求める会」
降り続いて4日目、今朝も小雨。昨日の法事の酒精も抜けないまま蒲団のなかで、
ひより始めた8時10分。「誰か一人でも来るかも知れないし」と狩り出しのお電話。
ウームごもっとも!オレって責任者の一人だったんだ。で
寝ぼけ頭のまま現地へ。
なんと初めての方4名を加え12名も。梅雨空なのに鳥も18種でまずまず。

☆散会後、常連メンバーと珍竹亭で朝昼兼用の食事を済ませ、会場の千種区ハムティ
バイナ(丸山悦子氏経営モンゴル料理店:朝青龍が贔屓)へ。こんなときに限って大渋滞
星が丘まで1時間弱。
車をあきらめ長ぐつ姿のまま地下鉄でたどりついたのが3時近く、
2時間遅刻!あーあ。「住民署名活動」は年内実施を決定した。

7月17日(木)午後0時45分「やめよう【海上の森】での万博!いっせい行動
*万博オンブズマン=1時~自治センター【万博対策局97年1月~5月旅費】公開請求。
こちらの知りたい事柄の請求項目が不慣れ?な窓口で全くハッキリせず、すったもんだ
の押し問答。大勢のテレビ、新聞各社を待たせるわけにもゆかず、ゴリ押しで需用費、
食料費、旅費とまるごと申請をかけたが「とにかく需用費だけは勘弁を」という
県の懇願に折れ旅費だけを申請。

次いで県庁秘書課に向かい1時45分「海上の森の自然と歴史を守る会」
から知事に公開質問状を提出。2時から県政記者クラブで記者会見。
愛知万博から海上の森を守るネットワーク」を結成、代表は小生と報告。
「公共事業チェックを求めるNGOの会」協賛による全国規模の署名活動開始を宣言。
ただし万博反対ではなく「開催予定地変更のみ」を要望するスタイルの署名運動と。

☆更に2時半から「海上の森での愛知万博の賛否を問う住民投票を求める会」として
8月3日総会の案内と今後の活動に関し質疑応答。参加の皆さん、お疲れさまデシタ。

7月19日()海上の森「加藤宅」敷地の一部を共有地主として購入を決定
7月上旬に宣雄さんから「県による買収」に徹底的に抵抗するため、所有する
「候補地内の宅地」の一部を売ってもよいという申し出があり、加藤徳太郎市議の
斡旋で1坪地主運動に着手することになったが「地主から指名のあったヒトだけ」と
いうメンバーに含まれていて、迷わずソク出資を決断した 【海上の森】での万博開催が
決まった今やれることはなんでもやるっきゃない!(次回「当局の懇願に請求取り下げ」)

97年7月22日()万博推進局から「開示請求の取り下げ」を巡り打診!
推進局から【先週(17日)申請した】情報開示請求を「なんとか取り下げてくれないか」
と聞いたコトがない!ビックリしゃっくりの申し出があった。オイオイ、知りたい情報が
あるから申請したわけで『えーっ、なんで~、冗談じゃないの?そんなん言われて、
ハイそうですかって取り下げるワキャないでしょ!もっとも、なんか出せないワケでも
あるんだったら、いちおー、聞くけど』

☆すると「職員の盆休みが取れなくなってしまうのでなんとか取り下げて欲しい」と
悲鳴に近い声。『じゃあ交換条件で、こちらの欲しい情報を出してくれるなら考えて
もイイけど』と足元を見て要求。「どんな情報ですか?ソレを聞いてこちらで相談して
返事をしますが
」と当然の受け答え。『じゃあ、去年5月と12月、今年6月の
鈴木知事の訪欧関連資料すべてと、去年11月の「BIE調査団」来日日程に関する
資料をぜんぶ出すというんだったら、考えてもいい』と返事。

☆23日25日と交渉し、ほぼ条件を呑むというので、あまり困らせてもと『取り下げる』
ことに同意した。話し合ううち漏れて来た事情は「まず開示、非開示の選別から始まり
選定
【墨塗り】実施チェック決済と、間違いなく施すためには膨大な時間と人手
がかかってしまう」らしかった。なにも後ろめたいことがなかったら《ハイどうぞと丸ごと
差し出してオシマイ》という話しだが、そうはいかないのがお役所の事情。

どうでもいいことまでトニカク隠し、ごくたまに【上級官庁や議員の圧力などで
切羽詰ってしぶしぶ出す】のが関の山。民草は知らしむべカラズ依らしむベシ!
☆その後《12人分の取下げ署名》確保にかけずり廻ったが『なんでこのクソ暑いのに
こんなんオレがせなかんのだ!』とついブツブツ、やれやれ。以下は後日送られてきた


証拠☆FAX送信案内 平成9年8月8日 愛知県商工部21世紀国際博覧会推進局
☆TEL(052)961-2111 FAX(052)953-6484
件名:
BIE調査団の来日日程等について☆
備考:先日は情報公開請求の取り下げ書を送っていただきありがとうございました。
おそくなりましたが、何度もお電話致しましたが、お留守なので「
BIE調査団の来日日程
等」の文書をFAXさせていただきます。よろしくお願いします。担当者:宮崎 内線3351

7月25日()午後2時~3時:万博オンブズマン「第3回事務局会議」弁護士会館
参加は弁護士3名を含む6名。内容ゼロの開示内容だったため、とにかく《下手な鉄砲も
数撃ちゃ当る》式に、これはと思うものはかたっぱしから請求するしかナイということで意見
が一致した。☆とりあえず知事と対策局の旅費(特に海外出張)&博覧会協会の予算書、
決算書を8月21日に開示請求することを決定。朗報として《県の関係者から、過去9年分
の県の誘致費に関する明細書を入手したこと》を報告。もちろん、実際の詳細な中身に
ついては、コレから徹底的に!追及するということに!!

7月26日()午前9時~山口駅前「海上の森くらぶ」賢治の森・定例探鳥会
参加は10名ほど。篠田池からものみ台と普段はほとんど歩かないコース。
真夏とあって鳥はトホホだったが、花の方はトンボソウやノギランの大群落など、
夏草繁る森は昆虫たちのパラダイス!よかったヨカッタ。午後「開催地変更全国署名」
の賛同を諮るため日本野鳥の会県支部を訪問。

7月27日()午後1時~5時「野鳥の会サマーセミナー」まあこんなものか

7月28日()午前 
用紙は用意したが印刷は無料で!
【また見殺しにするのですか第2の諫早干拓「海上の森」!】

小生の《無料喫茶店、ぼやき発散処》といわれている?友人の跡部宅を訪問。
開催地変更の署名用紙B4・5000枚を表と裏、1時間半で印刷。紙は持ち込みだが
あとはゼンブ無料カンパ。一度も嫌な顔をせず「いつでも自由に使って」と笑顔で。
持つべきものは友ですネ、感謝感謝!


97年7月30日()「海上の森市民会議」事務局長/辞任を申し出、了承
7月中旬に朝日「声」欄に【住民投票条令制定を求める】肩書きが《海上の森市民会議
事務局長・宮永》の投稿が掲載された。市民会議の役員は4名で、その合議ですべて
決めていたが、制定活動に積極的なのは加藤氏と小生。残り2名は消極的とゆーか
どちらかといえば反対だった

☆個人的意見を会の了解なしに「事務局長名で投稿したのはけしからん」とかなり強硬
な批判を浴び『責任をとって今月一杯で事務局長を辞任する』と申し出て了解された。
一匹狼で行動するコトが多く
こんなことも起きてしまうが、どうも硬直的な組織論には
ついて行けない。たかだか4、5人のボランティアがごちょごちょ集って「ごっこ」している
だけの組織なのに、あ~、やだやだ!(以後、海上の森市民会議は休眠状態になり、
小生は別団体を立ち上げ活動を移行。
 


第24回:台湾環境維護會/土地トラスト開始/原人の独り言・お盆編

7月31日()午後9時「大甲渓生態環境維護協会」一行:キャセイ航空で名空港着

台湾、台中縣から男性9名、女性7名、計16名の自然保護団体メンバーが
【海上の森】視察とバードウオッチング&キャンプのため来日した。入国手続きに
手間取り1時間以上も待ちぼうけで、入国ロビーで記念撮影したのは10時過ぎ。やれやれ。


今回来日のきっかけは海上の森原人森島氏が20代の頃から出張でたびたび訪ねた台湾の
取引先の事務の女性が結婚した相手がたまたま「維護協会」会員で、趣味が同じで気が合い
それ以来、終生の友人となり国を越えてつきあってきた結果、今回の計画となったのだった。

迎えの車でたまたま小生の車に乗ったのが「団長でその友人のジェームス」初対面だったが
非常に話しが合い、いい雰囲気に(もちろん2人ともカタコトの英語)宿舎の名古屋東山ユース
ホステル着11時(物価が高い日本の事情から決めたのだが、あとでメンバー全員がエリート
階級でトンデモナイ富裕層と判明、まあ「珍しい経験ができた」とゆーことでカンベンしてチョ~!

8月1日()午前8時:東山YH海上の森午後6時半【歓迎会】一社「万歳」
案内役の集合は8時。深夜に着いてその翌朝、しかも初体験の人もいた2段ベッドの大部屋。
なにかと手間取り、出発できたのは9時過ぎ。『まあ森は逃げないからね』と新聞、テレビの
マスコミ2社と共に、遠来のお客さまを案内し海上の森をゆっくり散策。ただし鳥見には最悪の
季節!ただ暑いなかを歩くだけ。森からの帰路、左から後ろから《英語と台湾語?》の洪水。

で、つい青信号ながら渋滞した仲間の車にゴッツン。あ~あ、こちらはバンパーがへこんだが
相手はかすったダケ。以後小生の車にはダレも乗らなくなり、5日まで3泊4日のキャンプ旅行
中は貨物専用車!午後は市内観光。名古屋城を案内しそれから栄「地下街(台湾にはナイ)」
で、ショッピング。とーぜん夜は海上の森原人の御用達・居酒屋「万歳」で
全員バンザイするほどタップリ!22時散会。


8月2日()~3日()御岳自然休養林「くるみ島」キャンプ場で連泊
とにかく台湾の皆さんはゆったりしている。携帯のお茶道具を「持ち歩く係り?」がいて、どこ
でも休憩はまずお湯を沸かして一服。しかもコレがまた飛びきりウマイ高級茶。日本酒の試飲
サイズの小ぶりの湯のみで何杯も。そして軽くて薬草の味がする「お茶請け」がイロイロ次々に

もちろんキャンプの食材や酒もタップリ持ちこんでいて、食べたことのない台湾料理をタップリ。
これでは入国審査に手間取ったワケだ!お菓子から瓶詰め、缶詰、アルコールと店が開ける。
]


出来合いのタレやつゆの素に材料を放りこんでオシマイ!というわれわれから見ると脱帽する
しかない。しかもキャンプファイアーでわかったが、トニカクみんな芸達者で歌もウマイ。うーむ。


8月4日()「くるみ島」から開田高原で自然観察「名古屋市民休暇村」泊

来日主要メンバーと遅くまで「自然保護の現状」やそれぞれの人生観!を本音で話し合えた。
こんなに真剣に話したのは学生時代以来だった。こんな「青臭い」ことを今更こんな歳になって!

8月5日()午後「開田高原」から帰名。6時から送別会・星が丘「三の丸」
呑みかつ飲み、歌いかつ踊った[日中友好の素敵な4日間]は稿を改めてまた別の機会に。

8月6日()午前6時50分東山YH集合:空港まで見送り/午前10時離陸
いや~楽しかった。生きてるっていいよな~、今度はゼヒ!台湾で再見(ツアイチェン)
かくてオジサンの
5日間の夏休みは終ったのでした。(次回は原人の独り言・お盆の巻) 

97年8月上旬:キャンプ旅行中に「差し出し人不明」文書が届いていた!
04.11.25に回想し記載》A4・1枚の文書だった。【H8 公文書公開請求情況】という
タイトルで、項目は年月日、相手方、関係課、請求内容、備考1、備考2、備考3、備考4と
なっており1行目が
年月日8.5.9 〈相手方〉新海聡、〈関係先〉新城土木、請求内容
H
6年、7年の万博誘致対策局、監査委員事務局の来庁関係資料、備考1〉〇 〈備考4〉
部分公開と記載されていて、その最終行〈8.12.3〉の項まで【情報公開請求者の一覧表】

とあり、土木局が作成したものと思われた。15件中11件の備考1欄に
がつけてあり
下の欄外に【
印 名古屋市民オンブズマン】と記載してあった。留守中に引出しに放り
こまれて、そのままで気付いたのは大掃除をした6、7年後。とんでもない内部文書で
当時だったら大騒ぎになったはず、今となっては返すがえすも残念無念!あ~あ!


8月7日(木)午後8時~10時「土地トラストの会」結成:加藤()宅にて!

海上の森に宅地、山林を所有し住民でもある加藤宣雄氏と、氏と面識のある有志
 7名が1人あたり3
.m2の土地売買契約を7月28日付で結んだ。その後「土地共有
登記手続」の完了を受け、メンバーの顔合わせを兼ねて集まり(牧野氏のみ欠席)

今後の活動方針を協議した。当日の決定事項は以下に:
(1)土地トラストの会の名称。                              
(2)購入した土地に関し、各自の死後、所有権を放棄する旨、
署名捺印の上、誓約書を作成 、加藤氏に手交。
(3)第2の土地トラスト、第3の立ち木トラスト運動に取り組む。          
(4)今後、随時、必要に応じ共有者による会議を開く。               
(5)事務局は加藤宅:出席:加藤(宣)/加藤(徳)、小松、渡邊貞雄、古谷茂、宮永、他1
県が名東区の牧野ヶ池を100億で買収とのニュースが。いったいどこからそんなお金が!

8月10日(日)午前9時~野鳥の会・定例「海上の森探鳥会」
湿度が異常に高く思わず『あぢ~ッ』
木蔭以外はどこもサウナという汗ポタの半日だった。
曇天だったからまだよかったが、これでピーカンだったら倒れる人も出かねないド暑さ!
会期半年の真ん中が真夏という万博。数10
haにも及ぶ会場全体をドームで覆って
冷房しない限り、こんなトコを一般客が歩くわけがないッ!いくら鳥好き、花好きでも、
定例の観察会だから、やむをえず昼間に行くが、1人なら早朝にササッといって帰る。

大体真夏のお昼前後なんて土地の人すら出歩かない!とはいうもののニンゲンの
干物状態になったあげく、息も絶え絶えにたどりついた駅前の「珍竹亭」で、常連の
メンバー7人とやむを得ず?呑んだコップ一杯の「びーる」のう・ま・かった・こと。
ぷは~っ、う~、コレで車でさえなかったらなー。あ~あ。

8月12日()「14日土地トラス」&「21日情報公開」マスコミ取材依頼作業
今月は夏期講習、業界の勝負時。さすがの我が輩も授業の合間にワープロ&ファックス送信。
とはいえ市民活動の合間におシゴトのいつもと逆なだけで私的な時間がないのは同じ
とほほ。

8月14日()午後2時~3時「海上の森土地共有者の会」県政記者クラブで会見
 いわゆる1坪地主。ただ語感から来るイメージがちょっとというコトで、正式名称は上記に。
今回取得したのは753
m2の宅地のうち23m2。1人・1坪、登記費用を含め7人が15万
ずつ出資した。代表の加藤
()氏らが明日15日上京し建設、通産両省を訪ね開催反対
を申し入れる。万博予定地540haのうち民有地は104ha。この89
.8%の93.4haが
 既に買収され、残る10
.6haに延べ58人の地権者がおり、買収工作が進められている。

今回、われわれが取得した土地は、計画で【主会場のメインゲート付近にあたり】
愛知県の住宅企画課も「かなり大事な土地」と認めている。万博開催後ここを中心に
県が計画している「新住宅市街地開発法」に基づく【住宅建設】が決定されれば
強制収用も可能だが、イメージダウンが大きく、コレで計画の部分変更は
まず確実だろう。土地はもう最後まで、ゼッタイに手放さないゾ!!

97年8月15日()「亡母一周忌」盆供養で無宗教を標榜するも「お寺さん」へ
「親戚中から非難の嵐」だった【昨年の実母の葬儀の経験】から「無用の混乱」を避け、
【こんな世の中、神もホトケもあるものか】の信念?に反し、一族郎党20人近くと盆供養
の法要に参列した。本堂にぎっしり「腰枕」で正座した善男善女の皆さんと肩を並べ、
『ニンゲン死んだらオシマイ!来世なんてもんはナイ』と胸の中でブツブツ。

ふだんまるで宗教と縁のないハズの《身内の面々》の神妙な顔を横目で見つつ、
『宗教法人っていいな~、税金はタダだし、相手をみてふっかけ放題だし、お経の
手抜きナンテなんとでも
長いと嫌われるしな~』などと考えたり、コラこらコラぁ~!

で、じっと我慢の法要タイム1時間弱を済ませ、さてと卒塾生の両親経営の飲食店へ
「おとき」に。なんとレジにその本人が!「後を継ぐため5年で修行を切り上げ帰って来た」
という。奥から《3階建てのビルに建て替え後継ぎを待っていた》店主夫妻が顔を覗かせ
「ほんとお蔭様で!」確かに『ズイブンいろいろと相談にのったな~』と感慨にふけって
いたら、注文もしないうちに【男全員に生びーるやらツマミやら】が次々に


『えーっどうなってんの、コレは?』遠慮する前に、つい手が延びて飲み始めた小生の前で
もう、お代わりを持ったお母さんが待っている!!なんとなんとコースの料理以外は一切
サービス!気持ちを素直に受け、ありがたく御馳走になり、一族の手前ほんの3ミリほど
鼻を高くして帰宅したのでアリマシタ。


8月16日(土)終日:反万博21日行動の案内作成と発送/封書61通投函
連日宿泊の親戚は好きに過ごして頂き小生はゴソゴソ。市民活動に盆休みはナイのです。
万博オンブズマンの行動予定を報道9社へFAX。県政記者クラブ幹事社へは送付済みだが
盆休み開けで念の為。更に新聞2社の行事欄へ「23日賢治の森探鳥会」案内を掲載依頼
次回は長良川Day’97(89年頃アースディ名古屋メンバーに同行して以来度々参加)です。



第25回:情報公開請求ツアー/長良川Day'97/県民投票始動へ

8月18日(月)夏期講習開始:やるときはやってんデス・・なんと週65時間
身内にどういわれても仕方ナイが!万博関連の《アレコレ》の合間にシゴトをしていた
  今までの実情が、集中して授業を続けると一目瞭然!どっちも手を抜いた覚えはないが。
とほほ~

8月19日()中日新聞から行催事欄「情報公開ツアー掲載」の事前確認
朝日はナシ!どうしたんだろう?万博オンブズマン主催の「情報公開ツアー」という
タイトルや通告内容から《コテコテの万博反対派の催し》とは分っているはずだしィ~?
まっいいか~載せてくれるってんだから。それにしても掲載を依頼した方が半信半疑!
「ガス抜きってこともあるしね」と穿ったことをいう仲間も。人間素直にならなくっちゃネ?

8月21日()午後0時45分~「第4回情報公開請求ツアー」万博オンブズマン
自治センター窓口になんと「全電通名古屋」の水谷委員長が待ち構えていた。
BIEバスの前にどっかと座った心強い仲間が加わり、本日は7人のサムライ必殺請求人!
相変わらず係員とすったもんだのやりとり(事前に請求項目を万博推進局に伝えてあった
にもかかわらず)結局、当初の予定通り、中日紙を見て参加された方と跡部氏が「万博の
外郭団体の博覧会協会」の平成7、8年度の予算書・決算書を、小松、水谷氏ら4人が
「鈴木知事」の過去4回の外遊を含む宿泊を伴なう旅費を、そして小生が「商工部推進局」
の平成9年度6月~7月の全職員の宿泊を伴なう旅費を公開請求した。


請求後の2時、自治センター6階の喫茶室へ。名古屋城と庭園を見下ろす眺望絶景の
「外郭団体や天下り団体の雑居ビル」のここは「勤務時間内のはず」が、入れ代わり立ち
代りのお役人様たちで、いつもなかなかの繁盛ぶり。う~ん、のんびりゆったり、うらやま
しいかぎりで。オイオイ。南修治さんの「立ち木トラストの会」の通信に同封していただいた
「万博開催地変更を求める」署名が全国から毎日4、5通ずつ届くようになり、感謝、感謝。

8月23日(土)午前9時「賢治の森探鳥会」クラブ主催:木蔭を探し散策
 鳥はバツ。がハッチョウトンボやサギソウ、シラタマホシクサが見られて全員大満足。
午後からシゴトで慌てて、うっかり清水さんの弁当やプロミナーを積んだまま帰り・・・
大迷惑を
、ただただ陳謝!(次回は長良川Day97の巻デス)

★19
97年9月2日(火)午後2時~「万博オンブズマン」
第4回・事務局会議:愛知県弁護士会館
・研修室
8月21日の報告と「開催地変更全国署名」への協力を依頼、更に今後の基本方針を
 協議。とにかく情報を開示させ矛盾点を露出させるっきゃナイ。弁護士を含め参加3名。


9月6日(土)午後1時半~「海上の森市民会議」会議に参加
9月3日に東京で万博協会準備委員会が開催されたようだが、まずはお手並み拝見と
いうことに。ヒラ会員となっても「声と態度」のデカさは変わらず、9月13日から15日の
《長良川Day
97》への参加について提案し、賛同を得た。14、15の2日間
【海上の森くらぶ】と共同で展示実施を決定した。


9月13日(土)午前10時~午後1時過ぎ「反万博・立て看」書き換え作業

海上の森の《自然保護派》の拠点【ものみ小屋】で、古くなり、字がかすれた
立て看板の書き換え。参加は鈴木宇佐見さん、小生、そして匿名希望2氏。
「キャッチコピーの選定」同様に、時間がかかった
のはトーゼンのこと看板書き。
うまく書こう、上手に書こうとすればするほど字がギクシャク。ようやくすらすらと
書けるようになったのは3枚目の終り頃。あ~あ、習字を習ってたらな~トホホ。


9月14日~15日「長良川Day97」河口堰建設地手前、川中堤の河川敷
全国から狭い河川敷に車が殺到するため「ブース出展者割り当て駐車場」で済むよう
乗り合わせて2台で行くことに。で、名東区から西区まで片道40分近く大回りして迎え
に来てくれたT氏の車に便乗、恐縮至極です。呑み仲間とはいえお手数をかけます!
さて台風接近のニュースをものともせず、時折パラつく突風まじりの曇り空のもと、
正午、待ち合わせ場所に6名が勢揃い。

道中で仕入れる手筈だった食料、肝心カナメの「あるこーる」の調達に手間取り
(まっコレはしょーがないか!)更に直近まで来てヒドイ渋滞に巻き込まれ《2時半に
着く》予定が4時近く、やれやれ。それでも3時開場のブースの半分近くがこの時点
でもカラ。急いでパネルやビラ、ポスターと展示を済ませてテントを張り、1年振りに
「全国各地からの自然保護団体メンバー」と情報を交換し、合間に泡モノをなめと、
駆けずり回っているうちに、7時からの「止めナイト長良川」メーンイベントに突入。

ときに激しく降るなか、CW・ニコル、山本コータロー、椎名誠、近藤正臣
と、
オジサンとは縁のない著名人たちが続々と登壇し、夜が更けていったのでありました。
その間、ブースは揃ったものの、関係者ばかりが目立ち、さすがに台風の影響大で
例年に比べかなり少ない数百人規模の参加者。その代わり手持ち無沙汰な
各ブースではどこも友人、知人、顔見知りが「酒盛り」でおお賑わい!
「あるこーる」を仲立ちにシッカシ親交を深め合えたヨウでアリマシタ。

モチロン呑んでるばっかしではなく、夜の部と翌朝の2回、市民団体の3分コーナー
でばっちし海上の森の現況を報告。15日14時に西区へ帰着。すぐそのまま15時
から栄の名古屋市教育館で開かれた「住民投票を求める会」の世話人会に出席。
全県規模で実施の方向は決まったが、開始時期について喧喧諤諤、ふーっ。


9月16日(火)午後3時「県主催・新住宅事業説明会」情報:徳太郎氏より入電
FAXで転送して貰った13日付「文書」が酷いもので、直ちに抗議行動を決定。
幹事社に連絡し記者会見を設定。加藤氏の文案を小生が文書化。仕事の合間、
合間にワープを操作し、夜9時半頃やっと作成完了。抗議声明、公開質問状の
2通を通産、建設両大臣、並びに愛知県知事に送付。


9月17日(水)午後2時半~「新住宅事業説明会」緊急記者会見・その後抗議!
集合2時:「海上の森土地共有者の会」として上記【声明と公開質問状】の提出を報告。
全く選考基準のあいまいな「たった6人の地主」のみを対象に新住事業(*新住宅市街地
開発事業・万博より先にコレがあった大規模住宅を建設する計画)の説明会を開催する
(それも明日!18日)という。この県の愚挙をマスコミ同席のもと、3時過ぎから6時
過ぎまで(ただし小生は仕事のため4時半までで中座した)徹底的に糾弾した。

担当部局の責任者と「真意と責任の所在」について議論したが、文書の不適切さは
認めたものの、それ以外はのらりくらり。出席者:加藤(徳)、加藤(宣)、小松、宮永。
(次回は「県民投票運動いよいよ始動」の巻です)

97年9月18日()午後0時45分~第5回「万博オンブズマン」情報開示請求
例のごとく県庁西庁舎に集合、午後1時自治センター。前回同様、今回も参加者7名。
初めての方1名。後は常連メンバーの強力軍団。ただし相変わらず請求項目の詰めと
確定に手間取り、請求できたのは6人まで。よーするにこちらの知りたい情報が「なんの
項目」にあるのか窓口ではワカラナイ!ので、いちいち該当すると思われる部局へ
問い合せて「あれば受け付け」となるタメ。昨日の愛知県用地課と【続きの面談】の
約束が2時半からのため、残り1人はやむを得ず、次の機会に請求することに


さて徹底的な抗議の結果、集会の中止を求めるわれわれの要求には応じなかったが
実質として「用地買収交渉のための集会である」ということだけは最終的に認めた。
これ以上追及してもムダと判断、当初の予定通り1時間ほどで切り上げ退去した。
お役人サマの権威を屁とも思わない「声も態度もデカい?」加藤(徳)瀬戸市議、
小松猛・豊明市議の両氏と宮永の反万博3人組でした。

9月20日(土)午後4時半~9時半「県民投票を求める会」栄・名古屋市教育館
まず集会前に主要メンバーで2時間打ち合わせ。6時半から一般集会。参加者約80名。
取材も多数。秋田、糸土グループが検討を重ねた条令案を承認し、全県規模での署名
開始を【正式決定】した。散開後、森島/杉浦、榎の、美男?/美女2名!セーネン部
最強メンバー4人で、一社「万歳」にて、たっぷりと12時近くまで【??】を酌み
交わしつつ、大いに気炎を上げたのでした。

9月21日()朝8時「鷹の渡り観察会/昼2時半「環境アセスを考える」シンポ
海上の森で「タカの渡り」の観察会。雨の予報は外れ文句ナシの快晴。深夜1時過ぎに
帰宅で、早朝「みなさまオヤスミ」の間にでかけるというのは亭主関白の?《そんな言葉
もあったんだ!》我が輩としては辛く、お目覚めを待ち、本日の都合を「お聞きして」
から8時過ぎに名東区を出発。【ものみ台で早朝5時!集合】の諸君と合流。
次から次にタカ5種が登場、午後1時過ぎまで観察。

午後「中部環境を考える会」「CAN」共催の【環境アセスを考えるシンポ】へ。
開始は1時半からだったが、森を歩いてから会議というのはどーしても気が重く遅刻し
途中参加。見渡すと前期、前々期の名古屋市長選立候補者2人を始め、議員、教授、
弁護士
とほとんどが知人なのだが《愛知のソノ筋のそうそうたるメンバー》が勢揃い、
うーむ、場違いなトコロへ『きちゃったんかな~』運悪く、M嶋名大ヌエ教授のお話しが
まだ済んでいなかったが、最後の質疑で森島(
海上の森原人)、Tの両氏に続き発言。

『主旨はよくわかった。ただしどんなに立派な法案を公布しても、事業主体である
「博覧会協会」がアセスメント業者を選定し、そして「その業者の報告」を協会が受けて
金を払うというのでは「公正な情報」がでてくるはずがない。過去の実際の例もある。

その中には環境庁長官と面談したときに報告したのもあるが、改善勧告された気配すら
いっさいナイ!』『調査会社の関係者から、報告書の全項目の最後には「調査の結果、
影響はないものと考えられる」という1文が「自動的に入るよう」コンピュータに入力
されている!という冗談?まで聞いた。よーするに現状のままではアセスメント
なんてまったくムダ、合ワセメントだっ!!』とキツイ一発をかました。

閉会後、面識のある大学教授がわざわざ寄ってきて「ほんとうにいい加減な、
考えられないほどずさんな環境調査報告書が目立つけど、もう内部告発を待つしか
ないのかね~宮永さん」『ほんとにネェー』と互いに溜め息をつくだけで打つ手なし。
その後「焼き鳥?の会」メンバー森島、榎、匿名希望2氏と、昨夜に続き
泡関係をしつつ、今後の方針を語る懇親会をやむを得ず?実施。


9月23日(火)午前「独り海上の森を下見」枝道ばかり踏み跡を辿る、奥が深い!

9月27日(土)午前9時~「賢治の森・秘境探検隊」くらぶ主催:参加20名程
フツーは殆ど人が入らない秘境コースを案内した。カイツブリが目の前3mほどで
魚を捕まえ飲みこむシーンなどもあり大好評だった。南を目指して帰る夏鳥たちが
そろそろ集結を始めていた。



第26回:望外の援助・嘘つきは泥棒の始まり/おシゴトは署名活動?

97年9月28日()朝「海上の森」/昼4時半~10時半「ハンコ押し」瑞穂区桜山
 日常生活をほとんど過ごす西区の自宅兼教室は土、日はまず出かけて留守になる。
「次男で口べらしに養子に出された」挙句、そこも「養育費や補助金目当て」の今でいう
虐待常習の「プロの養父母」で(当時、新聞沙汰になったという)そこを《12で逃げだし
丁稚(でっち)になった》という由緒ある?家柄の父親の長男なので、姉妹には実家に
あたるが、とーぜん墓や仏壇なんてあるわきゃナイ。

 ところが去年パリ行き前々日に亡くなった実母の1周忌を控え、無宗教を標榜してきた
ものの「親戚総掛かりで説得、哀願、涙まで流されて」抵抗しきれず、仕方なく一部を
負担してもらい買った仏壇が置いてある。100万を切る簡素な仏壇だが、留守でも
お参りに来られるよう「姉妹全員にカギを渡す」というコトになった。(しょっちゅう
留守にしているので、抵抗できなかった、とほほ!)

*週末金曜日の夜、繁華街でタップリ夜中まで遊んで「留守」のオジサンの家をホテル
代わりに使う甥っ子がいたり、まあ身内の皆様、てんでバラバラ勝手に来ては勝手に
帰るという情況になっている。お蔭で知らないうちにトイレや風呂がきれいになったり
洗濯物が入れてあったり、庭木の剪定がしてあったり、土つきの野菜が置いて
あったりと
ホント助かる、どうも、どーも、アリガト、ありがと。

*9月の彼岸を挟んだ3連休に「そっちへ行く」と長姉から連絡があり、まさかその
1週間前に、2週連続で京都や岐阜から来ることはなかろうと「書斎」兼「居間」兼
「食堂」兼「応接間」兼「寝室」の9畳の洋間の「年中だしっぱなしの電気コタツ」の上に
万博関係の最近の資料を山積みにしたまま、14日からの長良川DAYに出かけた。

*15日昼過ぎ、長良川から帰ってくると姉妹2人が来ていて真剣な顔で待ち構えている。
う~っヤバイ!なんかまずいことあったんかなー?入院中の「84歳の父親」の顔が一瞬
頭をよぎり、思わず身構えた。が途端に2人ともニコニコしだした。「あんたのしてることが
よーわかった!」
なんとナント2人で小生にカンパしてくれるという。「一度森を案内する」
という条件付きながら、55歳と48歳の主婦が、それも帰りの交通費を除いた
【持ち合わせのお金ぜ~んぶ】合わせて6万円!

甲斐性のなさ、不甲斐なさを認知されたようでもあるが、それでも、うむむむむ。
 く~、これで「万歳」でかなり呑める、ぬははは!はー。こらァ~(冗談、じょーだん?)

*で「再び姉妹がやってきたお彼岸」も過ぎて、1週間後の28日、日曜日『ちょっと
千種図書館へ』と名東区の家を出て、もちろん行き先は海上の森(今月は中旬から
13日、20日、21日、23日、27日と森へ行っていたので、つい関係者にウソを!)

トニカク人が入らない脇道ばかり4時間ほど歩き回り、大ニコニコるんるん気分で
帰ろうと「山口川沿いの側道から県道へ出ようと一旦停止した」ところ、いきなり
左折してきた車と出会い頭にガシャン!わおー、とほほ。

*当方の過失はゼロ(実況見聞した警察の見解)とはいうものの、むぐぐ。
だが持つべきものは友人、知人。鳥仲間のフルタモータース「晴美さん」にSOS。
休みなのに快く引き受けてもらい、なんとか動くので天白区まで転がし、後はすべて
オマカセどうもどうも。気になるのは8月に台湾訪日団のときぶつけたバンパーの疵
2ヵ所の真ん真ん中をグシャリとされ、どう修理するのか? 

*更にツライのは山の神の尖り眼
「千種図書館って海上の森にあったの!?」
それと2週間近く足がなくなること。慣れない車はダメなんです、小生は

教訓:みなさーんウソはだめですよ、嘘は!こんな目に遭いますから、ホント

で、晴美さんに地下鉄「塩釜」まで送ってもらい「早くこいこい池の鯉、じゃなかった
ミヤナガさん」とぶつぶつ言っていたという森島氏始め、30人以上が詰めかけた
瑞穂区の「高岡氏経営の教室」へ着いたのは約束の2時を遥かに廻った4時半。

今日は県民投票の署名用紙3000冊ゼンブ【1冊100人、ひとつひとつハンコを押す】
という途方もない作業の初日なのだ。法定の【厳密な書式】で代表者全員の朱肉付きの
押印が必須でぺったんぺったん夜10時半まで6人も!ふーっ、よくやるねーみんな!
 

97年10月2日()~3日()10時~14時まで「ハンコ押し」昭和区川名

堀田宅にてハンコ押し作業。ただしこの連日の4時間ほどは小生が参加した時間分。
指の付け根に《水ぶくれ》ができてしまう!「ペッタン、ペッタン30万回」の押印。
夜9時近くまで、入れ代わり立ち代り「1時間だけ」とか「夕方まで」とかそれぞれ
常時5、6人から7、8人の参加者の《署名活動に向ける熱意》が感じられ、
本当に心強いが「条令に依る」とはいえ無意味な作業としか思えない。

*県民投票を実施するには「県民投票条令」を制定しなければならない。
制定申請には当該自治体の有権者の「50分の1」以上の署名が必須で、
条件を満たすと「提出条令案」を議会が是非を審議し、首長が決済する。
今回は県民投票を選んだので、全県の有権者が署名活動の対象となった。
署名運動は選挙管理委員会の管理のもと、公的なものとなり、
公道上
(歩道、公有地)での活動が認められる。

*署名用紙も厳密に書式が定められ、しかも誰でも署名を集められるわけではない。
署名を集められるのは代表者
(全県どこでも集められる)と受任者(じゅにんしゃ:
有権者登録された市・区・町・村だけ集められる)の2種類で、愛知県内に住民票が
ある有権者のみ。しかも共に「お役所」へ住所、氏名、生年月日を添えて申告しなけれ
ばならない。名古屋市だと区役所の、郡部だと市・町・村役場の「選挙管理委員会」へ
届けなければ、代表者にも受任者にもなれない。

*当然役場の関係者には《届け出たら》万博反対派だと一目瞭然にわかってしまう。
身内が役所勤めだったり知人が勤めていたら、もう「二の足を踏んでしまう」踏み絵の
ような条件付きなのだ。加えて全て「1冊ずつ100人の朱肉つきで作った」署名用紙に
は必ず表紙を付け、そこに行政単位名(例・名東区)と「受任者名と届け出の日付」の
記載が必須だ、そして署名は署名日(必須)の日付順で住所、氏名、生年月日、印鑑!
が不可欠、しかも同じ筆跡の字も、右に同じも、家族で同じ判コもダメ。

*トニカク、署名を集めたいわれわれにとって、全県どこでも集められる代表者は
多ければ多いほどよかった。これが受任者となると、例えば《西区の受任者は
西区居住の有権者から》しか署名がとれない。職場の仲間や友人や知人でも
「市」や「町」が違ったら、もう集められないのだ。

*例えば《西春町に住む受任者》の友人が《中区に住んでいて》署名をしたいと
いったら、中区の受任者を紹介するしかない。どんなに知り合いが多くても
同じ行政区(しかも最小)しかできない。

*代表者にしても政令指定市は区、あと市、町、村ごとに署名簿を40~50冊持ち
歩かなければならず、新規住所ごとに「表紙に地名を書き、署名をもらう」大変どころ
の騒ぎでナイ!手間ヒマがかかる作業なのだ。こんな厳しい条件のもとで署名活動の
準備を始めたのだ。


10月4日()10時~16時「くらぶ通信」&野鳥の会支部報原稿&発送作業
「海上の森くらぶ通信59号」と「支部報・すずめの夜ぐさり」この2本の原稿作成と
発送作業に6時間。通信A4・2枚分を3時間がかりで完成したところへ突然電話。
で、脇見をしながら無意識にピッ!わおーっ!が~~ん!ワープロ「保存しない」を
押してしまった。エーン、えーん、ダ・ズ・ゲ・デ・くれー!

*おまけに作り直したすずめの夜ぐさり33号(とほほ見聞録「嘘つきは泥棒の始まり」
で先日既載)が
鳥のことが書いてないし、内容が私的すぎると、その夜「森島編集長」
からボツのお知らせが
(いつも少しは鳥の話しを入れるようにしていたが、
今回は失念していた)あ~あ、ヤレヤレ、とほほ!

10月7日()午前10時~「愛知県庁・地方課」県民投票代表者証明書を受領
署名集めの中心となる代表者証明書の交付を受けた。正式な署名活動は明日から実施。
万博は【海上の森】では絶対にさせない、やらせない!さあいよいよ!と意欲満々の諸氏の
顔を見つつ、前途多難は覚悟のうえ猛進あるのみ。記者会見参加者:影山健、水田洋、
堀田博之、小松猛、丸山悦子、宮永(以上代表者)大藪、舟橋の8名。反応はまずまず。

(*注:以後「海上の森での万博開催の賛否を問う県民投票を求める会」
(略称・県民投票を求める会)の公報・マスコミ対応はすべて小生が担当した)

97年10月8日()正午~4時近く「栄・三越前」県民投票・署名活動開始!
名古屋の中心街・栄の交差点《三越ライオン像》前のコーナーに、脚立を並べ
カメラを構えたテレビ各局や新聞社などマスコミの諸君が「何事か?」と通行中の
方々が振り返るほど待ち受ける中、時間ギリギリに到着。ところが中心メンバーが
まだ誰も来ていず、一瞬あせってしまった。

*信号脇の歩道にボックスを構える《宝くじ売りのおばさん》に『毎度ご迷惑をおかけ
しますがすみません』と声をかけ、三越1階の売場担当者にもいちおー「仁義」を切り
続々と到着するメンバーと署名の準備に着手。15に分遅れで開始した署名第1号は
賛成派と称するオジサン。30分も待ったとか?う~む?(賛否を問うのだから、
住民投票で賛成票が多数ならば当然開催を認める
が)それにしても!?

署名用紙はハンコ押し作業の参加メンバーに必要部数を渡し、遠隔地には郵送した。
勿論今日の参加者にも持ち帰ってもらい、地区毎に決めた受任者代表リストも渡した。
個々の受任者に『署名を集めると同時に、他の受任者を勧誘するコト』もお願いした。
特に100人の代表者には20人というノルマを課して要請した。また地区受任者代表に
は新規受任者の役所への登録の役目もあった。2ヵ月の署名期間中はいつでも新規に
登録でき、ソク活動できるのだ。

*さて並べた長机に名古屋市16区、主な市町村と【50冊近い】署名簿、印肉と
ティッシュの3点セットをズラリと揃え、わっと取り囲む取材のラッシュにもかかわらず
ふつうなら気後れのする《指紋押捺の拇印》にも気軽に応じて、署名して下さる方が
次々に訪れる。マイクや肉声での声を枯らしての呼びかけに反応は上乗。積極さは
《6月
BIE総会》前の10日以上に及ぶ署名活動で経験済みだが、参加ボランティアも
、今までで最高の40名を越え、幸先のよいスタートとなった。
 

10月9日(木)午後「知事交際費公開内容への異議申し立て」に県回答書
情報公開条令の対象になっていないという「通り一遍、予想通りの回答」で
たとえ対象になっていなくても、後ろめたくなければ堂々と出せるはず。
そうすれば「痛くもない腹を探られず」に済むハナシ。

*事故った愛車の修理が終り、わざわざ朝1番で古田夫妻が届けて下さった。
で、一目散に海上の森へ。いちおー今月のくらぶ探鳥会「モミジ探検隊・秘境コース」
の下見という名目《誰に対してではなく自分への言い訳》だが。
屋戸小橋(やとこばし)からフツーは歩かないコースを3時間ほど。

*帰り道、ものみ小屋に寄りヒューマンチエーンのときから置きっぱなしだった
折畳み長机を乗せ西区着14時。友人、知人、果ては保護者までお願いしての
署名活動だが、個人では限界がある。それで街頭署名をすることにした。
エリアは革新系無党派層が厚い名東区を中心に実施を決定。

10月10日(金)午前11時~14時過ぎメイトピア前「机に横断幕」街頭署名
駐車場脇の歩道に机を置き《ふーてんの寅さん》よろしく、ズラリと署名簿を並べ、
ハンドマイクで呼びかけていたら、店の責任者らしき人物に「注意」されてしまった。
『公的に許可された活動で、しかも公道上である』と伝え了解を得た。
今後は事前に「ひとこと」ということにした。昼前からの買い物客が目当てだったが、
予想外に人出が少なかった。それでも60人近い署名が集った。ボランティアは
延べ9名。全員名東区の受任者。今後の日程を伝え、参加を要請した。


10月12日(日)午後1時~4時 千種区「東山動物園」前:街頭活動

さすがに行楽シーズン、かなりの人波。ただし関心はいまいち。そりゃーそ~だよねー
8年も先の万博、そんな先のこと知ったこっちゃナイ。折角遊びにきた楽しい気分が
台無し、こむずかしいハナシなんてやめてくれ!コレが普通の庶民の感覚、
自分でもそう思う!やれやれ、ふーっ。

*活動中、毎日新聞樋口記者が子連れで来合わせたのにバッタリ。思わず心が和む。
同時に過去6年間「家族サービス皆無」の小、中学生の我が子を思い『済まぬッ』
東南の方向にお詫びの合掌。肝心の署名は中座したが、延べ十数人のボランティア
の応援もあり、まずは
と報告が。《次回は「まだまだ続く街頭署名」の巻です》

97年10月16日()午後1時~「第6回情報公開ツアー」県自治センター
毎月第2木曜日と決めている《万博オンブズマン定例》の愛知県に対する情報公開
請求活動。今回は8月に請求した5名分の開示を受けた。民間団体という博覧会協会
の平成7、8年分の予算書、決算書。過去4回の知事を含む職員の
BIE総会がらみの
「宿泊を伴なう」旅費の情報。相変わらず空欄だらけ中身ナシに等しい資料を手に退散

あ~あ。しかし波状攻撃の請求に「事務方の負担は大きく」かなりのプレッシャーと
なっている様子。どうでもいいことまで隠し続ける膨大な作業に、職員内部から
不満がつのり怨嗟の声が挙がるよう仕向けるのもわれわれの目的。

10月18日()午後1時半~5時半「愛知女性会館」前で署名活動
東郷町の岩田光弘氏の紹介で主催者の了解のもと杉浦、榎の美女軍団!の応援を
得て実施。途中から「ひとり」になってしまい、ひよりそうな気持ちを奮い立たせて
最後まで。なんせコンサート参加者の殆どが50年、60年前の美少女の方々。
えっ、自分の顔を鏡でみろって!スミマセン。ただし広辞苑の新村出さん!の
「息子の猛さん」の娘さんや奥さんに受任者になって頂けた。


10月19日(日)午前11時~13時半「高針ナフコ前」自宅から徒歩3分!
  日曜のスーパーは特に食料品の場合、10時半前後が凄いラッシュということを知った。
準備していてそれが分ったが、署名活動はそのピークを過ぎて時間を設定したため、
苦戦した。買い物前より「買い物後の人」に『荷物を持ちますから』といって呼びかける
のが効果的だった。いつも通りなにも言わず出たから、ひょっとして山の神が!という
 緊張は「カスミ網バスターズ」よりドキドキしてスリルがあったとか?まあそんな修羅場?
はなく、40人近くをゲット。受任者も何人か得られた。今日の参加は6名。

10月25日()午前9時~13時過ぎ「海上の森・秘境探検隊」くらぶ主催
先週から2週連続中間テストで本業が繁忙期。もう公私ともメチャクチャだが
森へは出かける。東京からという方を含め参加20名ほど。あいにく鳥も花も
端境期でのんびり歩くだけ。でも充分、里山の秋を味わって頂けたようで、
お願いしたら、ほぼ全員が県民投票の署名をして下さった。

10月26日()11時~13時「星が丘三越前」設定ミス署名サッパリ3名参加

10月29日()10時~14時・デスクワーク「受任者募集緊急アピール」作成

署名数を増やすには受任者を増やすしかないと痛感。早速、関係者にあてて
呼び掛け文を作り発送した。また各地の自然保護団体に「機関紙への掲載」を
お願いした成果か、日本中から「北海道の弟子屈(てしかが)や屋久島からも」
別件の開催地変更署名の問い合せが毎日3、4件入るようになって、また混乱。
嬉しい悲鳴というところか。(これが入塾問い合せならもっと!とほほ
のほ)

11月1日()8時~14時半「海上の森」~19時「カネにならないおシゴト」
とほほ見聞録【ウソつきは泥棒の始まり】既載のいきさつで約束していた
「岐阜の長姉夫婦」と、昨日、偶然来合わせて《森を案内する話し》を聞いた
「小学校以来の友人」の4人で、海上の森へ。

*全天雲ひとつない最高の秋晴れ。いきなり屋戸小橋で、手の届きそうな距離、
真上にオオタカのお出まし。過去6年間300回近く森を歩いて見つけた最高の
コースを5時間かけてゆっくりたっぷり散策。近ければ「こんなに素敵なところなら
毎日でも!」と姉夫婦。全員おおニコニコで帰西。

*帰宅後すぐ、県民投票の受任者依頼の電話、ファックス、手紙作戦。
【くらぶ通信60号】の作成。全国展開中の「開催地変更署名・問い合せ」への返信。
送って頂いた書名へのお礼状。その他もろもろ何がナンダか?わけワカメの状態
で、気がつくと『アチャ~もう7時』あ~約束してたんだ~!

*あわてて必死に帰宅したものの既に8時近く、7時に帰るはずと待ち構えていた
家族と3ヵ月ぶり(そんなん数えるな!)という焼き肉をつっついての「一家団欒」。
家族サービス一切なしの過去数年に、言っても詮ないだけに『ゴメン、勘弁して

と、心の中で詫び、思わず無口に
グスン、ほんとダメオヤジですまん、ふーっ。


 第27回:民主党議員に請願/テレビ番組で主演/国会議員7人を案内

97年11月2日()9時半~/昼「うどんパーティー」/午後2時半~キャンプ
愛環鉄道・山口駅前で街頭署名。尾張旭市代表の森島氏と2人残り11時まで活動。
商売道具3点セット(長机、署名簿、印肉複数)を急いで片付け、メンバーの待ち受ける
瀬戸S氏宅へ。かねて自慢の腕を振るっての「うどんパーティー」へ、原人一同が招待
されていたのだ。見事に出来あがった手打ちうどんにおつまみ各種、「泡モノ」始め
「あるこーる」各種も座を行き交い、陽射しあふれる座敷は10名以上の
海上原人の真昼の宴会場と化したのでした。

*さて今夜は久しぶりのキャンプ。なぜか原人にもいた「下戸」としらふのメンバーの
車に分乗、山口のAコープへ移動午後2時半。今夜の楽しみ、シッカシ食料の買出し。
モチロン忘れず、そのうえ酒精もたっぷり購入。海上の森集落《涌き水・柿ノ木サイト》
でテント・炊飯設営に2時間あまり。

*メインディシュは恒例《海上鍋》、珍味は宇佐見さんの息子さん差し入れの
「手で掴める」海上特産《山の芋のとろろ》。つきたての餅のようなコシと粘り、
その旨さには一同感歎するのみ。宴は宇佐見さんがたっぷり用意の薪を盛大に
燃やし、気心の知れた仲間同士、談論風発、コップ片手にムササビの鳴く海上の
森は更けて、モチロン恒例の深夜のフクロウ探検隊も行方不明者をだすことなく!
無事終了したのでアリマシタ。


11月3日()11時~15時半「地下鉄藤が丘駅前」街頭署名:参加11名

昨夜からのキャンプで早朝から焚き火にあたったり、森のあちこちを歩いたり、
のんびりし過ぎて撤収に手間取り、藤が丘駅前に着いたのは約束の10分過ぎ。
もうメンバーは揃っていて『いや~ごめん、ごめん』机も署名簿も旗もゼーンブ
小生の車に積んであるせいで、来ないと始まらない

*瀬戸から徳太郎さんも街宣車で駆け付けハンドマイク2台で交互にアピール、
元気に活動開始。反応は結構よく全部で150近く署名が集った。夜は8時から
一社・仮説会館で開かれた「第3回名東区受任者会議」に出席。11時近くまで。
毎日こんなんじゃ、山の神の尖り眼も当然か!?あ~あ!

11月4日(火)「緊急請願書」を作成:民主党・国会議員5氏に発信!
12月5日に衆議院で【万博特別措置法案】が審議されることになったという堀田氏
からの情報と、これに対応する請願書の作成・送付の「依頼」を受け、急遽作成し、
鳩山由紀夫、枝野幸男、小林守、竹村泰子、金田誠一の各国会議員諸氏の
事務局あてに発信した。以下はその原文。(同文で宛名だけ差し替えた)


【万博特別法案審議に係わる請願】    鳩山由紀夫殿    97年11月4日

万博開催予定地とされている海上の森は今、秋真っ盛り、命の華やぎに満ちています。
つい数十年前までは日本中どこにでもあった里から山へとつながる自然の佇まいです。
この森と里を自然観察のエリアとして親しんできた私たち自然保護団体のメンバーは
過去6年間、愛知県瀬戸市の海上の森を候補地とする2005年国際博を阻止
するため県下109団体、約7500人のメンバーの支持のもと、考えうるあらゆる
合法的手段を用いて活動を続けてまいりました。

その反対理由については以下の資料(*本稿では省略します)をご覧いただけば、
理解を得られるものと思います。今後も立木トラスト、土地トラスト、県民投票条令の
制定請求、開催地変更請求署名活動など、思想、信条を越えて支援を受け付け、
開催前日まで徹底的にあらゆる手段を駆使し、開催地変更要求活動を実施する
覚悟であります。

大量生産、大量消費、大量廃棄の従来の経済的発展のみを念頭に置いた
社会システム、生活システムが機能しなくなった現在、開発思考・上昇思考の
ままの政党はもはや全てその存在意義を失いつつあります。今こそ環境、健康
安全最優先の低成長、省資源型の社会を目指す「旗じるし」を掲げ、大多数の
無党派の国民の声なき声を集約すべきときと思われますが、如何でしょうか。

このたび衆議院において万博特別法案が審議されると聞き及びましたが
「貯金と結婚式だけが生甲斐」などと揶揄されもする愛知県民のなかでも、良識ある
県民の過半数が反対を表明している自然破壊、環境破壊の万博を「森と里での開催から
除外する」方向への論議に、ご尽力下さることを心から切にお願いする次第であります。

重ねて、平凡な毎日を健康で心安らかに過ごしたいと願っている大多数の
国民のためにも、是非お力添え下さい。(団体名、連絡先など略) 宮永正義
(次回は「民主党国会議員団を案内」の巻です)


97年11月6日()午後1時「第8回オンブズマン」自治センター情報開示

参加は宮永のみ。請求してあった万博予定地の環境アセスメント経費に関する情報。
総額だけで詳細不明の部分開示だった。

11月8日()10時半~14時過ぎまで「名東区藤が丘生協前」街頭署名
「街頭で署名を呼び掛けるなんて生まれて始めて」という北川さん(開業医夫人)と2人。
生協前で正午過ぎまで声を掛けた。どうもいまいちで、結局地下鉄藤が丘駅前に移動し
食事を済ませ、途中から「マイクの声を聞いて」と土川さん(歯科医師夫人・歯科衛生士)
も加わり、14時過ぎまでマイクでしゃべり続けの《ふーてんの宮さん》で署名集め。
たった3人にしてはまずまずの成果。

*その後、名東区内の友人、知人、そのまた友人と「つて」を辿って、個別訪問の
署名依頼作戦。突然の訪問にもかかわらず、快く署名に応じて下さる方が多く、
受任者になって下さった方もいた。その際、薄暗がりでは住宅地図の細かい数字
や文字がまったく見えず、あ~あ、ついに我が輩にも老化現象が・・・エーン。
夜になって慌ててメガネ屋へ。やむなく遠近両用なんと6万なにがしを注文することに!
やはり貰ったあぶく銭は身につかない?こんなことならさっさと呑んでおけば!

11月9日(日)11時~14時半「名東図書館前」街頭署名/1時半~栄でデモ
いつもの強力メンバー5人で開始。意識はさすがに高く署名の確率はいいものの
人出の少ないのが残念。小生は1時までで、後は他のメンバーに任せ栄へ急行。
署名用の机や旗竿はガードレール脇に片付けておいて貰いデモの後に戻って回収。

《栄小公園》で署名数の中間発表と街頭キャンペーンそしてデモの集会。
マスコミ多数!参加者は100名ほど。報告した署名数は3万2千弱。
みなさん!ぜひ紹介して下さい、トニカク受任者募集中デス!

11月10日~15日 連日いろいろありすぎ、多忙を極め、記載不可能!!

11月16日(日)「地下鉄一社前」11時~15時近くまで活動:参加延べ10名

森島、杉浦、榎、Y氏と「焼き鳥?の会」最強メンバーが揃ったが、どうもミナサマ心が
「万歳」に行ってしまうようで神通力は効かず、風が強くおまけに寒くてさんざんだった。
ただしゲットした署名は約140名でまあまあ。


11月17日(月)14時~15時「民主党・海上の森視察団」国会議員7名案内

民主党の「商工」「環境」両委員会のメンバーが【衆議院での万博法案の審議】の前に
現地視察をすることになり、4日に送ったFAXがかなり効いたようで「ぜひ案内は小生に」
と要請の指名が関係国会議員からあったらしく「民主党県委員会事務局」からしぶしぶ?
の依頼があった(民主党は名古屋市議会、県議会ともに「自民、公明」と相乗り与党で
万博は当初から全面賛成の立場、ふつ~だったら、コテコテの反対派の小生に
ものを頼むなんてありえない話)。
*で、それをいいことに県連の案に拒否権を発動し、かなり無理をいってコースと
時間を変更させた。以下はこれに関連し、12月4日付けで山元勉(環境委員長)、
小林守(環境常任委員会理事)、金田誠一、松本龍、大畠章宏〈以上衆議院)
以下参議院:竹村泰子(地球市民総局NGO局長)前川忠夫(市民ネット総局長)
の7議員それぞれに、同文で送付したものである。


愛知万博法案の衆議院商工委員会での可決を受けて 小林守様 97年12月4日

11月17日は国務多忙の中、瀬戸海上の森の現地視察に他の国会議員の方々とも
どもおいで頂き有難うございました。天気の方はまるで万博の未来を暗示するような
「曇りときどき雨がパラパラ」という情況でしたが、大都市名古屋の近郊に位置する、
雑木林の広がる自然豊かな里山の現状の一端に触れて頂けたものと確信しております。

勿論、東京からの日帰り調査で、案内できた時間がわずか50分ほどというのでは、
到底、現地をしっかり見て頂けたとは考えておりませんが、またの機会を願うのみです。

さて12月3日付FAX(*)落手致しました(注*付帯決議全文)。更に4日付朝日朝刊
にて付帯決議が文案通り可決されたことを知りました。付帯決議案の作成並びに
各党への調整、同意取り付けへの行動なかなかだったと思いますが、現時点では
「これまで」とそれなりに評価しております。

ただ今までのあらゆる大規模開発を伴なう国家事業の前例からみて、付帯決議という
ものは決議することそのものが目的で、実質的にはその内容が尊重されることは全くなく
有名無実化するのが通例で、今回もその轍を踏むのではないかと強く危惧しております。
 
また、われわれは万博の開催地変更を求める運動を強力に進めておりますが、
万博そのものを積極的に容認していない、むしろ認めない立場にあることを改めて
お知らせします。

更に付帯決議の一、三については従来の愛知県並びに博覧会協会の対応から
考えてどんなに理想的な文言を並べても、履行されなかった場合に余程の罰則規定で
も付与しない限り「蛙の面になんとか」で役人や関係者全員の総入れ替えをしない限り
実行される可能性はゼロに近く、言葉だけが空しく響く思いを禁じ得ません。
どんな条件で、どんなレベルまで住民参加というのか(注▼)定義さえ明らかでなく、
またそれをどう監視するかということも明文化されていない以上、何をかいわんやと。

また四に至っては「事業者がアセスメント業者を選定し、そしてその報告を受けて
事業者が選定した委員からなる委員会が判定し、それを受けて事業者が決定する」
という従来と全く同じパターンが決まっている以上、いかに時代の最先端を行く条令を
作っても、その運用が適切に行われる見込みがなく絶望的にならざるを得ません。

文面に失礼の段がありましたらお許し願います。終りにご活動に心からの謝意を
申し述べると同時に海上の森を守る運動へのお力添え、今後ともどうかよろしく
お願い致します。(団体名、住所ほか略)     宮永正義 
 
(注▲:万博会場最終決定の前に「愛知万博検討会議」が市民代表も委員に選任し
連続開催されたが、この付帯決議が根拠になった。ただし「森ではゼッタイにダメ」の
小生にはマッタク声がかからず完全無視:次回は「テレビ番組主演」の巻です)

97年11月20日(木)午後1時~「第9回万博オンブズマン」県自治センター
10月に申請した情報公開請求の部分開示3人分を受けた。代理が効かないから大変だ。
相変わらず中身のまるでない風袋ばかりの情けなさ。今回は小生ひとりだけ《環境影響評価
の実質資料すべて》を再度公開請求をした。参加者は小松、跡部、匿名希望の常連4名。
戻ってすぐ以下の緊急連絡を作成、発信。(注・代表名での文書と日程は一任されていた)

【海上の森の愛知万博の賛否を問う県民投票を求める会】 11月20日
代表・水田洋、影山健
*影山、岩田、戸田、中島、舟橋、坂野、堀田、丸山、小松のブロック代表各位殿
県民投票条令制定請求・代表者&受任者世話人、全体集会のお知らせ

日時:12月10日(水)午後7時~9時  場所:名古屋女性会館・中区大井町7-25
 代表電話(052)331-5288*問合せ先:県民投票を求める会(略)公報:宮永正義
〈*以下、住所、電話、省略〉*上記の設定にて集会を実施します。

とりあえず今日(20日)の段階での受任者数及び署名者数の合計をFAXまたは電話
にて宮永までご連絡下さい。また23日以降の街頭署名活動で、ご存知のがありまし
たら、そのスケジュールも併せて宮永宛至急ご連絡下さい。また当日は7時半まで
マスコミへの質疑応答を設定していますので、この記者会見にも是非出席して下さい。

なお12月9日(火)22時までに確認できた署名数を10日17時までに必ず
忘れず宮永まで報告下さい。まだまだ署名集めは続きます。奮闘を期待します。


11月22日()9時「海上の森紅葉探検隊・秘境コース」くらぶ主催:17名

さすがに《じょーぶ》ダケが取り柄の我が輩も、このところ2ヶ月休みがまったく無く
寝ぼけまなこで小雨交じりの曇天の空を仰ぎ『う~ん休もうかな、今日ぐらい』と
一瞬思ったが、エイッと気合いをかけ出発。なんとこんな天候でもレギュラー原人が
勢揃い。あ~よかった出てきて。とーぜん紅葉、黄葉のモミジはバッチシ大満足。
もちろん「県民署名」へも協力いただけて、解散1時半、お仕事へ!


11月23日()9時~17時!「名鉄主催歩け歩け大会」海上の森コース

主催者発表では4000人という人出。まるで週末の繁華街なみの混雑が続く
海上の里の一日だった。マイクなしで叫び続け、集落内3カ所の署名ポイント
にはウォーキング参加者の人だかりができ、順番待ちをする状態。

なんせこの署名に手間がかかるんデス。住所、氏名、生年月日に捺印または
拇印、住所は必ず郡名、市名からひとりひとり「保険証や免許証」に記載の通り
書かなければならず、夫婦でも親子でも右に同じ「々々」や代筆は無効。
当然
ここにいないひとの分や、署名したくても県外居住者や未成年者もダメ。

ずいぶんな数を取り逃がした?が、それでも600以上の署名を確保した。
「海上の森自然観察会」「海上の森くらぶ」「野鳥の会」などボランティアで
参加の皆さん、ほんとお疲れさまでした。

11月24日(月)11時~15時半「西友高針店前」みなさん御苦労さまデシタ

11月25日(火)~26日(水)テレビ朝日「探検王国」ロケハンで森を案内

かねてから関係各方面を通じて願っていた夢が実現し、海上の森を舞台にした
バードウォッチングの自然観察番組が製作されることになり、東京からの
スタッフを2日がかりで「森のベストポイント」を中心に案内した。

11月28日(金)10時「山口駅前」ロケ隊と合流。午後3時過ぎまで撮影
朝4時に恵比寿の本社を出たという朝日映像のクルーと山口駅前で合流。
「海上の森の達人」が「郷田ファミリー」を案内するという設定で撮影を開始。
小生がその「達人」役!一応、9ページの台本を渡されたが、セリフはアドリブでOK
とのこと。どーもわざとらしくて床屋に行かなかったが、ヤッパし行っとけば!とほほ。

11月29日(土)午前7時~「親子4人モデル」郷田ファミリーとテレビ撮影
毎週日曜、テレビ朝日系列(名古屋TV)で朝9時半から30分放送の、声が
「ちびまる子ちゃん」役たらこさん、番組の随所でC.W.ニコルさんのコメントと映像
が入る子供向け番組とか。そーいえばなんか見たことあるような?ないような?で
小生はほぼ出ずっぱりで「オオタカを求めて森を駆けずりまわるオジサン」という設定。

撮影は天候に恵まれ順調に進み、海上の森を一望に見渡す三角点でめでたく
オオタカも出現し4時過ぎ終了。この様子は「森の王者・幻のオオタカ海上の森で発見」
提供:マルダイハムで全国ネット「来年1月第3日曜日」に放送の予定です。海上の森
がどんなところかわかります、まだ訪ねたことがないという方、ぜひご覧ください!

11月30日(日)7時~10時TV撮影/11時~14時「極楽ヤマナカ前」署名
土・日・祝祭日はとにかくビッシリ署名活動。貴重な休日の昼間、みんな本当に
凄いファイトです。それにしても県民投票、開催地変更全国署名、
万博オンブズマンそしていちおーお仕事と驚天動地の30日間でした。



第28回:てんやわんやの日々/選管へ署名提出/全力疾走で大晦日

97年12月1日()8時半~11時「海上の森」で追加!テレビ撮影

昨日の午前中まで、ほぼ1週間かかったテレビ朝日「探検王国」の取材で
撮り忘れがあったと昨夜23時過ぎに緊急連絡。で、またまた海上の森へ。
理由はなんであれ森へ行けるのだから文句はナシ!森の中心、海上集落の農道で
藁葺き民家を背景に「海上の森の達人」がにこやかに登場するシーンから撮影開始。

衣装を変えられず3日着続けた服を、あわてて洗濯機から引っ張りだして出かけた。
やれやれ。さて、何人いようと人前でしゃべるのは平気の平左、「ちょー偉いヒト」の
前でもゼンゼン上がらない、これが原人の特技?どうせ、みんなおんなじニンゲン、
どーってこたぁ~ない。で、ぜんぶ一発でOK。さらに昨日一部「曇りだった風景」を
ピーカンの前日と整合させるため、小生の関係分を撮り直し。

30分番組を1日の出来事として放送するために「こういうコトになる」ようだ。
午後は失礼して、期末を控えオシゴト中心の?1週間に突入。

12月5日()くらぶ通信61号作成&発送/県政記者クラブ会見通告作成
県民投票が大詰めを迎え、果たして目標12万名に届くかどうかという胸突き
八丁にさしかかった。今後のスケジュールは2ヶ月間の期間が終る12月7日:
24時で一般署名活動が終了。9日に全県一般地域の署名数の最終集計となる。

また地方選挙があって署名期間停止だった「尾張旭市」「三好町」「一宮市」で
21日まで署名活動ができ、最終的な署名数が判明するのは22日か23日。
そして27日に県への最終提出となる。以下の取材要請を作成し12月8日に発信。

【県政記者クラブ殿】  県民投票を求める会  宮永正義
県民署名活動終了(一部地域を除く)を受けて、以下の集会を開催します。
*日時:12月10日(水)午後7時より 場所:名古屋女性会館(以下省略)
*署名開始以来2ヶ月たちましたが、これまでの活動状況の経過報告ならびに
現時点での【求める会】独自の集計の結果、得られた署名数を報告致します。

もちろんまだ署名期間が残っている尾張旭、一宮、三好の2市1町の10日
以降分がこの数に加算されますが、当然、各選挙管理委員会でのチェックにより、
かなりの無効数が出るものと予想されます。有効、無効の判断基準について当局
の見解を確認し、それに対する今後の方針などについても話し合う予定です。

ケースによっては会として善処を申し入れる予定です。また集会の前に報道関係の
皆様には7時30分まで質疑応答の時間を用意しますので取材よろしくお願い致します。

12月6日()9時~個別訪問/11時~15時半「メイトピア前」街頭活動
県民投票の最後の追い込み。朝から名東区内の友人、知人宅を飛び込み訪問。
10人以上ゲット。11時から名東区高間町のメイトピアで、ハンドマイクで呼び掛け。
参加者は井澤、杉浦、中村、糸土、山口(敬称略)の常連ほか計9名。

小生は14時まで。3点セットの跡片付けを頼み(後で机、旗竿を回収しな
ければならないのだ)2日から実施中の「私立受験校」確定、個人面談の
ため西区の仕事場へ。これでもきちんとやってんデス。


12月7日(日)11時~19時半「藤が丘駅前」20時~23時40分受任者会議

市内での署名最終日。近所の受任者を個別訪問6軒。最後のダメ押しをお願いした。
その後、地下鉄藤が丘駅「ミスタードーナッツ前」で街頭署名。参加ボランティア12名。
午後3時までの予定が、もう少しもう少しと延び結局、森島、榊原、小生の3人で7時半
まで粘り必死のお願いを繰り返した。特に森島氏はハンドマイクで終日訴え続け、
その迫力には鬼気迫るものがあった。寒風吹きすさぶなか、立ち続け、呼び掛け
続けた8時間半、この体験は一生忘れられないものとなった。

その後、名東区の受任者会議がある仮説会館へ。7名で「署名簿」を点検しつつ
今後の活動方針を協議した。プロジェクトMに設置した本部から、瑞穂区の中島さん
たちが名古屋駅前で24時まで署名活動をしたとの報告が・・う~~む上には上が、
スゴイ、脱帽!こんなにもの想いを受け留める度量が議会にあればな~、ふーっ。

12月8日(月)~10日(水)連日「署名簿・直接回収」のため個別訪問
名東区内で小生がお願いした受任者の皆さん20数人から署名簿を回収。
モチロン他のメンバーも手分けして担当分を実施。おシゴト以外の時間は
すべてこの作業に。アポを取っていても予想以上に時間がかかった。

10日未明2時、プロジェクトMに電話を入れた。深夜にも関わらず影山、高岡、
サトウの3氏が徹夜中。確認数115692人。やった~思わずバンザイの声が!
電話の向こうの声も弾んでいた!10日の記者会見は責任者ながら夜のため、
おシゴト最優先で欠席した。22時過ぎ影山さんから詳細の連絡を受けて一安心。
(次回は「署名簿・選管へ提出」の巻です)


97年12月8日(月)署名期間「延伸地区・受任者募集」を作成&関係先へ発信


【万博を決めるのはあなたです!】た・す・け・て!愛知万博予定地:瀬戸・海上の森と里
署名を集めて下さる方大募集!!
ただし尾張旭市、一宮市、三好町の有権者の方。12月27日までが署名期間です。
お知り合いの方で集めて下さりそうな方をゼヒご紹介下さい。
上記2市1町に住民票のある方ならどなたでも可。

ただし、署名を集められるのは在住の選挙区内です。尾張旭の方は尾張旭、
一宮は一宮、三好町なら三好町のみ。名乗り出た日から署名を集められます。
ご協力頂ける方は「県民投票を求める会」宮永まで(以下、電話・FAX略)。

12月11日()午後8時~「名東区受任者会議」署名点検:一社仮説会館5F
朝からメンバー3人で手分けして、名東区の受任者163名中・未提出の20人近くから
署名簿を回収。小生は5軒を訪問し、署名36人分を確保。夕方からのおシゴトは21時
きっかりで終え、必死の思いで集めた大事な!ダイジな!署名簿《通しナンバー付け
と点検作業》真っ最中の「受任者会議」の皆さんが待つ、仮説会館へ直行。

小木曾、土川、杉浦、井澤、糸土夫妻といつもの常連7人でまたまた24時近くまで
気の遠くなる点検作業。晩メシなんて時間があるはずなく「こんな遅くまで、いい加減
にしてよッ!」と尖り眼の山の神にも『おっしゃる通り、どーもスイマセン』とハラペコ
おじさんは全面降伏。やっとありつけた《インスタントラーメンとかぼちゃの煮付け》に
世の中にこんなにウマイもの!があったのかと『おつゆの1滴まで平らげた』
朝から2食目!の晩ご飯

12月13日()午後1時~4時「尾張旭三郷ユニー」街頭:最後の追い込み 

  加藤(徳)、加藤(宣)、中島ほか計5名で3時間立ち続けてやっと28名。
かなり厳しい情況。瀬高線沿いの「ナフコ」で1時から5時までの森島、
霞上、岩井、北岡ファミリーは70人以上ゲットとか。女性パワーは凄い。

12月14日()9時~13時「海上の森」13時半~17時「署名渡り鳥」
どんなに忙しくても森へは行く。この森が癒してくれるから頑張れる!
曇り空ながら冬の使者ベニマシコとルリビタキ、ツグミにジョウビタキもでて、
欲をいえばオオタカだけ欠席『残念ながら80点』の穏やかな半日だった。
すぐ集落の自宅で待っていた加藤宣夫さんを乗せ、昼食抜きで三郷ユニーへ。

春日井からの助っ人美女3人を加え総勢8人。しかし人出の少なさ、反応の無さ
余りの効率の悪さに、3時瀬高線ナフコへ移動。しかし、掻き入れどきに連日、
店の横でやられるのは迷惑と、店長に活動を断られ、で、またユニーへ逆戻り。
5時までねばってやっと50名ほど。あ~~腹減った!考えたら、昨日の夜
食った(呑んだ)っきり、朝からナンも食べてなかった!ふ~っ。


12月15日(月)県政記者クラブへ「県民投票を求める会・活動予定」を発信
「県民投票条令制定を求める直接請求」の署名簿を下記3ヶ所を始め、県下の
全市町村でいっせいに提出することになりました。(ただし一宮市は12月27日まで
尾張旭市、三好町は1月17日まで、署名活動を延伸することが決定しています)
2市1町以外は、これですべて署名に関する活動は終了ということになります。

ちなみに署名簿は全県86市町村で、それぞれの選管に提出され、選挙人名簿に
基づいて生年月日、住所氏名などをチェックし本人確認をする。更に同一の字体、
同一の印鑑は2つ目からは不可となるなど判定がされる。全ての署名をチェック
する膨大な鑑定作業を経て正当と認定された総数が最終的な署名数となります。

なお1月5日予定の県への本提出は各市町村から集約した書類のみです。
女性を中心とするすべてボランティアの3300人以上の受任者と12万人にも
のぼる署名の重みをぜひ適切に報道して頂きたいと考えております。

【署名提出日】12月16日(火)10時「名古屋市名東区役所」水田洋、井澤洋子、宮永
午後1時「名古屋市緑区役所」阪野智夫/午後1時半「瀬戸市役所」影山健、加藤宜雄
加藤徳太郎(*なお、15日24時時点での最終署名数を上記3ヶ所のいずれかで
確定次第、報告致します。問合せは公報担当・宮永正義まで。



12月16日(火)午前10時「名東区役所」/午後1時半「瀬戸市役所」仮提出
水田、井澤、中村、宮永の4人で区民の思いの篭もった貴重な署名簿273冊を風呂敷
に包み、名東区選管へ提出。受付けの際、無効票の判定について「基準に従いすべて
チェックし有効と思われるもののみ残した。もし無効票の率が提出分の4%を越えるような
ことがあれば、法的な対応を取る可能性もある。そうなると人事移動ができなくなって大変
ですよネ~」と一発かましておいた。(全国の他の例で5%を越える例を聞いていたので)

TV
局4社の取材があり、昼食に入った食堂の真正面のテレビで
「NHKお昼のニュース」に真正面のどアップで映り、思わず「全国指名手配の
犯人の気持ちが分かり」下を向いてしまった。苦笑いする水田さんを乗せ瀬戸市へ。

途中渋滞であせったが、なんとかギリギリ間に合い、加藤(徳)、加藤(宣)、影山、
鈴木(宇)ほか諸氏と合流。瀬戸市選管へ提出後、市政記者クラブでTV2社、新聞各社
と記者会見。公正な報道をと強くお願いしたが、果たしてどう報道されたかは、それを
見聞き或いは読まれた皆さんにお聞きするしか。(次回は全力疾走で今年も暮れたの巻)

97年12月17日(水)午前10時「名東区役所」県民投票・署名再提出!
前夜(16日)8時過ぎ、おシゴト真っ最中の授業中に糸土さんからただならぬ声で入電。
夜9時に仕事を終え急遽、対応を相談のため糸土宅へ急行。なんと選管へ提出後に
署名簿がA4ダンボール1箱分でてきたという。いつも強気で明るい夫人が脇に
涙顔でたっている。「どうしよう、期限はもう12時で切れてしまう」

全県86市町村で署名簿の提出がされ、その集計でまだ残業をしていた!愛知県
選管と連絡がついた。協議の結果、明日再提出することで一件落着。顔面蒼白、
生きた心地がしなかったという夫人にも笑顔が戻った。ハラペコの小生は本宅へ、
残った夫妻らメンバー3人で出てきた署名簿を点検し、小生宅へ届けられたのは
日付けが変わった深夜12時半、やれやれ、よかったね~。
今朝提出したのは59冊864名分。これで名東区分総数5662名となった。


12月18日(木)午後1時「第10回万博オンブズマン」自治センター情報開示
平成7年度「瀬戸市南東部地区環境影響調査」3度目の公開請求で部分開示を受けた。
最低2人は来ると思っていたが、見通しが甘く、出席は小生ひとりのみ。うむむ・・
年末のうえ県民投票が一段落した直後で、連絡の書簡はオンブズマン会員あて
70通近く出したものの、出席の要請をしなかったせいだろう。

窓口の前でライトを点け待ち構えるテレビカメラに一瞬ドキッとした。
『オイオイ、どーなってんの。ひとりしかいないのに、いいの?』とクルーに同行して
いた顔見知りの記者に聞くと「宮永さんがいればいいんです」という。公開窓口での
やりとりをシッカシ撮影、夕方のニュースで報道するとのことだったが、仕事柄見られ
ないので「デスクの判断でボツになったか放送された」のかは、いまだに??のまま。

12月20日(土)12時~16時過ぎ「三郷ユニー前」延期地区で街頭署名
渋滞やら、思わぬガス欠やらいろいろあって30分遅刻でユニー着。
中島君が手板1枚で、ひとりでがんばっていた。う~ん、スゴイ根性だ!
そのあと、やってきた霞上、加藤(徳)の4人で声を嗄らして署名を呼びかけた。

冷え切った身体をユニーの喫茶コーナーで暖め、売上にほんのわずか協力して
夕方5時に解散。署名は4時間余り立ち続けて35名。ふーっ、でも、でもデモ
くじけてなんかイラレナイ!のだ。


12月21日(日)10時~4時40分「名鉄豊田線・三好が丘駅前」街頭活動
駅前に集ったのは13名で町内3ヶ所に分散。小生は他の5名と
駅前「カリヨンハウス」前で活動。理由は簡単!ここまで来るのが精一杯!ココから先、
地元の車についていって移動したら帰れなくなってしまう。とにかく《歩きとかケッタまでは
絶対の自信がある》が「クルマで」となると、ほんと地理に弱い究極の方向音痴なのだ。

日向にいればそれほどでもないが、日陰は寒風が吹き抜け、体感気温0度近い中で
署名活動。それぞれ奮闘したが、最後は田中氏とふたりだけに・・。しかし署名は
効率がよく147名をゲット。豊田市中心部の自宅まで氏を送り届け、かなり不安
だったが指示通り走って、なんと一度も迷わず名東区の一社へ。わおー奇跡?だ。

車を置き、そのまま午後8時半から開催の「名古屋駅前・中小企業センター」での
【県民投票の会・全体会議】に出席。集約した署名数は21日現時点で130262人。
最終的には13万人を超えるはず。終了後、有志メンバー11名で盛大に
目標達成の祝杯をあげた。ああ今夜は最高!


12月23日(火)~29日(月)「休憩ナシ9時間ぶっ続け」1週間冬期講習

思い当る理由が明白な「生徒数の減少むむむ」 越年資金、餅代稼ぎのお仕事。
商売も真剣、必死に!!


12月27日(土)9時~13時過ぎ「定例海上の森」観察会・参加14名
忙中閑あり!どんなに忙しくても「そのトキ」しかなければ、楽しまなくっちゃ生きてる
理由なんかないもんネ。さて散会後、西区へ向かう途中、守山四軒屋ユニーへ。
あ~、やってる、やってる、みんないるな~」 見慣れた《県民投票をしよう!》の
旗の横に中島、森島、霞上、北岡の強力4人組。

が、自然保護より家庭保護、生活保護と言われている?小生、
声をかけただけで、止む無く一路西方、お仕事方面へ移動したのデシタ。

12月30日(火)27日付中日紙「記者座談会」内容に納得できず、投稿

12月31日(水)深夜24時ジャスト。すぐ裏の蓮教寺で越年「除夜の鐘」

「一銭にもならないどころか持ち出しばかり、いい加減にしたら!」と
山の神に言われ続けてまた1年が過ぎた。名東区の自宅がある丘のテッペンに
元は一帯の大地主だったお寺があり、引っ越したときから《無宗教を標榜の信念?》
に反し、子供を連れて除夜の鐘を突きにいくのが「年越しの慣わし」になっていた。

このときばかりは一緒に来てくれた子供たちが、今年はもう誰も誘いに乗らない・・・
とほほ。くそーっと【鈴木知事にみたてた鐘】を思いっきりついたら、なぜだか、突然、
まわりからパチパチと拍手が沸き起こった。え~っ!長いこと《ニンゲンをやってきた》
けれど、鐘をついて見知らぬ人たちから拍手をされたナンテ!生まれて初めてだ。

家が蓮教寺の隣りで、声をかけ一緒にきていた井澤さん(中京病院元院長夫人)
まで「パチパチ!」うーむ、いったいどうなってんの?



第29回:年頭所感/末広まきこ議員ご乱心/緊急抗議・辞職要求

98年1月1日(木)年頭所感「十九の記憶・県民の声を聞いて!」

あれは19歳の初夏だった。
大学の図書館で何気なく手に取ったのが、中西悟堂著「定本野鳥記」。
ぱらぱらめくって拾い読み。そして突然、ズーンと心の奥から湧き上がる鮮烈な
感動に襲われた。『なんだ!なんだ?いったいどういう世界なんだ、これは!』
なぜか俳句や短歌に興味を持ち、わけても特に自由律俳句の「種田山頭火」や
「尾崎放哉」の生き方や作品に夢中になっていた頃だった。

本意とは異なり理系の大学に進まざるを得なかったが
もともと文系で、文学的な関心から野鳥に目が向き、鳥を見るようになった次第で、
それは今も変わっていない。あくまでも野の鳥がいる《里や雑木林、池や川の佇まい》が
好きであり、鳥たちを含む身近な野山の中に身を置くのがこの上ない喜びであり生甲斐
なのである。もちろん珍鳥、奇鳥がでたと聞けば、県内ぐらいは誘われれば見に行くが
最近はそれもない。愛鳥家に多いライフリストとして見た鳥の種類を数えることもしない。

海の鳥はまったくわからないし、山の鳥だって通い慣れたところのありふれた
鳥のことしか知らない。学問的、専門的に鳥のことを研究したこともまったくない。
ただヒマさえあればボンヤリと里山を歩き、風の匂いをかぎ、木の花、草の花をめで
蝶やトンボや鳥たちを見て『あ~自分も空を飛べたらな~』なんて、たわいもない
夢のようなことを考え、誰もいない山中で「日向の斜面に寝転がり」
「缶ビールをゴクリ」という非生産的なことを繰り返してきた。

そんなバードウオッチングで30年以上も都市近郊の川や公園の自然を眺め
続けてきたが、たまたま訪れた瀬戸の海上の森(かいしょのもり)ほど多趣味の
多様な人々を惹きつけてやまない森をほかに知らない。そこでは四季を通じて
自然観察(植物、野鳥、昆虫、哺乳類、茸類など)愛好家から、山菜採り、茸採り
ヤマイモ掘り、ジョギング、ウオーキングなどなど、様々な人達が訪れ、身近な
里山に溢れる森の恵みから「カネには替えられない」ソコに行かなければ
得られない恩恵をたっぷりと受けてきた。

そこへ降って湧いた万博計画。豊かな森を開発しようという計画にどうしても
納得できない仲間と共に反対運動を始め「海上の森の万博の賛否を問う県民
投票」請求の署名活動に踏み切ったのが97年10月7日だった。

しかし組織を持たぬボランティアの集り、確実に集まるというあてなどがあるはず
がなく、法定数到達はとても無理、半分も集ればいいところで、無謀きわまりない
活動だといわれ続けていた。それが2ヶ月という期間の半ばを過ぎた頃から、
まったく思いがけない展開になってきた。

個人地主や私企業の「私権の行使」という《錦の御旗》の前に、なすすべもなく
身近な自然の破壊を見続けてきた《ごく普通の50代、60代の女性》を中心に、
署名を集めようという県民がまたたくまに3500人近くに達した。

「冠婚葬祭だけはド派手だが、あとは堅実で目立つのを嫌い官には極端に弱い」
などと言われる愛知県民が13万人以上も「身近な里山を守ろう。
豊かな自然を壊すのに税金を使うのはダメ!」と署名したのである。

「厳格かつ厳密な署名制度」ゆえに署名できた数が《意思ある有権者の》
ほんの一部分に過ぎない事実と、その民意の重みを、知事並びに県議会は
真剣に受け止め、県民投票実施の方策を誠実に論議すべきである。

97年は新聞に投稿した2本とも掲載されたが1本は原稿紛失。

以下は98年1月掲載分 【13万人署名・重さ考えて】
バードウオッチングを楽しむ1市民として、瀬戸の海上の森での万博だけは
避けたいと、ボランティアの仲間ともども、思いつくあらゆる活動を過去数年に
わたって行ってきたが、日本の万博開催権獲得という新たな展開を受け、辿りつい
たのが海上の森での万博開催の賛否を求める「県民投票条令制定請求」だった。

かなり根強い不安の声を押し切り、署名活動に踏み切ったものの、確とした
見通しがあるわけもなく、7、8万もいければ、というのが大方の予想だった。
それが1ヶ月を過ぎたあたりから、思いもしない展開になってきた。

いわゆる市民運動には、全く縁がなかったという30代から50代の女性を中心に
署名を集めようという県民がネズミ算式に、あっという間に3千人以上に達したこと
である。新潟県巻町や岐阜県御嵩町のように、生命や暮らしを直撃する大事とは
異なり「堅実だが不満を口に出さず、お上に弱い」などと揶揄される愛知県民が

「身近な自然を守ろう、豊かな森を壊すのに税金を使うのはいや!」と13万人余も
署名した事実と、この数が氷山の一角に過ぎない民意の重みを県当局並びに
県議会は真剣に受け止めるべきである(朝日「声」欄97年12月27日投稿)。
次回は「末広まきこ参議院議員乱心」の巻


1月2日()海上の森通信63号&開催地変更全国署名・文書作成
昨日から引き続き《くらぶ通信63号》作成で終日ワープロに向かっていた。
カレンダーのメモを元にいちいち思い出しながらなのでトニカク手間がかかる。
懲りずにまたまた「海上の森」で新年がスタートしたという次第!

《二兎を追うもの一兎を得ず》ということで、一旦スタートしたものの
【万博開催の賛
否を問う住民投票】にかかりっきりで「全国の市民団体」を通じて
のみ署名を呼びかけていた【万博会場変更署名】を今月から愛知県でも本格的に開始
することにし、呼びかけ文と発信先名簿を作成。4日が模試のため3日から仕事始め。

1月4日()正午~「四軒屋ヤマナカ前」街頭署名・提案者まで遅刻で中止
4日昼の
NHK「シロフクロウ」の特別番組を見てから、重い腰を挙げ20分ほど
遅れて街頭署名・新年第一回の守山・ヤマナカ前へ。ありゃー、誰もいない。
で、とりあえずまぢかに住む森島宅へ。「誰もこなかったので中止にした」と聞き
『ゴメンごめん、誰かきてるだろうとつい・・』でも、なぜかホッとして帰宅。終日読書。


1月5日()10時~「くらぶ通信発送」13時40分~「名古屋タイムズ」取材

野鳥の会支部報・連載コラムの原稿を夢中でワープロしていて、つい
《県庁西庁舎1階ロビーで1時》の約束を忘れ、記者に自宅まで来ていただいた。
どうもスミマセン!(「お色気とスポーツが売り」の中日系夕刊紙で、県民投票を
含めて小生の自然保護活動について片面4分の1ほどのスペースに写真入りで
掲載されたが、こんなん読むヒトいるんかな~。とはいえ、後で知人が
「のってたよ」と掲載紙をくれたんだが


1月6日()午後2時~「県民署名」中間集計数発表・県政記者クラブFax
12月27日に署名活動を終えた一宮市で、6日にブロック代表中島しぐれさんが
一宮市役所へ署名簿を仮提出する件、更に尾張旭市、三好町の1月5日時点での
署名数を加え全県の署名総数が13万262人に達したこと、愛知県への本提出
までの日程、今後の活動方針も併せ説明。参加小松、阪野、小生の3名のみ。
(◎筆者注:メールがない時代でA41枚で全社Fax40分以上かかった)

夕方《名古屋市教育館で開かれた別の集会》に参加した帰り、2階大ホール
から階段を降りていたら、上から中京テレビの記者に声をかけられた。

*「ミヤナガさん、末広まきこ議員が自民党に入党するそうですよ」
*『えーっ、そんなハナシぜんぜん聞いてないよ。そんなバカなムチャな
話しなんかないよ、ほんとなの?』
*すると階段の下にいた朝日新聞の記者が「ホントですよ。明日、愛知県連で
記者会見するんです。こんなことになってミヤナガさん、なんかしないの?なんか!」
*『なんかしないのって急にいわれても、そんな~、やめさせる会でもつくるか』
(◎筆者・追加注: コレがそもそもの始まりで・・・やれやれ)



1月9日()13時30分~CBCテレビ・インタビュー&撮影・西区
末広まきこ議員の自民党入りを巡って取材を受けた。
腹がたつというよりも、やっぱり《政治屋》なんてこんなの「ばっかり」かと、情け無い
やら空しいやら、出るのは溜め息のみ。あ~あ、しょうがないな~と言うのが本音。
朝日新聞からも電話取材を受けた。どうにも気がおさまらず、
とりあえず「声」欄あてに急遽文書を作成し投稿。 


1月10日()11時~16時半「守山四軒屋ヤマナカ前」尾張旭市・署名

4日の仕切り直しの活動。守山区と尾張旭市の境界で、瀬戸市や長久手町からも
近く、かなりの数で尾張旭市以外の県民で「署名したい」人がいて非常に惜しかった。
厳冬期の寒風のなか4時間半近く立ち続けた。


1月11日()9時:カスミ網バスターズ6名、今年初出動・山路方面を調査

海上の森の裏山「山路」にある瀬戸市クリーンセンター
廃棄物焼却処分場
周辺をチヨコさんの案内で捜査し2ヶ所発見した。一軒の農家の裏手で、明らかに
地元の人!が・・・
と思われる、畑仕事をしていたら一目でわかる平地(ひらち)に
設置された鳥屋(とや)を。もう1ヵ所では焚き火の跡、むしった羽や焼き鳥用の串ま
で散乱、網を張る竿18本を確認した。更に鳥屋の跡(ここ数年以上使われた形跡が
ない)も数ヶ所確認。

万博問題で海上の森が騒がれている間に、真裏の山路で、ヒドイ自然破壊の
乱開発が目を覆うばかりの惨状で行われていた。またしても出るのは溜め息ばかり
ふーっ、なんとかならんもんかな~。帰宅後の仕事中も、つい対応してしまうのだが、
中日、毎日2紙より末広問題についてコメントをと電話取材を受けた。やれやれ。

1月12日()「末広氏は即、辞職せよ」声明:マスコミ全社に発信
参議院議員の末広まきこ氏が自民党に入党のニュースを聞き、やっぱりと妙に
納得してしまうと同時に利用されただけという事実に腹立たしさが込み上げてきた。

海上の森の自然を破壊する万博だけは阻止したいと、運動の当初からほぼすべてに
関わってきた立場からみて、過去2年ほど末広氏が海上の森を守るための活動を
したという事実をまったくといっていいほど見聞きした記憶がない。

当選直後の言動も支離滅裂だったが、それでもマスコミの取材が確実な、たとえば
当選した95年11月東京での喪服デモ、同12月名古屋初の反万博デモ、翌年の立木
トラスト第2弾の記者会見と都合3回は行動を共にしたが、後はやって当然の国会
委員会での関連質問など3回以外、寡聞にしてその動きを知らない。


自民党入党の記者会見で万博のテーマ「自然と共生」は自分の手柄との発言が
あったとのことだが、牽強付会もいいとこ、開いた口が塞がらないとはこのことだ。
公約をすべて反古にし、かつては徹底的にこきおろした政党に入党する。

このことがどんなに多くの有権者を政治不信にし、棄権者を増やし、末広氏は無論、
政治家全体の既に底の見えた信用を底の見えない暗闇にまで失墜させてしまうことか。
氏はその責任を謙虚に認識し潔く議員バッジをはずすべきと考える。
「愛知万博から海上の森を守るネットワーク代表・宮永」
(次回は「末広まきこ議員をやめさせる会発足」の巻です

1月12日()~「辞職要求声明」発信直後からマスコミ問い合わせ続出
問い合わせに答えながら、12日から3日間まるごと自由時間を投入して、
再開した「開催地変更署名」活動の署名依頼文を始め文書3通を作成し、
印刷、折畳み(山盛りの文書の脇で山の神は見て見ぬフリの黙認)、
そして封書の宛名書き(まだ手書きしていた)、封入(みかねてか娘が自発的
に協力してくれた)と、すべて手作業の毎日。14日に約500通を投函した。
(いつもそうだが、こういった費用がぜんぶ自腹、小遣いが消える)

海上の森を守る運動に当初から関わってきたというダケで、取材を受けることが
最近特に多く、その都度、思いつきを口から出放題にしゃべり散らしているのだが
いくら<ツラの皮の厚さと頭頂部の?の薄さ>にだけは自信がある小生でも
《いったいそれがどう報道されたのか》はかなり気になるのだが、
そのほとんどを自分の目で直接見聞きすることがない、というよりできない。

それで「この顔にピンと来たら110番」なんて映っていたり、発言が間違って伝え
られたりしていないかと、チョー気になるのだが、定期購読紙以外に全紙をとったり
ニュース全社を見るなんて、できるワキャなく、出そうで出ない《おなら》状態で
悶々としているこの頃なのである。やれやれ、とほほ。


1月14日()夜9時~「末広まきこをやめさせる会」発足:プロジェクトM

仕事を済ませてからなので、少し遅れて出席。
呼び掛けに集まったのは水田、斎藤、加藤(徳)、秋田、糸土夫妻、小生他計8名。
「会の発足」と行動開始を決定。公報(事務局)はすべて小生に一任された。
(◎筆者追加注: 提案者が責任を取るのが市民運動です)


1月15日()【略:万博の賛否を問う県民投票を求める会】取材要請

マスコミ各社殿:県民投票条令制定請求の署名活動に関し総括集会を実施します。

*日時:1月17日(土)午後3時~5時《集会》/午後5時~受任者新年会
*場所:熱田はたらく人の家〔熱田区伝馬町2-28-14TEL(052)682-5204〕
1月17日が最終日の三好町で、会としての組織的な署名活動はすべて終了します。
2ヶ月半にわたった署名活動の実情を全県からの代表者、受任者が報告します。

また27日に予定の「選管で審査の結果、有効とされた市町村別・署名数の
一覧と総計の」書類の本提出、それ以降の会としての活動方針も協議します。
更に17日午後3時の時点での全県署名数の総計も報告致します。
報告、議論などすべて公開しますので、取材どうかよろしくお願い致します。


困難な条件下での「直接民主主義の実践」の結果得られた、愛知県
いや全国でも初めてともいえる《県レベル》での住民投票の署名活動で
無党派層が60%を超える時代でも、黙っていられなかった14万近くもの
草の根の民の《心の底からの本音の叫び》を伝えたいと考えています。

末広問題が象徴するように、ますます募(つの)る政治家不信、政治的無関心
棄権者増大、しらけ、あきらめの悪循環のなかで芽生えた、このゆるやかな、
しかし力強いうねりにも似た「海上の森で万博は
NO!」という県民の動きは日増し
に拡大しつつあります。連絡先【県民投票を求める会】公報担当・代表:宮永正義

 
1月16日()マスコミへ「公約違反」の末広まきこを辞めさせる会:発足通知
上記名称の市民団体を98年1月14日に発足させました。
ついては下記日程で記者会見を実施致します。

日時:1月19日(月)午後2時~2時30分/場所:愛知県庁・県政記者クラブ会議室
設立世話人:水田洋(名大名誉教授)、斎藤懸三(元:末広選挙事務局長;末広まきこ
第一公設議員秘書)、宮永正義(自営業)

各種マスコミにより報じられた自然保護団体メンバーに対する「末広まきこ氏」に
よる暴言の撤回と、公約違反の政治責任を問い【末広まきこ議員の即時の辞職】を
要求する声明を発表します。


36万票もの有権者に向けた公約を踏みにじったばかりか、かつての支持者や
ともに行動した市民団体のメンバーに対する、非常識極まりない発言、そして
嘘(うそ)を重ね、前言を翻(ひるがえ)してもまったく恥じない、自己の目先の損得
だけが判断の基準の政治的転進など、国民の付託を受けた国会議員として
、これ以上の在職は犯罪行為とさえいえると判断し、以上の行動を決意しました。
 (注:以上、末広氏の自民党入党に関し、ほぼそのまま中日新聞に
「市民団体代表」コメントとして掲載された)

【会員並びに協賛団体】地方議員、末広後援会元幹部、市民団体代表、
県民有志など多数/海上の森立木トラストの会、海上の森自然観察会、
海上の森くらぶ、万博オンブズマン、その他:末広まきこをやめさせる会(略称)
設立世話人:宮永正義(連絡先略)(次回は「末広まきこ議員に抗議声明」の巻)


1月17日()3時「県民投票を求める会総会&新年会」熱田働く人の家
新川、平和の2町を残し署名総数は13万5880。署名活動をされた皆さん
本当にありがとう、お疲れさま!!やってよかった!21時から有志で
ハムティバイナ移動して2次会。最高のひとときを過ごすことができた。



1月18日()9時半《探検王国森の王者:幻のオオタカ海上の森で発見》放映

11CH名古屋TV《テレビ朝日製作:CWニコル解説》で
放映された。
海上の森の主要ポイントが網羅されていて安心した。
コレが春爛漫の頃やモミジが真っ最中の季節ならモット嬉しかったのだが
ゼイタクは言えない。また予想以上に出演シーンが多く驚いた。

この件は(新聞やテレビにでるのを極端に嫌うので)山の神にはなにも
まったく言ってなかったが、内心ではせめて息子や娘には見て欲しかった。
でも、誰も気付かなかった!いつものコトだが・・とほほほほ!

 
1月19日()14時「『公約違反』の末広まきこをやめさせる会」結成会見
県政記者クラブにて参加7名。嘘のつき放題、前言撤回のし放題、何をどう
指摘されても「ヘ」とも思わない「こんなオバさん」を相手にしてもしょーがない!
とは思うものの放ってはおけないし・・・
で、以下の声明を配布した。

【末広まきこ議員の「発言撤回ならびに辞職」要求声明】 1998.1.19.
1月7日付末広まきこ参院議員の自民党入党を受け、以下2点の声明を発表する

一、自民党入党の経過説明の名古屋での記者会見でとしてマスコミによって
報道された「あの人たちは何がどうなっても反対だから」の発言の撤回と
謝罪を海上の森を活動エリアとする自然保護団体を代表し要求する。

〔万博推進派が多用する「一木一草(いちもくいっそう)も切るなという人たち」という
キャッチコピー同様、根も葉もないことであり、当選直後に自然保護団体が提供した
資料や、会員によるレクチャー、のちには秘書が作成した草稿の丸暗記という
「付け焼刃」の知識のみによる国会活動で、すべての万博案の変更は自分の
手柄というノーテンキさにはあきれかえって言葉もでない。

開催地変更要求と並び、森の手を入れるべきところには手を入れ、大いに雑木林を
活用する「自然史博物館の森」構想を一貫して主張し続けているわれわれの活動の
事実すら念頭になく、反対運動のおいしい上澄みだけをかすめとったあげく、
「口を極め徹底的に非難しこきおろした」その当の相手の政党に入り込み、今度は
その党の意に添う発言をするという節操のなさは仁智にもとるものである〕

一、立候補時の支持票の意向を一切無視し、個人の損得勘定だけから
選挙公約を破棄したその政治姿勢は間接民主主義の根幹の破壊にも至る風潮を
押し進めるものであり、議会制民主主義保持のためにも、残された最高の政治手段
の行使は「責任をとる」こと、すなわち議員を辞職することである。

氏の行動は36万もの県民の政治不信を招来したばかりか、政治的無関心層の
絶望的なまでの拡大をもたらした。県民の政治や政治家に対する虚無感やしらけ感は
もう止めようがないほどである。真に県民のことを願う政治家ならば残された道は
辞任しかないのである。 愛知万博から海上の森を守るネットワーク代表・宮永


同日午前「公約違反」の末広まきこを辞めさせる会」会員募集・作成&発送


☆☆☆
このまま黙って泣き寝入りなんかしませんよね☆☆☆
一般会員&ボランティアメンバー募集中!
愛知万博の瀬戸「海上の森」での開催に反対し、更には既製政党を徹底的に
批判して無党派層の支持を集め当選したにもかかわらず、選挙時に口を極めて
罵倒、断罪した最大の政党である自民党に入党するという、末広個人の私利私益
しか考えない「入党支度金」との共生?「政党交付金」のおこぼれとの共生?を
選んだ「無節操・破廉恥」議員、末広まきこはぜったいに許せません。

黙っていては腹の虫はおさまりません。
末広まきこ議員の党籍変更問題に関し、下記名称の市民団体を
98年1月14日付けで発足させ、19日に末広議員への辞職要求声明の発表と
同時にマスコミに公表しました。ついては今後の活動の支持母体となる会員と
実際の行動をお手伝い下さるボランティアメンバーを募集します。

資格はいっさいありません。ボランティア会員も各人の可能な範囲でのご協力で
結構です。下記申込書に記入の上、事務局宛お送り下さい。*会名、事務局、
申込書など以下略:〈ヤレヤレ、文書発送でまたまた小遣いがどんどん消えた〉


1月20日()「公約違反」の末広まきこをやめさせる会:活動開始
県政記者クラブ殿並びに海上の森での万博に反対の皆様へ

以下の行動を実施します。是非ご参加下さい。
【末広まきこをやめさせる会・総決起の集い】    
日時:1月23日午後2時~  場所:栄・三越北・栄小公園(雨天決行)
集会後、大津橋までデモ行進をします。その後、自民党愛知県連へ「抗議声明」を
提出する予定です。(◎筆者注:「参加緊急Faxし、プラカード?は小生が手書き)

                               

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